あたしは殺す力がある。それしかないとも言えるけど。
 でも、それだけあれば十分でもある。
 殺すべきものを殺す。それだけできれば、それで十分。

「ったく、手間取らせてくれるわね」
 いつものように変魂を狩り終えたあたしは、ぽんぽんと手を払う。別に埃がついてるわけじゃない。ただの気分の問題。
 実際、今日の変魂は割と手ごわい方だった。このあたしが一発もらうくらいには。
 あたしに怪我を負わせるなんて、死導者くらいなものだ。それを変魂の身分でやってのけたと言うのだから、それは相当の成果だ。
 ま、結果的にはあたしが勝つんだけどね。
「さて、と」
 うーん、と伸び、あたしは周囲を見回した。
 転戦するうち、どうやら公園のど真ん中まで来てしまったらしい。時刻は深夜。水銀灯の明かりが公園を仄暗く照らしている。
 そこに、
「ようやく、見つけた」
 女の子がいた。
 赤い髪を揺らした、あたしくらいの年頃の女の子。シャツにジースカという服装は、おしゃれをしているというよりは、ただあったから着ているだけ、という印象を受ける。あまり服には興味がないのだろうか。
「ふん」
 あの子が普通の子ではない事は明白だった。なぜなら、女の子は、しっかりとあたしを見ている。
 あたしもまた、死導者。死の先に在る存在。そんなあたしを見つけられるのは、普通の人間ではありえない。
「眷属ッ!」
 女の子は背中の袋から何かを取り出した。
 あれは……、鞘?
 柄に手をかける。そう、間違いない、あれは剣だ。
「ちょっとちょっとぉ、それって女の子が持つもんじゃないわよ」
「しゃらくさい!」
 鞘を放り投げ、女の子は飛び出す。同時、あたしもまた剣で受けた。
 光が弾け飛ぶ。
「変わった剣ね。なんて言うの?」
 それは石と鉄の中間のような剣だった。
 石製の柄と、鋼鉄の両刃。その刃も切れ味はにぶそうで、とても断つための武器とは思えない。
 だけど、これがただのおもちゃではない事くらいはわかる。この剣からは、生きる力を感じる。
 生。生命エネルギー。
「ふっ!」
 女の子は問答無用とばかり、あたしに斬りかかってきた。あたしとしても生きている人間を相手に本気を出すわけにもいかず、適当に応じる。
「はッ! やァ!」
 それが、徐々に熱を帯びていく。
 打ち込みはより苛烈に。回避は紙一重で。
 無駄のない動き。その剣筋は、あたしのスピードでもギリギリになってきていた。
「はッ!!」
 一際、強く踏み込んでくる。必殺の一太刀。
 正面から受けたあたしは、自ら後ろに跳んで距離を置いた。女の子は、すぐさま追いすがってきたりはしなかった。
「ちょっとあんた、何のつもり。なんでいきなり斬りかかってくるのよ。失礼だとか思わないの?」
「うるさいねェ! あんたら眷属の存在は! 絶対に絶対に絶対に! 認めるわけにゃいかないのよォ!」
 ――眷属?
 彼女はあたしを見て、変魂でも死導者でもなく、眷属と呼んだ。
 それは、あたしたちの仕組みを知っているという事。
「……本当にあんた、何者」
「そんなのはあんたが知るような事じゃないよ」
 じり、と女の子が迫る。と、ちらりと自分の得物に目をやり、
「やっぱり八握剣だけでは足りないみたいねェ」
 剣を覆う生に、力強さが増した。
「なら、本気で行くよ」
 より強く、より濃く。
「ふるべ。ゆらゆらとふるべ」
 生が、刃を成す。
 それは、あたしの剣に似ていて、非なるもの。
「フランベルジュ」
 炎を模した、波状の剣。
 フランベルジュ。赤い髪。殺気。
 そうだ、あたしはこの殺気を知っている。そして、その持ち主が現代にいるはずがない、という事も。
「あんた、まさか?」
「話は、あんたを殺してから聞いてやるッ!」
 仕掛けてきた。あたしは剣で応じる。
「――!」
 その一撃は、さっきよりも重く、荒くなっていた。
 正確性は減り、そのぶん威力重視となった剣。フランベルジュの攻撃はかするだけで肉を削り取られる。それだけに、回避は完全でなければならない。
「ったく、めんどくさいわね!」
 あたしもまた、刃を交えながら応戦。けど、あたしの能力はもとより防戦には向いていない。そして、性格も。
「やられっぱなしで、いるわけないでしょうがぁ!!」
 フランベルジュを思い切り弾いたところで、踏み込む。渾身の力を込めて、必殺の剣撃。
 あたしの一撃に断てないものはない。あたしの剣は切れ味だけが自慢だ。こいつの剣のような華麗さもない、無粋な武器に過ぎないけど!
 実用性だけなら! 負けられない!
「はあああああああああああああああ!!」
 女の子は剣を引き戻す。ガードは間に合う、けど、ガードなんか関係ないッ!
 刃は刃とぶつかり、
 ギギギギギ――!
 耳慣れない音と共に、停止した。
「なッ!?」
 驚愕に、反応が遅れる。その隙を見逃す相手じゃなかった。
「ふっ!」
 蹴られ、あたしは転がる。立ち上がる間も惜しんでさらに転がった後ろに、剣が刺さる音が響いた。
 逃げた。思った次の瞬間、足に熱気が走った。
「ッ……!!」
 刺された。同時に思い出す。こいつの能力は、刃物の生成。
「ナイフ創るのなんざお手のものなのさァ。甘かったね、眷属」
 失念していたのは、手痛いミスだった。
「やってくれるじゃない」
 飛びのく。相手は追ってこなかった。炎のような目であたしをにらみ、
「まだ動けんだ。やるじゃないの。そこらの眷属とは格が違う」
「褒められても嬉しかないわ。負け犬の眷属なんかに」
 ぴくり。こめかみがひきつり、表情に凶暴さが増し、剣に殺気がこもる。
「私、あんたに会った覚えはないんだけどねェ?」
「あんたが知らなくてもあたしは知ってるのよ。『先代』さん」
 先代、という言葉にはピンと来なかったのだろう。怪訝な様子だ。無理もない。こいつは、おそらくは知らないのだから。あたしという存在、死導者の現状。そういった、この国に来てから変わった事を。
 なぜなら、彼女が知る死導者は何十年、あるいは何百年も昔の存在。フランスの片田舎で戦っていた頃のお話。
 レティシア・ラスペード。
 あたしと同じ、アンジェラの眷属だ。
「ふうん。なんかよくわかんないけど、情報源くらいは持っているみたいね」
 じりじりとにじり寄って来る。警戒しているわけじゃない。面白がっているんだ。あたしを追い詰める事、苦しめる事。
 彼女にとって、死導者とは敵そのもの。レティシアは、獲物をいたぶる事に快楽を見出している。
 危険、だ。
「で? それについては教えてくれんの?」
「誰があんたなんかに」
「でしょうね」
 とはいえ、まずい。この状況。
 なにしろ、あたしの剣が通じないというのが何よりやばい。足の怪我なんか二の次。邪魔なら切り落とせば済む。
 けど、剣が通じないんじゃ、どれほどの特攻も意味をなさない。魂を賭して、得られるものは無駄死にだ。
 なんとかして、理由を見つけないといけない。『破壊』の起源を持つ、あたしの刃さえ防ぐ究極の硬度を持つ刃。
「じゃ、死になァ!!」
 間合いに入った瞬間、レティシアはフランベルジュを振り下ろした。あたしは咄嗟にナイフ状にした刃で受け止める。
「!?」
 そして、退く。
 ――レティシアが。
「な、ん、だって?」
 レティシアは驚いたように自分の刃を見つめていた。あたしも、心臓が跳びはねていた。
 今のは、通じた。
 刃が刃の中に潜り込む感覚。あまりにも気迫で微弱な感覚を、あたしの刃は確かに感じていた。
「通、った」
 つまり。あいつの刃は、無敵というわけじゃない。
 あたしの最強最高の威力を込めた一撃、『神殺しの一太刀』ならば斬り落とせる!
「そうと、わかれば!」
 ナイフ片手に飛びだそうとしたあたしは、
「やめなさいッ!!」
 ずん、と目の前での爆発。瞬間的に後ろに跳ねていなければ巻き込まれていたほどの衝撃。
 けれど、あたしが驚いたのは、そんな衝撃がきたという事よりも――。
「アン、ジェラ?」
 チリン――
 宝剣を手に、おそらくは空高くから飛び込んできたのは、夜空色の衣に身を包んだ小学生。
 アンジェラはちらりとあたしを振り返り、すぐさま赤い髪の女の子に目を移す。
「貴女……、レティシア・ラスペードね?」
「久しぶりね、アンジェラ。こんだけ変わってもまだ気付くなんてさすが。魂の波長でも感じた?」
 フランベルジュを低く構えたままでレティシアは問う。戦いをやめるつもりは欠片もなさそうだった。
「レティシア。なぜ、貴女がこの時代、この国にいるの」
 アンジェラの視線は鋭い。それは、懐かしい部下に出会えた喜びを感じさせなかった。そんなものは、なかった。
「随分と嫌われたもんだねェ。わかってる? 私は正真正銘、本物のレティシア・ラスペードだよ」
「わかっているわ。だから聞いているの。貴女は確かに滅した。
 肉体の死ではなく魂の消滅。存在しているはずがない。因果律を曲げてまで、どうして貴女がここにいられるの」
「――そうだね、アンジェラには教えてあげようか」
 ゆらり、と剣を下ろす。そして懐に手を入れ、
「ッ!」
 投げつけたのは短剣。アンジェラは即座にその攻撃を手にした剣で弾く。
「やるね、さすがアンジェラ。あらかじめ可能性として考えていなければ対処できないスピード」
「当然でしょう。今の貴女に優しさなんてものはない・・・・・・・・・・・・・・・・のだから」
「……そこまで気付いているんだ。じゃ、いまさら説明する事、ないね」
 剣が真横を向く。ゆっくりと歩み寄るその姿は、赤い十字架のように見えた。
「アンジェラ、それと名前もよくわかんない眷属。あんたたちは殺す。殺す殺す殺す。何があろうともどんな理由があろうとも私はあんたたちの存在を認めない許さない受け入れない。悪魔も天使も死神も神様も死導者も皆殺しにしてみせる一人だって残さないこの世界に欠片さえ残させはしない死導者が存在したあらゆる証拠をひとつ残らず根絶やしにしてやるッ!」
 ぞくり、と背筋が震えた。
 このあたしが、死ぬ事さえ怖くはないこのあたしが、純粋に恐怖した。
 こいつは、ヤバい。
 力がどうこうとか、そういう事じゃない。こいつの心は狂っているという事、それが何より恐ろしい。
 このレティシアはいてはならない存在だ。
 直感的に、そう感じた。
「ケイ」
 アンジェラは振り向かなかった。今のレティシアから視線を外すわけにはいかない、そう思っているんだろう。あたしも実際にそう思う。こいつは、目をそらせば、次の瞬間に何をしでかすかわかんない!
「ケイ」
 チリン――
 もう一度、あたしの名前を呼ぶ。続けて鈴の音色。それだけで、緊張が随分とほぐれた気がした。
「オッケー。作戦了解」
 あたしはアンジェラの意思をくみ取る。レティシアに向かい、じりじりと距離を詰めていく。
「さようなら、レティシア」
「今生の別れの間違いじゃないかい? もちろん……、次の生なんて与えないけどねェ!!」
 刃が迫る。その直前、
 チリン――
 景色が揺れ動いた。
「ッ!!」
 レティシアが息を飲む気配さえ伝わってきた気がする。けど、もう遅かった。
 ――アンジェラァァァァァァァァァァ!!
 炎のような遠吠えが耳にこだまする。



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