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「ありがとうございましたー」 店員に見送られ、私たちは建物の外に出た。 「瑠璃。この服」 「きひひ、気に入ったか?」 「とても。動きにくい」 「なに、装飾とはそういうものじゃ」 そう言って、瑠璃はカラカラと笑う。動物が装飾を重視して実を取らないというのは間違っている気がする。 私は自分の格好を見下ろした。 ひらひらとした衣服。やけに明るい色合い。腰布は丈がやけに短く、足は露出せざるをえない。そんな足を守る具足は、限界まで伸びているはずなのに、なぜだかくしゃくしゃしている。上半身を覆う衣服は白くて薄い縁取りがなされているけど、それに何の意味があるのかわからない。 「この衣服。何かしらの意味合いが?」 「霊的に意味合いがあるように見えるかの?」 私は首を横に振る。新しい術式の類にはうとい、という自覚はあるけど、それにしてもこの服装からは何の意味も感じない。 「ならその通りなんじゃろ」 「それなら。なぜ」 「なに、気にするでない。彼氏に会うのであれば少しは着飾った方がええじゃろ?」 くしゃくしゃ、と頭をなでくりまわす瑠璃が何を言っているのか、本気で理解できない。 だが、まあ、瑠璃が私の事を考えて、着飾った衣服を与えてくれた事だけはわかった。だから、悪い気はしない。 「さて。お主の知り合いはどういう人間なのじゃ?」 「私が見える」 「霊能者というわけかの。他には?」 「……」 「それだけで探せというのはさすがに無理じゃなあ」 思い返す。彼を示すもの、彼と行った場所。 そういえば、いくらか行った場所がある。 「神社と。レストラン」 「また珍妙な組み合わせじゃな」 事実なのだから仕方ない。 「うむ。具体的な場所は、もちろん覚えておらんの?」 「神社は高台の上。レストランは明るい」 「それは場所の説明にはなっておらん」 そう言われても、私のイメージに残っているのはそれだけだ。 「神社は彼に連れていってもらった。レストランでは彼が働いていた」 「それだと、レストランに行かねば彼氏には会えんという事になるわけじゃが」 そういえばそうかもしれない。神社には彼の知り合いがいたようだけど、彼自身はいなかった。手がかりくらいならあるのかもしれないけど、直接的ではない事だけは間違いない。 「しかしの、レストランなど星の数、とまでは言わんが、かなりの数になるぞ? なんかしら特定できるようなものがなければの」 「そう言われても」 「となると、神社でも片っ端から当たったほうがよいのかのお……、ん」 瑠璃の視線が一方向で止まる。その視線を追うと、どこかで見た事のあるような二人組が歩いていた。 「昨日の二人じゃな」 「昨日?」 ああ、と思い出す。昨日、私に話しかけてきて、道端で眠ったという奇怪な格好の二人だ。 その二人、昨日とは少しばかり様子が違った。昨日は元気で、歩いていただけの私に話しかけてくるほど人を恐れない雰囲気だったのに、今はうつろだ。どこか人形めいて見える。 「ガブリエル、ちょいと時間をもらってもよいかの?」 「構わない」 瑠璃が何を言いたいのか、察するのが苦手な私でも十分に理解できる。確かにあの様子はただごととは思えない。 「では」 瑠璃と共に、二人組の後を追う。 二人組はふらふらとした様子でどんどんと町の外れに向かっていく。人通りはなくなり、とうとう私たちと彼らだけになった。それでも彼らが私たちを意識する事はない。それは自分たちが追われる事はないと考えた結果、というよりは、最初から意識などないような感触を受ける。 「お主、この町には詳しくないんじゃったな? それだと、この先に何があるのかも知らぬか?」 「たぶん。町はずれ」 この先には、あの場所がある。いまだ造成されていない、広い空間だ。普通の人が用事のあるような場所ではない。 瑠璃は何事かを考えている様子だったけど、それを口にする事はなかった。 とてとて歩いて、とうとう町の外れまで来てしまった。 そこで、二人組の足が止まる。 「うむ。どうやら、向こうさんも最初からそのつもりだったようじゃな」 「どういう事?」 「なに、向こうもあてらに用事があった、それだけの話じゃ」 二人組が私たちの方を向く。その目は、やはり色を映していなかった。 「おかしいのお。連中、霊能者のようには見えなんだが」 「……そういえば」 彼らの周囲に漂う気配。それは、霊力だ。 昨日、ちらと見た限りとはいえ、霊能者ではない事くらいはきちんとわかっていたつもりだ。なのに、今は霊力をたくわえている。 霊力を生み出す能力は一朝一夕で生み出せるものではない。人間が、何世代もかけて覚えるようなものだ。それを昨日の今日で得られるはずはない。 となれば。 「操り人形、か。忍びないが、致し方あるまいな」 瑠璃が動く。相手も一人が前に出た。 「一対一か。殊勝な事じゃな」 男は肩幅に足を広げ、いきなり飛び出した。 突き出される拳。それを瑠璃はなんなく受け止め、逆に握り返してひねりあげる。男の体がかしぐ。 「そら」 何気ない風に、しかし苛烈に。男の体が宙に浮き、地面に叩きつけられた。そのまま男は動かなくなる。 「……」 男から感じる霊力も霧散した。どうやら『人形』としての役目を終えたらしい。 「どうした? もうしまいか、つまらんぞ」 もう一人の男が出てくる。昨日、私に話しかけてきた、少しばかり派手な方の男だ。 よくよく観察してみると、さっきの男よりは、こちらの方が感じる霊力が強い。というか、彼の耳環から強い霊力を感じる。 要するに、あれが彼らを操っている霊力体なのだろう。 「霊力を用いた傀儡とはの。人間も外道な事を考えつくものじゃ」 もう一人も、特に作戦もないような突撃を仕掛けてきた。瑠璃は慌てる事もなく、さっきと同じようにひねり、地面に叩きつける。 「どうした、その程度……!?」 刹那だった。 狐が飛びのいた場所を、光がよぎる。 「貴様ッ!」 瑠璃の全身から霊力が立ち上る。向かい合う男は、手に何かを握っていた。 それは、生の塊だった。私の“千年兵の剣”にも少し似ているけど、それよりもっと実体がなく、あやふやな存在だ。ただ生を押し固めただけの品なのだろう。 けど、生とはエネルギー。それを押し固めるだけでも、人を殺傷するのはさほど難しくないはず。 「お主、意識がないとはいえ、その罪を知らぬとは言わせぬぞ。傀儡となりて、自らに咎などないと言い募るつもりか?」 「う、あ……」 男の口から言葉が漏れる。それは言葉と言うよりはただの音に近く、意識があるようには思えなかった。 「瑠璃。彼はただの人形。怒りを向けるべき相手は別にいる」 「わかっておるわ。じゃがの、気に食わぬのじゃよ!」 瑠璃の体から発せられる生が形を取る。それは炎のように実体なく揺らぎながら、瑠璃の持つ威圧感をそのまま備えていた。 「人の子、お主に言っても始まらぬじゃろうが、聞け。お主の握るその剣は、元来、生者の領域を侵す愚か者を断罪するための力じゃ。わかるかの? 生きる者が死者に殺される、かような理不尽を許さぬための剣じゃ!」 瑠璃がなぜ怒るのか。その理由、見えた気がした。 「間違っても生きる者に向けるものではない! お主ら人間が何世代もかけてようよう手に入れた力を汚すつもりか!!」 あるいは、彼女も過去に何かを見たのだろうか。 「愚か者めが!」 瑠璃の生が殺到し、男を押し潰す。それでも彼女は加減をしているのが見てとれた。その気になれば、彼女は軽々と彼を肉塊に変える事ができるだろう。それをしないのは、彼女の優しさ、なのだろうか? 「あぐ、ううう……!!」 男はもがく。けど、あれだけの生で上からのしかかられては、ただの人間では少々、荷が重いだろう。 「ふん。まだ目覚めぬか」 「瑠璃。耳環を」 「うんむ?」 なるほどの、と呟き、瑠璃が手を掲げた瞬間、 「うがああああああああああああああああああああああああ!!」 「ッ!」 男の咆哮が駆け巡る。徐々に、けど、確実に。男は生を押し返しつつあった。 「馬鹿な、やめろ! それ以上の無理をすれば……」 どうなるのか、答えはすぐに出た。 そもそも、エネルギーを生み出す事ができないはずの一般人が、たとえ人形と成り果てたとはいえ、どうやってエネルギーを取り出していたのか。それに、私たちは早く気付くべきだったんだ。 答えは簡単。自分の内側にないものは、外側から集めればいい。たったそれだけの理屈だった。 自然の生。操るのが非常に難しい、世界に溢れるエネルギーを集めているんだ。 「あ、あ、あ、あ、ああああああああああああああああ!!」 そんなものに一般人が頼れば、暴走するのは止められない。止められるはずもない。 はぁ、と瑠璃はため息をついた。自ら溢れさせていた生を引っ込める。 「愚かじゃな、人の子よ」 理由は考えないでもわかった。巻き込まれるからだ。 彼が集めようとしていた生は、いまや彼の体を取り巻いている。本来なら巨人の形でも成すつもりのものだったのだろう。それに失敗した今、彼の体を取り巻く生は量を増しているのに、何の形を成すでもなくうねっている。 「何故、失敗したかわかるかの? 世界にはルールがあるんじゃよ。原因があり、結果がある。物事にはすべからく起源があり、それが発展する事によって世界が成立するんじゃ。 では、ルールを破る者はどうなると思うかの? 答えは簡単じゃ、ルールを守らぬ者はルールに守ってもらえなくなる。いかな法則も規則もその者の前では意味をなさぬ」 「ぐ、う、あああ……!」 「自然は強大じゃ。それゆえ、ルールも厳格で厳密に作られておる。もしもそのルールを破れば……、結果は今のお主、というわけじゃ」 見ていれば十分に理解できる。彼の体は肥大し、すでに自分で自分の体を制御できていない。私の千年巨兵にも似ているけど、それとはまた違った不安定さがある。 あれが、自然の因果律を破るという事? 「あてら獣は自然のルールを破らぬ。なにゆえか? 自然のルールを破った先であてらは生きられぬからじゃ。生きていられる自信がないからじゃ。自然に逆らってなお永らえる事は死導者とて叶わん。自然とは、世界とはそれほどに大きなものなのじゃよ……、人の子」 狐はもう何をするつもりもないようだった。それは見ていればわかる。彼はすでに戦える状況にはない。このまま放っておくだけで、集う生は彼を押し潰すだろう。かえって、あそこに突っ込んだ方が危なくなる。 千年巨兵は外からの刺激によって爆発する巨大人形。彼もそれと同じ――すなわち、外部から刺激を与えれば、どう爆ぜるか想像ができない、という事。自然の生が暴れれば、さしもの私も危なくなる。千年兵でも防げるかどうか。 「でも……」 このままでは彼も危険。瑠璃にとってはどうでもいい事かもしれない、でも、私にとってもどうでもいい事ではない。 人の死を傍観していたと知ったら、彼はどう言うだろう。それを想像すると、結論もおのずと見えていた。 自然、足が少しだけ前に出た。ほとんど同時、私の前に手が伸びる。 「何をするつもりか知らんが、やめた方がよい。巻き込まれるぞ」 「あの男が。死ぬ」 「自業自得とまでは言わんが、お主が気に病むような事柄ではない」 「駄目」 「ならば言い換えよう。どうにもならんのじゃ。あれほど集まってしまった自然の力、もはや人ならざる者の身にさえ余る。いかようにもしようがないのじゃ」 「……」 それを否定する事はできない。確かに、私もどうしたらいいかわからない。ただ、幾ばくも時間がない。それもわかる。 徐々に、心が焦り出す。それを知りつつ何もできない、その歯がゆさ。 もはや無茶を承知で飛び込むしかないか、と思っていると、 「危ないッ!!」 |