大人になりたいって思う。
 そして、そのためにはやらなきゃいけない事がたくさんある。
 ひとつ、またひとつ。できるように、なっていかなきゃ。


 そこは、自分でもベタだと思う隠し場所だった。でも、あたしが行ける場所で、他の人があまり来ない場所ってそんなにない。だから、ベタでもそういう場所しかない。
 放課後、いつも通り神社裏の林の中に行くと、クレハはダンボール箱の中で丸くなって眠っていた。
 あたしが近づく音に反応したのか、クレハは目を開けた。あたしの顔を見つめ、嬉しそうに、にゃーと鳴いた。
「はいはい、ごはんね」
 あたしはランドセルからコッペパンを取り出し、それをダンボールの中に入れた。クレハはうれしそうに、それを食べ始めた。
 クレハは他のネコよりも、よくわらったり、ないたりする子だと思う。かわいらしい子だった。
 あたしがクレハに会ったのは、ほんの一週間前。なんとなくいつもと違う道で帰りたくて、あたしが足を神社に向けたら、そこでネコが鳴いていた。これはもう、ウンメイってやつでしょ?
 あたしはネコをクレハって名前にした。お姉ちゃんの彼氏の名前。頼りないとこが似てる気がしたから。
 クレハにダンボールをあげて、それから毎日、食べ物を持ってきている。こんなので足りるとは思えないけど、それまではノラだったんだから、クレハだって多少は自立できるんだと思う。あたしがするのは、ほんのちょっとのお助け。いわゆる、えんじょこーさいってやつだ。
「そういうことか」
 ぴしり、とあたしの動きが止まった。
 ぎぎぎ、と重い動きで、あたしの首は後ろを向く。
「……けーいち。なんであんたがここにいるのよ?」
「最近、お前ってなんだかムダに早足で帰るだろ? 朝はギリギリだし。こりゃ何かあるなって思って、つけてきた」
 あたしの後ろで、クラスメイトなぼーず頭のクソガキが笑っていた。
「それにしたってさ、なんでまた、こんなベタな場所でネコなんか飼ってるんだよ? もうちょっとこう、頭とか使えねーの?」
「大きなお世話よ。だいたい、圭一だってたいした場所なんか思いつかないでしょ!」
「う、うるせえな。見つからなきゃいいんだろうが!」
 わめき、圭一はあたしの隣にしゃがみ込んだ。
「これがお前のヒミツってわけか」
「誰にも言わないでよ。言ったら、学校の窓から落としてあげるんだから」
「死ぬぞ」
「そう言ってるの」
 圭一は少しだけ顔を引きつらせ、またクレハに目を戻した。
「名前は?」
「クレハ。あたしのお姉ちゃんの彼氏の名前」
「そんなにかわいい人、なのか?」
「頼りないとこが似てたから」
 答えたら、圭一はなんだかビミョーな顔をした。あたし、何か変なことでも言ったっけ?
「まあ、いいけどな。あんまし無理とかすんなよ。ネコも大事だけどさ、お前だって大事なんだから」
 立ち上がり、圭一は言った。
「ん、わかってるよ」
 だから、あたしも立ち上がって、答えた。
「あたしが倒れたら、クレハを助けてくれる人がいないもんね」
「そういう問題じゃ、ないんだけどな」
「じゃあ、どういう問題よ?」
「お前にゃわかんねーよ」
 答え、圭一はさっさと林から出て行ってしまった。
「もう、何なのよ」
 その後姿を見つめ、あたしは、ため息をもらした。これも、大人の第一歩だ。

 宿題を終わらせて、あたしは自分の部屋を出た。一階のリビングに向かって、とんとんっと階段を降りていく。
 階段を降りたところが玄関。降りて右、そこがリビング。そのリビングから、テレビの音がもれていた。
 リビングに入ると、あたしに背中を向ける感じで、お母さんが天気予報を見ていた。天気予報はちょうど、ウチの近くの天気も出していた。
『今夜から明日の朝にかけて、局地的に大雨になる可能性が高いでしょう。河川の増水などには十分に気をつけ、いざという時にはすぐに家を出られる用意をしておくのも大事です』
 アナウンサーが何かを言っている。でも、どうしてもっとわかりやすい言い方とかしないんだろ?
 うーんと、つまり、整理してみる。
「雨、なの?」
 聞くと、お母さんは振り向いて答えた。
「夜中に雨になるって。この家は高台にあるから大丈夫だと思うけど、あんたも外には出ないようにしなさい」
「ふーん……」
 なら大丈夫か、と思いかけて、ふと、思い出した。
「クレハ、は?」
「どうかしたの?」
「あ、ううん、なんでもないの!」
 答えて、あたしはリビングから出た。部屋に戻り、レインコートを引っぱり出して、玄関に戻る。
 カサを手に、あたしは外に飛び出した。
 そう、ウチは平気かもしれない。でも、クレハは?
 クレハだって生まれたての子供じゃない。雨が降ったらどうにかする、くらいの考えはあると思う。でも、それはわかっていても、足は止まらなかった。
 なんだか、イヤな予感がする。
 あたしが神社に到着する頃には、もう雨が降り出していた。予報より、早い。
 カサを広げ、レインコートを着込み、あたしはクレハの待つ林の中に入っていった。
 見慣れたダンボールを見つけ、あたしは急いで中を見た。
「う、そ?」
 そこに、クレハはいなかった。
 間違いない。どこかに、逃げたんだ。
 雨が降るって感じて、どこかに行ったのか。それとも、虫か何かに夢中になっちゃったのか。
 理由は、あたしにはわからないけど。
 でも。ここに、クレハはいない。
「探さなきゃ――!」
 あてもないけど、あたしは走り出した。

 もう三十分くらいは探したかな? それとも、一時間くらい? もしかして、まだ十分とか?
 時計がないから、時間の感覚がわからなくなってきた。
 クレハの姿はどこにも見えない。鳴き声も聞こえない。一生懸命に探しているのに、どこにもいない。
 それでも、足を止めようとは思わなかった。それが、あたしの、あたしなりの責任感ってヤツだから。
 雨はどんどんと降り続く。さっきよりも激しく降っている気がする。暗くなって、もうほとんど何も見えなかった。
 でも。やめるわけには、いかないから。
 チリン――
 何か音が聞こえた気がして、あたしは後ろを振り向いた。
「どうして、そこまでするの?」
 暗い、夜と雨の暗さの中に、誰かがいた。
 クラヤミにまぎれて、よく見えない。けれど、あたしとあんまし変わらないくらいの、子供である事だけはわかった。
「ええと、だれ、あなた?」
「私はアンジェラ。死導者よ。貴女の概念に当てはまるように説明するのは、難しいのだけれど」
「ふうん……?」
 よくわからないけど、アンジェラっていうらしい。
「えっと、それで、何だっけ?」
「貴女は、どうしてそこまでして、猫を探すの? これだけの雨。しかもこの時刻では、周囲はおろか、手元さえも見えはしない。その中で、どうしてたった一匹の猫を探そうとするの?」
「ん? あたりまえ、じゃないの?」
「普通ならば、そこまでする理由はないわ。もしかしたら無事なところにいるかもしれない。仮に無事でなかったとしても、貴女を責める者は誰一人としていない。誰に責任があるわけでもない、野良猫なのだから」
「だって、あたしが世話を焼いてたんだもん。あたしは、クレハに優しさをあげたんだよ。だから、最後まできちんとお世話をするの」
「たかが、猫よ?」
「たかが、じゃないよ」
 それだけは。あたしは頭が特別にいいわけじゃないけど、それだけはちがうって、言えるんだ。
「生き物って、命って大事だもん。ちゅーとはんぱに見捨てるような事はしない。だから、絶対に見つかるまで探すの!」
 お姉ちゃんが、よく言っていた。命は大事だよって。それだけは、あの優しいお姉ちゃんが、それだけは絶対に守りなさいって言ってた。だから、あたしは守らなきゃいけない。命は、投げ出したらいけないものなんだから。
 見えないけれど、アンジェラがため息をつくのがわかった。
「貴女の覚悟。確かに聞き届けたわ」
 チリン――
 それきり、アンジェラの気配はしなくなった。
 代わりに、
「きゅー」
 聞き覚えのない声が聞こえてきた。
「きゅー、きゅー」
「な、何? ついて来いって言うの?」
「きゅ!」
 うなずくような感じの声、続いてカサカサという音。少し進んで、「きゅー」。
「わかった。行けば、いいのね?」
 あたしは、声のする方に歩き出した。
 それにしても。アンジェラって、つまり何だったんだろ?

 しばらくすると、空に光が走った。ゴロゴロと、低い音もする。雷だ。
「どうか、落ちませんように」
 神様におねがいしながら、あたしは声の後を追う。
 声はたまに止まったりしながら、あたしをゆーどーしてくれる。たまの雷が、林に光を落として、道を見せてくれた。
 さらに進んで、いきなり。
「きゃッ!?」
 木が上に、空が下に。転がって転がって、地面にたたきつけられた。
「何よぉ、もう!」
 暗くて気がつかなかったけど、ガケがあったみたい。見た感じ、あたしの背の倍はありそう。雨も降っているし、よじのぼるのはキツイかなぁ……。
 なんて、考えている場合じゃない。早くクレハを探さないと。
 あたしは立ち上がり
「イタッ!?」
 かけて、動きが止まった。
 足に、力が入らない。そっとさわるだけで、いたかった。
「うっそ、ねんざ!?」
 ずきずきと、感じる。さわっていると、足が熱を持っているのがわかった。
「きゅー?」
 心配そうに、声が寄ってきた。すりすりと体にすりよってきたから、ひょいと持ち上げてみる。
「あなたが、道を教えてくれていたのね」
「きゅ」
 黒い、細長い生き物。見た事があるような気もするけれど、思い出せなかった。
 でも、そっか。
「もしかして、あたし、ここから動けないって事?」
「きゅー」
 ……どうしよう。このままじゃ、クレハがどうなるか。それに、それこそあたしがどうなるか、それすらもわからない。
 これは、ぜったいぜつめーというヤツね。
「なんて、のんきな事を言ってる場合じゃないよね」
 なんとか立ち上がろうとする。でも、どうしても足に力が入らない。どうやら、かなりやらかしちゃったみたい。
 それでも、なんとか立ち上がろうと、がんばる。でもって、そのたびに、倒れた。
「もう! 何よ、この足!」
 どうやっても、立ち上がれなかった。足に力が入らない。
「早くしないと、クレハが――!」
「にゃあ?」
「クレハ、が?」
 にゃあ?
 声がした方をよーく見る。ゆっくりと、何かが動いて、それはあたしの体にのしかかった。
「クレハ!?」
「にゃん!」
 クレハだった。他のネコじゃない、クレハだった。
「もう、どこに行ってたのよ! 探したじゃない!」
「にゃ?」
 はあ、とため息が出た。でも、よかった。
 クレハは、無事だった。それ以外はひとつもイイ事なんてないけれど、少なくても、クレハは生きていた。だから、安心した。
 クレハに雨が当たらないようにカサを動かし、あたしは木によりかかった。
 どうしよう。雨は弱くなってきている。でも、だからってどうしようもない。
 せめてケータイでもあればどうにかなるんだけど。そんなの、あたしはまだ持っていない。
 いけない、気が弱くなってる。もっと強気にならなきゃ!
「にゃー?」
「クレハ」
 ぎゅっと、クレハを抱きしめた。クレハも、今はおとなしくしていた。
「ぜーったいに、あたしが、守るからね。だから、安心してね」
「にゃん?」
 わかっているのか、いないのか。それはあたしにも通じなかったけど、でも。



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