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「アリスが負けた!?」 「ええ、そうよ」 ヴァイスラント邸。 トップ決闘者の屋敷は、その威光を誇るかのように立派だ。その客間、窓際に置かれたテーブルをはさみ、ライゼル・アズールとアリス・ヴァイスラントがお茶を飲んでいた。 「昨日、帰りに野良試合で」 「野良試合……」 「言っておくけれど、私は非公式戦だからといって手を抜いたつもりはないわ。全力で戦って、及ばなかった」 「及ばない、って。お前が?」 「そうね……。たぶん、何度も戦えば、勝ちもするし負けもすると思う。けど、心意気は別よ。私の心は、あいつには勝てなかった」 そう言って、アリスは紅茶を口に含む。甘酸っぱい香りが満ちる。 「あいつは決闘に対して真摯に向き合っている。伸びるわよ。あなたもうかうかしていられないわね」 「僕は……」 「今年が勝負でしょう?」 アリスの言葉に、ライゼルは反論できない。 「……別に、あなたを追い詰めるつもりはないわ。あなたの夢、知らないわけじゃない。でも、夢には期限があるわ」 「わかっているさ」 小さく頷くライゼル。 その真剣な眼差しに、アリスはなんと声をかけるべきか、わからなかった。 翌週末、アストラルサイド。 再び指導プロはカンナ・ヴィオレッテだった。今日は実戦の前に、カンナの講義が入る。 「さて、そろそろプロ試験が近づいてきましたね。ランキング戦ですが、途中参加のヴァンを除いてかなり固まってきています。上位の二人は、アリス・ヴァイスラントさんとライゼル・アズールさん。ただし、今後の結果次第では揺るぐこともありえますので、気を抜かないように」 それと、とカンナは続ける。 「先週まではその日の面々次第で対戦相手を決定していましたが、そろそろ終盤ですので、リーグ戦の相手はあらかじめ決定します。これが今日と明日の対戦表です」 地面から見慣れた石板がせり出してくる。ヴァンだけは試合数が多いが、これは途中参加により試合数が稼げていないための処置だ。 ヴァンにとって、対戦相手の名前は見てもわからない。奨励会員たちの顔と名前も、まだ一致しきっていない。名前をただ流し見ていると、 「お、ライゼル」 覚えのある名前を見つけた。ライゼル・アズール。対戦日は明日、朝一番。 「やあ、ヴァン君」 「あ、ライゼル」 爽やかな青年の顔を見て、ヴァンも相好を崩す。 ライゼルの装備は杖にゆったりとした貫頭衣。さながら神官のような格好だ。 「変わった装備だな、それ」 「そうかい? 一応、古典的というか、昔からあるスタイルだよ」 「へえ、そうなのか」 「それより、明日、対戦だね」 「ああ。負けねえぜ!」 「……ああ。僕も負けられない。お手柔らかに頼むよ」 ぽん、とヴァンの肩を叩き、ライゼルは去って行った。 「おい、ヴァン」 「ん? ああ、ゼルか」 振り返れば、今度はゼル・ロッシェがいつもの武道家装備で立っている。 「お前、先輩となんか話したのか?」 「ああ、明日、対戦だなーって」 「……そっか」 なにやら浮かない顔のゼルに、ヴァンは首をかしげる。 「なんかあるのか?」 「いや……。先輩は、なんていうか、あぶねえから」 「危ない?」 「そうさ。お前もプロ試験とかプロ制度はわかるよな?」 「えー、と、なんとなく」 嘆息し、ゼルは続ける。 「プロ決闘者ってのは、決闘連盟が発行するプロ資格を得た人のこと。公式手合に出る権利が得られるわけだな。で、そのプロになるために必要なのがプロ試験。年に1回、1ヵ月くらいかけて戦って、成績上位3人がプロになる」 「要するに勝てばいいんだろ?」 「そうだけど、それだけじゃない。プロ試験には予選リーグと決勝リーグってのがあって、普通に参加すると、予選を勝ち抜かなきゃいけない。けど、奨励会員には特別枠があって、成績上位2名は予選をすっ飛ばして決勝リーグから始められるんだよ。予選リーグで1ヵ月も勝ち続けるより、はるかにプロになれる可能性が高くなる」 「そりゃお得だな」 「そうさ、だから誰だって奨励会枠は取りたい。だけど、そのためには成績上位になんなきゃいけねえ。先輩は今のところ枠を取ってるけど……、もしお前に負けたら、順位が変動する恐れがある」 「枠が取れなくなる、ってことか?」 「そういうことだ。それとな、プロ試験には受験できる年齢に上限があるんだ。26歳。で、先輩も今年で26になる」 「……じゃあ、今年プロになれなかったら、もうプロにはなれねえってことか」 「そういうことだ。だから、先輩はなんとしても奨励会枠が欲しいんだよ。枠を取ったからってプロになれるわけじゃねえが、予選を勝ち抜くよりは遥かに可能性が高い」 「そういうことか……」 頷くヴァンに、ゼルは続ける。 「別に、お前に手心を加えろって言ってるんじゃねえさ。けど、先輩が危ない状況だってのは、奨励会員ならみんな知っている。知ってはいるが、みんなだって枠は欲しい……。そういう、ピリピリした状況なんだ。変なこと言って、かき乱すんじゃねえぞ」 「ああ、わかったよ」 「本当にわかってんのかよ……」 「……わかってるって」 小さく答えたヴァンは、くるりと肩を回した。 夕刻、手合の予定を全て消化した後は、指導プロの総括があっておしまいとなる。 めいめい散っていく中で、ヴァンはカンナに呼ばれた。 「そういえば、あなたの歓迎会をまだしていませんでしたね」 「歓迎会?」 「ええ。奨励会は互いにライバル。とはいえ、決闘という同じものを好きになった、同好の士でもあります。それに、決闘界は狭いですから。プロになれば、全員が顔見知りとなるでしょう。今の間にプライベートでも親睦を深めておくことは悪くありません」 「はあ、ま、カンナがそう言うなら」 「大丈夫ですよ、あなたにお金を出せとは言いませんから。シルビナ、ゼル。あなたたちも参加なさい」 「はい、わかりました」 「了解っす」 頷く門下生たちに、カンナは満足そうに頷く。そして、残っていた奨励会の面々にも声をかけた。 「一緒に行きませんか?」 「はいはーい、あたし行くー」 元気に手をあげたのはツインテールのフリフリした可愛らしい少女。プリム・ローゼンだ。 「お前は本当に門下とか気にしねえな。いいのか?」 「いいじゃん? だいたい、カンナ先生だって門下以外に声かけてるじゃない」 「うちの師匠は変わり者なんだよ」 「決闘者なんかみんな変わり者でしょ」 プリムの言うことはもっともなので、ゼルも何も言えない。 カンナはにこにこと笑いながら顔を上げ、 「アリス・ヴァイスラントさん。あなたも参加しませんか」 と、まだ残っていた光輝のお嬢様に声をかけた。アリスはびくりと肩を震わせ、 「な、なんで私が」 「慣れ合いもまた、決闘者には必要ですよ」 「……。ヴァン・レクサスの歓迎会、なのよね?」 「ええ、その通りです」 「じゃあ、仕方ないから参加してあげるわ。借りもあるもの」 「あ? オレ、なんか貸したっけ?」 「い、いいのよ! 追求しなくて!」 顔を赤くするアリスに、ヴァンは首をかしげるばかり。 アリスは顔を赤くしたままきょろきょろと見渡し、 「あ、ライゼル! あなたは?」 通りかかった兄弟子に声をかけた。ライゼルは笑っているような泣いているような、なんとも苦慮する表情となる。 「僕もかい?」 「お願い、ライゼル」 「お、お願い!?」 「……何よ、そんなに驚かなくても」 「いや、驚くけど……。わかった、妹弟子の頼みとあれば仕方ないね」 室にはすでに他の決闘者はいなかった。では、とカンナも立ち上がる。 「では、この7人で行きましょうか」 にこりと笑い、頷いた。 |