ぼくたちは許されない。
 許さないから許されないのか、許されないから許さないのか。
 どちらなのかはともかく、ぼくたちは、許されない。


「新興宗教団体」
 我ながら間の抜けた声を出したと思う。だが、そのくらいの内容だったとも思う。
 駅前にあるコーヒー屋で、ぼくは愛と向かい合っていた。ここは常に人の出入りが激しい。だから、密談をするにも相応しいと思っている。
「そうです」
 愛は大仰に頷いたが、ぼくにはそれがたいした事とは思えなかった。
 だいたい、この手の話はどこにだってある。日本にだって、そういう団体は無数にあるはずだ。それが今さら問題になるとも思えない。
「深刻な話ですよ、今回は」
 ため息をつく愛は、本当に困っているようにも見える。
 なんだかんだで、愛は何かと抱え込むタイプだ。そのせいで、こうやって困る事も多い。もっと気楽にやればいいと思うんだが、それができない性分なんだろう。
「団体としてはまだまだ小規模です。警察も、あまりに規模が小さいので軽く警戒する程度、まだ実働するほどではありません」
「それなら、ぼくらが出張る必要もないだろう。そもそも、君の専門は霊退治じゃないのか」
「同時に、能力を危険な場所で使用する人間の排除も担当しています。今回はそちらの件です」
「という事は、その宗教団体の関係者が能力者というわけか」
「はい。宗教団体の長――教主と名乗っているそうですが、彼が能力者と判明しました。教会の認定ではレベル3。十分に社会に対して影響を与えられるレベルです」
 たしか、愛もまだレベル3だったはず。となれば、彼女と同格というわけか。
 こうして話していると、いったいこいつらは何のゲームをやっているんだ、と思われるだろうが、こっちはいたって真面目そのものだ。
 人間なのに、マジシャンのように不可思議な現象を起こせる人間。それがぼくであり、愛であり、能力者だ。話しても信じてもらえる事はないが、事実は事実だ。
 本来、ぼくや愛の能力は、幽霊と呼ばれる存在と戦うためのものだ。大半の霊は実害なんてないが、中には危険なものもいる。そういう相手には銃だって効きやしない。つまり、ぼくたちのような特殊な人間が相手をしなければいけない、というわけだ。
 レベルというのは、教会が認定している(もちろん公式ではなく、裏での話だが)能力の強さの事だ。高いほどに起こせる不可思議現象も強まり、最高位であるぼくは、一般人が考える不思議の半分以上は実際に起こしてみせる事ができる。やらないけど。
「能力の詳細は。シルクハットからハトを出す能力なんて言わないでくれよ」
「生体へ影響する能力です。名称は不明。すでに骨折した人間の骨を繋いだり、下半身不随だった人間の足を動かせるようにしたそうです」
「……それでレベル3?」
 よく日本のゲームなんかでは、魔法ひとつで傷は治るし生き返ったりもする。だが、現実にはそんなもの、いくらぼくたちでも不可能だ。
 傷を治すには相応の時間が必要だし、まして、生き返らせるなんて事はぼくにだってできない。人間が起こせる現象には、限度があるんだ。
 だからこそ、これだけの現象が起こせるなら、低くても4だと思うんだが……。
「前者はともかく、後者は少し怪しい部分もありますので。ともかく、わたしは教主の調査を行い、状況によっては、彼に能力が使用できない状態になってもらわなければいけません」
 この場合、能力が使えないというのは、なにも殺すという意味じゃない。
 要するに、使えないんならなんでもいいんだ。催眠をかけてもいいし、脅したっていいし、腕くらいで勘弁してやってもいい。その教主という男が、二度と能力を使いたいとは思えない状態に追い込んでやれば、それで任務は完了する。
 まあ、殺すのが手っ取り早いとも思うが。ただ、愛はそういうのが好きじゃないから、絶対にやらないだろう。
「それで。そんなのをぼくに話して、どうするつもりなんだい」
 コーヒーをすする。ちょっと薄い。
「ですので、協力をお願いしたいのです」
 愛は真面目な顔で言った。思わずため息をつきそうになる。
 確かに、ぼくは愛と違って、能力を使って能力を封じる事もできなくはない。要するに回路をちょっといじくり回すだけなんだから。それなら血も流れない。
 けど、そもそもぼくは仕事ができる立場じゃない。
「あのさ、愛。ぼくはすでに教会を破門された身だよ? そのぼくに、教会の仕事をさせていいわけ?」
 ぼくは以前、教会に反発し、反旗をひるがえした。今ではおとなしくしているが、教会と仲が良くないのは変わらない。
 けれど愛は冷静に、
「関係ありません。わたしは、いかなる方法を用いても、教主を無力化すればいい。その過程に関しては、わたしの自由です」
「――けど、教会にはぼくを無力化したって報告済みなんだろ? ぼくが出張って能力を使えない以上、意味がないんじゃないのか」
 ぼくが教会に反発した時、同じように無力化しに来たのは愛だった。結局、話し合いだけで決着はできたが、その代わりにぼくは教会の目が届く範囲で能力を使用できなくなっている。まあ、あんまり気に留めていないが。
「その件、ですが……」
 愛は少し眉をひそめた。
「おそらくですが、アークビショップはあなたが活動できる状態にある事をご存知です。直接、口にされたわけではありませんが」
「へえ?」
 つまりは、愛の嘘を見破ったってわけか。ま、愛は嘘をつくタイプじゃないし、バレても仕方ない。
 それでも愛が仕事を続けられる理由は、わからないが。
「って事は、ぼくが能力を使ってそいつを黙らせても問題ない、ってわけかな」
「予想ですが」
「十分だ」
 残った薄いコーヒーを飲み干し、ぼくはマグカップをテーブルに置いた。
「じゃ、それを飲んだら案内してくれ。その、バカ教主って奴のところに」

 案内されてやって来たのは、都内から少し外れたところにある住宅街。ごく普通の一軒家が立ち並ぶ町並みに、その家はあった。
 表の看板には、『救いの家』と書いてある。いかにも胡散臭い名前だ。
「教団員は判明しているだけで四名。信者は十数名で、大半は教主に治療してもらったという事になっている人間です」
「あんな小さな家に二十人も入れるのか?」
「常に全員が中にいるわけではありませんから。住んでいるのは教団員と教主だけで、それ以外は出たり入ったりを繰り返しています。買い物なども、信者が行っているようです」
 ちなみに。こんなあからさまな会話を、堂々と家の前でやっているわけじゃない。
 ちょうど向かいの家は空家らしく、売りに出ていた。その中に、ちょっとお邪魔している。二階の窓から見ると、家の全体もよく見渡せた。
 ごく普通の家に見える。窓という窓にはカーテンが引かれているが、室外機が動いているところを見ると、クーラーでも使っているんだろう。内部でどれだけ怪しい事をしているかは不明だ。
「それで。どういうプランを考えているんだ」
 窓から視線を外し、同じように家を監視している愛に聞いてみた。
「夜半になれば信者の大半はいなくなります。その時点で強襲し、教団員を縛り上げた上で教主を説得するつもりです」
「つまりノープランってわけね」
 いかにも愛らしいと言えばそうなんだが。
 相手は素人が五人くらい。一方、こちらはプロがふたり。正直、愛だけでも十分なくらいだ。
「けど。ぼくを呼んだ以上、それが簡単にできそうもない理由があるってわけね」
「はい。まず、武装の類が不明です。包丁やナイフ程度ならばどうにでもなりますが、仮に拳銃などを所持していた場合、少し厄介な事になるかもしれません」
「拳銃なんて持っている形跡があるのか?」
「さあ。用心するに越した事はない、という意味です」
 用心し過ぎじゃないかね。いくらなんでも、一般的な日本の宗教団体が拳銃で武装しているとは思えない。
「他は?」
「教主が能力者である事は判明していますが、その他、特に教団員が能力者であるかどうかは不明です。また、教主の能力も、戦闘にどのような影響を及ぼすのか、そもそも教主の個人データはどうなっているのか、そのあたりが判明していません」
「不確定要素が多いって事か」
 そのくせノープランなんだから、少し呆れる。愛は仕事熱心ではあるけど、正面突破以外の手段を用いないという悪い癖がある。
「先に偵察すべきじゃないか。そうすれば、せめて構成員や武器の有無に関しては確認できる」
 ぼくが言うと、愛は眉をひそめた。
「しかし……、私の能力は直接的な戦闘のみを想定したもので、偵察などには向いていないのですが」
「知っているよ。ついでだから愛、ひとつ、教えておこう」
「何をですか?」
 立ち上がりつつ、ぼくは言った。
「嘘をつく、って事さ」

 インターフォンを鳴らすと、すぐにスピーカーを通して声が聞こえてきた。
『はい』
「すみません、こちらに、素晴らしいお方がいるとお聞きしたのですが……」
『ええ。教主様は素晴らしいお力とお考えをお持ちです』
「その教主様にお会いしたいのです。教主様のお話を聞いて、是非とも信仰したいな、と」
『なるほど、そういう事でしたか。わかりました、すぐに迎えに行きます』
 言葉通り、待つまでもなく扉が開いた。姿を現したのは、ごく普通の若者といったところだ。まだ成人したばかりといったところだろう。
「どうぞ、こちらへ」
 案内されるまま、ぼくと愛は家の中に入った。
 奥の部屋に案内される。そこは、特に怪しさもない空間だった。
 祭壇や装飾の類もない。畳が敷いてあるだけの、ごく普通の日本家屋に見える。
「すぐに呼んで参りますので、少々、お待ちを」
 青年がいなくなったところで、ぼくは小声で言った。
「ほら、簡単だろ」
「しかし、いくらなんでも無茶が過ぎます!」
「『無理が通れば道理が引っ込むMight makes right』さ」
 だいたい、こちらは最初から非合法な事をしようとしているんだ。その時点で相当の無理。今さら、無茶苦茶のひとつやふたつでビビッてなんかいられない。
 待っていると、三十過ぎくらいの男が部屋に入ってきた。
「やあ、いらっしゃいませ。私が救いの家の管理人を勤めさせて頂いております、藤川忠保です」
 こいつもまた、さっきの男と同じように、特におかしな格好はしていない。新興宗教団体なんていうから、てっきり神父の真似事でもしてくるかと思いきや、案外と普通だ。少し普通と違う点といえば、首から提げているケルト十字のネックレスくらいか。
 一瞬だけ悩み、ぼくは偽名を名乗る事にした。本名を名乗っても構わないんだが、相手の能力が知れない以上、不用意にこちらのカードを見せる必要はない。
「アルフォンス・テイラーです。お会いできて光栄です」
 目線で促す。愛もまた、どこか引きつったような笑みを浮かべ、
「上山愛子です」
「すみません。彼女、緊張しているようで」
 ぼくが言うと、藤川はなんでもないという風に首を振った。
「いえいえ。構いませんよ。こうして訪れて下さっただけでも神に感謝せねば」
「神様、ですか」
 藤川は頷き、
「この世の事を、神様は全てご覧になっておられます。しかして、神様の手はあまりに大きく、私たち個人を守る事はできません。そのため、我々のような小さな力しか持たない者が、神様の代わりにその意志を代行しているのです」
 藤川はぼくらに座るようにすすめると、自分も畳の上に座り、自分の宗教観を語り出した。
 大半は聞き流しても構わない程度の内容だった。自分は神様に選ばれた人間であり、神様が直接に救えない人々を救う事が仕事である、と。ちょうど、イエス・キリストのような存在だとでも言いたいのだろう。バカらしくて何もコメントのしようがない。
 しかし、それを口にするわけにもいかない。まだ敵に回すには早い。
「素晴らしいお考えです! ご自身の持つ能力を自分のために使うのではなく、人のために使うとは!」
「当然の事です。最近の人間は、あまりに自己中心的です。本来、人間は助け合わねばなりません」
 その点だけは同意してもいい。
「ぼくたちは是非とも貴方様のお役に立ちたいのです。何かお手伝いできる事はありませんか!?」
 ここは力強く言う。こちらが狂信者であると相手に信じ込ませなければいけない。
 藤川はちらりと考える素振りを見せながら、
「そうですね。私の考えは、まだまだ浸透しておりません。せいぜいがこの近所程度。ですが、いずれは世界中に私の考えを伝え、争いを無くしたいと思っております。そのための手伝いを、お願いできますか?」
「はい! もちろんですとも!」
 断言し、ぼくは愛を振り返った。
「愛も力を貸してくれるよな!」
「――ええ。もちろんです。わたしも、無意味な争いは常々、なくしたいと思っておりました。そのためならば、微力ではありますが、尽力しましょう」
「ありがたい」
 少なくても外見だけは、本当にそう思っているように見えた。

 結局、今日は雑用だけで終わった。家の中の掃除や洗濯の手伝い。信者の何人かや教団員とも顔を合わせた。向こうはぼくらを欠片も疑っていないように見えた。
 教団員になるためには、相応の修練とやらが必要らしい。何の修練なのかは、いまいち理解できなかった。
 教主の能力もできれば見たかったが、それは叶わなかった。明日以降に詳細を引っ張り出すしかないだろう。
 そして、帰り道。愛のアパートに向かって、ぼくらは一緒に歩いていた。
「あんなのが本当に能力者なのかねぇ。なんとなく一般人らしからぬ空気は持っていたけど、あれだけキチガイみたいな事を言ってればそうなるのも当たり前ってところだし」
「能力者である事は間違いないようです。もっとも、間違いであった方がわたしは嬉しいのですが」
「相変わらず戦いは嫌い、か」
「……わたしの能力では、傷つける事しかできませんから」
 敵を傷つけ、味方を守る力。何かを犠牲にする事によって何かを得る力。あるいは、そんな能力は愛にとって重荷なのかもしれない。
 ぼくたちの持つ能力というのは、およそ生来の特性に引きずられる。そこに努力による修正を加えたとしても、根本的な部分は変わらない。
 愛の持つ能力というのは、つまるところ、そういう生まれながらの特徴があるという事なのだろう。
「けれど、愛。今回の任務は、傷つけずには終えられそうもないぞ」
「わかってはいます。ですが……」
 愛の表情は暗い。なんとか明るくしてやりたいとも思うが、この状況じゃ、下手に慰める事もできない。
 因果な仕事だ。時々、ぼくでさえ迷う事がある。この世界にどっぷりと浸かっていると、そうでない人間が羨ましくなる事もある。
 ふと、とある知り合いの顔を思い出した。一般人のくせにこちら側の世界に首を突っ込み、ぼくたちでは出せない結末を導き出したあの男。
「救い、か」
 待っていたところで、救いは得られない。自ら求めなければ与えられる事もない。
 けれど。ぼくたちは、どこに救いを求めればいいと言うのだろう。



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