風が吹き、火が燃え、雨が降る。
 あたしも死を与える事はできる。だけど、自然は支配できない。
 自然の力は、死よりも大きい。


「まーた遠くまで来たもんねー」
 えっちらおっちら空間を渡り、やって来た場所は、町などから少し離れたところにあるお山だった。生い茂った木々が紅葉しているのが見て取れる。
「ほんじゃま、行きましょか?」
 あたしは脇に立つちっさい上司――アンジェラを見る。
 アンジェラは見た目は子供で中身は違うという存在。外見だけならあたしの半分くらいの年齢にも見えるけど、中身はあたしの倍じゃすまない年月を過ごしている。
 そんな上司が、珍しく提案したのが、このお山登りだった。何があるのか、あたしはまだ聞いていない。
 そうね、と頷いたアンジェラは、すたすたと歩き出す。それを見てあたしは、
「ちょちょ、アンジェラ? なんで飛ばないの?」
 あたしたち死導者は肉体を持たない。その恩恵として、空を飛ぶ事ができる。上空から眺める景色は気持ちいいし、普通に山を登るよか空を飛んだ方が明らかに早い。
 あたしはそう思っていたが、
「駄目よ、ケイ。失礼に値する」
「失礼? 誰に?」
「これから会う方に、よ」
「……?」
 アンジェラがここまで敬意を払う奴なんて、あたしは知らない。せいぜいマリアくらいだけど、それにしたってここまで極端に敬意を払うことはない。
 となると、今から会いに行くとかいう誰かさんは、そんなに偉いんだろうか。考えると、ちょっと緊張する。
「じゃあ、エルを置いてきたのも、同じ理由?」
「似たような、ね。彼女はエルのような存在が入山することを好まない」
「それ、あたしは平気なわけ?」
「貴女は大丈夫よ」
 何をもって大丈夫と断定しているのかよくわかんない。
 けどまあ、アンジェラが言うからには大丈夫、かな?
「さあ、行きましょう」
 そう言って、アンジェラは一歩を踏み出した。

 歩いて登るって口では簡単に言うけど、実際にやってみると割と大変だった。
 なにせ、道らしい道がない。獣道を強引に割って入るわけで、そうなればきついのも無理はない。
 特に、あたしたちは普段、歩くという事をしない。体力がないわけじゃないけど、こうして慣れない運動をし続けるのはちょっとばかり疲れがたまる。
「あそこよ」
 そんな山道を進むこと、数時間。ようやく見えてきたのは、こんな山中には相応しくない、小さなお社だった。
 密林状態がここだけ途切れ、木漏れ日が降り注いでいる。その光景は、どこか神秘的だった。
 こんなところまで手入れに来る人間なんているはずもないだろうに、お社は不思議と綺麗なままだった。けど、それ以外には特徴らしい特徴もない。腰くらいの大きさの、石畳に乗っているごく普通の木箱に見える。
「これがどうしたの?」
「ここが目印なの」
 アンジェラはお社と距離を置いて立ち、何かを待つ。あたしも同じように脇に立ち、アンジェラが待っている『何か』が来るのを待った。
 やがて、それほど待つまでもなく、ガサガサと茂みが揺れだす。
 ぴょこんと何かが飛び出し、お社の前に着地した。でもって、改めて見てみると、
「……狐?」
 そりゃもう、どっからどう見てもただの狐だった。ふさふさした尻尾がちょっと気持ちよさそう。
「なんだってまあ、こんなとこに狐? まさかアンジェラ、狐なんかに会いに来たわけ? わざわざ?」
 あたしの言葉を聞いてか、狐は顔をしかめる(動物でも表情を変えられるのね)。
「なんじゃお主、失敬な輩じゃのう」
「は? 失敬って何を……」
 くいくい、と服のすそを引っ張られ、あたしは視線を落とした。
「どしたの、アンジェラ」
「ケイ、本当に失礼よ」
「……。失礼って、こいつに対する態度の事?」 
 あたしが狐を指すと、アンジェラはすぐさまその手を下ろさせた。
「ごめんなさい。この子はまだ知らないの」
「よいよい。若いうちは不躾なのも致し方のないことじゃ。歳を経れば自然と敬うべき相手には相応の態度を身につけてくる」
 ひらひら、と尻尾を振る狐をじーっと見つめる。見た感じは動物園にいても違和感のない、ただの狐、って感じ。強いて変わったところを挙げるとするなら瞳の色が赤っぽい青色してるって事くらいで、特別にアンジェラが敬うような部分は見当たらない。
「あ、そういや喋れるのね」
 そこだけは少し驚く。けどまあ、アンジェラがわざわざ会いに来るほどの相手、そのくらいは特別なうちに入らない気もする。
 となると、
「ねえ、アンジェラ。もしかしてこの人、ものすごい年寄りなの?」
「少なくとも、私よりは長くこの世界を見ているわ」
「――いくつよ?」
 地獄耳なのか、狐はくすくす笑ってあたしの質問に答えてきた。
「お主らの、ほれ、主がおるじゃろう。白いのが。あれよりは上じゃなぁ」
「ッ!?」
 思わず息を呑んだ。
 アンジェラの上司、マリアは千年以上も生きて(?)いるっていう化物じみた人。それ以上、って事は、
「むちゃくちゃ歳じゃない」
「お主、存外に肝が据わっておるの」
 アンジェラの見咎めるような視線に気付き、あたしは口をつぐんだ。
「まあよいよ。名乗らぬあても悪いんじゃからの。
 主、名をなんという」
 尻尾であたしを指す狐。ちょっと癪に障る態度だけど、とりあえず答えておく。
「ケイよ。志野ケイ」
「ケイか。ではケイよ。しかと聞き覚えておくのじゃぞ」
 ぽん、と尻尾で石畳を叩く。その瞬間、尻尾がずらりと増えた。並ぶ数は、九本。
「あての名は瑠璃という。見ての通りの金毛九尾じゃ。日本に住まうものとしては最古参じゃな」
「きんもーきゅーび?」
「金色の毛並みを持つ九尾の狐よ。狐は獣の中でも霊格が特に高い生き物。中には肉体のまま高位の存在になる者もいる」
「そういった者を妖狐と呼ぶ。妖狐の力は尾の数に比例しての、九まで揃えば、それ以上は増えなくなるのじゃ」
「……要するに、九本の尻尾があるあんたは狐の中でも特に強い狐ってわけ?」
「ケイよ。狐々と連呼してくれるな。お主も死神などと呼ばれとうあるまい」
「んー、はいはい。そりゃわかったけど、アンジェラは瑠璃に何の用があるわけ? そっちはまだ聞いてないわよ」
「あても知らんの」
 そりゃそうだ。
「久しぶりに会って失礼なのだけれど、お願いがあって来たの」
「ほう。あてに願いとな」
 尻尾をぷんぷんさせる瑠璃。アンジェラは頷き、
「近頃、本当にごくごく最近、私たちを狙う者が出始めた」
「それは人の子という意味かの? それとも、あてらという事か?」
「なんとも言えないわ。わかっている事は二つ。一つは、敵は私たちに対して強い憎悪を抱いているという事。もう一つは、敵は十種神宝のレプリカを作るほどの霊的技術があるという事」
「ほほう」
 瑠璃の、蒼い瞳が細まる。
「前者はまあよい。お主らもいい加減、恨まれても仕方の無い生き方をしておるからのー」
「面目ないわ」
「よい。それも生き方じゃ。じゃがの、後者は見捨ておけん。レプリカとは言うが、お主が言う以上はそれなりの完成度があったのじゃろう?」
「ええ。滅された魂を蘇らせる程度の完成度は」
「ますますもって、おかしな事じゃな。滅した魂は自然に還る。自然の中から何かを取り出すなど、あてにもできん」
「それを、やってのけるほどの相手なの」
 しばし瑠璃は沈黙した。何かを考えるように顔を伏せ、
「あいわかった」
 顔をあげた時には、そう呟いていた。
「それはあてらにとっても良くなさそうな話じゃ。妖狐の名に懸けて、全力を調査に回そう」
「ありがとう、瑠璃。お礼はいずれ」
「いやいや、いずれなんぞと言わず、あての願いも聞いてくれればそれでいいんじゃがの」
「貴女の、願い?」
「そうじゃそうじゃ」
 狐は何故だか楽しそうに尻尾を振って、
「実はの、この山から子狐が迷い出てしもうたんじゃ。まだ幼いがあれで変化くらいは使えるからの、人里に紛れてはあても探しようがないんでの」
「それを私たちに探して欲しい、と?」
「そういうことじゃ。なに、あてらよりもお主らの方が人里には詳しかろ?」
「……そういう事なら」
「うむ。終わったら一緒に美味い油揚げでも食べよかのー」
 きひひ、と笑い、狐は草むらに飛び込んでいった。

 登山するとなると疲れる山も、下山するとなるとそれほどでもなかった。下りの方が怖いって聞いた事もあるけど、あたしにはこっちの方がいい。
「そういえばアンジェラ」
「何かしら?」
 ひょい、と木の根っこをまたいで、アンジェラは聞き返す。
 あたしも木の枝につかまりながら、
「なんでったって瑠璃にお願いなんか? 敵の捜索なんてあたしらとか、それこそ陽平とか使えばいいじゃない」
「私たちだけでは数が足りない。それに、この問題に人間を巻き込むわけにはいかないわ」
「なんでさ?」
「私たちの敵だからよ」
 手足を止めたアンジェラに習い、あたしも立ち止まる。
「ケイ、この際だから言っておくわ。今度の敵と呼べる相手は冗談では済まない。この、死をも殺そうという相手。人間を守る意味でも、足手まといを増やさないという意味でも、決して巻き込めないわ」
「そんなに危険な相手なの?」
「人間を蘇らせた、それだけでも大変な力よ。しかも相手は自然の生さえ意のままにしている。貴女も自然の生がどれほど危険なものであるのか、承知しているでしょう?」
「う、うん」
 自然のっていうけど、本質的にはあたしたちが持つものと同種のものだ。違いがあるとするなら、その量が莫大であり、方向性を持っていないという事。
 あたしが生み出すエネルギーは全て『破壊』という方向性を持っている。だからこそ御しやすい。破壊の明確な形を取る事も可能。だけど、自然の生ってのはそうじゃない。
 自然の生には方向性がない。何かの方向があればその通りに形を作るのは難しくないけど、何の方向もないんじゃ作りようもない。
 それを利用したり、あまつさえそっから特定の何かを引っ張り出したりできる奴。
「……それ、本当に人間?」
「人間とは限らないわ。それこそ、妖狐などの類かもしれない」
 言葉とは裏腹に、アンジェラはそうは思っていない様子だった。
「――この敵には、私たちに対する明確な悪意と殺意がある。そのくせ、自ら戦いを挑むでもなく、レティシアを使うような回りくどい方法を選んでいる」
「ま、そうね」
「おかしいのよ、それは。獣にとって他人の力を使うなど侮辱以外の何でもないわ。己の力を使わない事を、彼らはひどく嫌がる。強い力を持つ者ほど余計にね。このやり口は、言いたくはないけれど、人間のやり方だわ」
 そう、とアンジェラは言葉を続ける。
「これは、人間の仕業。人の持つ、醜い部分よ」



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