『ねえねえねえ、いつになったら結婚するの?』
「ぶち殺すぞワレ」
 そう言って、ミーナ・ヴェルデは嘆息した。
 テレフォン――遠くの人と会話できる魔鉱製品――の相手先は、先月結婚したばかりの友人だった。彼女はとかく人を傷つけてくる。
 ワンルームしかない自室。狭い部屋のベッドに寝転がり、ミーナは相手の声に耳を傾ける。
『だってさぁ、ミーナってば結婚する気なさそうなんだもん』
「どこがよ! あたしだって結婚したいし幸せな家庭を築きたいし白いお家で夫の帰りを待ったりしてみたいし!!」
『そういう感じだから結婚できない気もするけどまあそれはさておき。いつまでその仕事してるのよ』
「うっ……」
 ミーナ・ヴェルデは、全国決闘連盟の職員だ。中でも奨励会という、プロ未満の少年少女が集まる場所で、専任の事務員をしている。
 決闘者は、大人になっても子供の遊びで生計を立てているというだけあって、とかく変わり者が多い。それはプロ未満の決闘者である奨励会員たちも同様。
 決闘のことしか考えていないのが常で、普段の生活も収入もいっそ住む場所すら、決闘のためだけに全てを構成している。具体的に言えば、決闘連盟の近くというだけで狭い家に住んだり、寝るまで決闘して起きたら決闘したり、収入も余暇も決闘の練習をするためだけにつぎ込んだり。
 そんな相手とは、当然だが、将来を誓うには不安が残る。そうなると当然、結婚相手としては論外。
 だが、奨励会では、決闘者としか出会いがないのも事実なのだ。
『つまるってことは、自覚あるんじゃん』
「それは……、まあ、そうなんだけどね?」
 枕元に置いている熊のぬいぐるみを抱き寄せ、ミーナは続ける。
「だって好きなんだもん、今の仕事」
『どのへんが?』
「……奨励会の子たちってね、変な子が多いんだけど、みんなキラキラしてるのよ」
 それは、ずっと奨励会でウン年も働いてきたミーナの経験則だった。
 奨励会の子供たちは、揃ってプロ決闘者を目指している。夢を持っているのだ。そして、がむしゃらに追いかけている。
 その瞳、そこに宿る輝きは、他の場所では見られないものだ。少なくてもミーナは、学生時代、あれほど瞳を輝かせた相手は見たことがない。
 好きなことを追い求め続けている子たち。応援したくなるのは当然だ。
 ――もっとも、魅力それ結婚これは別だが。夢だけで食べていけないのはよーく知っている。
『はぁぁ……。なんていうか、本当にミーナって結婚できなさそうよね』
「うるさいちょっとマジでヤバいんだからそういうこと言わないで」
 年齢を聞かれて絶対言えない歳になった以上、焦りはあるのだ。
『……ならさ、合コンしてみない?』
「しますお願いします」
『はやっ』
「だって! 合コン誘ってくれる人とかいないんだもん!!」
『わーかったわかった、じゃあ準備できたら連絡するから。休日の方がいいよね?』
 それから二言三言を交わし、通話は途切れた。
 テレフォンをじっと眺めながら、
「合コン」
 口に出してみる。
 とたん、ミーナはガバリと起き上り、慌ててクローゼットを開いた。
「……まずは服ね。あと美容院」
 まだ日程が決まったわけではないが。
 最高の自分を用意すべく、ミーナはワンルームの自室を飛び出した。

◇ ◇ ◇


 数日後。奨励会館で事務仕事に励んでいたミーナは、テレフォンの呼び出し音を聞き、受話器を取り上げた。
「はい、こちら奨励会」
『あ、ミーナ?』
「……なんだ、レオナか。何よ、職場にまでテレフォンなんて」
『明日の合コンのことなんだけどな〜?』
「最優先でお願いします」
『よろしい。実はね、男の子が一人、風邪引いちゃってさ。そのせいで足りないのよぉ。まあそれでもいいっちゃいいんだけど、やっぱ人数は一緒の方がいいじゃん? ミーナ、誰でもいいから連れてこない?』
「誰でもって……。奨励会の子とか変人よ?」
『いいっていいって。どうせ騒ぐだけなんだからさ。てか、それ言ったらアタシなんかダンナいるし』
「むしろあんた大丈夫なの」
『ほら、たまには火遊びしたいじゃん?』
「……あんた新婚よね?」
『まあまあ。で、大丈夫そう?』
「まあ聞いてみるけど」
『オッケー。ダメなら連絡ちょーだい。じゃあよろしくー』
 通話が途切れたので、テレフォンを置台に戻す。
「さって、誰を誘おうかしら」
 頭に奨励会の男たちを思い浮かべる。
 ヴァンはシルビナに殺されそうだからやめておくべきだろう。ゼルなどはこういうお祭り騒ぎにいいかもしれない。陽気だ。
 そんなことを考えていると、
「どうしましたか、ミーナさん」
「あ、ライゼル君」
 買い出しに行っていた青年が戻って来た。新人事務員のライゼルだ。
 元々は奨励会員で、プロ試験も通過したほどの猛者だが、自分にはその資格がないと辞退し、今年から決闘連盟に入社した。今は慣れた奨励会でミーナの手伝いをしている。
 その顔を見て、ミーナはぽん、と手を打った。
 そして、ずずいと迫る。
「な、なんですか?」
「ねえ、ライゼル君。明日は暇?」
 そう切り出した。

◇ ◇ ◇


「なんで僕まで……」
「いいじゃないの、女の子いっぱいよ?」
 通りを歩く影二つ。
 一人はミーナ・ヴェルデ。隣を歩くのは当然、ライゼル・アズールだ。
 今日のミーナは女的完全武装。服はシックに決めて、少しだけ自信のある胸元は開きぎみだ。もちろん美容院にも行って、髪型もセットしてもらった。
 対してライゼルは、いつもとさほど変わらなかった。落ち着きがあり、それでいて硬くなり過ぎない、センスの良い上下。変人ばかりの決闘者において、ライゼルという男は、本当に何をやらせてもそつがない。
「女の子って、ミーナさんは僕よりとしう……」
「その続きを言ったらぶち殺す」
 刹那の殺気に、歴戦の兵であるはずのライゼルが思わず口を閉ざした。
「……こほん。えっと、ミーナさんのお友達ばかり、なんですよね?」
「女の子はね。学校の友達とか後輩」
「ミーナさん、学校に行かれてたんですか?」
「あのねぇ、あたしをなんだと思ってるのよ。当たり前でしょ?」
「決闘連盟にいる人は、元プロとかもいますから」
 それは間違いない。プロになる前に入社したライゼルは異例だが、たいていの人は、もともと決闘に関わってきた人だ。奨励会出身の者もいれば、本当のプロだった者、観戦記者を務めていた者すらいる。
 決して実入りのいい仕事ではない。だが、それでもやっているのは、やはり決闘が好きなのだ。
 その中において、ミーナ・ヴェルデというのは、少しだけ違っていた。
「……んー。あたしはね、別に決闘が好きだったってわけじゃないんだけど」
「そうなんですか?」
「意外でしょ。でもね、そうなんだ。決闘の経験もあんまりない。遊び程度はあるけど、本当に子供の頃だしね」
「じゃあ、なんで決闘連盟に?」
「連盟というか、奨励会が好きなのよね」
 思い出す。過去のこと。
 遠い――いや、ごく最近の出来事。
「まだ学生の頃だったんだけどね? 友達と遊ぶのは楽しかったんだけど、将来やりたいことってなかったのよね。だから、なんとなくどこかの会社に入って、なんとなく事務員とかやって、なんとなく結婚するのかなって、そんな風に考えていたの」
 実際はどれも当てはまらなかったわけだが。最後のくらいは、まだあきらめていない。
「そんな時にね、後輩に誘われて、決闘のイベントを見に行ったわけ。プロの試合とか凄ったけど、それだけだった。でもね……、その時に見た、奨励会の子たちの試合は違ったわ」
 技術だけで言えば、プロの試合はよほどレベルが高い。互いに互いの技を読み合い、かわし、決めていく。その様は、確かにプロの方が格上だ。
 だが、奨励会の子供たちにしかないものも、確かにあった。
「やられて、どろんこになって、でもあきらめないの。立ち向かって、かなわなくて、でも負けないの。そんな子を見ちゃったらさ、応援しないわけにはいかないじゃない?」
 そう、言うなれば、自分はその時に負けたのだ。
 奨励会の――夢を追いかける子供たちの姿に。
「それから決闘のことを勉強して、連盟に入って、奨励会専属になって。ちょうど前任の人がやめるとこだったから、代わりに入ったって感じになっちゃったけど。それからずっとやってるわ」
 仕事が恋人、などとは言わない。
 仕事で接する子供たちと結婚したいわけでもない。
 だが、今の職場は、ミーナ・ヴェルデにとって、最高の場所なのだ。
「……そうだったんですか」
「だから、ライゼル君もずっと応援してたのよ?」
「すみません。こんな感じになってしまって」
「いいんじゃない? あなたは夢をかなえた。そして、それがゴールだった。それだけのことでしょ?」
 夢は応援する。だが、夢に縛られて生きることもない。
 人生とは、それぞれだ。
「あ、ここだここ」
 ミーナは事前に聞いていた店の名前を見つけ、足を止めた。