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山の麓まで降りてきたところで、あたしは腰に手を当て考え込む。 「んでー、狐探しだっけ? んなもんどーすりゃいいってのよ」 「とても難しいわ」 やけにさらりとアンジェラは言ってのけた。 「ケイ。狐の変化というものを知っている?」 「変化ってあれでしょ、人間に化けたりするやつ。ローラみたいの」 「そうね。狐の変化というものは、その上位と考えていいわ。彼らの変化を見破る術はない」 「……は?」 あたしは思わず目を丸くし、 「ないって、そんなわきゃないでしょう。別に体の形が変わるわけじゃないんだし、目の前にいればわかるんじゃないの? アンジェラとかなら」 「私にもわからないわ。私が瑠璃と初めて会った時、私は人間に変化した彼女を見破る事ができなかったもの」 驚愕の新事実。アンジェラはできない事とかあんまりないけど、やっぱりできないものはできない。 「ならどーすんのさ。目の前にいたってわかんないんじゃお手上げもいいとこよ?」 「さすがに子供、目の前まで行けば多少は違和感を見つけられるかもしれないけど……、かなり難しい事は間違いないわね」 でも、とアンジェラは続ける。 「本質が狐である、その事実までは変えられないわ。変化はあくまで変化。化けるだけであって、変質するわけではない」 「油揚げでも吊るしてみる?」 「ケイ。獣ではないのだから」 狐は立派な獣よ。口に出そうとしたが、なんとなーくどっかで瑠璃あたりが見張っていそうな気がしたのでやめておいた。あたしにも防衛本能くらいはある。 「ともかく、探してみましょう。エル」 呼ばれて飛び出て何とやら。ひょこん、とアンジェラの頭に黒い獣が飛び乗る。 こっちは本物の獣。黒オコジョのエルミネアはひくひくと鼻を動かすが、 「きゅ〜……」 今日ばかりはエルの鼻でも探せないらしい。あたしらは探索が苦手なぶん、何かを探す時はエルの鼻に頼りがちだ。その鼻が使えないってことは、 「え? まさか足で探すの?」 「そうなるわね」 「嘘でしょ!? この町だけでもどんだけ広いと思ってんのよ! しかもこの町にいるって確証はないし!」 「いるわ」 アンジェラの口調からは百パーセントの確信が感じられた。それが、むしろあたしの疑問を生み出す。 「いるわって、なんでそんな言いきれんのよ?」 「……言ったらケイは怒るもの」 「怒らないから教えてよ」 「駄目。それより、早く捜索に行きなさい」 頭の上にエルを乗っけたまま、しゅたっとアンジェラは飛びあがってしまった。 「あたし一人でどーしろってのよーっ!」 叫んだところでアンジェラの返事はない。かんっぺきに逃げやがった。 「はぁ……」 まあ、どっちにしろ探しはするけど、なんとなーくしっくりこないのはなんでかしらね? ともかく、あたしは一人きり状態。やるしかない。 「んー、しゃーない、行くか」 探す以外に道はないのだ。なら、今は目の前にある仕事を片付ける他にない。 あたしはなんとなく乗らない足取りのまま、町に繰り出す。 手がかりは、アンジェラが残した『相手は狐である』という言葉のみ。 あたしが思いつく狐の行動範囲といえば、ゴミ捨て場とか、山の中とかそんなの。野良犬と一緒。 「そんなところにいるわけはない、と」 仮にも人間の姿をしている(らしい)んだし、そんなのがゴミ捨て場とか山の中をうろちょろしているわけない。てか、そんな場所なら瑠璃が行けば済む話だろう。 人間の姿をした狐が行く場所。まず、お金は持ってないはず。お金がなければ行動範囲なんて限られている。その中で、狐が行きたくなるような場所といえば、 「やっぱ、こういうとこ?」 あたしが訪れたのは、地図を見ていて存在に気付いた、稲荷神社だった。 まさか瑠璃を崇めている神社でもないだろうが、入り口にある狛犬っぽいのは狐の形をしていた。さほど大きくないお稲荷さんらしく、神社の中は閑散としている。 町の中にある神社なんて、こんなもの。いまどき、宗教は流行しない。それがわかっているとはいっても、どこか寂しい感じを受ける。 とは言いつつも、落ち着いて何か考え事でもするには良さそうな場所にも見えた。さしあたって狐らしい姿はないし、あたしはそこらの木の根っこんとこに座って考え事をしてみる。 「狐のいるとこ、狐のいるとこ……」 駅。商店街。食べ物を売るお店。神社。お寺。教会。動物園。 ――いかん、考え方が完璧に動物対象だ。 考え方を少し変えてみるべきだろうか。狐ではなく人間の子供としてなら? 親からはぐれてしまった子供はどうするだろう。じっとしていれば親も見つけやすいだろうに、子供はそういうことはしない、親を探して際限なく歩いていってしまう。 そして、歩き疲れたらその場で休んでしまい、今度は動かなくなる。 今回の相手は子供の狐。無目的に歩くよりは匂いを探すんじゃないだろうか。母親に似た匂い、狐の匂いがする場所。 狐の匂いがする場所なんて、 「やっぱないわよ、ねぇ」 そこまで考えてどん詰まり。いい線だとは思うんだけどな。 「だいたい迷子のやる事なんて知らないわよ、あたしゃ迷子じゃないんだか、ら……」 ――ん? 何だろう。今の違和感。そう、何かがおかしい。 迷子。迷子。迷子……、狐が、迷子? 自分の住んでいる山もわからなくて人里に紛れ込むほどに? 「んなアホな」 そう、そんなのありえるわけない。だって仮にも狐、山の方向がどちらであるかなんて考えるまでもなくわかるはず。 瑠璃が子狐を探せないのは、子狐が人里に来てしまったからだ。一方、子狐の方は? 山のどこらへんが住処なのかわかんなくても、山には行けるはず。そうすれば瑠璃が迎えに行けるわけで、 「じゃあ、なんで山に行けないのさ?」 そう、何か理由があるんだ。山には戻れない。 自分の意思、とも思えない。迷い出てしまったなら、普通は戻るはず。かと言って人間の里に狐が何か用事があるわけもないだろうし、観光に来たのなら瑠璃が連れ戻せなんて言うはずもない。 そう、つまり、誰かの意思が介在している。 ふと、思い出す。アンジェラの言葉。 『これは、人間の仕業。人の持つ、醜い部分よ』 「まさか、人間が狐を?」 猟師とか? それなら瑠璃も気付くはず。瑠璃に気付かせず、子狐だけをさらう事ができる人間。 それは、人であって人ではない存在。それしか考えられない。 「退魔関係者っ!」 思いついた時には、あたしはもう飛び出していた。 狐を探す事は難しい。でも、退魔師を探す事は、そんなに難しい事じゃなかった。 退魔師には独特の匂いがある。それは、近づけばあたしでさえ感じられるもの。 「見つけた!」 それは、お稲荷さんからほど近い、小さな教会だった。日本ではそれほど多くないとは言っても、教会そのものはさほど珍しいものじゃない。ただ、この教会だけは違った。 ぷんぷんと匂う、言葉では説明できないこの感じ。間違いない、ここには、霊的な能力を持つ人間がいる! 「たのもー」 あたしは特に意識も何もせず、正面玄関を堂々と開いて中に入った。 教会の中は横長の椅子が並び、正面のところに十字架が刻まれた卓が置いてある。少し視線を上に向けると、ステンドグラスから弱い光が差し込んでいた。 「ちょっとー、ここの退魔師、いないのー?」 すたすた、無造作に歩いていく。そうして教会の半ばくらいまで入り込んだところで、 「ふっ!」 「ふん」 真横からの突き刺すような一撃。身をひねり、突き出された刃を平手で弾く。 「へえ、あんたが狐さらい?」 「人さらいみたいに言ってくれるな。化物を捕獲しただけじゃないか」 普通、答えるもんかしらね。これだから頭の湯だった狂信者は嫌なのよ。 あたしと向かい合った名前も知らない退魔師は、神父だか牧師だかの格好をしていた。黒い法衣に、首からぶらさげたストール、そして胸元で揺れる十字架。見ただけなら立派な宗教人だけど、その血走った眼はとても聖職者のそれには見えない。 「あんたが何をしようとしていたかなんて興味ないんだけどさー、その狐の子にはあたしも用があんのよ。返してくれる?」 「ふん、異教の化物風情が。貴様らの言葉など聞く耳を持たん!」 「あっそ」 なら、力で取り戻せばいい。 あたしは懐に手を突っ込む。真似するように、相手も。 あたしが取り出したのは木端。刃を形成するための柄。 対する退魔師は、小さな本だった。それほどの厚さはなく、紺色の革表紙には何も刻まれていない。 「やめておきなよ、あんた。ただの人間じゃあたしには勝てない。そりゃもう、絶対にね」 「だからどうした? 人の姿をした悪魔め」 「……悪魔である事は否定しないけどね」 はぁ、とため息をついたあたしは、くいくい、と親指で外を指す。 「どーせならさ、外でやりましょうよ。教会の建物、ぶっ壊したくないもの」 「――いいだろう」 誘いにはすぐさま乗ってきた。断られるかと思っただけに、ちょいと意外。 もしかしたら何かの罠でもあるのかもしんないけど、まあ、どうにかなるわね。 |