それから一ヶ月が経った。
 大きな怪我をしたメンバーはおらず、コハルも擦り傷や切り傷はたくさんあったものの、組織の能力者に治して貰えたので、特に支障はなかった。
 ニーナが最も重傷だったが、これも医療専門の能力者が手を貸し、一命は取り留めた。五分五分だった、というのは回復系の術者が言っていたこと。
 主犯のベルホルトは教会で身柄を預かることになり、従犯のトラもベルホルト同様に拘束・監禁されている。
 コハルはミアに頼まれ、ゴタゴタが落ち着いたその日、教会を訪れることになった。
 教会の治療部屋にはニーナの他、ミアと鈴、それにコハルは知らない銀髪の少女が一人いた。
「お世話になりました」
 ベッドに体を起こすニーナは、少し痩せていた。胃の半分を失い、腹部には傷痕が残るそうだが、生きているだけマシといったところだろうか。
 それでもニーナの柔らかな笑みは変わらない。
「もしもコハルさんがいなければ、状況は悪化していたことでしょう。被害がどれほどになったか……。想像も出来ません」
「いえ。僕はたいしたことをしていませんよ。あれは、ベルホルト自身の良心ですから」
「そう、それが聞きたかったのです。あの時、コハルさんはベルホルトをどうやって説得したのですか?」
「説得、っていうほどじゃないですけど。あいつは他人から能力を奪う能力がありました。でも、その能力は精霊から貰ったものーー言うなれば、ヴィナにも同じ力があるんだろうなって思ったんです」
 ね、と声をかけると、ふわふわ浮いていたヴィナはにこりと笑う。
「でも、あたしは焦ったわ。コハルの考えていること、感じてはいたけどすっごい無茶だったし、意味もよくわかんなかったし」
「ごめんよ、話している時間がなかったし」
「複雑すぎて理解できなかったの!」
「……そっか。念じるだけで話は通じたね、そういえば」
 今更ながらに気づく。まあ結果はよかったのでさておき。
「コハルさん。その内容、説明していただいても?」
「あ、はい。えっと、ベルホルトは精霊を食べたって言っていました。精霊となっただけなら、ヴィナも同じことはできるはず。でも、ヴィナが相手の能力を奪うような真似はしたことがありません」
「ええ」
「だから、きっとヴィナは十分だったんだろうなって思いました。たぶん、僕と融合することで、奪う力を発揮するまでもなく満たされていた。だから、そんな能力を使う必要はなかった」
「なるほど?」
「僕はヴィナと、家族のように暮らしていました。それだけでヴィナが満足できたなら、きっとーー優しい気持ちを渡してやれば、ベルホルトにも理解できるんじゃないかって」
「もしもベルホルトに良心が残っていなかったら?」
「そんな人はあんな事件を起こしません。世界が良くなるようにっていう感情は、良心からしか生まれないだろうなって」
 コハルの言葉に、教会組は三者三様、ため息をついた。
「龍宮さん、無茶しすぎです」
「結果的には助かったけど、理屈にもなっていないじゃない」
「そ、そうかな」
「そうよ! それであなたに何かあったら、私はご家族になんて言えば……」
「そう思うなら、一般人のコハルさんを戦いに巻き込んだ時点で我々の失態ですよ、ミア・シュタイフ」
 ニーナの言葉に、ミアは”うっ”と詰まった。
 ニーナはこほんと咳ばらいし、
「拘束したベルホルトは、精霊の能力について証言しました。いわく、精霊の能力とは再分配するものだと」
「再分配?」
「ええ。幸せな人から不幸な人へ。優しい気持ちを分けてもらい、悲しむ人の心へ届ける。逆に不幸な人の気持ちを奪い、幸せな人のそれと相殺する。そういう、幸福の再分配をする存在なのだそうです。その能力の一端として、不幸を源流にした力ーーわたくしたちの持つ能力を奪うこともできるのだ、と」
「そんなことが……」
「そして、精霊にはもう二つ、呼び名があるそうです。コハルさんなら、わかりますか?」
「……それは」
 コハルはちらりとヴィナを見上げ、意を決して答える。
「ラスター。あるいは、澱」
「正解です」
 コハルの答にも、ミアや鈴は反応しなかった。おそらくは先に聞いていたのだろう。
「ベルホルトはもともと、ラスターを操作する能力を有していました。その能力を使う過程で、彼らがこの世の者ではないこと、彼らの住む世界は私たちが住む世界より遥かに飢えた世界だと知った」
「異世界、ですか」
 にわかには信じがたい言葉ではあるが、空がひび割れたところを見ていれば、信じないわけにもいかない。
「本来、精霊は幸福を分ける存在です。ですが、彼らの世界に幸福がなく、不幸ばかりを吸収する。そこでラスターは空間を渡り、この世界から幸福を奪うようになった。あまりの不幸を吸いすぎて、もはや理性もなくして」
「心を、なくしてしまったんですね」
「そういうことです」
 悲しい存在だ。だが、この世界に住む人間が不幸に晒されていい理由にはならない。
「ヴィナ、ごめんね」
「ん、なんで?」
「ヴィナの仲間、いっぱい斬っちゃったし」
「いいわよ、そんなの。ていうか、襲ってくるだけの連中なんか仲間じゃないし」
 ヴィナはニカッと笑い、
「それより、ベルホルト? ってやつ。どうするの?」
「彼は向こうの世界に渡るそうです」
「向こうって、ラスターの世界? そんなことできるの?」
「ええ。ラスターを研究しつづけた彼は、自らをラスターにする儀式を成功させている。言うなれば、空間を渡る能力を得たのです。トラに協力をさせますが、彼は異世界追放処分となるでしょう。それは、あるいは死刑よりも残酷かもしれません」
「でも、ベルホルトがそれを望んでいる」
「……ええ。今まで不幸にした分を、向こうの世界で返すそうです。本当は、こちらの世界で返して貰わないと割に合わないのですが」
「ニーナさんはそれでいいんですか?」
「彼の能力は、どの道、教会でも束縛しきれません。なら、この世界にいない方が安心です」
「そうではなく。親しかったんですよね?」
 その問い掛けに、ニーナはほんの少し影を残す笑みを浮かべた。
「愛していましたよ。でもそれは、過去のことです」

★ ☆ ☆ ☆ ★

 教会を出ると、青空が広がっていた。
「さて、と。帰ろうかな」
「あ、じゃあアタシとデートしましょうよ!」
「え? いや、さすがにそれは……」
「コハル! 甘いの食べられる!?」
「ヴィナ!!」
「食べましょう! というかスイパラとか行きましょうよ!」
「え、あそこは女子率が高すぎて居心地悪い……」
「いいからいいから! ほらほら!」
 鈴に引っ張られるコハルと、そんなコハルについて行くヴィナを見送りながら、ミアは隣に立つ少女を見やる。
「どう? フェリ。彼がベルホルトを止めた男よ」
「興味ないわ。わたしはどの道、ベルホルトのやることに興味もなかったから」
「ふうん」
 フェリツィアは、ベルホルトに協力していた。だが、実質的に彼女がしたことは物資の補給とミアの足止めだけ。結果的に事件への関与は限定的であり、トラやベルホルトのように重罪というわけではない。ミアからの嘆願もあり、結果的には恩赦を受けていた。
「本当に、教会は変わらないわね。恩赦だの拘束だの。自分たちが司法機関にでもなったつもり?」
「仕方ないでしょ。能力に起因する事件を裁く能力は、裁判所にはないんだから」
「だからって教会もなんら権利はないでしょ。そういうところが鼻につくのよ」
「……まったくもう」
 ミアは嘆息し、友人を見つめる。
「あのね。私、もうしばらく日本に滞在する命令が出ているの。龍宮コハルの持つ能力はあなどれないから、監視しろって」
「本人に言わないの?」
「言えるわけないでしょう。それでね、フェリ。あなたもどうかなって」
「わたしに、普通の学生生活を送れって言うの?」
「似合うと思うわよ? 学生服」
「……馬鹿」
「えー!? なんで!?」
「うっさい! もう、あなたって昔からそう! 無神経で人の気持ちを逆なでして!」
「そんなぁ、良いと思ったのに!」
「うっさいうっさい!!」
「あ、ちょっと、フェリ!」
 肩を怒らせながら教会に戻るフェリと、後を追うミア。
 そんな二人を、青空に輝く太陽が見ていた。

★ ☆ ☆ ☆ ★

 鈴とデートし、帰宅したコハルは、どっと床に倒れる。
「あんなに甘いのを食べたの初めてだ……」
「あたしは大満足! また行きましょうね!」
「お供えも勘弁して欲しいんだけど……」
 ふう、と息を吐いたコハルは、改めて床に座り直す。
「ねえ、ヴィナ」
「なーに?」
「君は精霊だ。記憶を失ったのはよくわからないけど、きっと、人の不幸を和らげるための存在なんだと思う」
「……? そうなのかもね」
「でも、僕は今、不幸じゃない」
 コハルの言葉を聞き、理解し、ヴィナは眉を寄せる。
「何それ? 出てけってこと?」
「そうは言わないよ。もうヴィナは僕の家族だ。でも、他の生き方だってあるかもしれない」
「ないわ」
 ヴィナは即答する。
「他の生き方なんてない。コハルと出会ったのは、あたしの運命ってやつなのよ」
「運命……」
「そう。だから、誰にも文句は言わせないわ。あたしの居場所はコハルの隣。あたしが、そう信じているのよ」
 ヴィナは、コハルに挑むような眼差しを向ける。
「コハルはどう? あたしと一緒じゃ迷惑?」
「そんなことはないけど」
「じゃあ決まり! あなたは、あたしのパートナーよ!」
 ぎゅっ、と抱きしめられる。幽霊に過ぎない彼女は感覚もないが、なんとなく暖かい気持ちが流れこんでくる。
 そっと抱き返しながら、コハルは苦笑した。
「世話の焼ける家族が増えたなぁ」
「ふーんだ。もう離さないよ!」
「はいはい。わかったよ」
 この世界には不幸が溢れている。ヴィナをはじめとする精霊は、そんな不幸を減らしてくれる存在なのだろう。
 だから、とコハルは思う。
 ヴィナがコハルを選んでくれたのなら。コハルが世界を選べばいい。そうは思うのだけれども。

 世界を幸せにする、なんて。

 進路希望用紙には、書けそうにない。


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