自分の能力では何もできないから、だから諦める?
 諦めちゃったら、終われない。夢とか願いとか、そういう光は消えてしまう。
 能力がないなら。自分にできる事を、精一杯にやればいいんだ。


 駅のホームに、男の子が座っていた。
 金髪っぽい茶髪に蒼い瞳。どう見ても日本人じゃないだろう。たぶん、ヨーロッパ系だろうな。ベンチに座り、横に大きなトランクを置いて、地図を眺めていた。
 別に今どき、日本で外国人を見かけたって珍しくもなんともない。だから、僕が気になるのもそんな事じゃない。
 なんて言えばいいんだろう。強いて言うなら、その子の雰囲気。見た目からすると高校生ってとこだろうけど、まとう雰囲気を、どっか別の場所で感じた事があるような気がしていた。
 僕に外国人の知り合いはいない。だから、あの子に会った事があるってわけでもないと思う。けれど、どこかで会ったような、そういう独特の空気があった。
 ふと、男の子が視線に気付いたのか、地図から目を上げて僕を見た。僕と男の子の視線がぶつかり、僕は慌てて目をそらした。
「ちょっと、お兄さん」
 けど、声をかけられた。綺麗な日本語に少し戸惑いながら振り向くと、案の定、ベンチに座っていた男の子が、今は僕の目の前に立っていた。
「お兄さんさ、もしかして退魔師の知り合い、いない?」
「退魔師?」
 あ、そうか。思い出した。この子の雰囲気は、退魔師に似ているんだ。
 僕の知り合いにもひとりだけ、いる。悪霊を退治するのが仕事、なんていう冗談みたいな仕事の人が。
 漫画みたいな話だけど、僕にはその人が嘘を言っていない事がわかる。僕にも、幽霊は見えるから。
 幽霊の中には本当に、人間に迷惑をかけるヤツもいる。それを倒すのが退魔師の仕事。生まれるべくして生まれた、必然の結果だ。だから、そういうのが倒されるのは、仕方ない事かもしれない。でも、僕はそれを認めたくない。
 僕には僕なりの能力で、悪霊を普通の魂に戻してあげる事ができる。だから、僕とその人は、決して仲良しじゃない。仲良しじゃないからこそ、思い出すのにも時間がかかったんだと思う。
「いるの? いないの?」
 男の子が重ねて聞いてきた。僕は、頷きながら答えた。
「いる、よ。けど、君はどうして退魔師なんて知っているの? まさか、君も退魔師なの?」
「日本の言葉で言えばそうなるんだろうけど、ちょっと違うかな」
 そう言って、男の子は笑った。
「ぼくはアルバート・H・トールキン。錬金術師さ」

 火野さんに電話をしたら、嫌々ながら待っているよ、と言われた。相変わらず、あの人はどうして素直にイエスと言えないんだろう。もっとも、素直にイエスといわれたら、それはそれで気持ち悪い。
 電車に乗り、僕はアルバート君と一緒に火野さんの家に向かった。退魔師を紹介してくれ、なんて言われたまではいいけど、僕も火野さんの家には行った事がない。
 電車を降り、火野さんに電話して場所を聞く。
 その指示通り、僕は歩いていった。ややこしい住宅街を抜けた、その先。
「ひゃあ。日本人の家ってのは大きいもんだね」
「いや、この家が特別なんだよ」
 苦笑いを浮かべながら、僕は答えた。
 行けばわかる、なんて言われていたけど、確かにこれなら間違えようがない。大きな道路に面した、大きな洋館。それが、火野さんの自宅だった。
 玄関横のインターフォンを鳴らすと、聞きなれない声が聞こえてきた。
『あいよ、火野だ』
「遠藤と申します。陽平さんはご在宅でしょうか」
『ああ、遠藤紅葉君、だったな。陽平からは聞いてるよ、入りな』
 通話が切れると、自動的に鉄の門扉が開く。こんな豪華な家は初めてだよ。
 アルバート君と揃って中に入る。庭も広い。ここだけで百メートル走ができるだろうな。
 ようやく辿り着いた古めかしい扉には、ドアノッカーがついていた。僕がそれを叩くと、ドアが中から開いた。
「いらっしゃいませ。お待ちしておりました」
 出迎えてくれたのは、高校生くらいの女の子。一応は現代風の服装だけど、不思議な雰囲気は、この子も退魔師だと教えてくれる。
「どうぞ。陽平がお待ちです」
 僕とアルバート君は女の子に導かれ、無駄としか思えないほどに広い客間に通された。そこには、すでに火野さんが座っていた。
「ようやく来たのか。待ちくたびれたぞ」
 と、僕の後ろにいたアルバート君の存在に気付いたのか、火野さんは立ち上がって礼をした。
「初めまして。火野家現当主、陽平です」
「初めまして。イギリスから来ました、アルバート・H・トールキンです」
 アルバート君は同じように頭を下げる。
 僕と、と言うかむしろアルバート君は、火野さんにすすめられるままソファに座った。僕は何も言われなかったけど、黙ってソファに座る事にする。
 僕らが座るとすぐ、扉を誰かがノックした。すぐに扉が開き、台車を押しながらさっきの女の子が現れた。
 女の子はコーヒーの入ったカップを配ると、礼をして立ち去った。
「今の子は、火野さんの妹さんですか?」
 僕が尋ねると、火野さんはコーヒーカップを持ちながら答えた。
「いや。私の親戚だ。彼女の両親が退魔の仕事で遠出しているため、今日はこの家に泊まる事になっている。それだけだ」
 やっぱり、あの子も退魔師なんだな。
 さっきの子もアルバート君もそうだけど、みんな僕より若い。それなのに退魔師なんてやらなきゃいけないんだから、大変なんだろうな。色々と。
「それで。今日はどのような用件なのかな」
「えーと、このアルバート君が火野さんに会いたいって」
 火野さんはちらりとアルバート君に目を走らせ、僕に視線を戻した。
「トールキンさんと君の関係は?」
「さっき駅で会っただけです」
「……は?」
 火野さんの目が点になる。そりゃそうだろうな。
「いや、だから、電話する直前に駅で会ったばかりです」
「それで、どうして私に連絡する気になったんだ?」
「いやあ。なんとなく、としか言えないです」
 一種の霊感、というヤツだろうか。なんとなく、火野さんに連絡しなきゃいけないような、そんな気になった。本当にそれだけなんだよね。
 ……冷静に考えれば、ちょっとマズイかもしれない。
 火野さんはため息をつき、アルバート君に視線を移した。
「それで。トールキンさんはどのようなご用件なのでしょうか?」
 口調が丁寧なのは、同業者だからだろうか。それとも単に、僕が嫌いなだけ?
「実は、探し物をしていまして。この国にいる事は確かなので、この国の退魔師の方から意見を聞きたかったんですよ」
「探し物、と言いますと?」
「そうですね。ぼくの国ではデーモン、と呼んでいる存在です」
「それは、悪霊などの類、ですか?」
 アルバート君はにっこりと笑って頷いた。
「ですが、ただの悪霊ではありませんよ。悪霊よりも遙かに強い、悪霊の上級者のような存在です」
 悪霊より強い悪霊、か。それってまさか――。
「それは、他に特徴は?」
「サイズはおよそ人間大。こちらで確認している存在は少年のような姿から老人のような姿まで様々ですが、自らこう名乗ったそうです」
 そこで溜めるように息を切り、そして、一息に言った。
「Person who leads death」
 パーソン・フー・リーズ・デス。死を、導く人。
「何かお心当たりは?」
 アルバート君は口元に手を当て、にっこりと笑っている。急に、なんだかその笑顔が、怖くなった。
「ない事もない、ですね。我々はその存在を、死導者、と呼んでいます」
「死導者。なるほど」
 アルバート君は、大袈裟に頷いた。
「念のためお聞きしますが、あなたは死導者を見つけ、どうしたいのですか?」
 火野さんが聞くと、アルバート君は楽しそうに答えた。
「もちろん、倒すんですよ。悪魔は祓わねばなりませんから」
 それは、予想できた答えだった。
 退魔師を名乗る人がわざわざ死導者を探しに来たんだから、その目的は、死導者を倒すってのが普通の考えだ。
 でも、それじゃあ、この子は……。
「それは、有害無害に関係なく、でしょうね」
「意味が分かりませんけど。無害な死導者なんてありえるんですか?」
 アルバート君は笑顔のまま、首をひねった。
「だって、死導者は存在しているだけで人間の生命エネルギーを借りなければならないはずでしょう? そんなのがいたら、それだけで死ぬ人が出る、という事じゃないんですか? それが人の迷惑にならない可能性が?」
「それは、そうとも限りません。中には死者からしか生を受け取らない死導者もいますから」
 ……、意外だな。
 火野さんが死導者を庇うなんて、思わなかった。前に会った時も、死導者に対しては嫌悪感を丸出しにしていたのに。
 確かに僕の知り合いでもある死導者・アンジェラは、生きている人の生は奪わない。死者の、しかも望んだ人からしか、生を受け取らない。それでも十分なくらいの生を、アンジェラが持っているからだ。
 そう。アンジェラは、危険な死導者じゃない。むしろ、僕らの味方なんだ。
 けれど、アルバート君がアンジェラと出会えば、それは確実に戦いになる。どちらが勝つか、なんて明白だけど、戦いを避けるに越した事はない。
「まあ、その話はいいでしょう。とにかく、我々も死導者の存在は認知しておりますが、残念ながらその居場所までは特定できません。連中はふらふらと移動していて、捕まえられませんから」
「なるほど。それは仕方ないですね」
 コーヒーを飲み干し、アルバート君は立ち上がった。
「では、そろそろ失礼します。ぼくも忙しいですからね」
「そうですか」
「見送りはいりません。貴重な情報、ありがとうございました」
 頭を下げ、アルバート君は出て行った。
 僕と火野さんはソファに座りなおし、しばらく無言でコーヒーを飲んでいた。
「少し、話をした方が良さそうだな」
 先に口を開いたのは、火野さんだった。
「遠藤君。君はまだこの屋敷にいられるかな?」
「え? あ、はい。今日はもう、他には予定がないので」
「この屋敷に泊まる事は?」
「できますけど……?」
 火野さんは頷くと、立ち上がった。
「それでは泊まっていった方が早いだろう。まみ」
 火野さんが部屋の外に声をかけると、待機していたのか、さっきの女の子が顔を出した。
「まみ。兄さんを呼んできてくれないか」
「はい」
 短く答え、火野さんは僕に立ち上がるよう促した。
「部屋に案内しよう。客室の準備はいつでもできている。兄さんが友人を連れて来る事が多いからな」
「いえ、あの。どうして泊まった方がいいんですか?」
 火野さんは振り向き、答えた。
「アルバート・トールキン。彼が余計な行動をした場合に備えるんだよ」



次へ  戻る