ヴァン・レクサスの新居は、奨励会館からほど近い住宅街にあった。
 プロ決闘者となった少年・ヴァン。プロである以上、プロ未満の少年少女が出入りする奨励会に出向く用事というのは、実はそれほどない。
 それでも奨励会館の近くにしたのは、単に田舎出身のヴァンが土地勘のある数少ない場所というだけ。もちろん、ここならば、知り合いも近くに住んでいるので、頼れる相手が多いという意味でも、損はない。
 木造の集合住宅。扉を開けば狭い部屋がひとつ、奥にふたつ。それだけしかない部屋ではあったが、決闘だけあれば問題のないヴァン・レクサスにとっては、屋根があるだけで極上だ。
 そんな部屋に、黒髪の少年ヴァン・レクサスは寝転んでいた。
「……シルビナ、決闘しようぜ」
「もういい加減、疲れたわ」
 かたわらに座り、嘆息したのはシルビナ・ノワール。ショートヘアに男性のような服装のせいで勘違いされることもあるが、れっきとした女性だ。
 シルビナは寝転んだヴァンの頬に手を触れると、
「朝からずっとよ? 私の精神力が持たない」
「えー」
「本当に、あなたは底なしなんだから。少しは私の体も考えて」
「むう」
 うなったヴァンは、ふと顔を上げた。
 共用廊下を駆ける足音。と、自室の扉がバンバン、と叩かれる。
「……? おう、開いてるぞ」
 体を起こしたヴァンの前で、扉が勢いよく開かれる。
「いた! ヴァン!」
「げっ、エクレア!?」
 飛び込んできたのは、雷のごとき金髪を流した一人の少女。エクレア・フレイガン。ヴァンの幼馴染であり、色々と直情的なところが問題になりがちな、アマチュア決闘者だ。
 ヴァンに飛びついたエクレアは、勢いそのままごろごろと床を転がり、壁に激突して止まる。
「ってぇ……。なんだよ、いきなり」
 小さなこぶができた頭を押さえながら、ヴァンはエクレアをにらむ。原因となった少女は後悔することもなく、
「ヴァン! あたしの師匠になって!」
「……は?」
 眉を寄せるヴァンに対し、エクレアは抱きついたまま続ける。
「だから師匠! ほら、あたし、奨励会に入りたいんだけど……、奨励会って師匠がいないと駄目でしょ? だから師匠!」
 同じことを繰り返したエクレアに、さしものヴァン・レクサスも頭を抱える。
「そりゃ、確かにオレも新米とはいえプロになったけど……、でも、弟子を取るなんてできねえっての。わかんねぇことだらけなんだから。それより、ちゃんとしたプロを探せよ」
「やだ。なんで自分より弱い人の弟子にならなきゃいけないの?」
「プロならお前よか強いだろ」
「あたしより強い人なんてヴァンしかいないもん」
「じゃあおっさんに頼め」
「ゴドウィンはアマチュアでしょ!」
 エクレア・フレイガンという少女は、やると決めたら絶対に引かない意志の強さがある。
 そんな少女をどう説得するか悩んでいると、
「エクレア」
 べりっと引きはがされた。エクレアの首筋を猫のようにつかんでいるのは、シルビナだった。
「あらシルビナ。いたの?」
「私の部屋でもあるもの。それより、あなたがヴァンの門下に、ですって? 駄目。却下。許可しない」
「なんであんたの許可なんか得なきゃいけないわけ?」
「ヴァンは私の同居人よ」
「つまり赤の他人よね」
「なんですって?」
「何かしら〜」
 バチバチと火花が散る二人。そんな二人を見ておろおろとするヴァンは、
「お、おい。喧嘩はよくねえぞ?」
「ヴァンは黙ってなさい!」
「ヴァンは黙ってて!!」
「……はい」
 二人に叱られ、しゅんと肩を落とす。
「だいたい、あなたは前から気に入らないのよ。少しばかり昔から付き合いがあるからって、ヴァンの恋人面して」
「ヴァンはあたしの運命の人なの、当然でしょ?」
「あなたが勝手に運命を感じているだけでしょう。あなたより強い人はごまんといるわ」
「あたしに負けたくせにそんなこと言うんだ?」
「一勝一敗よ!」
「じゃあ決着つけようじゃないの!」
「上等だわ!」
 主の感情が高ぶるにつれ、妖精たちも顔を出す。猫と蛇、互いに顔を見合わせ、人間くさく嘆息。
「転移!!」
 主の言葉に応じ、妖精たちも共に、姿を消す。
 残されたヴァンは、
「……もう決闘できねえんじゃねえの?」
 ぼそっと、そんなことを呟いた。

◇ ◇ ◇


「くそ〜……、あの冷血女」
 とぼとぼと道を行くエクレア・フレイガン。結局10回以上は決闘し、戦績は五分五分だった。というか、終盤は互いに意地を張り合っていただけなので、決闘というよりは殺し合いに近かったが。
 大通りには人の姿も多いが、エクレアにとって、有象無象など意味を持たない。自分を楽しませてくれる相手だけが他人であり、それ以外は路傍の石となんら変わらないものだ。
 だから、そこに顔見知りがいることにも、すぐには気付かなかった。
「あら、エクレア」
「?」
 名前を呼ばれ、顔を上げる。目の前にいたのは、くせっ毛が特徴的な少女。
「誰?」
「誰って……、覚えていないの!? 私よ、アリス・ヴァイスラント!」
「アリス……? ああ、ヴァンと一緒にいた奨励会の」
「もうプロよ!」
 ぷんすか怒っている少女の名はアリス・ラフィーネ・ヴァイスラント。
 元奨励会トップであり、ヴァンと同じくしてプロ試験に合格した、れっきとした新米プロ決闘者だ。
「まったく、人の名前も覆えていないなんて、失礼極まりないわ」
「はいはいごめんなさいね〜。……ヴァイスラント?」
 そのセカンドネームに覚えがあったエクレアは、
「もしかして、ガリア・ヴァイスラントの娘?」
「お父様は知っているの? まあ、当然かしらね。そうよ、ガリア名人といえば、私の父よ」
 ガリア・ヴァイスラントは、決闘界で最も権威のある名人位というタイトルを保持している、現役プロ決闘者だ。
「うん、名人ならいいかも。ねえ、あなたの父親、紹介して」
「お父様を? どうして?」
「あたし、奨励会に入りたいんだけどね。奨励会に入るには誰かの門下生にならなきゃいけないでしょ? で、師匠になるプロを探しているの。とは言っても、自分より弱い奴の門下になんか絶対になりたくない。その点、名人なら、まあ悪くはないかなって」
「悪くはない、ですって?」
 カチンときたアリスは、エクレアをにらむ。
「冗談じゃないわ、なんであなたみたいのを」
「いいじゃない。大丈夫よ、レッスンなんて必要ないから。単に名前だけあればいいの」
「なら有象無象のプロ決闘者でいいでしょう。なんなら紹介してあげるわよ?」
「嫌よ。名前だけでも、自分より弱い奴の下なんて絶対に入らない」
「……じゃあ、あなたの強さ、あたしに示してみなさいよ」
 じろりとエクレアをにらんだアリスは、
「決闘よ。あたしに勝ったら、お父様を紹介してあげるわ」
「……上等ッ」
 獣のごとき笑みを浮かべたエクレアは、ぐっと拳を握りしめた。