「アリスが負けた!?」
「ええ、そうよ」
 ヴァイスラント邸。
 トップ決闘者の屋敷は、その威光を誇るかのように立派だ。その客間、窓際に置かれたテーブルをはさみ、ライゼル・アズールとアリス・ヴァイスラントがお茶を飲んでいた。
「昨日、帰りに野良試合で」
「野良試合……」
「言っておくけれど、私は非公式戦だからといって手を抜いたつもりはないわ。全力で戦って、及ばなかった」
「及ばない、って。お前が?」
「そうね……。たぶん、何度も戦えば、勝ちもするし負けもすると思う。けど、心意気は別よ。私の心は、あいつには勝てなかった」
 そう言って、アリスは紅茶を口に含む。甘酸っぱい香りが満ちる。
「あいつは決闘に対して真摯に向き合っている。伸びるわよ。あなたもうかうかしていられないわね」
「僕は……」
「今年が勝負でしょう?」
 アリスの言葉に、ライゼルは反論できない。
「……別に、あなたを追い詰めるつもりはないわ。あなたの夢、知らないわけじゃない。でも、夢には期限があるわ」
「わかっているさ」
 小さく頷くライゼル。
 その真剣な眼差しに、アリスはなんと声をかけるべきか、わからなかった。

◇ ◇ ◇


 翌週末、アストラルサイド。
 再び指導プロはカンナ・ヴィオレッテだった。今日は実戦の前に、カンナの講義が入る。
「さて、そろそろプロ試験が近づいてきましたね。ランキング戦ですが、途中参加のヴァンを除いてかなり固まってきています。上位の二人は、アリス・ヴァイスラントさんとライゼル・アズールさん。ただし、今後の結果次第では揺るぐこともありえますので、気を抜かないように」
 それと、とカンナは続ける。
「先週まではその日の面々次第で対戦相手を決定していましたが、そろそろ終盤ですので、リーグ戦の相手はあらかじめ決定します。これが今日と明日の対戦表です」
 地面から見慣れた石板がせり出してくる。ヴァンだけは試合数が多いが、これは途中参加により試合数が稼げていないための処置だ。
 ヴァンにとって、対戦相手の名前は見てもわからない。奨励会員たちの顔と名前も、まだ一致しきっていない。名前をただ流し見ていると、
「お、ライゼル」
 覚えのある名前を見つけた。ライゼル・アズール。対戦日は明日、朝一番。
「やあ、ヴァン君」
「あ、ライゼル」
 爽やかな青年の顔を見て、ヴァンも相好を崩す。
 ライゼルの装備は杖にゆったりとした貫頭衣。さながら神官のような格好だ。
「変わった装備だな、それ」
「そうかい? 一応、古典的というか、昔からあるスタイルだよ」
「へえ、そうなのか」
「それより、明日、対戦だね」
「ああ。負けねえぜ!」
「……ああ。僕も負けられない。お手柔らかに頼むよ」
 ぽん、とヴァンの肩を叩き、ライゼルは去って行った。
「おい、ヴァン」
「ん? ああ、ゼルか」
 振り返れば、今度はゼル・ロッシェがいつもの武道家装備で立っている。
「お前、先輩となんか話したのか?」
「ああ、明日、対戦だなーって」
「……そっか」
 なにやら浮かない顔のゼルに、ヴァンは首をかしげる。
「なんかあるのか?」
「いや……。先輩は、なんていうか、あぶねえから」
「危ない?」
「そうさ。お前もプロ試験とかプロ制度はわかるよな?」
「えー、と、なんとなく」
 嘆息し、ゼルは続ける。
「プロ決闘者ってのは、決闘連盟が発行するプロ資格を得た人のこと。公式手合に出る権利が得られるわけだな。で、そのプロになるために必要なのがプロ試験。年に1回、1ヵ月くらいかけて戦って、成績上位3人がプロになる」
「要するに勝てばいいんだろ?」
「そうだけど、それだけじゃない。プロ試験には予選リーグと決勝リーグってのがあって、普通に参加すると、予選を勝ち抜かなきゃいけない。けど、奨励会員には特別枠があって、成績上位2名は予選をすっ飛ばして決勝リーグから始められるんだよ。予選リーグで1ヵ月も勝ち続けるより、はるかにプロになれる可能性が高くなる」
「そりゃお得だな」
「そうさ、だから誰だって奨励会枠は取りたい。だけど、そのためには成績上位になんなきゃいけねえ。先輩は今のところ枠を取ってるけど……、もしお前に負けたら、順位が変動する恐れがある」
「枠が取れなくなる、ってことか?」
「そういうことだ。それとな、プロ試験には受験できる年齢に上限があるんだ。26歳。で、先輩も今年で26になる」
「……じゃあ、今年プロになれなかったら、もうプロにはなれねえってことか」
「そういうことだ。だから、先輩はなんとしても奨励会枠が欲しいんだよ。枠を取ったからってプロになれるわけじゃねえが、予選を勝ち抜くよりは遥かに可能性が高い」
「そういうことか……」
 頷くヴァンに、ゼルは続ける。
「別に、お前に手心を加えろって言ってるんじゃねえさ。けど、先輩が危ない状況だってのは、奨励会員ならみんな知っている。知ってはいるが、みんなだって枠は欲しい……。そういう、ピリピリした状況なんだ。変なこと言って、かき乱すんじゃねえぞ」
「ああ、わかったよ」
「本当にわかってんのかよ……」
「……わかってるって」
 小さく答えたヴァンは、くるりと肩を回した。

◇ ◇ ◇


 夕刻、手合の予定を全て消化した後は、指導プロの総括があっておしまいとなる。
 めいめい散っていく中で、ヴァンはカンナに呼ばれた。
「そういえば、あなたの歓迎会をまだしていませんでしたね」
「歓迎会?」
「ええ。奨励会は互いにライバル。とはいえ、決闘という同じものを好きになった、同好の士でもあります。それに、決闘界は狭いですから。プロになれば、全員が顔見知りとなるでしょう。今の間にプライベートでも親睦を深めておくことは悪くありません」
「はあ、ま、カンナがそう言うなら」
「大丈夫ですよ、あなたにお金を出せとは言いませんから。シルビナ、ゼル。あなたたちも参加なさい」
「はい、わかりました」
「了解っす」
 頷く門下生たちに、カンナは満足そうに頷く。そして、残っていた奨励会の面々にも声をかけた。
「一緒に行きませんか?」
「はいはーい、あたし行くー」
 元気に手をあげたのはツインテールのフリフリした可愛らしい少女。プリム・ローゼンだ。
「お前は本当に門下とか気にしねえな。いいのか?」
「いいじゃん? だいたい、カンナ先生だって門下以外に声かけてるじゃない」
「うちの師匠は変わり者なんだよ」
「決闘者なんかみんな変わり者でしょ」
 プリムの言うことはもっともなので、ゼルも何も言えない。
 カンナはにこにこと笑いながら顔を上げ、
「アリス・ヴァイスラントさん。あなたも参加しませんか」
 と、まだ残っていた光輝のお嬢様に声をかけた。アリスはびくりと肩を震わせ、
「な、なんで私が」
「慣れ合いもまた、決闘者には必要ですよ」
「……。ヴァン・レクサスの歓迎会、なのよね?」
「ええ、その通りです」
「じゃあ、仕方ないから参加してあげるわ。借りもあるもの」
「あ? オレ、なんか貸したっけ?」
「い、いいのよ! 追求しなくて!」
 顔を赤くするアリスに、ヴァンは首をかしげるばかり。
 アリスは顔を赤くしたままきょろきょろと見渡し、
「あ、ライゼル! あなたは?」
 通りかかった兄弟子に声をかけた。ライゼルは笑っているような泣いているような、なんとも苦慮する表情となる。
「僕もかい?」
「お願い、ライゼル」
「お、お願い!?」
「……何よ、そんなに驚かなくても」
「いや、驚くけど……。わかった、妹弟子の頼みとあれば仕方ないね」
 室にはすでに他の決闘者はいなかった。では、とカンナも立ち上がる。
「では、この7人で行きましょうか」
 にこりと笑い、頷いた。