合コン会場はチェーン展開している居酒屋だった。個室が多く、グループで騒ぐのに向いている。
 中に入ると、すでに友人たちは集まっていた。
「遅いよミーナー」
「ごめんごめん」
 謝りながら、ライゼルともども席につく。片側に女子が、反対側に男子が。
「はーい、今日はお集まりいただきありがとーございまーす。じゃあまず自己紹介から――」
 主催者である友人の声を聞きながら、ミーナは男たちを品定めする。
 男女ともに四人ずつ。一人はライゼルだから置いといて、残り三人。
 一人は筋骨隆々とした大男だった。土木現場で働いているらしい。声が大きく、少し騒がしく感じる。そういうのは苦手だ。
 一人は小柄ながらがっしりした青年。魔鉱製品の生産工場で働いているんだとか。自分の話はよくするが、他人の話はあまり聞いていないのがよくわかる。自己中心的なのだろう。パス。
 残る一人は、小柄で線の細い男だった。小さな出版社で事務員をしているらしい。物静かだが頭の良さが会話の端々から透けて見える。女慣れしていない感じだが、それがかえって好ましく感じた。
 品定めも終わったところで、友人に誘われて中座。トイレで化粧を直しつつ、それぞれで話をする。
「私はビートかなー。たくましい腕とかいいよねー」
「出たよ筋肉フェチ。あたしはベルクにしようかな。自分が自分がってのはうざいけど、お金はありそうだし。遊びならいいかなってー」
「じゃあアタシはー」
「あんたは結婚してんだから遠慮しろッ」
 左右からどつかれ、レオナは顔をしかめる。
「いーいじゃーん! じゃあアタシはライゼル君でいい? ミーナ、ライゼル君狙いじゃないでしょ?」
「うん、いいよ。じゃあ、あたしはフェルトさんかな」
 最も好感を持った相手に競合しないというのはラッキーだ。
 化粧室から出たミーナたちが戻ると、席替えをした。男女でペアとなり、隣同士で座るのだ。
 レオナは宣言通りライゼルのところへ。他の友人たちも、残る男たちとペアになる。
 ミーナはすぐさま線の細い男――フェルトの隣に座った。
「フェルトさんって、すごい頭よさそうですよねー」
「そ、そんなことありません……、よ」
 ぼそぼそと返す青年。それなりの年齢だろうに、ミーナが隣に座っただけで顔を赤くしている。そのくせ、ちらちらと自分の胸元に視線を注いでいた。
 非常にわかりやすい青年だ。好みど真ん中。
「お休みの日とか何をされているんですか?」
「本を読んだり、たまに書いたりもします。後は……、決闘とか」
「え? 決闘?」
「ええ、まあ、趣味の延長みたいなものですが。僕の場合、決闘の観戦記みたいなものも書いていますから」
「そうなんですかー」
 決闘者となると変人だろうか。心の中で警戒するが、
「やっぱり、ああやって、力強く戦える人って憧れますよね。僕は決闘の才能とかないんで、子供の頃にやめちゃいましたけど……」
「ああ、確かに」
「それに、彼らは夢がありますから。夢にまい進する人は好きなんです」
「あ、あたしもです!」
「そうですか? ほら、今のタイトルホルダーでレリウスさんっているでしょう。彼なんか、自分もプロでありながら、後進の育成にも熱心で。僕は決闘とかできないですけど、その門戸を叩く人が増えればいいな、なんて……」
「すごーい」
 心の底で、ミーナは本当に感心していた。仕事柄、決闘の観戦記はいくつか読んだこともあるが、どれも事実ありのままといった感じが強かった。
 だが、彼は、決闘界そのものについて考えている。それが、ミーナにはたまらなくうれしかった。
「……ねえ、フェルトさんの書いた観戦記、あたしも読んでみたいです。ありませんか?」
 必殺のにっこり笑顔。フェルトは顔を赤くしながら、
「じゃあ……、僕の家、来ます?」
「え? 家ですか?」
「ええ。僕の家になら、バックナンバーがありますし。一人暮らしですから、迷惑にもなりません。もう遅いですし、明日とかでもいいですが」
 男の一人暮らし。
 女の本能が危険を告げるが、大丈夫か、とも思い直す。小柄で栓の細い青年だ。それにミーナも普段は事務員だが、これでも決闘経験はある。度胸だってあるつもりだ。
 酒に酔って判断力が低下しているとは露ほども思わず、
「じゃあ、お邪魔しちゃおうかな?」
 ミーナはそう答えた。
 そんなミーナを、少し離れた席で、ライゼルがじっと見つめていた。

◇ ◇ ◇


 翌日、午後。
 ミーナは教えられた住所へと向かった。
 大通り沿いの集合アパート、その一階。。これなら万が一ということがあっても、大声を出せば大丈夫だろう。逃げることも不可能ではない。
 そんなことを考えながら、ミーナは扉をノックした。
「はい」
 すぐさまフェルトが顔を出す。にこりと笑った青年に導かれ、部屋の中へ。
 部屋は、ミーナの自宅と大差ないワンルームだった。壁一面を書棚が埋めており、様々な本が並んでいる。戦記モノが多いのは、趣味だろうか。
 中央に丸いテーブルが置かれていた。テーブルには白い陶器のポットに、赤い果物と、果物ナイフが並んでいる。そこに、向かい合って座った。
「お茶をどうぞ」
 白いポットから二人分のお茶を注ぐと、フェルトはひとつをミーナに寄越した。甘い香りが漂う。
「僕のお気に入りなんです」
 そう言って、フェルトはお茶をすする。
「そうなんですかー」
 ミーナもお茶を口にふくんでみた。
 ふくよかな香り。いつも飲んでいるお茶とは高級感がまったく違う。
 いいお茶だな、と口にしようとした瞬間、
「……ッ!?」
 舌が回らない。言葉が出てこない。
 自分の意識では制御できぬまま、気づけばミーナは床に倒れていた。
「……!!」
 助けて、と言いたくても言えない。動かせるのは眼球だけだ。
 そんなミーナの視界で、フェルトがゆっくりと動く。
「このお茶の良いところは……、我々には効かない、ということです」
 フェルトはゆっくりと振り返ると、棚から特徴的なネックレスを取り出した。
 頭蓋骨を模した意匠。見覚えがあった。否、見たことがない者など、都市にはいない。
 それは、とある神を信仰している証。彼らが信者ではなく派閥と呼ばれる所以。
 ――モリガン派の証明だ。
「モリガン様は信者を欲しておられます。ですが、改宗はよほどでなければうまくいかない。ならば……、よほどの条件を作ってしまえばいい。ちょうど酒に酔って判断力が低下するように、判断できるだけの頭脳がなければいいのです」
 続けて、フェルトは同じように棚から注射器を取り出した。鋭い針が陽光を反射し、きらりと輝く。
「すぐ終わります。大丈夫ですよ、何も困ることはありません。正しい神を信奉する、それだけのことです」
 ゆっくりと自分に迫る注射器。それを眺めていることしかできない自分。
 恐怖に身震いすることもできぬまま、じっと針を眺めていると、
 ――ドンドン!
 乱暴にノックされる扉。フェルトは舌打ちし、棚に注射器を戻すと、ミーナをベッドに転がした。そして、扉の向こう側に声をかける。
「はい、なんですか? 今ちょっと手が離せないんですが」
『ミーナさんの友人です。彼女がこちらに伺っていると聞いてきたんですが』
 扉の向こうから聞こえたのは青年の声。ミーナはその声に聞き覚えがあった。
 ――ライゼル君!
 どうして彼がここにいるのか。理解もできぬまま、しかし、助けを呼ぶ声は出せない。
「彼女なら来ていませんよ。来るって話だから用意していたんですが」
『……そうですか。失礼しました』
 もう駄目だ。
 心の中で思った次の瞬間、
「ッ!?」
 バキン、とものすごい音が響いた。続いて、バタバタと争う音が聞こえる。
「お、お前!? 何するんだ!!」
「僕の妖精が中を見たんだよ!! 彼女に何をしたッ!!」
 気づけば、部屋に小さなネズミが紛れ込んでいた。アルファルド――ライゼルの妖精だ!
 ドカン、と響き、フェルトが棚に叩きつけられる。舌打ちしたフェルトは、手近にあった果物ナイフを手に取った。
「こ、このッ!!」
 ナイフを振り上げたフェルト。だが、それより早く、
「ふざけろッ!!」
 ライゼルの長身を活かした回し蹴りがフェルトに炸裂する。蹴り抜かれた男は窓に激突し、そのまま砕けた破片と共に向こう側へと転がり落ちた。
 息を吐いたライゼルは、すぐさまミーナに駆け寄る。
「大丈夫でしたか、ミーナさん!」
「ラ、イゼル……、どうして?」
 かすれる声。ライゼルは携帯型テレフォンを手にしながら、
「合コンの時から、あの男は変だって思っていたんです。決闘雑誌にフェルトなんて男の記事は見たことありませんし、レリウスさんをタイトルホルダーなんて言い方をした。普通は王座と呼ぶでしょう」
 そうか、と心の中で頷く。確かに、決闘者は普通、タイトルホルダーはタイトルで呼ぶ。そういう“ならわし”なのだ。ましてや、決闘雑誌に観戦記を書くような男が、わざわざ名前で呼ぶなどということはない。
「たぶん、彼は最初からミーナさんに狙いをつけていたんじゃないかと思うんです。ミーナさんが自己紹介の時に奨励会の事務員って言っていたから、決闘をダシにしただけで……。きっと彼は、名人の名前すら知りませんよ」
 通報を終えたライゼルは携帯型テレフォンをしまうと、
「……本当に、ミーナさんが無事でよかった。もうこんなのは、なしにしてくださいよ。いつでも助けに来られるとは限らないんですから」
 そう言って嘆息した。

◇ ◇ ◇


 その日は病院で検査し、念のため翌日も仕事を休み。
 明けて平日。ミーナ・ヴェルデは職場で新聞を読んでいた。そこには、モリガン派の男が逮捕された記事が載っている。もっとも全治三週間の怪我を負ったそうだが、それは自業自得というものだ。
 そうこうしていると、
「ミーナ!!」
「あ、レオナ」
 職場に友人が飛び込んできた。友人はカウンター越しに詰め寄ると、
「ミーナ大丈夫!? あのフェルトとかいうやつに何かされなかった!?」
「だ、大丈夫。てかレオナ、ここ職場」
「そんなのたいしたことじゃない!!」
「……まあいいけど」
 まだ午前中。いるのは自分とライゼルのみ。他の子がいたら噂になるし、さっさと帰らせるが。
 ミーナは苦笑しながら、
「大丈夫だったよ、本当に。何か起きる前に助けてもらったし」
「本当に本当に大丈夫よね?」
「レオナ、心配し過ぎよ」
「だって……。アタシがセッティングした合コンで知り合った男がやらかしたんだもん。責任を感じちゃうじゃない……」
 肩を落とすレオナに、
「別にレオナが悪いんじゃないって。油断していたあたしも悪いんだし」
「そうよ。ミーナ、これからは男の部屋に行くの禁止」
「ますます結婚が遠のきそうね」
 くすくすっと笑ったミーナは、笑顔で返す。
「でもま、見えていなかったのはあたしだから。だから、しょうがないかもね?」
 そう言って、部屋の隅で事務仕事に精を出す青年を見やる。
 世界で一番かっこよかった青年は、少しだけ頬を赤くしていた。