誰かを殺そうとする存在は、許しちゃいけない。
 でも、だからって殺さなきゃいけないわけでもない。
 それじゃあ、同じ事じゃないか。


 今日は、厄日だ。テレビのうらないは、少なくても今日は当たらないらしい。
 カラスの糞が鞄に落ちてきたし、電車は止まるし、なんとか動き出したて到着したらいつの間にか傘がないし。
 学校に到着したら教授が風邪とかでいきなり休講になっちゃうし、仕方ないから帰ろうとしたら。
 こんなのに、絡まれるなんて。
 帰り道。人通りの少ない道に、女の人が立っていた。それは別にいい。けど、できれば目はふたつ欲しかった。
 僕の前に立つ女性には、目がひとつしかなかった。大きな目だけがある顔。口すらない、目だけの顔。これがいわゆる、一つ目小僧ってやつか。あ、小僧じゃなくて女の人だから、一つ目女? そんなのあったっけ。
 こんなのを前に、よくまあ僕も冷静でいられるものだと思う。嫌な話だけど、慣れてしまったんだな。もうこの道でこの手の化物さんに会うの、三回目だし。もう、明日から道を変えよう。
 女性は黙って僕に近付いてくる。異常に怖い。怖いけど、それだけだ。
 僕はため息ひとつ、女性を強く見つめた。
 体が、熱くなる。目の奥がひりひりとしてきて、喉が乾いてくる。
 段々と、女性の姿はただの光球に変わった。色はアイボリー。そこに、深い青色が混じっている。
 僕は無造作に、その青色に触れた。
 青色は徐々に消えていく。僕に吸い取られて。
 やがて、青色は消えてアイボリーだけが残った。そこで僕は瞬きひとつ。
 見直すと、僕の前には、細身の女性が立っていた。もちろん、ちゃんと目はふたつあって、口もある。
 女性は驚いたように僕を見つめた。
「あなたが、私を助けてくれたの?」
「見てた通りだよ」
 女性は、優しく微笑んだ。この人も、根はいい人なんだろう。だから、こんな風になってしまうんだ。
「――ありがとう」
 言い残し、女性はふわりと消えた。それはアイボリーの光になって、そっと空に昇っていた。
 空を見上げ、ふう、と息を吐く。
 僕は悪霊と化した人々を元に戻す能力がある。どうしてこんな能力を得たのか、僕にもわからない。ただ、お化けを見ていたら使えるようになった、としか言えない。
 子供の頃から、お化けは見えた。でも、それだけだった。
 こんな、悪霊退治なんていう真似事ができるようになるなんてなぁ……。どんどんと人間離れしていく気がするよ。
「ちょっと、そこの君」
 ……もう、勘弁して欲しい。
 嫌々ながら振り向くと、もう四月も終わる頃だっていうのに、黒っぽいコートを着込んだ男の人が僕を見つめていた。
「な、何ですか?」
 その雰囲気に気圧されつつも、僕は問い返す。
「君、変魂を霊に戻したね? どうやったんだ?」
「え?」
 へんごん、という言葉が頭に響く。それが僕の頭で変魂、という文字に変換されるまで、しばらくかかった。
「ええと、そういう能力なんで。って、何で変魂とか知っているんです? そもそも、今のが見えたんですか?」
「ああ。君は、どこの所属だ」
 男の人は軽く頷き、そして、また聞く。
「所属って、何ですか?」
「所属だよ。ええと、それじゃあ名前だ。君の名前は?」
 よく見ると、割と若いかもしれない。僕と大差ないようにも見える。
 だからこそ、こんなに性急なのかもしれない。
「ええと、その前に。あなた、誰ですか? 名乗りもしないなんて、失礼でしょう」
 僕が言うと、男の人は言われて初めて気付いたらしく、ようやく名乗った。
「私は火野の者だ。それで、君は?」
「遠藤、です」
「遠藤?」
 火野さんは口に手を当て、地面に目を落とした。
 僕の名前が、何か問題なんだろうか。
「遠藤、というのは聞いた事がないな。もしかして、母が退魔師なのか?」
「退魔師? いいえ?」
 そもそも、退魔師って何だろう。どっかで聞いたような気がするな。
 ええと、ああ、そうか。退魔師って、あれだ。悪霊を倒すために特化した人たち。なんだか少年漫画みたいな話だな、って思った事がある。
「退魔師じゃ、ない?」
 火野さんはあからさまに驚きを示した。
「君は、そんな、何だって? 退魔師じゃないだと!?」
「ええ。違います……けど」
 それがそんなに大事な話、なんだろうか。
「……、ッ!」
 爪を噛み、火野さんは何かを考えている。僕、何か問題な発言しましたか? 何か、すごく気になってきたよ。
「まあ、いい」
 自分の中で何かが自己完結したのか、火野さんは頷いた。
「退魔師でないなら、君は素人という事だ。素人なら、これ以上は霊に手を出すな。一般人が関われるほど、この世界は甘くない」
「そう言う、って事は、火野さんは退魔師なんですよね?」
 僕の質問が意外だったのか、火野さんは目を丸くした。
「いかにも。その通りだが」
「なら、僕がやったみたいに変魂を助けられるんですか?」
 火野さんは苦虫を噛み潰したような笑みを浮かべた。
「馬鹿を言わないでくれ。変魂はすでに化物だ、戻す手段なんかない」
「でも、僕が実際にやってみせたでしょう」
「それ、は……」
 僕は軽く微笑んだ。人間、笑うと気持ちが穏やかになる。
「僕は変魂を苦しませずに助けられる。火野さんもたぶん、変魂を倒せるんでしょう。でも、それは倒すだけで、助ける事はできない。違いますか?」
「その通りだ。私の能力はあくまで変魂を滅却するためのもので、それ以上の真似は不可能だ」
 予想通りの答えだ。僕の能力を見て驚いていたんだから、そもそもできるはずがないんだ。アンジェラも、この能力は珍しいって言ってたし。
「なら、僕は今まで通りやりますよ」
 だから、僕はそう言えた。
「変魂だって元は人間です。不条理を認めたくなくて、欲しいものがあって、だから人間の心を忘れただけ。それを戻せるなら、戻してあげればいいじゃないですか。そんなの、ためらう理由がないですよ」
「しかし、それは私たちの仕事だ。君のような子供が関わる話じゃない」
「年齢なんかあんまり変わらないでしょう」
 僕は折れるつもりはない。
 目の前に苦しんでいる人がいるのに、それを見捨てて生きるなんてできない。
 困っている人がいたら手を差し伸べたくなるし、それが僕にしかできないなら、なおさら僕がやらなきゃいけない。
 火野さんは僕を睨み、くるりと背中を向けた。
「とにかく、だ。絶対に今後は手出しをするんじゃないぞ」
 釘を刺すような言葉を残し、火野さんは去っていった。

「そりゃ陽平が正しいわね」
 その夜。たまたま僕の部屋に遊びに(?)来たケイとアンジェラに火野さんの話をしたら、そう言われた。
 アンジェラとケイは死導者。言ってしまえば、変魂関係のプロだ。そのケイの意見なんだから、間違ってはいないんだろうけど……。
「あんたは戦いに関しては素人なんだから。変魂とかと下手に関わると、怪我じゃ済まないわよ?」
「でも、僕にしかできない事もある」
 ベッドに足を組んで座るケイに、僕は言った。
「変魂を魂に戻すのは、紅葉にしかできない。けれど、それをすべきかどうかは、一概にも言えない」
 ケイの隣に座るアンジェラは、冷静に言った。
「戦いは専門家に任せるべきという考えもあるし、貴方にしかない能力を活かすべきという考えもある。それはどちらも正解で、どちらも間違い。どちらが常に正しい、という答えはないわ」
「つまり、僕はどうすればいいと思うの?」
 僕が聞くと、アンジェラは薄く微笑んだ。
「簡単よ。貴方がしたい事、なすべきと思った事をすればいい。想いは縛るべきではない。貴方自身に何をすべきという想いがあるなら、それに従って生きるべきだと思うわ」
「なるほど、ね」
 僕は思わず頷いてしまった。
「何よ、そんな答えになっているような、なっていないような、そんな答えでいいわけ?」
「ああ。たぶん、僕自身、すでに答えは出ていたんだよ。ただ、ちょっと背中を押して欲しかっただけで」
 ケイは不満げに鼻を鳴らした。けど、反論はしなかった。
「ま、せいぜい死なないようにしなさいよ。死んだら終わりなんだから」
「それは、いつも見ているから知っているよ」
 幽霊は見飽きるほどに見てきた。その悲しみも、知っている。
 だから僕は、命を粗末にするつもりはない。つもりはないけど、やりたい事、やらなきゃいけないって思う事もある。
 だから、変魂は捨て置けないんだ。
「わかっているなら、それで十分じゃないの」
「能力を完全に使いこなせるなら、だけれど」
「使わなきゃ慣れないんじゃないのかな?」
 アンジェラは頷いた。
「ええ。でも、そのために無茶をしては本末転倒。何のためにそれをするのか、常に考えて行動しなければならないわね」
 何のため、か。
「わかったよ」
 本当に、アンジェラの言葉は、それだけで安心するよ。
 会えて、よかった。

 僕の前には、見るからに不気味な病院が建っている。建築して、もう何十年も経つんだろう。もっと言えば、閉鎖されてからもかなりの年月が経っているんだと思う。
 白かったであろう壁はくすんでいて、表面はツタに覆われていた。
 ……何の因果でバイト帰りにこんなとこにいるんだろう。
「うわーうわー。怖そうね、何か出そうね!」
 僕の隣には、やたらとテンションの高い田崎先輩。軽く酔っているせいか、もう何が何だかわからない。
「先輩ぃ、本当に入るんですか?」
 そう言う僕の声は、我ながら情けないと思ってしまった。
「何よ、おばけが見えるくせにおばけ怖いの?」
「違いますよ。危ないですし、立ち入り禁止になっているじゃないですか」
 本当は、そんなの建前だけど。
 扉には立ち入り禁止の札がかかっているし、院内はどう見ても草だらけ。中は想像するまでもなく、朽ち果てているだろう。暗いし、懐中電灯のひとつでは、足元を照らすのが精一杯に違いない。
 でも、先輩ならそんな程度でどうにかなる人じゃないだろう。先輩は、これで肉体的にはかなり頑丈だから。
 問題はそっちじゃない。本当におばけがいた場合、それも、ただのおばけじゃなかった場合だ。
 もし、ここに変魂がいたら。そして、僕が気付く前に、先輩が襲われたら。
 そんな想像をすると、どうにもしり込みしたくなる。
「大丈夫よ。ほらほら、入ってみよう」
 先輩は僕の葛藤なんて露知らず、僕を無理に引っ張るようにしてなんかに入っていった。
 本当、僕はどうしてこんな事をしているんだろう。



次へ  戻る