異空間アストラル
 どこまでも広がる荒野に、二人の少女が立っている。
 一人は露出の多い服に手甲やナイフを装備した少女・エクレア。
 対するは、軍服に黒い銃を手にした少女・アリス。
「やってやるわ」
「遊んであげるわ」
 にらみ合い、そして――。
 開戦!
「ふッ」
 膝を曲げ、突っ込もうとしたエクレアは、視界の中で地に手をつくアリスを見た。
「ジオコントロール!!」
「なッ!?」
 ジオコントロール。フィールドを自分の思い通りに作り替える大魔法。
 とはいえ、魔力消費に対して得られるメリットは少ない。そのため、使いこなすのは非常に難しい魔法だが――。
「これっ……!」
 周囲の空気が冷え、何もかもが凍てつく。
 空はにわかに曇り、ちらちらと白い雪が降り注ぐ。
 フィールド『氷原』。凍りついた大地は滑りやすく、踏ん張りが利かなくなる。当然、大地を駆け巡るのが身上のエクレアにとっては、致命的なフィールド。
「ッ……!」
「これじゃあ自慢の快速も使いこなせないでしょう!」
 銃口を向けたアリスは、容赦なく弾丸を吐き出した。
「くッ!」
 飛び跳ねたエクレアは銃弾を回避。だが、アリスはどんどん狙ってくる。
「そらッ!」
 迫り来る弾雨。エクレアは両手のナイフを握り直すと、
「せえいッ!!」
 それらを見切り、ナイフで叩き落としていく。
 弾丸ひとつひとつの威力はたいしたものではない。非力なエクレアでも十分に叩き落とせる。
 厄介なのは、あくまでフィールドだ。駆けにくい氷原では、持ち味のスピードが生かしきれない。
 一方で、ガンナースタイルのアリスは、ただ引き金を引き続けるだけだ。このままでは、こちらの集中が途切れ、やられてしまう!
「冗談じゃ……、ないわッ!!」
 気合で全ての弾丸を弾くと、間隙を使い、思い切り跳んだ。
 向かうは前方。方向転換が叶わないならば、ひと足で間合いを詰める!
「やるわね、それなら!」
 アリスの銃口が変化し、巨大な弾丸を生み出す。視界いっぱいの弾丸に、しかしエクレアはひるまない。
 片手のナイフを放り投げ、新たなナイフを作ると、弾丸目がけ投擲した。
 ナイフが弾丸に突き刺さり、
「ッ!」
 誘爆する。
 柄に爆薬を仕込んだ爆散ナイフ。投擲用の武器だ。
 爆風が吹き荒れる中をさらに加速。煙が晴れた眼前には、アリスの姿。
「捉えたッ!」
 振りかぶるナイフ。だが、相手もまた、ひるまない。
「やらせないッ!」
 一瞬にして顕現したナイフをもって、エクレアと激突する。
「あたしとナイフで勝負するつもり!?」
 ナイフの取り扱いならば、負けはしない!
 刹那の間に飛び散る火花。互いの刃が互いの命を狩ろうと迫り、自らの意志を持って死を遠ざける。
 ただ勝利のために!
「はッ!」
 スピードだけならば、エクレアは負けはしない。
 回転速度で勝ったエクレアのナイフ、その連撃がアリスの腕を弾き、勢いそのまま腕にナイフを突き刺す。
「ぐッ……!」
 苦痛の顔をゆがめるアリスに、エクレアの背筋をぞくぞくと快感が駆ける。
「そう、こなくっちゃ!」
 残るナイフを心臓に突き刺そうと振りかぶり、
「さっせるかぁ!!」
 アリスもまた、気合を発す。
 渾身の力で、突き刺さったナイフごとエクレアを引っ張る。
「ッ!?」
 体勢を無理やり崩されたエクレア。そこに、
「るあァ!!」
 遠慮会釈のない頭突き。目の前で火花が散り、くらりと震えたエクレアは、反射的に距離を置いていた。
 見れば、アリスもふらふらと揺れていた。それはそうだ、あんな風に頭を叩きつければ、ぶつけた方とて無事では済まない。
「はは……、あんたも狂ってるわね」
「あんたもたいがいね」
 額から血をにじませながら、笑うアリス。華麗さも何もあったものではない、泥臭い試合展開。
 だが、不思議だ。そんな決闘が、たまらなく楽しい!
「あんた、ぶち殺してやる!!」
「こっちこそ!!」
 笑う膝を叱咤し、跳びかかる。アリスも逃げはせず、迎撃の構え。
「でえい!!」
「ハァァ!!」
 互いにノーガード、どちらが早く相手の心臓を貫くかの勝負。
 スピードはエクレアが上、だが、顕現速度はアリスが上。
「ッ!!」
 エクレアのナイフが届く、その直前、アリスの握るナイフが剣へと変化する。
 剣が自分の胸を貫く感覚。不思議と温かい。
「やら、せないッ!!」
 負けじと腕を突き出す。意地だけで構えたナイフは、エクレアの性質をしめすがごとく、アリスの胸をまっすぐ突く。
 決着の鐘を遠くに聞きながら、エクレアの意識は急激に閉ざされていった。

◇ ◇ ◇


 気がつけば現世だった。
「どっちが勝った!?」
 がばりと起き上ったエクレアは、そのままふらりと揺れる。
「無茶したら貧血起こすわよ、あんた」
 公園の片隅。樹にもたれかかったアリスが、あきれた目でエクレアを見ている。
「それに、勝者はいないわ」
「……なによ、どういうこと?」
「ダブルノックアウト。引き分けよ」
「引き分けぇ!?」
 確かに、自分はアリスの剣に貫かれていた。その前にアリスを殺せていれば勝利していたが――死亡判定が同時だったのだろう。
 エクレアはごろんと転がった。空は青かった。
「あーあ、まったくもう。こんなのに引き分けなんて」
「こんなのって何よ。それに、あんたはスピードしかないんだから、スピードを殺されればおしまいでしょ。氷原フィールドでなくても、他にも方法はいくらでもあるわ」
「冗談。攻めるも守るも全て先手、それが雷神ってものよ」
 相手がひとつ手を打つ間に二手、三手と重ねる。
 個々のダメージは薄くとも、絶対的に優位を築いていく。それが速攻型というものだ。
 だが――実際に、通じなかったことも事実だ。
「ふうん」
 自分は、決闘などつまらないと思っていた。だが、他に興味を持てる娯楽もなかった。
 田舎にふらりと出かけたのも、都市で興味を持つものを見つけられなかったからだ。放任主義の両親に甘え、そのまま世界を放浪するつもりだった。
 だが、ヴァンと出会い、自分は変わった。勝ちたいと思った。
 戻ってきて、色々な決闘者と戦って。ドロップアウトした偽物などではない、本物の決闘者というものを知った。
 決闘というゲームは、自分が思っていたほど底の浅いものではないということを、知ったのだ。
 起き上ったエクレアは、自分の前で脱力している少女を見やる。
「じゃあもう、あんたでいいわ」
「は?」
「あんたもプロ決闘者なんでしょ? あたしの師匠になりなさい」
「なんで私が……」
「いいでしょ。有象無象を師匠にするなんてまっぴらごめん。でも、あんたは意地がある。別に師匠だからって面倒なんかみなくていいわ。構われるの嫌いだもの。ただ、決闘の相手だけしてくれればいい」
 ヴァン・レクサスが最強だと思った。そんな彼と遊び続けたいと思った。
 それは間違っていないとも思う。ただ、自分が『最強』ではないというだけ。
 彼と決闘デートするならば、そんな彼に相応しい強さを身につけなくては。
 力も、心もだ。
 苦笑したアリスは、ふん、と鼻を鳴らした。
「なんで私がやらなければいけないのか分からないけど、一年目で弟子を取ったプロというのは悪くないわね」
「言っとくけど、書類だけで、実際に師匠って認めるわけじゃないから」
「認めさせてみせるわ。アリス・ラフィーネ・ヴァイスラントを」
 差し出された手を握る。
 ほんのり伝わる温かさ。それは、幼い頃に自分を抱きしめてくれた、両親を思い起こさせた。