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店長も縛り、先輩と揃って更衣室に閉じ込めたところで、男は僕も後ろ手に縛った。相手の方が大柄だから、下手に動けない。 そして、犯人はアンジェラたちのところに向かった。 僕はといえば、犯人の視界に入るところに立たされている。逃げようと思えば逃げられるけど、そんな事をしたら先輩や店長に危険が及んでしまう。結局、見ている事しかできない。 あのメンバーの事だからとっくに異変には気付いていたと思うけど、目立つ動きはしていない。 座席に寄った男はルシフェルと少し言葉を交わしていたが、やがてルシフェルまでもが縛られてしまった。特に抵抗した様子もない。 ……はて。あれだけプライドの高そうなルシフェルや、アンジェラに危害を加える相手には容赦のないケイが、素直に縛られている? 不思議には思ったけれど、離れたところにいる僕には、質問する方法がなかった。 ベルゼブに手伝わせ、男は全員を縛り終えると、最後にベルゼブも縛った。そして、僕のところに戻ってくる。 「待たせたな」 「目的は何ですか」 男は手の中で拳銃をもてあそびながら、 「店の売り上げは事務所か?」 「そのはずですけど」 「じゃあ、来い」 男に連れられ、再び事務所へ。金庫は部屋の隅に置いてある。ダイヤル式の、少し古いタイプだ。 「開け方は?」 「そこまでは知りませんよ」 「そうか」 男は丁寧に金庫を眺め、かと思いきや、いきなり立ち上がった。 そして、ダイヤルに銃を向けると、そのまま撃った。 一発、二発、三発。 意外に軽い発砲音が響き、鍵が壊れた。 金庫を開き、売り上げを鞄に詰め込んでいく。それを眺めていた僕は、ふと、声が聞こえた気がして顔を上げた。 『紅葉、聞こえている?』 「アンジェラ?」 「誰と話してやがる」 男が顔を上げた。僕は慌てて首を振り、口をつぐんだ。 『今は貴方だけに呼びかけているから、声は出さない方がいいわ』 それはもっと早く言って欲しかった。 テレパシー、だろうか。本当に、死導者はなんでもありだな。 『私たちは今回の件、手は出さないわ』 予想はしていたけど、はっきり言われるとかなりショックだ。 『私は、あまり人間の営みに手を出したくはないの。それは、犯罪とて同じ。 それに、ルシフェルは貴方を試すつもりのようね。貴方が死導者にふさわしいかどうかを』 ふさわしくなかったらどうなるって言うんだろう。第一、僕は死導者になりたいわけじゃないし、なると決まったわけでもない。 『貴方は上司のお気に入りだから、本当に危険になったら助けるわ。それまでは、自分で頑張ってみて。 大丈夫、貴方ならばこの程度、危機にはなり得ないから』 いや、僕は一般人なんだけど。丸腰で拳銃を相手にどうしろと!? まさか、口先だけで犯人を説得しろとでも言うつもりだろうか。それは無理が過ぎる。アンジェラたちみたいに撃たれても平気な体ってなら別だけど。そこのところは、どう考えているんだろう? アンジェラの声も聞こえなくなった。本格的にピンチだ。 男は売り上げを全て鞄に詰め込むと、僕に銃を向けた。 「他に現金は?」 「レジに少し」 男は黙って案内するよう指示してきた。僕はゆったりとした足取りでレジに向かいながら、どう説得すべきかを必死に考える。 「こんな事をしたって、必ず捕まりますよ」 「だろうな。俺だって馬鹿じゃない、そのくらいは予想している」 「なら、どうしてこんな事を?」 「話すと思ってんのか?」 「冥土の土産って言葉もあるでしょう」 僕が言うと、男は鼻を鳴らした。 「変わり者だな、お前」 「よく言われます」 「はは、ふざけた奴だな。拳銃を前にして、よくまあそんな口が叩けるもんだ」 「拳銃は初めてですけど、以前には槍とか向けられた事もあるんで」 「なんだそりゃあ」 残念ながら事実なんだよなぁ。 後ろで男が止まった。僕も立ち止まり、振り向く。男は笑っていた。 「じゃあ、冥土の土産だ。聞かせてやろうか」 成功間近で上機嫌なせいか、男は饒舌だった。僕が変わり者なんて言っていたけど、この人だって十分に変わり者だ。 「一度な、やってみたかったんだよ。新聞に載るような犯罪ってのを」 「それだったら、こんな面倒をせずとも、車で歩行者天国に突っ込めば載れますよ」 「そりゃ駄目だ。無意味に人が死に過ぎる」 「殺すのは、嫌なんですか」 「まあな。俺のわがままに巻き込まれて、わけもわからず死ぬ連中はあんまり見たかないんだ」 変なところで真面目な人だ。というか、そのわがままに巻き込まれて迷惑している僕らはいいのか? 「なら、犯罪そのものはやめないんですか?」 「普通に生きている限りじゃ新聞には載れないからなぁ」 「――どうして、そんな事にこだわるんですか」 罪を犯す。自分の人生を捨てる。 僕には、理解できない。 「あー、平和に日々を過ごす事に満足している奴には理解できないかもなぁ」 言って、男は肩をすくめた。 「たとえば、お前が死んだらどうなる」 「……?」 質問の意図がわからず、僕は黙り込んだ。男は僕が答えない事は気にせず、そのまま続ける。 「忘れられるんだ、お前という存在は。友人、知人、いるなら恋人。そういう連中もしばらくはお前を記憶にとどめるけど、それだっていずれは忘れられていく。 懸命に生きたって、大半の人間は存在していたかどうかさえも怪しくなるんだ」 それは、否定できない。 普通の人は、働いて、子供が生まれて、年を取って、そして死ぬ。その後、その人を覚えている人は徐々に減っていき、やがていなくなる。 「ところが、そうならない連中もいる。織田信長とかアインシュタインとか、歴史に名を残した連中は死んだって消えないんだ。 そう思ったら、悔しくってなぁ……。けど、平凡な俺じゃあ、本や教科書に載るような偉業なんてものは達成できない」 「だからせめて、新聞に載りたい、と」 「そういう事だ。要するに、俺という人間が死んだって残るような何かが欲しいだけなんだよ」 語り終えた男は、長々と息を吐いた。 僕は、静かに首を振った。 「それは、違うと思います」 「へえ? どこらへんがだ?」 男はにやにやと笑っている。僕が聞き飽きるような正論を吐くと思っているんだろう。犯罪はいけない事だから、そんなので新聞に載っても仕方ないとかなんとか。 残念、それは間違いだ。 「たとえば、アインシュタインの名前を知らない人はほとんどいませんよね。でも、アインシュタインがどんな人だったか知っている人は、ほとんどいません」 「すごい法則を発見した天才じゃないのか」 「それは伝えられているだけの事実です。何を考え、どんな事を好み、いつ笑って、誰のために涙を流したか。そういう、生きた証はあまり知られていない。 相対性理論を唱えた学者ってだけじゃ、記号のようなものです。人間ですらない、ただの名前だ」 「でも、伝記なんてなもあるぞ。あれを読めば、そういう事もわかるんじゃないのか」 「そういうものだって、死んだ後に書かれたものです。事実は正しいかもしれない、けど、そこにある感情だけは本人にしかわからないんです。 そして、その感情こそが、本人なんです」 想いは筆舌には尽くせない。複雑で絡み合った感情は、伝えきれない事だって多い。 まして、赤の他人が書いた伝記なんかで、それが伝えられるだろうか。 「人間って、死んだらおしまいなんです。どれほどの偉業を成し遂げようとも、いかに想いを弟子や子供に伝えようとも、個人は死んでしまうんです」 僕は、そんな姿を見てきたから。 死にたくないのに、死んでしまう。本当の想いは生きた人には伝わらない。 死という壁の先に行ってしまった人にとって、生きる人間はガラスの向こう側に等しい。見えるけど触れられず、聞こえるのに届かない。 どこまでもどこまでも、ただ苦しいだけ。 「だから、命は大切なんだ」 生きている間だけが、その当人にとっての全てだから。 だから、命は大切にしなきゃいけない。命を失う事は、世界から自分がいなくなるという事。たったひとつの命を失うだけで、人間は持っていた全てを失う事になるんだ。 男は僕を冷めたまなざしで見つめていた。青臭いガキとでも思っているんだろうか。 そう思われたって構わない。これだけは譲らない。 これが、僕の信念だからこそ。 「俺は命だけは大切にしてるぜ」 「刑務所に行く事を覚悟しておいて、大切にしているとは言えないでしょう」 もう、拳銃は怖くなかった。いや、何かが怖いと思う感情が麻痺したみたいだ。 「どうして生きないんですか。苦しいから逃げるんじゃ、何の解決にもならない!」 男の顔が段々と赤くなる。けれど、僕も止まれなかった。 「あなたは逃げている! 平凡という言い訳で! あなたが本当に望む未来は、決してそんな汚いものじゃないはずだ!」 「うるさいっ!」 ガチャリ、と拳銃が僕に向いた。それでも、叫ぶ。 「犯罪に手を染めて一時的に新聞に載ったって、誰の記憶にも残らない! いかに証が残ろうとも、あなたを覚えるような人間がいるもんかっ!」 「うるせえ! 黙れ!」 「罪を犯す事の重みがわからない奴に命令される筋合いはないッ! 生きたまま後悔だけを抱き続けるなんて、どこが生きていると言えるんだ! どうして! その苦しみがわからないんだ!」 「黙れって言ってるんだよォ!」 引き金にかかった指が絞られる、そう思った次の瞬間には、僕は跳んでいた。 低い姿勢でタックルをかます。男はよろめき、銃声が響いた。 「テメエッ!」 銃の台尻で頭を殴られた。両手が縛られているから抵抗もできない。 お返しとばかりに、頭突きを仕掛ける。男の小さな悲鳴が聞こえた。 ふわりとした浮遊感。 床に転がされ、男が僕を見下ろしていた。 「テメエ、ふざけやがって……」 荒い息を吐きながら拳銃を僕に向けている。この状態では抵抗もできない。 「結局、殺すのか」 「テメエが悪いんだ、テメエが――」 「そうして常に何かのせいにして、自分は聖人君子のつもりか? 反撃される覚悟さえもないのに、そんな玩具を振り回すなッ!」 「これが玩具かどうか、自分で確かめてみろよッ!」 感情に乗って、挑発してしまった。さすがに今回ばかりは終わりか。 両目をきつく閉じた。ごめんなさい、真理先輩。 銃声。衝撃は案外と軽かった。まるで、布団越しにゴムボールをぶつけられたみたいな……? 「え?」 そろそろと目を開くと、男がカッと見開いていた。そこにあるのは、驚きの色だ。 「な、んで?」 「は?」 「なんでッ! 銃が効かねぇ!?」 視線を下に。そこには、少し汚れてしまった制服があるだけだった。傷も血も、見当たらない。 「あれ?」 「ま、六点てところかぁ? 十点満点で」 聞こえてきた声に、僕は顔を上げた。傲慢そうな表情が、僕を見下ろしていた。 「力がないのは仕方ねえ。人間だからなぁ。自分の強さの範囲で可能な努力もした。 ただ、最後のところは駄目だな。お前、自分で言っただろ。死んじゃあ意味ないんだよ」 「助けて、くれたのか」 「そりゃあな。なんてったって、お前はマリアの特別だからよ。 お前の存在を知って、あいつ、喜んでいたんだぜ?」 視線を移すと、男は固まっていた。その視線の先には、眼鏡を外したリヴァイア。 「目茶苦茶な順序で成長するからこんな事になるのですね。退魔師ならば、拳銃程度でどうにかなるとは思えません」 すっと眼鏡をかけ直し、呆れた調子で僕を見ていた。 チリン―― 「ルシフェル、リヴァイア。満足したかしら?」 アンジェラまでもが歩いてくる。そういえば、揃って縛られていたはずだけど……、やっぱり死者にロープは無意味か。 「アンジェラか。満足、ねぇ」 ルシフェルは僕を立たせると、足先から頭まで、じっと見つめた。 「合格点が欲しけりゃ、防いでみろ」 ボッ、と空気が燃えた。ルシフェルの手が燃えている。文字通り、青い炎がメラメラと燃えていた。 「そらよ」 「ッせません!」 軽く放り投げた炎が、空中で消し飛んだ。ルシフェルの表情が歪む。 「退魔師、邪魔だ」 「死者が生ける者に武器を振り上げる様を、黙って見過ごせると思いますか」 「三上さん!?」 僕とルシフェルの間で壁になるように立ちはだかっていたのは、三上さんだった。決して大きくはない体に生気をみなぎらせ、ルシフェルをにらみつけている。 「三上さん、危ないから退いて!」 「あなたこそ逃げて下さい! こいつらが本気になれば人間など一瞬で消し飛ぶんですからっ!」 しまった。三上さんは僕の力を知らないんだ。僕は死導者の出す技なんかじゃ死なないって事に。 「三上さん、僕なら大丈夫だから!」 「いかなる理屈があろうと! 退魔師が一般人を見捨てる理由にはならないんですッ!」 ああもう! 「……邪魔だから、ちっと寝てろ」 ルシフェルの手が閃き、三上さんの姿が消える。刹那の後、三上さんはルシフェルの後ろに立っていた。 「ふッ!」 三上さんの気迫がこもった拳が、パチンと壁に激突する。 「そんなに退屈なら私が相手をしましょうか」 「リヴァイア!」 ますますややこしい話になってきた。これじゃあ、『僕と三上さん』対『ルシフェルとリヴァイア』みたいな構図だ。店内で大暴れされちゃ困る! 「リヴァイアぁ、愛とケンカするのか?」 「何よこれ。いつからファミレスは決闘場になったわけ?」 ケイとベルゼブまでもがぞろぞろと歩いてきた。これ以上、ややこしい事態を持ち込まないでくれ! 「ストップ! ここは店の中だよ!?」 「壊れたとこならアンジェラが直せるだろ。細かい事を気にするなよ」 「細かくない! 三上さんも、僕は一般人だけど、あの程度の炎なら大丈夫だから!」 ガリガリと頭をかき、僕は叫んだ。 「なら、外でやろう。それならいいから!」 |