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生まれながらの、望まない能力。 それが特殊であるほどに、人は苦しむのだろう。 だが、背中を向けるわけにはいかない。それも含めて、自分なのだから。 親戚からの電話で、私は同じ町内にある神社に向かっていた。その道すがら、電話の内容を思い出す。 『変わった依頼人が来ているの。私もどうしたらいいかわからなくて……、陽平兄さんに直接、会って欲しいの』 詳細は会ってから、というわけで、私は詳しい内容を聞いていない。ゆえに、どんな依頼か、想像もできなかった。 もともと、退魔師なんていう胡散臭い商売をしている私のところに来る依頼なんてのは、一般人からすれば頭のイカれた内容ばかりだ。 幽霊屋敷をなんとかしてくれ、廃校舎を壊そうとすると事故が起きる、自宅にいると不思議現象が……。 まともな人間には相談できない問題を引き受け、解決する者。それが私、それが退魔師だ。 だからこそ、多少は変でもおかしいと言われる事はない。そもそもがおかしいのだから。それが、変わった依頼、と言うほどなんだから、よほどなのだろう。 「……やれやれ。厄介な事になりそうだな」 もっとも、厄介ではない問題というのも、そうそうないのだが。これもまた、退魔師としての宿命だ。 ため息混じりに見上げた空は、今にも雨が降りそうな曇天だった。天気までこれとはな。 鯉田の神社は、ごく普通の街中にある神社だ。宗教的にも重要というほどではなく、どこにでもあるすたれた雰囲気を持っている。 私が中に入ると、すぐにひとりの巫女がぱたぱたとやって来た。 「兄さん、待っていたの」 この子が、私の親戚でもある娘、鯉田まみ。大学に通いながら巫女の修行も続けるという、なかなか真面目な子だ。この子は退魔師ながら、我々のように浮世離れもしていないので、色々と世話になる事も多い。 「まみ。依頼人は?」 「社務所で待っているの」 まみに連れられ、私も社務所に入る。畳敷きの部屋に、依頼人とやらは待っていた。 まだ若い――と言うよりも、幼い。中学生くらいか? 黒髪といい、細身の眼鏡といい、全体的に真面目そうな印象を受けるタイプだ。見た目だけで言えば、クラス委員長なんかが似合うだろう。 「私が火野ですが」 名乗ると、依頼人も軽く頭を下げた。 「城崎です。 えっと、火野さんは、おばけが見えるんですよね?」 「ええ……、まあ」 私は依頼人の向かいに座った。私の隣に、まみも座る。 「それで、ご依頼の内容は?」 若かろうと、依頼人は依頼人だ。相応の態度で接さなければいけない。 「はい。あたしに、おばけを見せてください」 「……はい?」 「ですから、おばけが見たいんです」 ずい、と前に迫る城崎さん。その目は真剣で、冗談の類を言っているようには思えない。 「火野さんは、おばけが見えるし、そういう知り合いもいるって聞きました。その人とあたしを会わせて下さい」 「いや、しかし、霊体を見るというのは生まれ持った素質に依存する問題です。城崎さんは、血縁にそういった方が?」 「いません。ですから、あたしも見た事がありません。でも、見たいんです」 これはまた、厄介な注文だ。 元々、退魔師というのは霊体を“殺す”能力を持つ人間の事で、霊体と仲良しというわけではない。むしろ逆、敵同士だ。 だからこそ、いかに伝統ある火野家の当主たる私でも、霊体の知り合いなんてものはほとんどいない。敵とお友達になるような奴がいるはずもない。 もっとも、この子は一般人だ。そんな内側の事情は知らず、霊体とお話ができる能力者、くらいに考えているのかもしれない。話ができる事に違いはないから、あながち間違いでもない。 さて。どうしたものか。 霊体の知り合いは、ほとんどいない。だが、まったくいないわけでもない。 連中ならば、普通の人間では見えないおばけという存在を、見える姿にする事も可能。諸々の条件を考えると、連中が最も適任だ。しかも、頼めばすぐにやって来るだろう。暇だろうからな。 しかし、あの連中に借りを作るのはいかがなものか……。その一点だけが気にかかる。そもそも、私はあいつらと馴れ合うつもりは毛頭ない。それが、依頼をするとなると、困った事になりそうだ。 「お願いします! どうしても会いたいんです!」 「――その事情というのは、お聞かせ願えますか?」 聞くと、城崎さんは急に黙り込んだ。 「それも、言わなければいけませんか?」 「どうしても、というわけではありませんが、できれば」 「だったら、勘弁して下さい。あまり言いたくないんです」 ふむ。子供には子供なりの事情がある、といったところか。 まあ、こんな子供でも依頼人は依頼人だ。人々の願いを叶える。それは、退魔師共通の夢でもある。子供だからといって、差別をするわけにもいくまい。 「……わかりました。事情は聞きません。ですが、こちらも慈善事業ではない。報酬は払えるんですか?」 「いくらくらい、ですか?」 不安そうに私を見上げる依頼人。この様子だと、自分の小遣いレベルでどうにかしようと考えているんだろう。やれやれ、また商売にはなりそうにないな。 ふと、視線を感じた。横を見ると、まみが私を不安と非難の入り混じった目で見つめている。言われずともわかっている。軽く頷き、安心させてやった。 「では、値段はあなたが決めてください」 「へ?」 目を丸くする依頼人。この手の交渉をやると、だいたいこんな態度になる。 「あなたが我々の仕事ぶりに対して払うべきと考えた金額を報酬としてください。それで十分です。 では、こちらも準備がありますので。少々、お待ちください」 言いつつ、私は立ち上がった。 背中に、何やら暑苦しい視線を感じた気がしたが……、まあ、気のせいという事にしておこうか。 神社の前で待つ事、およそ五分。その連中はやって来た。 チリン―― 小さな鈴の音色は、彼女の持つ腕輪から。 夜空色のワンピース、黒髪紅眼。異様な雰囲気をたたえた少女、アンジェラ・ウェーバー。 正確には彼女はおばけではない。死導者、言うなれば死神のようなものだ。もっとも、死神という言葉が持つ語感よりは、もっとずっと優しい存在ではあるのだが。 「貴方が私を呼ぶなんて、珍しいわね。何かあったのかしら?」 「うむ、珍しい依頼人が来ていてな。真に不本意ながら、君たちの協力が不可欠だ。手伝って欲しい」 「うーわ。明日は雨だわ」 アンジェラの隣で声をあげる桜色の少女を、私はにらむ。 志野ケイ。アンジェラの部下だ。小学生然としたアンジェラとは違い、ケイは高校生くらいの外見年齢を持っている。もっとも、本当の年齢は知れない。死者は老いないし、成長もしない。そして、年齢とは関係なく、私はこの少女が得意ではない。むしろ、苦手な相手だ。 その肩には、黒いオコジョが乗っていた。エルミネア、というらしい。どういう存在なのか私にもよくわからないが、少なくてもただの動物霊でない事くらいはわかる。そもそも、動物の霊というのは貴重だ。 「ケイ。それはどういう意味だ」 「あんたが素直になるのが珍しいって言ってるのよ」 「きゅう」 「ほらほら。エルまで賛成してるじゃない。小動物にまで言われてるのよー、こりゃもう真理でしょ」 ……。こいつらに反論していたら日が暮れてしまうな。 「ともかく、こっちに来てくれ。依頼人がいる。ああ、依頼人は一般人だから実体化してくれよ?」 「はいはい。任せなさいって」 アンジェラやケイは、普通の幽霊ではない、死神だ。一般人の霊体とは異なり、その気になれば、何の能力も持たない人間でも見られる姿になる事もできる。 アンジェラとケイを引き連れて社務所の前に戻ると、そこにまみと城崎さんが並んで待っていた。 「ご依頼の、幽霊です」 私は後ろのふたりを城崎さんに紹介した。この際、いかに自我があろうともオコジョを含める必要はないだろう。 「アンジェラ・ウェーバーに志野ケイ。どちらもご覧の通り、一般人ではありません」 「ちょっと、陽平。どういう事よ?」 私は後ろを向き、小声で答える。 「この子が、幽霊に会いたいと言っていてな。正式な依頼だから、断るわけにもいかなかった。こちらは信用も大切でな」 「このロリコン」 「誰がだ、バカ」 向き直り、私は下がった。 代わりに、アンジェラとケイが前に出る。ここから先は、私が何かをする必要はない。アンジェラたちに任せよう。 「こんにちは。私たちに会いたかったそうだけれど?」 城崎さんは、じっとアンジェラの顔を見つめた。じーっとひたすらに見つめ、一言。 「違う」 「何?」 「あたしが会いたいのは幽霊です。こんな普通の子供でなく」 「ちょちょちょ、ちょーっと待ったぁ!」 私と城崎さんの間に、ケイが割り込んだ。 「あたしやアンジェラが幽霊じゃないっての!? どっからどう見ても普通じゃないでしょうが!」 「でも、違うじゃない。こんなにはっきりと見える幽霊なんて、幽霊じゃないです」 「同じよ! あたしたちは力が強いからはっきりと見えるだけ!」 霊体としての誇りでもあるんだろうか。ケイはやけにムキになって説得しようとしている。けれど、城崎さんも曲がるつもりはないらしい。これでは堂々巡りだな。 「……困ったわね」 「困ったの」 アンジェラとまみとが、同時に私を見上げる。そんな表情で見られても、私にどうこうする力はないのだが。 「上半身だけ実体化とか、それでいいだろう。普通の人間じゃない事は明白だ」 「前にやったけれど、会った人は悲鳴と同時に駆け出したわ。あれは一般人の前でする行為じゃないようね?」 本当にやったのか。 「それだけで幽霊である事はわかる。後は依頼人が決める事だろう?」 「貴方がそう言うのであれば」 チリン―― すっと、アンジェラから力が抜ける。足の影が薄くなり、姿が消えた。上半身だけの顕現とは、私が提案しておいてなんだが、器用な真似をするものだ。 「これで、どうかしら?」 アンジェラが軽く首を傾げる。城崎さんはそんなアンジェラを上から下までじっと眺めた。そして、一言。 「やっぱり幽霊じゃないですね」 「まだ言い張るか!? あんたにとっての幽霊って何よ!」 「足を消すくらい、マジシャンだってできますよ」 「手品と一緒にしないで!」 なぜかにらみ合うケイと城崎さん。そんな子供っぽいふたりはさておき、私はアンジェラに耳打ちする。 「アンジェラ。君の知り合いに本物の幽霊はいないのか? それも、一般人に見えるような特別なタイプだ。どうやら、この依頼人は死導者では満足しないようなんだが」 「知り合いと言えばいくらでもいるけれど、大抵はもう転生してしまっているし……」 アンジェラも困ったように眉を寄せ、考え込む。しばらく思考に沈み、かと思いきや、いきなり顔を上げた。 「そう、彼女なら適任かもしれないわね。わかったわ、ケイ。行くわよ」 「は?」 振り返ったケイは、怪訝な顔をしている。 「行くって、どこに?」 「ベルのところよ」 「ああ、あの子ね」 頷いたケイはじろりと城崎さんをにらみ、 「待ってなさいよ。本物の幽霊っぽいものを見せてあげるんだから」 言って、ケイは自信満々に笑ってみせた。 ――ぽいもの? |