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これが、あたしたちの選んだ道。 これが、あたしたちの進む道。 これが、あたしたち――死導者! 「いい加減に諦めなさいよっ!」 「ケイ。叫んだところで止まらないわよ」 「わかっとるわ!」 あたしの視線の先には、空を駆ける変魂の姿がある。黒い人狼みたいな変魂は、力は弱いくせに逃げ足だけは速くって、とにかく追いつけない。 「だーもう! これならどうよ!?」 あたしは握りを取り出すと、そこに生を集める。密度は薄く、代わりに大きく! 「あたしの生の剣に限界はない! いっくわよぉ、『非常識な長剣』ッ!」 生を集約させ、刀身を引き伸ばす。あたしの剣は、その気になればどこまでも伸ばす事ができる。 それは、すでに剣とさえ呼べないもの。ただの長い棒だけれど、それでも威力は十分にある。 「せぇい!」 剣を思い切り振り下ろす。変魂は振り向き、その時点で初めて刃が迫っている事に気付いた。 「遅い!」 狙い通りに剣は変魂に当たった。ずん、と重い手ごたえが伝わってくる。 あたしは、そのままの勢いに乗って、変魂を叩き落した。 「よっし、このままトドメ!」 変魂が落ちたあたりに向かって、あたしは空を蹴った。空気を切り裂く感覚、耳元でうなる風音が、あたしの魂を震わせる。 変魂の姿が見えてきた。どうやら、山中の開けたところに落ちたみたい。まだ少し距離はあるけど、姿ははっきりと見る事ができた。 あたしは握る手に更なる力をこめ、もっと加速し――。 「待ちなさい!」 直後、あたしは急ブレーキをかけた。しばらく空中を滑ったところで、あたしはようやく停止する。 「もう、何なのよアンジェラ! いきなり引き止めて!」 「あれを見なさい、ケイ」 「何をー……?」 変魂までは、まだ距離がある。けど、姿ははっきりと見える。 はっきりと、見えすぎる。 「う、そ?」 段々と、段々と。 変魂の姿が、はっきりと、大きく見えてくる。 変魂が、巨大化している。 「何あれー!? ありなの!?」 「現実に起きている以上、否定しても仕方ないでしょう。行くわよ、ケイ。私が動きを止めるわ」 チリン―― アンジェラはくるりと回転し、姿を消した。 あたしはアンジェラを信じ、構わず突っ込む。大きく膨れ上がった変魂からは、恐ろしいほどの生を感じる。あたしどころか、アンジェラやベルフェゴールよりもはるかに大きな生だ。どこから、これだけの生を集めたんだろう? 疑問は腹の底に。思いは捨て去り、ただ剣だけに集中する。 変魂が細い腕を振り上げる。その先で月の光を反射しているのは、鋭い爪だ。さすがにあんなものを喰らえば、あたしではただじゃ済まない。 「ま、喰らわないけど」 根拠ある自信を持って、あたしは突っ込む。 ――グアアアアアアア! すでに声でさえない叫びを耳にするあたしのすぐ隣を、鎖が過ぎ去っていった。 「今よ!」 アンジェラの声が聞こえる。 束縛の鎖。相手の動きを止める、アンジェラの技だ。 人狼の全身が鎖に縛られ、動きが止まる。その刹那を狙い、あたしの生み出した刀身がその体を切り裂く。 オオオオオオオオオオォォォォォ!! 長い断末魔の声は、いつまでも耳の中でこだましている気がした。 変魂を殺したあたしたちは、森の中に降りた。 今さらながらに気づいたけど、ここにはお社があったらしい。といっても、誰も手入れしていないせいか、相当に古びている。元の色なんてわからないし、クモの巣とか張りまくっていて、みすぼらしい事この上ない。 ただ、ここにお社が建てられた理由だけはわかる。ここに、やたらと生が溢れているからだ。 こんな、強くて不安定な生は見た事がない。空虚、と呼ぶのが最も正しいだろうか。とにかくしっかりとした形がなくて、見ているだけで不安な気持ちになってくる。 「これがあいつが巨大化した原因、なのかなぁ?」 これだけの生を吸い込めば、そりゃおっきくもなれるかもしれない。ただ、こんな不安定な生、とても制御できるとも思えないけど。だからお社で封印していたのに、古くなって栓が緩くなってしまった、といったところだろうか。 「ねえ、アンジェラ、どう思、う……?」 アンジェラはあたしの少し後ろで、ボーッと突っ立っていた。なんとなく、いつものアンジェラらしくない。 「どしたの、アンジェラ。何かあった?」 アンジェラの前に立ち、近くでじっと顔を見る。途端、なんだかあたしの背筋が寒くなった。 あたしは、この顔を知っている。 普段から白い顔は、一層、白くなる。 目は常より大きく開いている。 そして、小さく鳴る音。 カチカチ、カチカチと。 「アンジェラッ! どうしたの!」 肩を強くつかみ、揺さぶる。それでもアンジェラはあたしを見なかった。 「アンジェラ! アンジェラ!」 呼びかけに応じたのか、小さく唇が動く。あたしはアンジェラの口元に耳を寄せた。 「ごめん、なさい。ごめんなさい、ごめんなさい……」 何かに許しを請う声。ひたすらに、切実に、狂おしくなるほどに。 心が削られるほどに。 「アンジェラ! 何があったってのよ!? 誰もいないから、ここにはアンジェラを傷つけるような奴はもういないから!」 小刻みに震えるアンジェラの体を強く強く抱き締める。 それでもアンジェラは安心しない。震えが止まらない。 こんなアンジェラは、本当に久しぶりに見る。無力な幼子のようにカタカタと震えるアンジェラは。 普段はあれだけの力を持ち、万能にも見えるアンジェラだけど、絶対に何も恐れないってわけじゃない。あたしは以前、まだアンジェラがマリアに恐怖していた頃、こんな状態になったのを見ている。 これは、アンジェラの魂の底に刻まれた、根源的な恐怖の証。 やがて、アンジェラの瞳に水がたまった。それはどんどんと大きくなり、流れとなって零れ落ちる。 無表情に泣くアンジェラ。それは、見ているだけで心を傷つけられるような光景で。 「アンジェラ……」 あたしが知らない、アンジェラの側面。 あたしには、どうしようもなかった。 あたしにできる事。それは、助けを呼ぶ事だけだった。 無力感には悔しい思いもするけど、だからといって何もしないわけにはいかない。アンジェラが苦しんでいるのに何もしないなんて、そんな事ができるわけがない。 「これは、龍脈ね」 アンジェラの様子を見て、マリアは一言で言ってのけた。 アンジェラの上司であり生みの親、マリア。千年も前の退魔師でもあるマリアは、あたしよりもこういう不思議な現象ってのについて詳しい。アンジェラに問題が起きた時に相談するなら、これ以上の相手はいない。 「龍脈というのは、言うなれば自然界の生の流れね。本来は表層に出てこないものだけれど、稀にそれが出現するポイントもある。日本ではそういった生の現われる場所を龍穴と呼び、封印を施しているの」 「なんで封印するわけ?」 「見ての通りよ。自然界の生は特に意志を持っていないから、変質しやすい。制御する事はほぼ不可能。制御はできないけれど変質する生がどれだけ危険か、貴方も死導者の端くれならばわかるでしょう?」 それは、十分に理解できる。 生ってのは、言い換えればエネルギーの塊。制御できない生なんて、いつ爆発するかわかんない爆弾みたいなもの。放っておいていいわけがない、ってわけね。 「じゃあ、アンジェラの様子が変わったのも……」 マリアはこくりと頷き、 「龍脈の生が彼女の記憶と合わさって、最も思い出したくない忌まわしき過去を彼女に見せている。早く生を取り除かないと、いかにアンジェラといえども精神が砕けるわよ」 「そんなっ! それならちゃっちゃと取り除いちゃってよ!」 言うと、なぜかマリアは悲しげに顔を伏せてしまった。 「それは、無理よ」 「どうして!?」 「さっきから何度も言っているでしょう。龍脈の生は変わりやすいの。私が触れようとしても、それだけを取り除く事は難しい。魂に傷がついたなんて話ならともかく、彼女自身の生と交じり合ったエネルギーを完璧に取り除くなんて真似は不可能よ」 「じゃ、じゃあどうするのよ!?」 「――ケイ。貴女はアンジェラのために命を賭ける覚悟はある?」 「あるわよ! そんな事はどうでもいいから、方法は!?」 急かすあたしとは正反対に、マリアは目を丸くしたまま呆然としていた。 「貴女、迷わないのね……」 「何がよ?」 「普通、命を賭さねばならないとなった時、仮に決めるとしても多少は迷うものだけれど……。貴女は欠片も迷わないのね」 そんなの、当たり前だ。そもそもあたしが生きているのはアンジェラのおかげだし、あたしを救ってくれたのもアンジェラだ。 アンジェラなしに、あたしの世界は成立しない。なら、アンジェラを救う事に対して迷う理由もない。 「貴女の覚悟、確かに受け取ったわ。なら、アンジェラと額を合わせて」 あたしは言われた通り、屈んでアンジェラと高さを合わせ、その小さな額にあたしの頭をコツンとぶつけた。 「これから貴女の魂をアンジェラのそれと重ねる。一歩でも間違えば貴女もアンジェラも元には戻らないわ。慎重にも慎重を重ねて行動して」 「オッケー。マリアは?」 「……私は、一緒には行けないわ。今、アンジェラを苦しめているものは、アンジェラ自身が苦しいと思う過去。私はその権化のようなものよ。そんなところに私が行けば、彼女は一瞬で崩壊する」 そっか。今のマリアは優しいしあたしたちに協力的だけど、元々はかなりひどい事もしてたんだっけ。 「ん、わかった。ま、あたしに任せといて!」 ぐっと拳を握るあたし。その手に、黒い何かが飛び乗った。 「きゅう!」 「エル?」 エルもまた、するするとあたしの腕を通り、頭に乗ると、アンジェラの額にさらに小さな顔をぶつけた。 「エルも行くってわけ?」 「きゅ」 「よしよし。んじゃ、ふたりでさっさとアンジェラを助けちゃおうか」 「きゅう!」 あたしは無言でマリアを横目に見た。マリアは小さく頷くと、口の中で何かの呪を紡ぐ。 段々と、あたしの意識が遠のいていく。どこか、暖かい力に包まれていく。 「私の娘を、お願い」 視界が暗くなる寸前、遠くに優しい願いが聞こえた。 |