私たちは退魔師。
 人に代わり、人ならざる者を殺す、人から外れた者。
 そう生きると決めた、その使命を継ぐ者。


 私は車に揺られ、都内のとあるマンションを目指していた。
 楽しいドライブ、というわけでもない。私の目的は仕事。それも、ごく一般的な仕事とはかけ離れた仕事――除霊のため、依頼人が住んでいるというマンションに赴く最中だった。
「いやあ、ほんと、悪いね」
 私個人の依頼人である・・・・・・・・・・天野さんが、運転席から声をかけてくる。私は首を横に振り、
「暇があったから、ちょうどいいの」
「そう言ってもらえると助かるわ。ほんと、最近は調査依頼が増えてきていてね。三人に増えても手が足りないってのが現状なのよ」
「そんなに多いの?」
「んー、まあ。例年比にして倍以上、ほとんど異常とも言えるレベルで事件が発生している」
「そんなに?」
「そう。そして、その大半が『幽霊にとりつかれた』案件」
「幽霊に」
 それは、普通ならば、そうある事ではない。
 人間に影響を及ぼす事ができる幽霊は、揃って何かしらの目的を持っている。それは、もっと生きたいという願望であり、誰かが憎いという敵意であり、孤独はさびしいという渇きであり。
 どのような理由にせよ、その中に、他人の体を欲するという強い願いが含まれることはそうそうない。だから、とりつかれる、という案件も、その大半は勘違い。実際に幽霊が絡んでいる事はほとんどない。
「調査すると、どれも似たような現象が起きているわ。
 どこかのお店で購入したアクセサリーをつけている。すると、たまに記憶を失う瞬間が現れる。その間、装着者は夢遊病に近い状態にあり、霊力に反応して襲いかかる。そういった現象が、一般人の目線からは、とりつかれているように見えるのね」
「じゃあ、今回も?」
「今回は別。その可能性が低いからこそ、霊能者あなたを呼んだわけよ。まみちゃん」
 ほどなく、車は大きなマンションの前で止まった。
 家の価値なんて私にはわからないけど、それが高級な部類に入るって事だけは、見ただけでわかる。下から見上げると、空まで続いているようにも見えた。
「ここの40階に依頼人がいるの。ついてきて」
 天野さんに連れられて、オートロックの扉を抜け、エレベーターに乗る。
 エレベーター特有の振動も感じないまま、40階まで到着した。
 ホールに下りた途端、変なにおいを感じた。安っぽいお線香のような、落ち着かないにおい。どこかの家でお香でもやっているんだろうか。
「どうしたの?」
「なんでもないの」
 においはすぐに消えた。それとも気のせいかな、なんて思いつつ、天野さんに続いて依頼人の部屋に向かう。
「お待ちしておりました」
 出迎えてくれたのは、和服姿の、品のいい女性だった。そのまま、マンションとは思えないほど広いリビングに通される。
 落ち着いてみると、マンションの外観を裏切らない内装が嫌でも目につく。高そうな絵、私には価値もわからない調度品の数々。よほど裕福な家なんだろうな、と心の中で思う。
 天野さんは鞄からファイルを取り出し、
「では、もう一度、ご依頼内容を確認させていただいてもよろしいでしょうか」
「はい」
 依頼人に目を向ける。向かい側に座る依頼人は、どこか落ち込んだ様子があった。
「えー、ご依頼の内容は、ご本人様ではなく、ご子息に関して、との事でしたが」
「はい。わたくしの息子、今年で20になるのですが、その息子の様子が……、なんと申しましょうか、おかしな気がいたしまして」
「具体的にはどのように」
「たとえば、今まで興味も持たなかった格闘技を観戦するようになりました」
「それだけですと、趣味趣向がお変わりになった、とも受け取れますね。他には?」
「趣味と申しますが、その大半が変わってしまったのです。息子はどちらかといえば大人しい気質で、お恥ずかしい事ですが、家の外に出たがるような子ではありませんでした。
 それが、今では毎日のように外出し、帰宅が遅くなる事も少なくありません。服装や友人付き合いも派手になったようですし」
「お聞かせいただいている限りですと、どうにも、霊的現象とは申し上げにくい事項のようですが」
「それで……、その、息子が、変な事を口走るようになりまして」
「どのような」
「俺の名前は栄一じゃない、シュウだ、と」
 栄一というのは、この人の息子さんの名前だろう。
 でも、シュウというのは?
「ご存知の限りでシュウという人物に心当たりは」
「ありません。シュウという名前も、シュウという名前が入った人も、家族や親戚一同にはおりません」
「ご子息の交友関係では?」
「全てを把握しているわけではございませんが、知る限りでは。もとより、さほど交友関係の広い子ではありませんでしたので、わたくしが知らない人、というのも考えにくいかと思うのです」
「失礼ですが、ご通院などは」
「精神科の先生に診ていただきました。けれど、精神病の類ではない、と。もちろん分裂症や多重人格とも違って。お医者様いわく、『そういう人格だ』と」
「なるほど」
 天野さんは書類にペンを走らせる。
 聞く限り、戸惑うばかりの案件だと思った。ガラのよくない友人と付き合うようになり、趣味趣向が派手になる。その程度では、ひっくり返っても霊的現象とは思えない。
 シュウという名前も、漫画か何かの主人公で、その人物をまねているだけ、というほうがよほど納得できそうな気がする。
「こちらが申し上げることではありませんが、ありていに申しまして、私たちはかなり“いかがわしい”商売のように見えると思いますが、それでも私たちにご依頼いただけるのですね?」
「ええ……」
 伏し目がちだった依頼人が、視線を持ち上げる。
「あの、依頼内容は秘密にしていただけるのでしょうか」
「厳守いたします」
 天野さんが力強くうなずくと、迷いを見せながらも、依頼人は言葉をつむいだ。
「わたくしの夫は、学生時代からラグビーを続けておりまして、体格もよいのです」
 席を立つと、依頼人は写真たてを持ってきた。
 写っていた人物は、なるほど、依頼人の倍近くありそうな印象を与えるほど大柄の男性だった。背丈も高いし、体重は私より七割は重いんじゃないかな。
「一度、夫が息子を叱りつけた事があります。きっかけは思い出せませんが、帰りが遅くなり始めた頃だったと記憶しておりますわ」
「はい、なるほど」
「その時なのですが……、息子が、夫を力任せに放り投げたのです。無造作に、片手で」
「――ふうん」
 思わず素に戻るほど、天野さんは感心したらしかった。
「ご主人の体重はご存知ですか?」
「正確には存じ上げませんが、百は優に超えていたかと」
 やっぱり、だんなさんは百キロ以上あるんだ。
 そうなると、がぜん話は変わってくる。常識的に考えれば、何の訓練もしていない、どちらかといえば引きこもりがちの男性が、巨漢の男性を片手で持ち上げるなんて真似ができるわけがない。
 常識の中になければ、それは、超常的な何かだ。
「お話は承りました。では、ご子息は?」
「外出しております。常の通りですと、夜半にならなければ戻りませんわ」
「では、ご子息が出入している場所にお心当たりは」
「繁華街にいきつけの店が何件かあるようです。今、メモをお渡ししますわ」
 メモを探すため席をはずした依頼人。天野さんは視線を前に向けたまま、小声で聞いてきた。
「どう思う」
「変魂が関わっているとは断定できないの。人間、お酒に酔うだけでも、考えられないほど強い力を出す事もありうるの」
「言っていて説得力が無いって自分でもわかってるんでしょ」
「……。お酒に酔って暴れただけなら、サイキックエージェンシーに依頼してくる理由がないの」
「では改めて、専門家としては?」
「ひとつ、生きている肉体を欲した悪霊がとりついている可能性。ひとつ、当人が霊能力に目覚めた可能性。それと」
「それと?」
「霊的能力者が何らかの目的で操った可能性」
 最後の可能性は、霊能力者のはしくれとして、最も考えたくない可能性でもある。
 だけど、考えないわけにはいかなかった。

 自称・シュウは、探し歩くまでもなかった。
 依頼人から貰ったリストの、最初の店に入った途端、写真通りの顔を見つけたのだから。
 繁華街にある、お世辞にも品がよいとは言えないお店。ギラギラと極彩色のネオンが店内を照らし、胸や足を強調した服装の女性たちがねり歩いている。客層も、まあ、それなりの男性が多いように見えた。
 その、奥にある座席。三人ばかりの女性店員と一緒に、シュウはお酒を飲んでいるらしかった。私と天野さんは、お客さんを装ってシュウの様子を伺う。
 一応、繁華街ということで、明るいブラウスとパンツを着ていた。とはいえ、女性だけのお客さんは珍しいらしく、店員さんがちらちらと伺っているのが見てとれる。ただ、シュウは私たちの事を気にも留めていないらしかった。それなら、別に目立ってもいい。
 しばらく様子を見ていると、シュウは席を立った。私たちも後を追うように店を出る。
 少し歩いたところで、天野さんが仕掛けた。
「あなたがシュウ君?」
「あぁん?」
 振り返ったシュウは、そのまま私たちを嘗め回すように見つめた。
 こうして見ると、この人が本当に引きこもりだったのかと思うほど、第一印象がよろしくない人だった。明るい赤色に染めた髪。耳のピアスは両耳を合わせて10近く。目の下には、バーコード状の刺青まである。
「なんか用かよ」
 威嚇するようなシュウとは対照的に、天野さんは余裕たっぷりの口調で言う。
「あなた、このあたりで噂になっているみたいじゃない? 余裕はあるんでしょ?」
 天野さんはことさら体を強調するようにくねらせた。
 女の私から見ても、天野さんのスタイルはいい。そこらで客引きをしている女性のように、扇情的な服装をしているわけではないけど、シャツを盛り上げているふくらみとか、体のラインとか、私ではとても勝負にならない体をしている。
 そんな天野さんの、挑発的ともとれる誘いに、シュウはつばを飲み込んだらしかった。
「客引きかぁ? わざわざ人様の縄張りにまで入り込んでよ」
「あたしってば自由人なのよ」
「はん。いいな、そういう気の強い女は好きだぜ」
 続いてシュウは私に目を向け、
「そっちのは?」
「あたしの友達。一緒にかわいがってくれる?」
「サービスしてくれんならな」
「そりゃあもう。他じゃ絶対にできないサービスするわよ」
「そいつぁいい」
「どこかいいホテルを知らない? できるだけ人通りの少ないところがいいわ。せっかくのお客様だもの」
「囲い込みってわけか。ま、満足させてくれんならまた使ってやんよ。こっちだ」
 シュウの案内に従い、私たちは繁華街の暗い方へ足を向ける。
 裏通りに入ると、極端に人の通りが減った。シュウは、その中でもさらに暗いホテルまで私たちを連れていく。
「んじゃあここらで……」
 瞬間的に周囲を見渡す。誰もいない。霊的感覚を全開にしても、人の気配は感じ取れなかった。
 すばやく目配せすると、天野さんは動いた。
「そういや名前も知らないんだったな、なんてイッ!?」
 早かった。片腕をひねり上げつつ蹴り上げる、独特の投げ。そのまま空中で向きを変えさせ、全体重を乗せて地面に叩きつける。
「ガッ!!」
「女って怖いのよ」
 どこにしまっていたのか、手錠を取り出した天野さんは、そのまま後ろ手に拘束した。一撃で気絶したのか、シュウは反撃してこなかった。
「どう、まみちゃん。何か感じる?」
「……うん」
 それは、繁華街にはそぐわない雰囲気。目にとらえる事ができない、肌の表面にまとわりつくような違和感。
 出会いがしらから、なんとはなし、感じてはいた。だけど、香水の強すぎる店内や、雑多な匂いが入り混じる表通りでは、胸を張って言えるほど強い違和感でもなかった。
「まるで、お線香のような・・・・・・匂いがするの」
 マンションでも感じた、この匂い。最初はお香か、何かの勘違いだと思った。
 だけど、違う。この場には、確かに、匂いが残っている。
 シュウから、目には見えない、鼻で直接的に感じるわけでもない、第六感が告げる香りが放たれていた。
「そう、これ」
 耳にしているピアス、その内のひとつ。金メッキだろうか、安っぽい輝きを放つ耳輪から、独特の匂いを感じる。
 天野さんがそれを外した瞬間、
『う、があああああああああああああああああああ!!』
 ふたつの悲鳴が重なるように響き渡った。
 ひとつはシュウの、ううん、栄一君の口から響く声。そして、もうひとつは、本物のシュウの声だ。
『てめえ、余計な真似をしやがって! クソが! せっかく体ぁ手に入れたってのに! ざっけんじゃねえぞコラァ!!』
 吼える青年。その姿は栄一君に似ても似つかない。どちらかといえば、彼のお父さんに近いような体型。大きく、筋骨隆々で、瞳はギラギラと輝いていた。
 私はそんなシュウを見上げ、
「すごんでも無駄なの」
『アァ!?』
「あなたの声は生きる人間には届かないの」
『ッ……』
「あなたも、それに気付いていたから、人の肉体を欲したんでしょう?」
『ルッ、せえぞ!!』
 シュウが腕を振り上げる。それより早く、私はポケットから小さな木棒を引っ張り出した。
 先端についた紙を振るいながら、鈴を鳴らす。シュウの動きがぴたりと止まるのを確認し、言葉を投げかける。
 どんな風になっても、人だから。人の言葉を理解できる相手なら、人の言葉で戦う事だってできる。
「死ぬのは、誰だって怖いの。誰だって死にたくないの。命は誰でも欲しいし、生は誰だって手放したくはないの」
『……』
「そう、誰でもそうなの。あなたが犠牲にしようとした、栄一君も」
『なら、自分を犠牲にして、そいつを救えって言うのか』
「ううん。あなたが救えるのはあなた。あなたは、誰も殺さなくて済むの」
 はっ、と何かに気付いたように表情を変えるシュウ。
 きっと、死ぬのが怖くて怖くて、そんな簡単な事にも目を向けられないほどおびえていたんだろう。
 それほど、死ぬのは怖いんだ。
「私は退魔もする巫女さんだから、よく知っているの。人を殺すのはとてもつらい事なの。
 私たちの存在は、法律で裁いてもらえない。言わなければ誰も気付かないの。だから、とがめる人もいない。だけど、自分だけは、自分が何をしたのか知っているの。自分が殺した相手の魂、その断末魔を、耳が覚えているの」
 たとえ、それが誰の耳にも届く事のない声でも。
 私たちの魂に、他人の死が刻まれる。
「殺してはいけない。他人の過去も現在も未来も奪うという事は、どんな神様も許してくれないの」
『それ、なら。それなら、なんでお前は殺せるんだ』
「私は巫女だから」
 自分の胸に手を当てる。凛、と鈴が鳴った。
「だから、我慢するの」
『――そうか』
 短い一言に、万感の思いがこめられている気がした。
『我慢する、か。そんな事、生まれてこのかた、した事ねえ』
 ぐしぐしと目をこすったシュウは、どこか色合いの変わった瞳で私を見つめる。
『頼む。一思いに送ってくれ』
「うん。さようなら、シュウ」
 りりん、と鈴が鳴る。シュウの姿は薄れ、やがて、霞のように消えてしまった。



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