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レティシアの振り上げたフランベルジュを、アンジェラは宝剣でかろうじて受ける。波みたいな形の剣が軋んでいる。 力の差は身長差のせいじゃない。死導者に体格は関係がない。 これは、アンジェラの心の問題だ。アンジェラ自身がレティシアに対して圧倒的な罪悪感を抱いているから、反撃する気持ちが起きない。 死導者の戦いにおいて、気持ちがないなんて論外。そんなんじゃ勝てるはずもない。否。アンジェラは勝利するなんてつもりが最初からない。 「そらそらァ! どうしたのよアンジェラァ! あんたの実力はそんなもんだったかしらねェ!?」 「くッ!」 「悔しがってるだけじゃあ、何も変わりゃしないよォ!」 アンジェラを強引に弾き飛ばし、レティシアはさらなる追撃を加えんと足を折り曲げる。そのタイミングを狙い、あたしは斬りかかる。 「――!」 直前、あたしの殺気に気付いたのか、レティシアは振り向くよりも早く身をひねった。刃はむなしく虚空を過ぎる。 構わず、あたしは返す刃で斬りかかった。レティシアはフランベルジュで受けようとして、一瞬の後、さらに後ろに跳ねる。 あたしと距離を置いたところで、レティシアの持つ剣が、ぽろりと折れた。 「あんた、誰」 「あんたの後輩よ」 「後輩?」 オウム返しに呟き、レティシアは眉をひそめる。 「ケイ……」 小さな声に視線を軽く後ろに向けると、アンジェラが怯えた眼差しをあたしに向けていた。 「あー、だいじょぶだって。すぐ終わるから」 「ケイ、ダメ。彼女と、戦ってはいけない。彼女を殺さないでッ!」 「――アンジェラ。悪いけど、それは、聞けない」 剣を手に、あたしはレティシアに向き直った。彼女もまた、修復した剣を構えた。長大な剣があたしを見下ろしているような錯覚に陥る。 「あたしはアンジェラの過去に何があったのか、詳しい事は知らない。どうしてレティシアが死んだのかも、それにアンジェラがどう関わっていたのかも。 でも、そんなのは関係ないの。あたしは、アンジェラの心を縛るこいつが許せない。許せない者を斬る。あたしは、そのために存在しているから」 とんとん、と軽くリズムを取り、いきなり飛び出す。 「だから、そこで見ていて」 あたしが振るう剣を、レティシアは叩き落す。ビリビリと重い衝撃が伝わる。 次は突き。レティシアの鋭い突きは、あたしの腕をかすめて終わる。のこぎりのような刃が、服を少しだけ削った。 「ああ、あんたが志野ケイなの。情報が中途半端にしか共有できなかったから、顔までわかんなかったのよねェ」 「覚えなくていいわよ。どうせ関係ないんだから」 「同感。死ぬ奴の知識なんて要らないもんねェ!」 「逆よ。死ぬ奴は知識なんて要らないの。って、これじゃあたしが悪党みたいね」 自嘲するあたしに、剣が殺意と共に迫る。適当にかわしつつ、あたしも反撃。レティシアは、それを紙一重でかわしていく。 ぶんと振り回される横薙ぎの斬撃をしゃがんでかわすと、目の前に刃が迫っていた。 「――ッ!」 上体をそらし、かろうじてかわす。そのまま後ろに跳ね飛んで行った。 「逃がしゃしないよォ!」 視線を向けるあたしの目に、ナイフの壁が映った。 「ッたろうじゃないの!」 壁を突き崩すように刃を振るう。何本かのナイフがあたしの体を削っていく。 「どうしたァ! その程度で死徒を名乗ってるんじゃないでしょうねェ!」 「んなわきゃないでしょ。つーかあんた、暑苦しいわよ」 「はんッ! そんなの戦いには関係ないねェ!」 「ま、そりゃそうね」 飛び込み、今度は全方位に注視しながら剣を振るう。その分、速度は少しだけ落ちるけど、代わりに不意打ちなんかさせない。 「あんたァ、なかなか器用じゃないか。背中に目でもついてるわけェ?」 「何? あんた、ついてないわけ?」 軽い口をたたきながらも、苛烈に打ち込む。向こうもまた、猛火のように攻め込んでくる。 互いが互いを殺すために剣を振るう。正真正銘の殺し合いだ。 「こんな戦い……、アンジェラにさせられるわきゃないわよね」 相手を認めない、殺すためだけに殺す戦い。そんなものは、もうたくさんだ。 争いは無意味。殺人に価値なんてない。それを、あたしは身をもって知っている。 こんな戦いは、早く、終わらせなきゃいけない。相手を殺し、自分さえも殺す、死合いなんて。 何度目かの突きをかわしたところで、あたしは大きく踏み込んだ。思わずレティシアが逃げようとする。けれど、あたしはそれよりも早く、剣を振るった。 光の刃が、赤を切り裂く。 はらはらと、赤い三つ編みが落ちていく。 「レティシア・ラスペード」 そこであたしの攻撃は止まったりしない。刹那、動きがにぶくなったレティシアの裾を掴み、ぐいっと引き寄せる。 「あんたは、やっちゃいけない事をした」 勢いを殺さず、そのまま拳で殴りつける。よろめいたレティシアに、さらに蹴りを叩き込む。 「あんたは、過去に過ぎない。今となってはもう手遅れの、変えられない過去。わかる? わかってる? 過去の亡霊がいつまでも現在に生き続けるものじゃない。英霊だろうが死導者だろうが、過去は大人しく埋もれて死になさいよ」 「あ、んたァ!」 レティシアの殺意が沸騰するのと同時、彼女の周囲を囲むように、何十本ものナイフが生まれ出でた。 これが、レティシアの能力。あたしとは違い、刃物そのものを作り出す能力。 それは、凄い事かもしれない。手元から離せない刃しか作れないあたしと比べれば、汎用性は比じゃないだろうとも思う。戦う人としては、レティシアの方がはるかに優秀だろう。 だけど。 「あたしは、誰にも負けない」 八番目の眷属として失格のあんたなんかには。 光刃がレティシアを指す。すでに、レティシアは人間じゃない。死者でもない。もちろん、眷属なんかじゃありえない。 「あたしの刃は神様だって悪魔だって、過去だって殺してみせる。あたしは、破壊の起源を持つ者だから」 現在を苦しめるだけの過去なんて、要らない。 殺意を刃に乗せ、破壊の意思を力に代えて。 「ふざ、ふざけるなァ!」 ナイフの群れがあたしを襲う。四方八方、軌道を見切る事さえできない刃物の列。 もっとも、あたしには通じないけど。 あたしは両手に刃を握り、構わず振り回した。斬り飛ばされたナイフは砕けて散り、あたしの斬撃をなんとか避けた刃も、軽く動くだけでかわせる。 「あんたなんかに! 死導者さえも倒したこの私が! どうして負ける理由がある!? どうして勝てない!」 「とーぜんよね。あんたが倒したのは、だいぶ昔の死導者。あたしが倒したのは、現在のそれより成長した死導者。どっちの方が強いかなんて、考えるまでもないわよね?」 レティシアの瞳が、少しだけ大きく見えた。 「くッ……、そんなの、そんなの認めるかァ!」 「認めないで結構よ。現実は揺るがない」 最後のナイフを切り払ったところで、あたしのもうひとつの刀身を伸ばす。レティシアに届くほど、長く! 「非常識な長剣」 伸ばす代わりに切れ味の鈍った刃が、レティシアの横腹を叩いた。息を詰まらせたところを詰め、今度は首を掴む。 「消えろ。亡霊」 「嫌……、嫌! 消えたくない、消えたくないッ!」 レティシアの顔が恐怖にゆがんだ。それを見て、初めてこいつを人間らしいって思えた。 元は変魂だったって事は、レティシアも人間だったって事だ。どんな生まれか知らないけど、変魂となり、眷属にまで上り詰めるほどの能力なんだから、相当に強い後悔を持って死んだんだろう。 それだけ、こいつは生に執着している。生きる事を願っている。 それは、死導者が最もやっちゃいけない事だ。死導者は生きているわけじゃない。死んでいないだけ。消滅の可能性はいつだって、今すぐにだってある。今までは、たまたま生き残れたに過ぎない。 誰も彼も、生き続ける事はできやしない。 「嫌だ、死にたくない! 殺さないでェ!」 「その願いを持った時点で、あんたは死導者にはなれないわよ」 今度こそ、あたしの刃がレティシアの胸を貫いた。 血は流れない。死導者に血はない。 剣が刺さった部分から、ふわふわと光が流れ始めていた。生の流出。それが、死者の死。 「生まれ変わったら、もっかい戦いましょうか。今度は悪夢なんかじゃない、日の光の下でね」 苦痛にゆがむレティシアの顔。 あたしは、それすらも切り裂く。真一文字に、レティシアの顔がずれた。 ゆっくりと、光が解け、溶けていく。 レティシアが光の渦となって消えるまで、あたしはそこに佇んでいた。 レティシア・ラスペード。あたしの、先代。 アンジェラと肩を並べ、死と苦痛だけが集う戦場を、共に駆け抜けた人間。 思わず、ため息が漏れた。 「あんたがそんなんだから、終わらなかったんじゃないの。戦い」 レティシアだけのせいじゃない。マリアの、他の死導者たちの、そしてアンジェラの意思があったからこそ、ゲームは続いていたんだと思う。 それでも、あんたがもう少しでも疑問を挟んでいれば、もっと早くアンジェラは苦しみから解放されたのかもしれないってのに。 そして、あんた自身も。 あたしと戦う必要なんか、これっぽっちもなかったってのに。 もちろん、あれはアンジェラの記憶に過ぎない。本物はとっくの昔に死んでいるし、あいつ自身に何の責任もない事くらいはわかっている。 それでも、そう思わずにはいられなかった。 「しょーがないよね」 だって、あたしはレティシアの味方じゃないんだから。 あたしは唯一絶対の、アンジェラの味方。アンジェラが良ければ、あたし自身がどうなろうとも構わない。ただ、彼女があたしの死を望まないから、こうしているだけで。 破壊者は、何かを壊す事しかできない。 それでも、何かを守れるなら――それはきっと、意味のある事。 |