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英雄も大統領も大金持ちも、死ぬ時は死ぬ。 死んだらおしまい。コンティニューはない。 そんなものは、望んじゃいけない。 「ここが……、あの有名な神社か」 石段をひたすらに登り続けて、ようやくそこが見えた。 朱色に塗られた建物。木造のそれは、何百年と経っているはずなのに、今もまったく変わらず顕在だ。日本の技術力の高さってのを感じる。 「で、この後はどうすればいいのかな」 有名な神社なだけあって、観光客らしき姿も多い。神社の人も何人かいるけど、オレの方を見る奴はいない。 「あ、ちょっとそこのあんた」 ためしに、そこを通りがかった神社の人に声をかけてみた。けれど、まるでオレの声が聞こえなかったかのように、完全に無視して行く。 「――やっぱ、無理か」 これだけ名前の知れた神社なら、誰かオレを見える人もいるんじゃないかと思ったんだけど。 そう。オレは世間一般で言うところの、幽霊ってものだ。事故で死んで、そろそろ一ヶ月近くになる。 死んだ直後は混乱やら焦りやらもあったが、一ヶ月も経てばそんな気持ちも収まり、早く成仏したいと思うようになってくる。そりゃ未練がないわけじゃないが、誰もオレの相手をしてくれないままこれだけの時間が過ぎると、かなり寂しいものがある。 そこで、オレはいっそ成仏するために、オレを見える人を探す事にした。幽霊相手ならやっぱ神社か寺だろうという事で、やって来たのがここ。 ここは戦国時代の武将を奉っているとかで、歴史もあるし、大きくて立派だ。これほどのところなら、オレを見える人もいるんじゃないかと思ったんだけど……、それも駄目だったらしい。 「どうしたもんかなぁ」 当てもないままにブラブラと境内を歩いていると、神社の人を何人か見かけた。なにか焦っているようで、人を呼んでいる。 「何かあったんか?」 興味本位で、オレも付いて行く事にした。 走る人たちと一緒に飛んでいくと、到達したのは、神社の中でも特に立派な建物――の隣、かなり古くてボロッちい小屋だった。そこに人だかりができている。 ちょっと浮かんで中を覗きこむと、騒ぎの原因が見つかった。 「ああ、なるほどね。火事か」 火はまだそれほど大きくない。そこに、神社の人らが懸命にバケツの水を引っくり返していた。けれど、さすがにその程度の水で鎮火するのは難しいらしく、火は徐々に勢いを増している。 こんなところじゃ消防車も来れないだろう。どうやって消すつもりなんだ? 完全に野次馬気分で眺めていると、大きな声をあげながら野次馬をかき分けてくる神社の人が目に入った。長いホースを抱えている。あれで消そうというんだろう。 ホースから放水が始まってからは、早かった。火はみるみる小さくなっていき、やがて、完全に消えてしまった。 しかし、小屋はすでにボロボロ。中に何があったのかは知らないが、あの調子じゃ無事じゃ済まないかも知れない。 「タバコか何かかねぇ。ご愁傷様、ってところかな……あん?」 小屋からは白い煙があがっている。それがうねうねと、なんだか変な動きをしている。まるで人の形みたいな――、いや、こりゃ人だ!? 「さ、侍?」 ちょんまげに、甲冑。腰に差した刀。どこからどう見ても、間違いようのない侍だった。煙は徐々に形を成していき、色もはっきりとしてきて、やがて完全な侍となってしまった。 「あ、あんたは、一体?」 声をかけると、侍はうつろな目でオレを見た。オレを見つけたためか、その目が色を取り戻していく。 「お主は、誰だ?」 「お、オレ? オレは、工藤っていうんだけど」 「工藤、殿?」 侍は頭を振り、 「工藤殿、すまぬが、ここはどこじゃ?」 「ここ? 見ての通り、神社だけど。戦国の武将が眠っているっていう、有名な場所なんだけどさ」 「……?」 ――もしかして、この人って、本物? 「あの、あなたのお名前、は?」 「ワシか? ワシは日下部忠継。日下部紀靖の嫡男じゃ」 「た、ただつぐさん。のりやすさんの、息子さん?」 オレの首が機械的な動きで横に向く。そこには、一枚の看板がある。 この神社に奉られた武人の説明を記した看板。そこに記された名前も、日下部忠継。 ほ、本物だ……! 正真正銘、本物の戦国武将の霊! で、でもなんでこんなとこに!? いや、そりゃ街中よりはいてもおかしくない場所だけど、なんで普通に武将の霊がこんなところをうろついているわけ!? 「工藤殿。いったい、これはどういう事なのじゃ?」 近くを見渡していた日下部忠継が首を傾げる。どう説明すればいいんだ? 「考えていても仕方ない、か」 覚悟を決め、オレは今が日下部忠継の生きていた時代とはまったく違う、それから何百年も後だという事。もちろんあんたも死んでいて、ここはあんたの霊魂を鎮め、崇め奉るために作られた神社である事。 そんな、今のオレにわかる事を片っ端から説明してみた。日下部忠継はオレの話を頭から疑うでもなく、きちんと聞いてくれた。 まあ、周囲の状態を見れば、自分が死んでいる事やここが自分の生きていた時代とは少し異なる事くらいはわかると思う。そのせいかもしれない。 「むう、そうだったか」 オレの話が終わったところで、日下部忠継は深々と頷いた。格好が格好だけに、そういう動作も様になっている。 「それで、工藤殿はどうしてここに?」 「あ、いや、オレは成仏したいなって思って」 「それはいかん!」 オレの腕をがっしりと掴み、日下部忠継は力強く首を振った。 「自ら死を受け入れるなど! 死んだら終わりですぞ!」 「いや、終わりもなにも、もう死んでますよね?」 「何を言うか! こうして話す事も感じる事もできるのに、どこが死んでいると!」 「そりゃ、そう言えば、そうですけど」 日下部忠継はやけに暑苦しい動作で、 「そうとも! 男児たる者、最後の最後まで諦めてはならぬ! お館様のためなれば、死してなお戦うほどの強い意思を持たねば!」 「そのおやかたってのもいないですし、そもそも何と戦うんですか?」 「敵など、どこにでもいますぞ! ほら、工藤殿、行きますぞ!」 「ちょ、日下部さん!?」 強引に引っ張られるオレは、抵抗する事はできなかった。 日下部さんを引き連れ、オレがやって来たのは主要駅の近く。 ぶっちゃけオレは成仏したいし、こんな戦国武将なんていう冗談も通じなさそうな人とうろちょろしたくなかったけど、じゃあ嫌です帰ります、なんて事は言えない。とても言えない。 適当に空から眺めていると、景色はなかなか悪くない。この調子でごまかせればいいんだけど。 「工藤殿、あれは何じゃ?」 「どれですか?」 日下部さんの指す方向にあったのは、小学校だった。今どきの小学校らしく、校庭には緑の芝が敷いてある。 「小学校です。子供に勉強を教えるための場所ですよ。読み書きとか、歴史とか」 「ほほぅ。面白そうじゃな、行ってみよう」 そういえば、日下部さんの生きていた頃には学校なんて制度はなかったんだな。確か、日本で最古の学校に似たシステムって、江戸時代じゃなかったっけか? 小学校の校庭では子供たちが遊んでいた。まだ残暑も厳しそうな天気だってのに、やけに元気に走り回っている。 「うむ、子供は今も昔も変わらんな」 日下部さんは意外と子供好きなのか、どこかはしゃいだような調子で子供たちを見ている。 「む?」 そんな日下部さんの視線が、校庭の隅で止まった。 保護者だろうか? 先生とも違った雰囲気の若い男の人が、子供たちと遊んでいた。 「バッカだなー、そーじゃないってー!」 「いや、だから、危ないからやめなさい」 「うっせー! おめーこそだまってろよー!」 ……遊んでるってか、遊ばれてる、かな? どうやら子供たちが木登りか何かしようとしているらしい。それを止めようとしているようだけど、子供たちはまったく聞く気配がない。やがて、勝手に木登りを始めてしまった。 男の人は実力行使に出れないでいる。もっとも、それも最近では無理もないかもしれない。 「工藤殿。あの子らは、なにゆえ年長者にあのような口の利き方をしているのじゃ?」 横を見ると、日下部さんはマジでキレていた。 「いや、最近の子供はあんくらい生意気なものなんですよ」 「生意気にも程がある! あの男も! どうして注意しない!」 「注意してるじゃないですか、一応」 「あのような弱腰では誰も聞きはせん! もっと力強く、時には拳を作ってでもわからせるべきじゃ!」 「正論ですけど、それやると、親に怒られるんですよ」 「親がなんじゃ! だいたい、あのような口の利き方しか教えられぬ親も悪い! ええい、腹立たしい!」 いちいち言う事は正しいんだけど、それを認められない悲しさ。 「工藤殿! あの子らを指導するのじゃ!」 「いや。するのじゃと言われましても。オレら、幽霊ですよ?」 「気合があれば関係ないわ!」 日下部さんは刀を引き抜くと、子供たちに近づいていく。何をするつもりだ? 思っていたら、日下部さんはおもむろに刀を振り上げ、 「わー!? ちょ、ちょっと待った!」 オレの言葉にも耳を貸さず、それを子供に向かって振り下ろした。 思わず目を覆いたくなった。けど、それさえできなかった。体が動かないオレの前で、刀身は子供の体を――すり抜けた。 「ありゃ?」 あ、ああ、そりゃそうか。幽霊だもんな。 思わず全身の力が抜けそうになる。それをなんとか奮い起こし、オレは日下部さんに近づいていった。 「ほら、日下部さん、行きましょう。こんな子供たちを見ていても目に毒ですよ」 「……いや。工藤殿、諦めてはならんぞ。ワシは諦めなかったからこそ、幾度も戦場で生き残ってきたのじゃ」 死人に語られても説得力に欠けると思う。結局、死んでしまっているんだし。しかも、見た目からして戦場かなんかで。 「ぬうん!」 日下部さんは刀を構え、なにやら気合を入れ始めた。気合でどうにかなるなら幽霊は苦労しないと思う。 「ぬううううううう!」 けど、日下部さんは諦める気配がない。そうなるとオレもどっかに行ってしまうわけにもいかず、見守るしかない。 「ぬはあああああああ!」 にしても、すごいよな、こういうの。 オレは、死んでから成仏する事を考えていた。終わらせる事を望んでいた。実際、オレはもう終わっているんだと思っていた。 けど、オレよりもずっとずっと前に終わっていたはずの日下部さんは、ちっとも諦める気配がない。方向性は微妙にずれている気はするけど、そこだけは、尊敬してもいいかなって思った。 「ぬおおおおお!」 「――ん?」 気のせい、ではなかった。 段々と、刀の色が変わっていく。銀色に輝いていたはずの刃が、黒く、赤く、色彩を帯びていく。 「なん、だ、これ?」 見ているだけで禍々しい空気を感じる刀。怖い。刀が、怖い。 刀という存在そのものが、怖い。 「これで、どうだ!」 「駄目だ、日下部さん!」 再びのオレの言葉など耳を貸さず、日下部さんは剣を振り下ろす。 刃は子供に激突し、 「ぎゃああああああああああ!?」 今度は、すり抜けなかった。 子供は突如、頭を抱えて地面に倒れた。ぶるぶると震えている。この暑い中、寒そうに。 「お、おい!?」 保護者が慌てて駆け寄る。しかし、子供はそんな事さえ理解できないように、ただ震えるばかり。 「ふん、童が小生意気な口を利くからそうなるのじゃ。では、行くとするかの、工藤殿?」 日下部さんは刀を鞘に収める。刀の禍々しさは、鞘越しにも伝わってきた。 「日下部、さん。その、刀は……?」 「ワシの気持ちが伝わったのじゃろう。これでこの子供も少しは態度を改めるじゃろうて」 かっかっか、と笑う日下部さんには、ついていけなかった。 足元には、まだ子供が転がっている。保護者は救急車を呼びに事務所に行ったらしい。他の子供たちは、ただおろおろとするばかりだ。 「日下部さん、この子、大丈夫なんですか」 「大丈夫じゃろう。刀で斬られたといっても本物ではないのじゃからな」 日下部さんは、どうやらまったく心配していないらしい。 しかし、オレが見る限りでは、この子が無事で済むとはとても思えなかった。すでに顔色は青ざめているし、震えはいまだに止まらない。 早くも、遠くにサイレンの音が響き始めていた。 |