週末。奨励会館では、いつものように手合がある。
 対戦相手は日替わりだ。今の時期、ランキング戦の相手は、出欠次第でランダムとなる。一日に行う試合数は平均で2〜3。もっとも、対戦数が圧倒的に足りていないヴァンの場合はその倍以上となるが、決闘バカのヴァンにとってはむしろ歓迎すべき事態だ。
 本日最初の対戦相手はゼル・ロッシェ。同門の決闘者だ。
「この間はしてやられたけどな、今日はやられねえぜ!」
 ガチンと拳を打ち鳴らし、ゼルは気合を入れる。
「おう、楽しくやろうぜ」
 いつものスタイルで剣を揺らすヴァンは、試合開始の合図と同時に突っ込んだ。
「ふっ!」
「お?」
 ヴァン得意の速攻に対し、ゼルは拳を合わせてカウンター。鋲と剣がかち合い、打ち鳴らされる。
「器用だなお前!」
「奨励会員を舐めんなよ!」
 素早く仕掛けるヴァンに対し、ゼルはヴァンの挙動に合わせてかわし、拳を振るってくる。その正確さ。きちんとヴァンの動きを把握しているようだ。
 ヴァンの動きは、スピードがあるだけに直線的だ。それを、途中で空中の魔力を踏みつけることで変えていく。
 ジグザグの挙動は、目で捉えるのは困難だ。シルビナのような異常に優れた動体視力でもない限り、見切ることはできない。
「どうやってんだか、知らねえが!」
 動きを把握されている。
 それは、ヴァンにも感じられる。ならば!
「わかってたって、かわせなきゃいいんだろ!!」
 さらに加速。
 全力で突進するヴァンに対し、ゼルは半身の構え。
「ふッ!」
 合わせて振るわれた拳のカウンター。それを、ヴァンはしっかりと見ていた。
「いよッ!」
 拳が当たる、その刹那。
 ヴァンは直角に軌道を変える。当然、ゼルの拳が薙いだ空間には、すでにヴァンの姿はない。
「はッ!」
 一瞬で相手の視界から消えたヴァンは、空中から再び突撃する。ゼルも認知はしているようだが、伸び切った拳はヴァンの剣に対して間に合わない。
 ギャリ、と空間が鳴く。
 一瞬の後、ゼルの額には、ヴァンの剣が突き刺さっていた。

◇ ◇ ◇


 現世に戻ったヴァンとゼルは、互いに息を吐く。
「っかー、やっぱ強いな、お前」
「ああ、面白かったぜ、ゼル! もういっちょ行くか!」
「バカ言ってんじゃねえよ。休憩だ休憩」
「えー」
「えーじゃない。ったく。無駄に早いんだからな、お前は」
「へへっ。そういやゼル、お前、オレを目で捉えられてなかったよな? なのになんでオレの挙動がわかったんだ?」
「ん? ああ、魔力探知だ」
「探知?」
「そう。ほら、防御のために自分の体を魔力で覆うってのがあるだろ? シルビナみたいなやつ。あれを障壁って言うんだが、それを自分の体から少し離れたところまで覆うんだよ。自分の魔力の中に相手が入ると、目で見えなくても体で感じることができる。俺はそれに反応してたんだ」
「ああ、なるほどな」
 ヴァンは深く頷く。密度が薄いのでたいして気にしていなかったが、ゼルの全身は確かに魔力で覆われていた。あれは、こちらの動きを感知するための手段だったわけだ。
 とはいえ、魔力探知も万能ではない。何より、空間を魔力で覆うのだ。消費量は亜極端に増加し、すぐ魔力切れを起こす原因となってしまう。ヴァンのような、局所速攻型には有用だろうが、他には使い道もない。
「ま、お前にゃ通じなかったけどな。やっぱお前相手には鎧を顕現しなきゃだめかなー」
「そういや、シルビナは全身を魔力で覆ってるよな? でも、鎧を顕現してるやつもいる。どっちも防御力をあげているだけだろ? 何が違うんだ?」
「んー? まあ、鋼鉄の鎧を顕現したほうが防御力は高い。それに障壁と違って時間で魔力を消費しないから、こう着したような時間が長く続く消耗戦では有利になるな。一方でシルビナみたいなスタイルは、防御力もそこそこあるし、鎧の重みがないぶん身軽だ。ま、シルビナは短期戦向き、鎧型は長期戦向きってとこだな」
 ゼルとヴァンが話す間にも、決着した組が続々と戻ってくる。
 その姿を眺めていたヴァンは、
「あ、アリス!」
 怒気をはらんだ声に振り向いた。
 一人の青年が少女の肩をつかんでいる。上背のある青年が相手だったが、少女におびえた様子はなかった。
「アリス、検討は!」
「うるさいわね。どうして私があなたみたいな雑魚を鍛える手助けをしなくてはならないのかしら?」
「検討と礼節は……」
 言いかけた青年を、少女は強くにらむ。
「私を誰だと思っているの? 身の程を知りなさい」
 パン、と男の手を払うと、少女はそのまま出て行ってしまった。
「こえーな、あの女」
「あー……。光輝のお嬢様か」
「光輝?」
「あいつの親、プロ決闘者なんだよ。光輝てのは、あいつの親の称号というか、仇名みてえなもん。あいつ自身も、来年にゃプロ入り確実って言われてる」
「そんなに強いのか」
「すげえよ。あいつの父親、ただのプロじゃなくて、タイトルホルダーなんだよな。しかも連覇中。あいつ自身もちっちゃい頃から親に鍛えられたっていうし、練度が違うわな」
「タイトルホルダーってのは?」
「ああ、お前はそっからか。タイトルってのはプロの大会で優勝した人に与えられる称号のことだよ。言っちまえば、決闘者の頂点てわけだ。特にあいつの親は七大タイトルの中でも一番権威がある名人を取ってるんだ。別格ってやつだな」
「……要するに、親もすげー強い決闘者で、あいつもすげー強い決闘者ってことか」
「そういうこった。けどなあ、いくら強くたって、あんな感じでいつもツンケンしてやがるしな。検討だってろくにしたことがねえ」
「検討ってのは?」
「決闘後の感想戦だよ。さっき俺とお前も話してただろ? 今の決闘はどこが良かった、どこが悪かったって話し合ってな。それを次の決闘に生かすんだ」
「あいつは、それをしねえの?」
「してるのは見たことない、って感じだけどな。ま、あいつほどのレベルになったら、俺たちなんか歯牙にもかけねえってことだろ」
「ふうん。そういうもんか」
「そうなんじゃねえの? 聞いたこともねえけど。あいつ、検討どころか雑談すらしないからな」
 肩をすくめたゼルは、少女の対戦相手だった青年の肩を叩く。
「よ、先輩。災難だったな」
「ああ、ゼル君か……。すまないね、同門のみっともないところを見せて」
「いやいや。あのお嬢様にそんだけ言えるのなんて先輩だけだって」
 青年の肩をばんばんと叩いたゼルは、振り返る。
「ヴァン、どうせお前も覚えちゃいねえだろ。この人、ライゼル先輩。奨励会じゃいちばん年上で、門下を超えてなにかと面倒見てくれてるんだ」
「たいしたことじゃないよ。それに、最年長なんて、決闘者としては恥ずかしい限りさ」
 爽やかな笑みを浮かべ、青年は手を突き出す。
「ライゼル・アズールだ。よろしく、ヴァン君」
「おう、よろしく! なあ、さっき同門って言ってたよな? じゃあライゼルもこーきのお嬢様と同じ師匠なのか?」
「ああ、アリスか。そうだね、一応は僕が兄弟子ということになるんだけど……。アリスの場合、前からはねっ返りが強くて。礼節を教えようとは思うんだけど、これがなかなか」
「ふうん? でも、あいつ、強いんだろ」
「ああ、強さは本物だよ。やはり師匠の血かな。彼女のお父さん――ガリア・ヴァイスラント先生は名人だから」
「血、ね」
「狼の子は狼、猫の子は猫ということさ。強い決闘者の子は、やはり強いんだろうね」
「確かになー。なんか純血、って感じだし。ちょっとこえーけど」
 頷くゼル。対するヴァンは、少女が立ち去った出口を見やる。
「なんだい、アリスが気になるのかい?」
「どうせお前のことだから、強い相手と決闘したいー、とか、そんなこと考えてんじゃねえの?」
「……まあな」
 答えたヴァンの脳裏には、少女の硬い横顔が染みついていた。