|
俺は世界に存在しない。 誰も見つけてくれないのなら、それは存在しないのと同じ。 だから俺は、世界に存在しない。 「おーい! 壮太ぁ!」 馬鹿でかい声に俺が振り向くと、隆司が手を振りながら走っているのが見えた。 「壮太、この間のノートだけどさ……。」 「隆司。残念ながら俺は壮太じゃないんだよね」 俺が睨むと、隆司はおお、とか呟いて頭を掻いた。 「そっか、お前は孝太か。ワリィな。で、壮太は知らんか?」 「壮太なら便所」 俺は廊下の奥を指した。 隆司はありがとな、と言い残して、トイレに向かって走って行った。 俺は知らずため息をつく。 隆司が間違えるのも無理はない。だって俺と壮太は、同じ顔なんだから。 俺と壮太は一卵性双生児。顔だけでなく、身長、体重、趣味や仕草までが同じという、まるで分身のような間柄だ。 今でも親だって見分けなんかつかない。だから時々、入れ替わりをしてもバレる事はない。この手は主に試験期間中に使う。なにせクラスによって試験の順番が違うのに、範囲は同じだから問題も似通っているからな。 俺たちは言うなればふたりでひとり。誰も、“俺”を見つけられやしない――。 朝は誰しも眠いもんだ。俺は自分の席に座り、大きな欠伸をした。 ガラリと引き戸を開き、担任が入って来る。と、その後ろから見知らぬ生徒が入ってきた。ざわざわとクラスがざわめく。 「静かに。委員長、号令を」 委員長の号令に従って朝の挨拶をし、生徒は席につく。と、担任は黒板に名前を書き始めた。 『杉崎真名』 「えー、転校してきた杉崎さんだ。自己紹介を」 担任に促され、女生徒は一歩、前に出た。長く艶やかな黒髪がふわりと揺れる。 「杉崎真名です。よろしくお願いします」 よく通る声。顔は整っていて、なかなかの美人だ。 「杉崎の席は……それじゃあ高梨の隣にするか。後ろの空いているところだ」 何となく予想していたが、転校生は俺の隣に座った。じゃあって、空いている席はそこだけだろうが。 「えっと、タカナシ君?」 隣に座った杉崎さんが話しかけてきた。 「そう、高梨孝太。高いに果物の梨、親孝行のコウに太いで高梨孝太。」 杉崎さんはニコリと笑った。 「よろしく、高梨君」 「ああ、よろしく」 うん。まあ……悪くないかな。こういうの。 一日っつーのは早いな。授業を寝て過ごすとあっという間だ。 帰りのHRが始まる直前。俺はボーッと何も書いていない黒板を眺めていた。 「あれ? 高梨君?」 振り向くと、そこには杉崎さん。この反応……、たぶん壮太に会ったんだな。 「そっか、やっぱりさっきのは高梨君じゃなかったのね」 「ああ、もしかして壮太に会った? 俺の双子の兄なんだけど」 「うん、その人だと思う。見かけただけなんだけど、なんだか雰囲気が違ったから」 へ? 俺と壮太には違いがない。違いを感じたんだとしたら、それは気のせいだろうな。 「一卵性双生児なの?」 「そう。後で紹介しようか?」 「……うん、お願いしようかな」 言って、杉崎さんは微笑んだ。うん、よく笑う人だな。似合っているけど。 放課後、俺は階段のところで壮太を待つ。今日は杉崎さんも一緒だが、いつもはひとりなんだよね。 「よ、待ったか?」 そこにさして待つまでもなく、壮太が現れた。 「あれ? あまり見かけない顔だね?」 「壮太、転入生の杉崎さん」 俺が紹介すると、杉崎さんはペコリと頭を下げて杉崎真名です、と名乗った。 「ああ、噂の転入生か。俺は高梨壮太。よろしく」 壮太は視線を杉崎さんから俺に移した。 「で、孝太。どういう経緯で美人転校生と仲良くなったんだ?」 「紆余曲折を経て。具体的には杉崎さんがお前を見かけたから」 「……そりゃ大層な紆余曲折だ」 さて、と壮太は杉崎さんに視線を戻した。 「俺らは帰宅部だけど、杉崎さんはどうする?」 「できれば色んな部活を見学したいんだけど……、案内をお願いできないかな?」 「孝太」 俺と壮太の視線がぶつかる。俺と壮太は互いに言葉にしなくても、大抵はアイコンタクトで通じる。この場合も、決定だな。 「じゃ、高梨兄弟の兄、壮太と」 「弟の孝太が」 『ご案内させていただきます』 俺らは丁寧に頭を下げ、ニヤリと笑った。 俺たちは学校でも割と有名だ。ま、一卵性双生児でもここまで似ているのは珍しいだろうし、当たり前の事かもしれないけど。 そんな俺らと美人転入生の杉崎さんが一緒となれば、話題性は十分。 杉崎さんの好みによって文科系の部活を見学して回るわけだが、どこに行っても大騒ぎとなるわけだ。 適当にあしらいつつ大半を回った頃には夕方になっていた。 「今日はありがとう」 校門の前で、杉崎さんは礼を言いながら頭を下げた。 「いやいや。大した事はしてないよ」 「本当に大した事はしていないね」 実際、帰っても暇なだけという俺らには、むしろいい時間潰しになったと言える。 「それにしても、ふたりとも凄く有名なのね」 「ああ、顔がそっくりだからね」 要するに物珍しいから集まるだけ。これじゃあ動物園のパンダやシロクマと大差がない。 「そう? 私は同じとは思わないけれど」 「へえ? 俺らの違いがわかるの?」 壮太は楽しそうに言った。社交辞令でそう言って、今までちゃんと見分けたヤツなんかいない。 「じゃあ、ちょっとゲームをしてみようか」 返事を待たず、俺と壮太は校門の陰に入った。壮太はそのままそこに隠れ、俺は再び杉崎さんの前に立つ。 「さあ、俺はどちらでしょう?」 「孝太君」 まったく間を置かず、杉崎さんは正しい答えを出した。 「……はずれ」 言って、俺はニヤリと笑った。これこそ俺らの裏技。 親だって見分けられない俺らの違いは他人なんかにゃわかりっこない。このゲームをやると、確率は半分だ。適当に答えたって当たる。 が、適当に答えたヤツはこの返しに一瞬でも戸惑う。元々、自分の答えに自信なんかないんだからさ。当たり前だよな。 「嘘ね」 けれど、杉崎さんは。俺の目を見て、迷わずに答えた。杉崎さんは確かに、見分けている――? 「孝太ぁ、どうする?」 俺は隠れている壮太に問いかけた。 壮太も出てきて、俺の隣に立つ。 「俺の方が孝太。こっちは壮太。それが正解だけど?」 壮太は顔色ひとつ変えずに嘘を言う。ま、それは俺もなんだが。 「嘘よ。見ればわかるもの」 ……絶対の自信を感じる。杉崎さんは、確かに区別している。俺と、壮太を。 「うまく説明はできない。確かにふたりともそっくりだから。けど、違いがないわけじゃない。たぶん、昔から見分けて貰えなくてすねていたんでしょ? バレバレよ」 何なんだ……。今日、初めて会ったのに。どうして、どうしてここまでわかるんだ? その通りだ。親すら見分けられない俺たち。誰も俺たちを見ちゃいない。みんなが見るのは双子の高梨兄弟でしかない。高梨孝太や高梨壮太なんて個人はどうだっていいんだ。俺たちはふたりいて、ようやく一人前に扱って貰える。世界にこれだけたくさんの人がいるのに、“俺”を見つけてくれた人は……誰も、いないんだ。 なのに、なのにこいつは、見つけてくれた。いとも簡単に、まるで当たり前の事のように、俺と壮太をそれぞれにひとりの人間として見てくれている。俺たちが永く待ち望んで、それでも会えなくて、もう諦めかけていた夢を……叶えて、くれたんだ。 「よかった。ふたりに、出会えて。私は運が良かったみたい」 じゃあね、と手を振り杉崎さんは駅に向って歩いて行った。夕日に、溶け込むように。 「壮太、風呂ぉ空いたぜ」 声を掛けながら、俺は壮太の部屋に入った。 「おう」 壮太はベッドに横になっていたらしい。俺が部屋に入ると、ムクリと起き上がった。 「……孝太。聞きたい事があるんだけどよ」 「杉崎さんだろ」 俺は壮太の隣に座り、その横顔を見つめた。 こうして見ると、我ながらよく似ている。みんなが見分けられないのも無理はない。俺だって同じ立場なら自信はないよ。 「双子ってさ、不便だよな」 壮太は天井を見ながら、呟いた。 「俺とお前は全てが同じだ。身長や体重から趣味、成績、夢、それに……好みまで」 「ああ、そうだな」 やっぱり、壮太も同じなんだな。 ホント、どうして俺たちは双子なんだろう。ただの兄弟なら、これほど悩む必要はなかったろうに。どうして、どうして俺たちだけが――。 「さって。孝太、どっちが身を引く?」 「壮太」 俺は迷わず答えた。壮太は口の端をつり上げ、笑みのような顔を作る。 「和解は無理だな」 「当然じゃん?」 壮太は立ち上がり、伸びをした。 「孝太、こっから先はライバルだぜ」 「お前みたいな不細工じゃライバルにもならねーよ」 「はッ!そうだな、不細工」 叩き付けるように言って、壮太は風呂に向かった。 翌朝。壮太は初めて俺より早く家を出た。俺は独り、学校までの道を歩く。静かな住宅街を抜けるルート。駅に向かって歩くサラリーマンやら学生やらと擦れ違っていく。 「孝太君?」 杉崎さんの声がして、俺は振り返った。そこには確かに、杉崎さんの姿がある。杉崎さんもこの時間に登校する事にしたんだろう。丁度良い時間だしな。 「ああ、おはよう。杉崎さん」 杉崎さんは俺の隣に並び、結果として俺はいつも通りふたりで登校する事になった。 「孝太君もいつもこの時間に来るの?」 「ああ、そうだよ」 やはり。パッと俺を見ただけで俺が孝太とわかるって事は、俺と壮太を見分けているんだろう。少し信じられないけど、杉崎さんにしてみれば当たり前の事なんだよな。それが、俺たちには何よりも嬉しいって、この人は知っているんだろうか? 「壮太君は一緒じゃないの?」 「先に行ったよ。何か用事でもあるのかね」 それからしばらく、黙って歩いた。 もうすぐ学校というところで、杉崎さんはいきなり口を開いた。 「ねえ、孝太君」 「ん?」 俺が見ると、杉崎さんの横顔は微笑んでいるのに……沈んでいた。 「孝太君も壮太君も、いなくなったりしないよね?」 「転校の予定はないけど?」 俺が返すと、杉崎さんはそう、とだけ呟いた。 放課後、文科系に仮入部するという杉崎さんと別れ、俺は家路についていた。 隣にいつもいる壮太は、いない。あいつは正真正銘、俺と敵対するつもりなんだな。 ――杉崎真名、か。 「まだ互角。同じクラスだから俺の方が有利、かな」 完全に同じである壮太と俺なら、この僅かな差が決め手になるかもしれない。知らず、俺は笑みをこぼしていた。 チリン―― 「ん?」 俺の前に、女の子が立っている。そこの角から出てきたのかな? 気付かなかったけど。 「貴方、死が憑いている」 突然、夜空色のワンピースを着た女の子は、そんな事を言った。 「……は?」 俺は意味がわからずに問い返す。 「貴方は不幸な事に、死を呼ぶ宿命を負っている。すでに魂に生が満ちていない。事故か、病死か、あるいは殺しか。いづれかはわからないけれど、このままでは……遠からず、貴方は死ぬ事となる」 「俺が、死ぬ?」 意味わからん。何故に俺が死ななきゃならんのだ。 「貴方に忠告をして置くわ。この世に未練が残らないように、悔いがないように、この後の僅かな時を過ごしなさい。間は、あまりないのだけれど」 チリン―― 俺が、瞬きする間に。 女の子の姿は……消えていた。 |