|
僕という人間には、僕なりの考えがある。 そして、同じように、他人にはそれぞれの考え方がある。 それに良し悪しを考えるのは馬鹿らしい事かもしれないけど、でも。 閉店する一時間ちょっと前に、六人連れという、大所帯の客がやって来た。この時間、これだけの客が来るのは本当に珍しい。 その顔を見た途端、僕は表情が固まった。 六人中、三人は見知った相手だった。同時に、ファミレスなんていうごく普通の食事処で出会うはずがない相手でもあった。 「あ、紅葉。六人ね」 「……ケイ。なにこれ」 微妙に声に疲れがにじむ。 ケイはどこか不機嫌そうに、 「だって、アンジェラが来たいって言うんだから仕方ないじゃない。ああ、お金はあるらしいわよ」 僕は桜色の着物を着た知り合いから、さらに後ろに視線を送った。夜空色のワンピースを着た、小学生みたいな女の子だ。 「紅葉、紹介するわ。一番、ルシフェル。二番、リヴァイア。六番、ベルゼブ」 「じゃなくてっ! いきなりどうしたんだよ、職場にまで押しかけるなんて!?」 言うと、アンジェラは困ったように眉を寄せた。 「迷惑だったかしら?」 「そうじゃないけど、だって――」 周囲を確認してから、僕は声を低くして言った。 「――君らは、食事なんかいらないじゃないか。生きていないんだから」 ケイとアンジェラ。さらに、このふたりの話によれば、僕が初めて会う三人までもが、人間じゃない。死導者、わかりやすく言えば死神だ。 僕は何の因果か、死導者にやたらと縁がある。幼い頃に死導者の力でおばけが見えるようになったせいか、あるいは道に迷った時にたまたま見かけたアンジェラに声をかけたせいか? ともかく、僕の周囲には、こんな連中がいる事が珍しくなくなっていた。 とは言っても、こうしてバイト先で顔を合わせたのは初めてだ。アンジェラたちはおばけみたいな存在だから食事は要らないし、僕のバイト先がファミレスなんだから、出会うはずのない場所とも言える。 僕の質問に答えようとするアンジェラの前に、やたらとカジュアルな青年が立つ。たしか、ルシフェル、だったかな? 「なに、マリアにお前の話を聞いてなぁ。死導者候補となりゃあ、一度くらいは見てみたくもなるだろ。 んで、アンジェラたちが知り合いって話だから、案内させただけだ。そうしたら、どっから嗅ぎつけやがったのか、リヴァイアとベルゼブまで来やがってよ」 「失礼ですね。まるで迷惑のような口振りですが?」 口を尖らせたのは、ルシフェルの後ろに立つ女性。痩せぎすで、大きな眼鏡をかけている。外見は二十歳くらいに見えるけど、死導者の年齢は外見とは関係がないから、実際は何百歳なんだろう。 「迷惑するのは俺様じゃないから知った話じゃないが、お前やベルゼブまで来たら迷惑なんじゃねーの?」 「商店に客が来て迷惑なわけがないでしょう」 いや、どっちかと言えば迷惑だけど。アンジェラたちはともかく。 言ったら面倒な事になりそうだから、黙っておく。 「……とりあえず、入口にたむろされても困るから、席の方に」 僕はアンジェラたちを奥の方に案内した。幸いにも、他に客はいない。そもそも、こんな時間に来る客なんてほとんどいない。 案内したところで、改めてメンバーを眺める。 アンジェラ、ケイ、ルシフェル、リヴァイア。中身を知らずに一見すると、ちぐはぐなメンバーだ。 そして、残るふたり。こっちはこっちで、珍しいというか、ありえない組み合わせだ。中身を知っているからこそ。 「えっと、退魔師さん?」 声をかけると、少女はびくりと肩を震わせた。 「あの、どうしてこのメンバーと一緒に?」 問うと、顔も体も引き締まった少女はやけに慌てた調子で、 「話せば長くなるのですが……。 あの、三上です。三上愛」 「遠藤紅葉です――じゃなくて」 「んあ? 愛と知り合いなのか?」 三上さんの隣に座る少年が目をぱちぱちさせている。見たところ、なかなかカッコいい。彼がベルゼブか。 ルシフェル、リヴァイア、ベルゼブ。三人は初顔だけど、正体はわかっている。そして、僕に会いに来た、というのもわからないでもない。死導者が見える一般人なんて、僕くらいらしいから。 ただ、三上さんはわからない。そもそも彼女は死導者じゃない。人間だ。 どんな存在だって、対になる存在がいる。太陽と月、天使と悪魔、光と闇。 彼女は、死導者と正反対の存在。死者を狩る人間。退魔師だ。 それだけに、退魔師である彼女と、死導者五人なんていう連中が一緒にいる理由がわからなかった。本来なら、ケンカしてたっておかしくない間柄だ。 僕に説明しようとして言葉に迷ってる三上さんの代わりに、ベルゼブが口を開く。 「オラぁ、愛のところに出入りしていてな。ルシフェルが飯屋に行くって聞いたから、愛も誘って来たんだ」 「……はあ」 「あ、あの! これは決して馴れ合っているわけではなく、わたし自身、ベルゼブには借りがありまして、それにベルゼブもなぜかわたしから離れなくて!」 顔を真っ赤にして言い訳する三上さん。ちょっと可愛い。 「つまり、ベルゼブと仲がいいんだね」 「そ、そうではなく!」 「愛はオラが嫌いになったのかぁ……?」 懸命に関係を否定しようとする三上さんに悲しくなったのか、ベルゼブはまなじりを下げた。その様に、三上さんはますます慌てる。 「――なんだか複雑な事情があるんだね」 「そのように納得されてしまうと、何か誤解が生じているように思うのですが……」 「いや、いいんじゃないかな。火野さんだってアンジェラたちとは仲がいいんだし」 奥でケイが『あれを仲良しって言うのかしらね?』なんて言っているけど、気にしないでおく。なんだかんだで、ケイだって退魔師と背中合わせになれる間柄なんだ。 どうやら、三上さんも“死導者が一方的に悪ではない”と気付いてくれたらしい。少しずつだけれど、退魔師と死導者の溝が埋まるなら、こんなに嬉しい事はないと思う。争いはない方がいい。 状況を整理するに、ルシフェルが僕に興味を持って会いに来た。その案内役に僕と親しいアンジェラとケイが来て、ついでにリヴァイアとベルゼブが来て、そのベルゼブの付き添いとして三上さんが来た、と。 うわ。ややこしい。 「そんで、あんたらは何を注文するわけ」 ケイがテーブルの真ん中にメニューを置いた。ベルゼブはそれを手に取り、興味深そうに眺めている。 「俺様はこいつに会いに来ただけだからな。料理に興味はないんだが」 「私も、食事に興味はありません」 「あんたら、ここをどこだと思ってんのよ……」 ケイの言う通りだけど、死導者に人間の常識を求めても仕方ない気がする。 「んじゃあ、俺様はコーヒー」 「なら、私もそれで」 「あたしは食べらんないのよね。まあ、コーヒーでいいわよ。アンジェラは?」 「紅葉、おすすめはある?」 僕はメニューとは別の、季節物が書かれたボードを差し出した。 「今なら、季節のパフェあたりが人気かな」 「なら、それでお願いするわ」 食事を必要としないせいか、アンジェラは食べ物に詳しくない。僕に任せきりになるのも仕方ないだろう。 「なら、オラもそれで」 「私は、ミルクティーを」 伝票に六人分の注文を打ち込み、繰り返す。 「コーヒーが三つ、季節のパフェが二つ、ミルクティーが一つ。以上でよろしいですか?」 それぞれが頷くのを確認し、僕はメニューを持ってその場を離れた。 キッチンの方に向かうと、暇そうにしていた先輩が声をかけてきた。 「おう、紅葉ぁ。あれってお前の知り合い?」 「ええ、まあ。やっぱりわかります?」 「変な連中ってだいたいお前の知り合いだろ」 どこでそんなイメージがついたんだ。 「注文は?」 「季節のパフェにコーヒーとミルクティーです」 「暇だから手伝ってやるよ。コーヒーとミルクティーやってやるから、ちゃっちゃとパフェを作っちまいな」 「はい」 基本的に、パフェはキッチンではなくホールスタッフが作る事になっている。順番に重ねるだけだから、技術もほとんどいらない。季節の、なんて名前でも、要するに積み上げるものが違うというだけだ。 僕がパフェを完成させる頃には、コーヒーも準備ができていた。まあ、入れるだけだしね。 それらを持って、再び席に戻ると、なにやら賑やかに話していた。 「だぁから、最近はやってないっての」 「それじゃあいずれやるって事じゃない。女の子をもてあそぶとか最低よ」 「楽しい想いに対価を払うのは当たり前だろうが。ちゃんと根っからのクソしか選んでないから安心しろよ」 「私は、根本から直せない人間がいるとは考えたくないわ」 「それは現実的ではありませんね。人間は根源に悪の気を持っています」 「難しい話だなぁ……」 「ベルゼブには大抵の話が難しくなるのでは?」 へえ。ケイから聞く限りでは死導者同士は仲良しじゃないらしいけど、こうして見ると、意外と親しいじゃないか。 「お待たせしました」 定型句と共に、注文の品をそれぞれの前に置いていく。それが終われば、僕の仕事はひとまず終わりだ。 「ごゆっく――」「待て」 僕の言葉を遮り、ルシフェルは呼び止めた。 「どうせ他に仕事なんざないんだろ。少し付き合え」 「店員が客席でのんびりなんかできないよ」 「彼はそうしろと言っているように見えますが?」 リヴァイアの指す方を見ると、先輩が手信号で『そこにいていい』と言っていた。いや、そりゃ他にお客さんはいないけどさ……。 「せっかく俺様がお前に会いに来てやったんだ。ちっとはゆっくりしていきな」 「……じゃあ、少しだけだよ」 言って、僕も椅子に座った。八人掛けに案内したのは失敗だったな。 「こうして見る限りじゃあ、ただの人間と変わりないんだな」 「そりゃ、人間なんだから当たり前でしょ」 「けれど、マリアの話では、いずれ死導者になる器との事ですが」 ベルゼブ以外のみんなが僕を見つめる。ちょっと気恥ずかしい。 複雑な視線の中で、三上さんはひとり、疑いの混ざった声を出した。 「遠藤さんが、死導者に――? それはまさか、死導者の始祖のように、ですか?」 「えーと、そうらしいです」 「どういう事ですか。あなたは、一体?」 三上さんは眉を寄せ、これ以上はないってほどに混乱したまなざしを僕に向けている。そう言われても僕が困る。 「察しろよ、退魔。要するに、そいつが天才って事だ」 「ルシフェル。君が説明すると誤解が深まる気がするからやめてくれ」 とは言ったものの、なんて説明すればいいんだ? 実は僕自身、死導者うんぬんの話はよく理解していない。退魔師ですらない、一般人の僕が、死神のような存在になりえるのかとも思う。 けど、こうして死導者が僕に会いに来たり、退魔師ですらできないような不思議な事をやったりしていると、いつかはなるのかもしれない、と思う。 ……、やっぱり想像はできないけど。 ああ、そういえば三上さんは僕の霊感についてすら知らないんじゃないか。うわぁ、説明するとなると、長くなりそう。 頭を抱えていると、入口から音が聞こえた。反射的に席を立ち、小走りに入口に向かう。 新たな客は、大きな鞄を持った男の人だった。体が大きく、標準的な体格の僕でも完全に見上げる形になる。 「いらっしゃいませ……?」 沸いたのは、小さな違和感。 時間が遅いとか、連れがいないとか、そんな事じゃない。もっと、言葉では説明のしがたい異様な感覚。見た瞬間にそれを後悔するような気持ちになっていた。 「ひとりだ」 低い声で客は言う。僕は客を席に案内しようと背中を向けて、 「騒ぐな」 背中に、何かを押し当てられた。ゴツゴツと堅い、金属の筒みたいな何か。 ――拳銃。見ずともそれが何かは想像できた。 「騒げば撃つ。静かに、何事もないかのようにキッチンまで案内しろ」 声は出なかった。死導者と関わって危険な目には何度か遭ったけれど、銃を背中に押し当てられたのは初めてだ。 黙ってキッチンに向かい出すと、次の瞬間、後ろから舌打ちが聞こえた。 「他に客がいやがるのか……」 どうやら、店には店員しかいないと思い込んでいたらしい。たしかに、住宅街にあるこのファミレスは、夜も遅い時間になると客はほとんどいなくなる。男としては予想外の出来事だろう。 「まあいい。いいか、絶対に騒ぐなよ。次の瞬間にはあいつらの脳天に穴が開くぜ」 正直、死導者が銃弾くらいでどうにかなるとは思えなかった。とはいえ、彼らが普通の人間じゃないとなったら、騒ぎが大きくなる気もする。 任せたい気持ちも、ある。けど、一応、死者でも客は客だ。彼らに任せるわけには、いかないよなぁ。 静かにしたまま、僕と男はキッチンに入った。 「おー、どうした」 先輩が振り向き、そこで表情が固まった。 「こいつがわかるな? 騒ぐなよ」 先輩は両手をあげ、かくかくと頷いた。顔が青い。 「他に店員は」 この時間、他には奥の事務所に店長がいるだけ。 僕が言うと、男は鞄からロープを取り出した。 「これでそいつを縛れ。見張ってるから下手な小細工はするなよ」 言われた通り、先輩をロープで縛る。さらに猿ぐつわまでかませ、それで男はようやく満足したらしい。 「奥に行くぞ」 ……隙がない。今は、従うしかなさそうだ。 心の中で、僕はそっと息を吐いた。 |