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誰にだって事情がある。 でも、だからって何をしてもいいわけじゃない。 自分の事情は、他人に押し付けちゃいけないもの。 あたしが眷属になって、実はまだそんなに経っていない。なのに、なんだかすごく長い時間が過ぎたような気がする。 死導者――死を導く者。おおげさな響きだけれど、簡潔に言っちゃえば、おばけの親分みたいな存在。眷属は、その部下。主である死導者に従う事こそがその存在意義、のはずなんだけど。 「まったくもう、またどっか行ったぁ」 夜空に浮かびながら周囲を見渡し、あたしはため息をついた。 あたしの主・アンジェラは、フツーの死導者じゃない。死導者を倒す死導者、要するに化物狩りがお仕事っていう、世界で唯一の変わり者。けど、アンジェラはしょっちゅうどこかで誰かが生きている様を見つめ、時に助け、時に導き、時に終わらせる。なんて言うか、そっちの方が本業っぽい気すらする。 で。まーたどっかの死にかけのとこにでも行って、手助けだのをしているんだろうけど。 「なんであたしを置いて行くかな。一緒に行けばいいのに」 アンジェラは、気になる感じを見つけると、ふらりと行ってしまう癖がある。ほんの少し目を離すと、すぐに消えちゃう。テレポートみたいな真似ができるから、どこに行ったのかも全くわからないっていう、最高に迷惑な放浪コンボをかましてくれる。 チリン―― ん? この、音は。 「アンジェラッ! 今度はどこに行ってた、のよ?」 あたしの後ろに、いつの間にかアンジェラが立っていた。 黒くて綺麗なロングストレートの髪。夜空色の長袖ワンピースに、小学生みたいな外見。けど、実際は千年単位で生きる、本物の死導者だったりする。 それが、今は浮かない顔をしていた。 「どうしたの、アンジェラ。誰かに何か言われた?」 「いいえ。ケイ、一緒に来てくれる? 少し、面倒な話になるかもしれないわ」 「そりゃアンジェラの頼みなら行くけど、さ。どーしたの?」 よくよく見れば、アンジェラの顔は戸惑いで暗くなっているのがわかる。 ――アンジェラに解決できないような問題なんて、ほとんどない気がするけど? あたしより強くて、あたしより長生きのくせに。 アンジェラはどこか暗い表情のまま、口を開いた。 「呼ばれている。私と、おそらくは貴女も」 「呼んでる? また陽平?」 アンジェラは首を横に振り、その名前を告げた。 「アルバート・H・トールキン」 「なッ……!?」 その名前は、あたしの予想を超えていた。 アルバート・トールキン。れんきんじゅつしー、とかいうヘンテコな職業を現代社会でやる、真正の馬鹿。 以前、『死導者を倒すのが仕事』とかぬかして、アンジェラを襲った事もある。その時は、生きた人間とは戦えないっていうアンジェラの代わりに、あたしがぶっ飛ばした。で、その結果、何を思ったのやら、アルバートはアンジェラには手を出せなくなるっていう、呪いみたいのを自分にかけた。 その後、調べたい事があるって言ってどこかに行っちゃったはず。それが今さら、あたしたちに何の用だって言うのかしらね。 とにもかくにも、会ってみなければ話にならない。どっちにしろアンジェラには手出しできないわけだし、あたしに手を出そうとするなら半殺しは決定事項。少なくても、身の安全だけは保障されている。 「ねえ、アンジェラ。ほんっとうにここなの?」 「そのようね」 あたしの前には、深夜だってのにやたらと明るいお店が堂々と建っている。 アルバートが指定した場所は、全国展開されているファストフード店だった。あまりに普通すぎて、あたしはむしろ気が抜けた。 「どうしたの、ケイ。複雑な顔をして」 よほど変な顔だったらしく、アンジェラに心配された。あたしはひきつった笑みを浮かべて、 「いや、そりゃさ、深夜でもファストフードは開いているとこもあるわよ。でも、アルバートのイメージだとさ、こう、建築現場とか、工事現場とか、もっと暴れられるとこを想像していたんだけど」 「彼に戦いの意思はないという事ね。元々、彼は私に攻撃できないのだけれど。私はこういう場所は初めてだし、少し楽しみなくらいよ」 「あー、アンジェラがファストフードでごはんを食べてるとこはもっと想像できない」 その光景はシュール過ぎる。 「さあ、ケイ。行くわよ」 「はいさ」 あたしはアンジェラに引き続いてお店に入った。 「いらっしゃいませー」 店に入った途端、空調と挨拶があたしたちを迎え入れた。今のあたしたちは実体化しているから、特におばけとは縁のない一般人でもバッチリ見える。 「ご注文がお決まりでしたらどうぞ」 あたしとアンジェラは雰囲気とか服装とか、かなり変人の部類に入るはず。それなのに笑顔を絶やさなかったこの店員は、なかなかすごい。 「あー、うん。でも、どうする? お金って顕現できるの?」 「私の能力で作成できない物はないわ。ただ、それは人間の社会ではいけない事ではなかったかしら?」 「うん。要するに偽札って事になるもんね」 となると、注文なんかできないし。でも、注文しないで勝手に上に行くのも目立つし、失礼だよね。 迷っていたら、 「ぼくがおごるよ」 男の子の声がした。 「……アルバート。女の子の後ろに気配を殺して立ったら問答無用で斬られても文句は言えないって法律、知ってる?」 「初めて聞いたね。覚えておこう」 年の頃なら高校生、金髪っぽい茶髪に蒼い目は、どう見たって外国人。けど、態度はでかくて、めっちゃムカつく男の子。 こいつが、アルバート。イギリス出身の、自称・錬金術師。 「好きなものを注文していいよ。このレベルの店で惜しむほど、稼いでいないわけじゃないから」 「って、言ってもね。あたしはアンジェラじゃないから、実体化していても消化能力とかないんだけど」 「私は飲食物を生に還元できるけれど、こういう店は初めてだから、何をすべきかわからないわ」 「ふう、ん」 あたしたちの回答に頷き、アルバートは言った。 「じゃあ、ぼくが適当に注文して持っていこう。先に二階の席に行ってくれるか?」 あたしはちらりとアンジェラを見た。アンジェラは軽く頷き、先に歩き出す。仕方なく、あたしもアンジェラについて行った。 階段を上り、二階へ。一階には爆睡する人たちも何人かいたけど、二階には誰もいなかった。 あたしとアンジェラは適当なテーブル席に並んで座った。 アンジェラは本当に珍しそうにきょろきょろと見回している。意外とのん気ね。 「ねえ、アンジェラ。見学もいいけどさ、いいの? アルバートを放っておいて」 「彼に戦いの意思はない。目的は不明だけれど、私が目的を憶測したところで結論が出るわけでもないわ。なら、心配は無用よ」 うう。さすが我が主、大物ね。 あたしは正直、気になって仕方ない。だいたい、こっちが死導者だってだけで襲ってくるような阿呆なんだから、何を考えているのか、わかんないもん。 「お待たせ」 泥沼みたいな考えに沈んでいると、トレイを持ったアルバートが現われた。 トレイの上に乗っていたのは、セットメニューがひとつ、それにアイスコーヒーと野菜ジュース。特におかしな点は見当たらない。 すっと十字を切り、アルバートは軽く祈りを捧げた。そして、あたしたちに手の平を見せる。 「どうぞ。毒なんかは入っていないから」 「そういうの、自分で言うものかしらね?」 でも、本当に毒は入ってなさそう。あたしたちに通じる毒があるのか知らないけど。 「じゃあ、食べながらぼくの話でも聞いてくれ。そのために呼んだんだから」 「話って何よ?」 偉そうに頷き、アルバートは続けた。 「ぼくはイギリスの教会に戻り、君らに関する文献を探した。そして、それを読みふけった。知りたい事があったからね」 「回りくどい言い方は止めてね」 あたしの隣で、アンジェラは珍しそうにポテトを口にしている。素直ね。 「では、結論を言おう。死導者の始祖、最初のひとり。そいつは人間だ」 「……は?」 いや、あの。話が飛びすぎ。 アルバートは、どこか馬鹿にしたような表情をした。 「だから最初から説明した方がいいと思ったんだけどね?」 「う、うるさいわね!」 「ケイ。大きな声はよく響くわよ」 アンジェラに引き止められ、あたしは仕方なく腰を下ろした。 そして、アルバートは話を続ける。 「君たちは言ったはずだ。死導者の祖は聖母だ、と」 「言ったわね」 あたしは頷いた。 聖母って言うと普通はイエスを産んだマリア様ってイメージだけど、あたしの知る聖母はちょっと違う。 アンジェラとそっくりな外見の、けれど純白の女の子。髪も服も、何もかもが真っ白で、そのくせ性格は最高に悪い、嫌なヤツ。 アンジェラが死導者を狩る死導者なんていう、損な役回りになったのも、ソイツがそうやって決めたから。だから、あたしは聖母が好きじゃない。 「聖母という名前は、教会にとって特別な名前だ。救世主たるイエスの母。そんな名前は、おいそれと使っていいものじゃない。だが、それを堂々と名乗った者がいるんだ。イギリスの長い教会の歴史の中で、ひとりだけ」 「開き直ったヤツね」 「ああ。名前はマリア・K・ウェーバー。彼女は、悪魔祓いとして高い能力を持っていた。君らの言葉で言えば退魔師か。簡潔に言えば化物退治に対して圧倒的な能力を持っていたという事だ。六歳当時で、すでに教会の誰も彼女には敵わなかったそうだ」 天才、か。 それも、かなり早熟の。 「彼女は本当の天才だった。彼女は修練を続け、とうとう『神の領域』に辿り着いたのさ」 「あん? ああ、そういえばそんな話もしてたわね。ええと、人間のままでは到達できない能力のレベルだっけ?」 あれ? 人間のままでは、駄目? 「気付いた? そう。マリアはすでに人間じゃない。それだけの能力者は人間と呼ばない。化物って呼ぶのさ」 「……、そんであたしらが知る聖母と、そのマリアってのが同一人物って言うわけ?」 「その通り。教会の歴史上、それ以下のレベルなら何人か存在したが、『神の領域』に辿り着いたのはマリアひとりだ。そして、死導者が現われたのは、マリアが教会の監視下から消えた後の出来事だ。これだけ揃えば、断定しても問題ないだろ?」 筋は、通っている。 年齢。力の程度。タイミング。全てが一致しているんだから、アルバートの話もあながち間違いとは言えない。 「で。なんであんたがそんな話を調べたわけ? しかも、それをあたしたちに話すって、どういう事よ?」 「後者はついで。別に話さなくてもよかったんだけどね。せっかくの情報だから話してあげただけだ」 「前者は?」 「ぼくの誇りのため、かな」 あったのか。誇り。 あたしの心の声も知らず、アルバートは話を続けた。 「この話が真実なら、ぼくは教会に騙されていた事になる。何が、死導者を倒せば『神の領域』に辿り着く、だ。勝てるわけがないじゃないか。相手はすでに、『神の領域』にシフトした相手なんだから」 「そうね。その話が本当なら、あんたは無駄に死ぬところだったって事になる」 たぶん。教会は、アルバートが邪魔になったんじゃないかって思う。 本当にマリアがあたしたちの知る聖母なら、『神の領域』に行こうとしているアルバートは、教会にとって脅威でしかない。本当に辿り着かれてしまったら、第二の死導者を生み出してしまうから。 それを防ぐために、アルバートに自殺まがいの行動を取らせたっていう考えもできる。もちろん、偶然かもしれないんだけど。 でも、アルバートはそういう疑いを持っているんでしょーね。こういう物言いをするって事は。 「ぼくは今日の便で本国に戻る。教会を問い詰めてくるつもりだ。その前に、君たちに話しておく気になった。それだけだよ」 長い話を終えて、アルバートは残った野菜ジュースを一気に飲み干した。 「……、アルバート」 今まで黙っていたアンジェラが、ようやく口を開いた。アルバートは、目だけでそれに答えている。 「また、会える事を願っているわ」 たった一言。アンジェラは、それだけを言った。 アルバートは唖然とした表情でアンジェラを見つめ、軽く笑った。 「はは、君はおひとよしだ。それも、馬鹿がつくほどの」 「あんた。あたしの目の前でアンジェラを馬鹿にするとは、いい度胸じゃないの」 あたしが立ち上がる前に、アルバートは席を立っていた。 「忠告として受け取っておくよ、アンジェラ」 言い残し、アルバートは階段の向こうに姿を消した。 あたしは階段を見つめたまま、アンジェラに問いかけた。 「――アンジェラ。これから、どーする?」 「聖母に会うわ。私たちも、確認しなければならない」 予想通りの答えが、返ってきた。 「もし母が人間であったのなら、死導者というルールは何のために作られた? 退魔師が自らの手で退けるべき魔を生み出した、その理由は何? 私は、それを知りたい」 「アンジェラがそー言うなら、あたしに反論の余地はないわね」 ふと、ポテトをひとつ口にしてみた。 味は、あんまりしなかった。 |