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以前の私を突き動かしていたものは妄執だった。 思いは消えず、その形を変質させた。 たったそれだけなのに、私は大きく成長できたように思う。 日本に戻って来たのは久しぶりだった。 もともと、国なんてものに興味はなかった。居場所などない私にとって、どこの国の、どんな場所にいようとも、人ではない私自身がイレギュラーである事に変わりはなくて。結局、どこにいても同じようなものだと思っていた。 この国に興味を持ったのは、一人の男のおかげ。私がこの国に戻ってきたのも、それが理由。 「この町」 そこは懐かしい町だった。外れに行けばいまだ造成されていない土地が残っているような、それでいて田舎とはいえないらしい、特徴などない町。私はここで彼と出会い、それまでの生き方を変えた。 空から見下ろす町は、夜半のせいか、明かりも乏しい。それでもちらほらと明かりが見えて、それが人の営みを感じさせる。 「……」 とりあえず、空を飛んでいても彼に会う事はない。町に降りてみる事にした。 まっすぐ眼下に降りると、そこは住宅街らしい場所だった。両隣に塀が並ぶ。彼を探すには、私の能力を使ってもいいのだけれど……、なんとなく、自分の足で探してみたくなった。 だから、とりあえず歩く。目的はあるけど目指すものはない。なんとなくの勘で会えるとも思えない。ただ、この町を楽しみたいだけなのかもしれない。 そうやってぼんやりと歩いていると、反対側から人が歩いてきた。 私の目から見れば、何やら奇怪な格好をした二人だ。片方は金色に頭を染めている。両耳にも両腕にも金属の輪が揺れているけど、術的な意味があるとも思えない。ズボンを腰の低い位置までわざわざズラしているのは、何かの儀式なのだろうか? もう片割れも男だ。こちらはもう片方の男ほど派手な色彩ではないにしろ、やはり髪を茶色く染め、ズボンを下げている。 「ん?」 向こうも私に気付いたらしい。視線がこちらに向く。 「どうしたんだよ、そこの君」 周囲を見渡す。他に人影はない。夜半だし、そもそも人が出歩く時間でもないのだから当然か。 私を呼んでいるのだと思い、見返した。 「?」 「女の子が出歩く時間じゃねーだろ?」 そういう事か、と合点する。そういえば、私の外見年齢からして、この時刻に外を歩いているのはおかしいだろう。 「人探し」 「こんな時間にかぁ? ま、いいけどよ。それなら俺たちが手伝ってやろうかぁ?」 予想外な申し出だった。外見に似合わず、存外と親切なのかもしれない。 と、茶髪の方が金髪の肩をつかみ、耳元でささやきだした。といっても、他に音がなさすぎて、私の耳でも十分に捉えられる声だったが。 「おい、まさかこんな子供に手ぇ出すのかよ?」 「うっせーな、アケミのバカがどっか行っちまったからたまってんだよ」 「ったく、しょうがねえヤロウだな」 茶髪はどこかあきれたように吐息をついた。それが何を意味するのか、私にはいまいちわからない。 「じゃ、そうだな、向こうの方に行こうぜ」 金髪は自分たちが歩いてきた方を指す。私は小さく頷き、その後を歩く。 「ちょいと待ちなんさい」 背後から声をかけられた。 振り向く。後ろに女性が立っていた。こちらも男たちと同じように明るい金色の髪を背に流しているけど、男たちと違って違和感というものがない。背丈も女にしては高く、すらりと伸びていた。造詣の整った顔立ちは、人の価値観で言えば美人と呼べるものだろう。 「そんな小さな女の子じゃ十分に愉しめないんじゃない? どうせするならあたしとしましょ?」 「お、おい、マジかよ」 背後で男がごくりと唾を飲み下すのが聞こえた。女性は余裕のある笑みを浮かべ、 「大丈夫、お金なんていらないからさ。その代わり、愉しませてよね?」 「も、もちろんだぜ!」 女は私とすれ違うと、男たちを連れて角を曲がった。ぽつん、と取り残された私は、さてどうしようか、と頭をひねったところ、 「ただいま」 角を曲がったばかりの女性が戻ってきた。なぜだか一人だった。 「さっきの。男たちは?」 「眠くなっちゃったらしいの」 「そう?」 時間も時間だし、人間の身ならば眠くなっても仕方ないだろうか。それにしても、こんな路上で寝る事はないと思う。 「それで、あなたは?」 「?」 「人間じゃないんでしょう?」 初めて気付く。彼女の、人間としては特徴的すぎる瞳の色。それは真実を映す色合いをしていた。 「そう。人間ではない」 「ふむ。そうかの」 女性はにやりと笑った。その顔は、先程までの淑女に合うものではない。 「やはりの。でなければ、手助けもせんかったろうからのお。外れておらんでよかったわ」 カラカラ、と声をあげる。やはり先程までとは雰囲気が違った。急にどうしたのだろうか? 「雰囲気が変わって驚いたかの? すまんの、これがあての素なのじゃ。人間相手には猫をかぶった方が色々と便利じゃからな」 「そういうもの?」 「そういうものだよ」 よくわからないけど、不思議な人だ。いや、人ではない、という事? 「あなたは。何?」 「名乗らせるのなら、名乗るのが筋じゃろ?」 私の名前を知りたい、という事だろうか。別に隠すようなものでもない。 「ガブリエル。ガブリエル・アステル」 「なるほどの、ガブリエルというのか。さて、さっきの質問に対する答えじゃが、あては狐じゃ」 狐。野を駆ける獣の一種だ。霊力の高い獣はたまにいるし、彼女もそうなのだろう。 「あては狐の瑠璃という。今はゆえあってかような格好をしておるがの」 やっぱり便利とか、そういう理由なのだろうか。まあ、それはどちらでもいい。姿はさほどの意味もない。 「瑠璃は。この町に。何をしに?」 「んー、用件かの?」 少しばかり考える風をみせる瑠璃。 狐は髪をゆらゆら、 「そうじゃの、強いて言うのなら、人の子に会ってみたくなったのじゃ」 「人に?」 「うむ。あても、昔は人の子と触れ合った事もあるんじゃよ」 そう口にする瑠璃は何気ない風情だった。けど、私はその中に、どこか感情の色が混じっているように思えた。 それが何を意味するのか、私にはよくわからない。 ともかく、それなら私と同じだ。 「私も。人に会いに来た」 「ほう? お主がの」 「変?」 「いや。お主、元は人の子であろ?」 頷いてみせる。ほぼ初見でそうと見破ったのはこの人……、というか、この狐が初めてだ。 もっとも、私に知り合いはさほど多くないが。 「あても長く生きておるからの。お主のような存在も知らぬわけではない。人の子でありながら強い力を持っている者もおる、その中でも特に強い者ともなれば、霊体のままに永らえる事もできよう」 「まさに。その通り」 私も生まれた時はただの人間だった。それが、いつのまにやら不思議な能力を手にし、あまつさえ死ぬ事さえなくなった。 人ではなくなった事。その事には特に感慨もない。もとより、人間であった時の思い出は辛いものが大半で、未練もなかった。それならば、長きに渡る孤独の方がよほどいいと思えるほどには。 「して? お主が会いに来たという人間はどこにおるのかの」 「この町の。どこか」 「……どこか、ではわからんじゃろう。行った事はあるのかの?」 「ある」 「なら、場所はわかるんじゃな?」 「……」 正直な話、あの時はそういう事には頭が回っていなかった。頭の中は悪魔の事でいっぱいで、その他は二の次。彼の家がどこにあったのか、そんなものを思い出せるはずもない。 「お主、それでどうやって探すつもりだったんじゃ」 「なんとなく」 「それで見つかったら苦労はせんわ。存外に人間の町は複雑じゃぞ?」 それはわかっている。けど、そう難しい事をしているつもりもない。 だって、この町にいるのは間違いないのだから。 世界中の、どこにいるとも知れない相手を探しているわけじゃない。明確に居場所がわかっている相手。それが少しばかり範囲があったって、私には苦労の内に入らない。こんなもの、悪魔を探す事に比べたら造作もない事だ。 「なんとかなる」 「――しっかりしているように見えて、何も考えておらんな、お主」 はぁ、とため息をついた狐は、頭を抱えて私を見る。 「あても間抜けじゃのう、奇怪なものに構ってしまったものじゃ」 「申し訳ない?」 「よい。あての勝手じゃ。勝手ついでに、あてがお主に同行しよう」 「……?」 同行。一緒に行きたい、という事? どうしてそう思ったのか、少しだけ疑問に思ったけれど、すぐに思い直した。理由など瑣末な事だ。 「なら。行く」 狐の手を引いて歩き出そうとした途端、思い切り引っ張られて止められた。 「待て、お主。こんな時間にどこに行こうと言うのじゃ」 「どこか」 「どこかじゃない! せめて朝になるまで待つんじゃよ。さすがに探し人も、こんな時刻には寝ているじゃろう?」 それもそうか。人間でなくなった私は関係ないけど、人間は夜になれば眠る生き物だ。彼もこの時間なら寝ていると考えた方が自然。 「瑠璃は。賢い」 「賢い事は否定せんが、このような事で褒められても本意ではないの……」 どこか疲れたような瑠璃を見上げ、私は首をかしげる他になかった。 朝になると、同じような服装の男をよく見かけるようになった。その列にまぎれ、私と瑠璃も道を歩む。 時折、こちらに向けられる視線には、とうの昔に気付いていた。それとなく注意してみると、どうやら道行く人、特に男性の視線が多いように思う。 どれも好奇心のような感情は見え隠れするけど、敵意らしきものは感じない。おそらくは、瑠璃の容姿が人目を引くのだろう。彼女の姿は、長らく人の常識から離れている私の目から見ても、十分に美しいものだ。 「ほれ見ぃ、お主がそんな目立つ格好をしているせいで、ほうぼうから注目を浴びているではないか」 「……」 違った。 「私の格好。変?」 「人間の常識で言えば、の。 よいかの? 人間には人間の決まりごとがある。日本人は特にそれを重んじる種族じゃ。じゃから、それに反するような格好をしたお主は目立つんじゃよ」 「なら。瑠璃は?」 「あては顔かたちは目立つかもしれんがの、これでも人間のルールは逸脱しておらぬ。お主のローブなんかとは違っての」 けらけら、と笑う彼女を見上げていると、何かを言いたくなるのは何故だろう。 「そうじゃの、探し人に会いに行くのじゃろう? なら、その前におめかしでもしていくかの」 「……?」 瑠璃に手を引かれるまま、私は人通りの多い道に引っ張られた。 うろうろし、結局、瑠璃は一軒の店を選んだ。中に入ると、衣服があちらこちらに並んでいる。服屋のようだ。 「どれが似合うかの?」 「まさか。私が?」 瑠璃が何を考えているのか、ようやく理解できた。どうやら、目立つ私の格好を変えさせようというらしい。確かに私の格好は目立つようだし、私の能力では服装を変える事はできない。 「瑠璃。お金は?」 私も人間の常識をだいぶ忘れてはいるが、金銭という概念までは忘れていない。さすがに、お金もなしに服を得ようというのは不可能なのではなかろうか。そう思って聞いてみたのだが、 「なに、あてに任せるといい」 それしか言わず、瑠璃は服装選びに専念してしまった。 何が楽しいのかよくわからないけれど……、楽しそうだからいいのだろう。 ――少しだけ不安にはなるけど。 次へ |