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その日の練習手合を終えたヴァンは、まっさきに帰ろうとする少女の背を追いかけた。 「なあ、あんた! えーと、こーきのおじょーさま!」 少女はちらと振り返る。くるくる巻き毛のロングヘアに、上質な布地の衣服。なるほど、お嬢様と言われるだけはある。 「何?」 「なあ、オレと決闘しようぜ!」 「却下」 言下に斬り捨て、さっさと立ち去ろうとする少女。その背中を、ヴァンはひたすら追いかける。 「なーあー。頼むよー。お前強いんだろー」 「そうよ、私は強いの。あなたよりもね。だから雑魚と無駄に決闘して無駄に時間と労力を取られたくはないわけ、おわかり?」 「いいじゃんかー。オレ、強いやつと戦いたいんだよー」 「そう。ならプロ決闘者にレッスンでも頼んだらいいのではなくて? 暇を持て余した弱小決闘者なら、喜んであなたの相手をしてくれるでしょうね」 「たーのーむーよー」 「……あなた。私の話を聞いている?」 「いいじゃんかー」 「聞きなさい!」 ヴァンが伸ばした手を払う。いつの間にか、奨励会館を出て、表の通りまで歩いてきていた。 「私は光輝の娘よ。あなたもそう呼んだのだからわかっているでしょう?」 「おう、聞いたよ。強いんだろ? だからやろうぜ」 「そうね、私はアマチュア最強よ。そして、あなたは格上の私と戦えば得るものもあるかもしれないわ。けれど、私は? あなたたち雑魚と関わっているだけ時間の無駄なの」 「……? じゃあなんで奨励会に来てるんだよ」 「プロになるために決まっているでしょう。一般枠からプロ試験を受けたら、それこそ時間の無駄だもの」 「そうなのか?」 「当たり前でしょう。プロ試験に一般枠で参加なんてことになったら、1ヵ月以上も時間を取られることになるのよ?」 「でも奨励会なんか毎週だろ。1ヵ月くらいなら我慢した方が早いんじゃねえの?」 「……ッ!」 「だから、なんか理由があるんじゃねえの?」 「あな、たは……!!」 少女の全身から怒りが発せられる。それが爆発する寸前、 「あ、ヴァン! いた!」 「ヴァン! 何をしているの」 ゼルとシルビナだった。会館から飛び出してきた二人がヴァンに追いつく。 「ってアリスお嬢様!? お前、まさかアリスお嬢様に勝負仕掛けたの!?」 「ヴァン……。あなたのその決闘癖、なんとかならないの?」 「えー? だって強いんだろ、こいつ? だったら勝負してみてえじゃん」 あっけらかんと言うヴァンに、ゼルとシルビナも反論できない。 「あなたたち、この男の連れ? まったく、狂犬のような男ね。ちゃんと鎖を繋いでおきなさいな」 「俺もそうしたほうがいい気がしてきたぜ……」 「もっともだけど、そうもいかないわ。それと、アリス。ヴァンに目をつけられたら、決闘するまで離れないわよ」 「……」 少女――アリスはヴァンをにらむが、ヴァン自身はまったくこたえた気配がない。 「……いいわ。なら、すぐに終わらせてあげる。そこの公園でいいでしょう?」 「おう!」 にかっと太陽のように笑うヴァンに対し、アリスはひたすら不機嫌そうではあった。 アストラルサイドに移行する。 決闘フィールドには剣装備のヴァン。その対面には、軍服姿の少女が立っている。 「改めて、ヴァン・レクサスだ」 「アリス・ラフィーネ・ヴァイスラント。胸に刻んでおきなさい」 名乗るヴァンに対し、アリスも名乗りをあげる。ヴァンはアリスの外見をつぶさに観察した。 体は軍服のような服だけで、鎧は顕現していない。手には一丁のハンドガン。それ以外に武器らしい武器はない。自分と似ている、シンプルなスタイルにも見えるが――。 フィールドの外でシルビナたちが見守る中、ヴァンは剣を揺らす。 「じゃあ、始めようぜ」 「ええ、速攻で終わらせてあげるわ」 試合開始。 開始直後、アリスは銃口を振り上げた。魔力弾が無数に発射される。 「いよッ!」 速攻の弾雨。ヴァンはその隙間を正確に見極め、かわす。 まだヴァンとアリスの間には距離が開いている。この距離ならば、かすかに銃口の向きが変わるだけで、着弾点も大きくズレる。その隙間に体を通しながら、ヴァンは遠く銃口の向きを見極める。 「ちょこまかと!」 連射速度が増した。密度の増した弾雨の中でも、しかし隙間は必ずある。次に自分の体を滑り込ませる場所さえも把握しながら、的確に、適切に足を運ぶ。 いくらかヴァンがかわし続けたところで、弾雨がやんだ。仕掛けることもできたが、ヴァンは足を止めていた。 「……防御も何もしていないからただのバカかと思ったけれど。あなたも一応は奨励会員ということなのね」 「へへん。そんな弾幕じゃ、いくら撃ったって当たりゃしねえよ」 「そうみたいね。だから、本気でやってあげるわ」 アリスの持つ銃、その銃口が空に向かう。 「……?」 空中に向かって発砲。その意味を、ヴァンは遅れて知ることになる。 「ッ!?」 空中から降り注ぐ魔力弾の雨。 視線を下ろせば、すでに銃口は自分に向いている! 「流星群の中での弾幕。かわしきれるかしら!!」 気づいた時にはスタートを切っていた。 前に、前に! ヴァンが立っていた周囲を弾雨が削る。間一髪で空からの攻撃をかわしたヴァンは、正面からの弾幕をかわしながら、距離を詰めていく。 距離を詰めるほどかわすのは難しくなる。だが、剣一本しか武器のないヴァンにとっては、近づかなければ話にならない。 大胆に、けれど精密に。相手の動きを見極め、その間隙を縫い、敵のもとへ! 弾幕の中に見えた小さな隙。地面すれすれのところを、ヴァンは蛇が這うように突っ込む。距離ゼロ。 「ふッ!」 間合いに捉えたヴァンは、剣を振るう。そのきっさきが届く寸前、 「遅いわ」 もうひとつの銃口がヴァンを捉えていた。 「ッ!!」 瞬間、かろうじて剣を引き戻した。 剣身を通して衝撃が伝わる。ヴァンは歯を食いしばるが、体は堪えきれず弾かれた。 「っぅ……」 至近距離からの弾幕。全てをかわすことなど到底できず、手足に弾丸が撃ち込まれていた。 弾丸といえど、貫通するわけではない。むしろ拳で殴られたような痛みだけがある。格闘家に思い切りサンドバッグにされたようなものだ。頭の芯に痛みが響く。 「どう? これが私と野良犬の違いよ。おわかり?」 両手に銃を携えたアリスは、ヴァンを見て薄く笑う。 「今のはギリギリまで武器をひとつしか顕現せず、誘い込んでからもう一丁の銃を顕現したのよ。普通の決闘者ならこれほどの瞬間で武器を顕現するなんてできない。イメージしてから顕現するまでの速度の問題ね。けれど、私にはそれができる」 「ああ、すっげーな」 ヴァンは口元にたれる血をぬぐい、笑う。その笑顔に、アリスは眉をひそめる。 「まだわからないの? あなたでは私に敵わない。痛い思いをするだけよ。死にたくなければ降参しなさい」 「するわけねえだろ。まだ負けてねえのに」 「……しつこいわね。どうして諦めないわけ?」 「強くなりてえからだ」 ヴァンの答えに、アリスは目を丸くした。 「強く……?」 「そうさ。オレは誰よりも強くなる。みんなの憧れになるくらいな! それがオレの目標だ」 「あこがれ……」 その言葉は。 アリスの胸に、強く強く響いた。 「あんたの、望むものなんて」 ギリリと歯を鳴らし、怒りが全身を震わせる。 「あんたの望むものなんて! 手にしたところで何にもならない!!」 激昂するアリス。その姿に、ヴァンはむしろ笑みを浮かべた。 |