両手の銃口がヴァンに向かう。
 先刻の倍以上の弾雨。体を通す隙間もないような中を、ヴァンは剣を振るって強引に割って入る。
 弾丸そのものは無数、弾速もそれぞれ微妙に違っている。かわせない攻撃、ならば。
「ふッ!」
 足の裏に魔力を集中させたヴァンは大きく飛び跳ねた。もちろん、その後をアリスの弾雨が追いかけてくる。だが、ヴァンは恐れなかった。
 空中で方向転換、そのまま、足を先頭に突撃する!
「ッ!?」
 速力強化のために足を覆っている魔力は、言い換えれば強固なブーツを履いているようなもの。一撃で致命傷を負わせるような威力を持たない弾雨は、足先で弾かれていく。
 渾身のドロップキック。アリスは舌打ち交じりに、空へと弾丸を放つ。上空からの流星群がヴァンを狙うが、弾速よりもヴァンの方が早い!
「あッ!?」
 片手の銃をみごと足で踏み抜き、そのまま踏み砕く。空いた片側に向かって、そのまま回転しながらの斬撃。
「ッ!!」
 かろうじて左手の銃でガードしたアリスだったが、剣と銃では堪え切れない。左手の銃も弾かれ、空手になったアリスに、ヴァンは全力で斬りかかる。
「っせない!!」
「ッ!?」
 衝撃に、思わずヴァンは飛びのいた。痛みが全身に走る。
「ってぇ、なんだそれ……。まさか、全身爆発させたのか」
「そう、よ。近距離における緊急避難。そんな技も知らないの?」
 肩で息をするアリスは、再び両手に銃を顕現させる。
 と、アリスの動きが止まる。ふう、と息を吐き、昏い眼差しがヴァンを捉える。
「……私は光輝の娘よ」
「おう?」
「光輝とは最強の証。私は、誰よりも強いの。負けるはずが……、ない!!」
 手に握るハンドガンが姿を変える。
 銃口が大きく太く、銃身も長く伸びる。
「あんたなんかに!! 負けるはずがない!!」
 アリスの瞳に燃える怒りの炎が、そのまま銃口に集っているかのような錯覚。
「バースト!!」
 残る全魔力を一撃に注ぎ、ヴァンを見据えてくる。
「……」
 当たるどころか、かすっただけで致命傷となるだろう。
 それを感じた瞬間、ヴァンの思考は冷えて行った。冷静に、冷静に。
 ただ、相手の瞳だけを見返し。
「ッ!!」
 放たれた特大の弾丸は、もはや巨大な壁だった。かわしようもない。
 正面から迫る絶体絶命の死。対するヴァンは、笑顔だった。
「面白ぇ」
 ヴァンはぽつりとつぶやき、自らもまた、弾丸のように飛び出す。
 切っ先に魔力を。できることは、ただそれだけ。
「ッゥ!!」
 魔力と魔力が激突する。空気がねじ曲がり、ギギギ、と耳障りな音が響く。
「ッァァァァアアアア!!」
 全身の力をたわめ、一気に突き抜く!
 弾丸に空いたかすかなスペース。そこに、体をねじ込んだ。開けた先には、アリスの姿だけがあった。
「ふッ!」
 チャージショットは発砲までかすかな間が開く。
 その間隙は、ヴァンがアリスを貫くのに十分すぎる時間だった。

◇ ◇ ◇


 試合を終え、現世の公園に戻ったヴァンは、ぐるりと肩を回した。
「っし、オレの勝ち。てかお前、面白ぇな。最後のでっかい弾丸、タイミング間違えたら絶対に消し飛んだぜ、オレ」
「……」
 戦いを楽しんだヴァンはご機嫌だったが、対するアリスは、ぺたんと腰を落としたままだった。うつろな瞳は、何も映していない。
「……? アリス? どうした?」
 近寄るヴァンに、アリスの瞳にようよう光が戻る。
「触らないで……」
「なんだよ、ぼーっとしちゃって。あ、気力を使い果たしちまったか?」
「うるさい!! 負けたのよ、私は!!」
「お、おう?」
 意味がわからず腰が引けるヴァンに、アリスは吼える。
「負けたのよ、私は……! 負けたら、私に価値なんてない……」
 顔を伏せるアリスに、ヴァンは首をかしげる。
「なんだよ、いっぺん負けたくらいで。そんな気にすんなって。そういうこともあんだろ」
「駄目なのよ。私は光輝の娘。光輝とは、最強の称号よ。光輝たる者……、負けてはいけないの」
「こーきこーきって。お前はアリスだろ」
「バカね。称号の意味もわからないの?」
「いや、お前の親父さんの呼び名なんだろ? そりゃそれでいいけどさ、それはそれじゃんか。お前は負けたらアリスじゃなくなるのか?」
「……ッ」
 言葉の出ないアリスに、ヴァンは続ける。
「そりゃいっぺん負けたけどさ。だからってお前が弱くなったわけじゃねえし、お前がアリスでなくなるわけでもないじゃんか。そんなに気にすんなよ。オレも、次やったら勝てるとは言えねえし」
「……あなたも、最強を目指しているのでしょう? なら、知るべきよ。頂点とは無敗だからこそ輝いているの。土のついた太陽など誰も見向きもしない」
「そんなことねえだろ。負けたってそいつの強さがなくなるわけじゃない。手にした強さは裏切らない。そんなん、見ればすぐわかんだろ」
「強さは……、裏切らない」
 絶句するアリス。その隣に、シルビナがしゃがむ。
「無駄よ。彼は信じる一本の芯がある。強くなると、ただそれだけのために故郷を出た。何も知らぬまま都市に来て、今日明日の食事さえ考えず、ただ決闘だけを求めている。あれほど純粋な彼に、肩書なんて通じないわ」
「……」
 うなだれるアリスは、ぽつぽつと口を開く。
「お父様が、名人位になって。私も、アマの大会で優勝して。みんな、私を褒め称えたわ。羨望の目をたくさん向けられた。でも……、負けたら、それが、なくなるって。敗者は中傷されるのよ。踏みにじられる。それが、ただ、怖くて……」
「彼はそんなことしないわ」
「信じられないわ。あなたたちもよ。なんで他人が強くなるために力を貸せるの? 強くなった他人は、あなたの壁になるだけなのよ?」
 俗に決闘者のジレンマと呼ばれる。
 決闘をしなければ強くなれない。だが、決闘を重ねるほど、自分はもちろん強くなるが、相手も同じだけ経験値を積んでしまう。
 決闘界は広くない。練習相手は近い未来の壁となり、己を追い込む。
 ゆえに、決闘者は同門以外の者と交流を持たない。仲良くしている相手は、明日の敵なのだ。
「……壁、ね」
 けれど、ヴァン・レクサスにとって。
 それは、何の障害にもならない。
「いいじゃんか。相手が強くなりゃ、そんだけ自分も強くなれるぞ」
 心の底から言い放つ。
 アリスの目から、雫が垂れた。
「バカね、あなた」
「あ? いや、まあ、確かにオレはバカだけどさ」
 目元をぬぐい、アリスは立ち上がった。
「私は私、か」
「おう? そうだな?」
「……ヴァン・レクサスね。覚えておくわ。もういいでしょう?」
 服についた埃を払うと、アリスは長い髪をひるがえして歩いていく。垣間見えた笑顔に、ゼルは嘆息した。
「なんつーか、あの光輝のお嬢様にも、悩みとかあったんだな」
「当たり前でしょう。誰だって悩みのひとつやふたつ、あるものだわ」
「いや、ヴァンにはねえな」
「あ? な、なんだよ」
「……そうね。そうかもしれない」
「おい、シルビナまで!」
 ははは、と笑い声が公園に流れる。
 いつの間にか、日が暮れようとしてた。