奨励会館の受付。
 朝も早い時間から、ミーナ・ヴェルデは机に突っ伏していた。
「ううあぁぁぁぁ……」
 地獄から響く怨嗟の声に、かたわらに舞う鳥のような妖精も嘆息する。
 と、そんな悪鬼羅刹の鎮座する場所に、一人の少年が訪れた。
「おーっす……、って、どうしたミーナ」
 ヴァン・レクサスだ。入って来たとたん、目を丸くしている。
「あー、ヴァン君……。おはよう」
「おはよう。で、どうしたんだ?」
「どうもこうもないわよぉ。私、昨日、休みだったんだけどね? 友達の……、結婚式だったの。同い年の子」
「あー」
 なんとなく理由はわかったが、逃げるわけにもいかず、ヴァンは愚痴を聞かされる。
「そりゃもうダンナと熱愛でね? 結婚式の最中もいちゃいちゃいちゃいちゃ……。あげくの果てになんて言ったと思う? ミーナはいつ結婚するの、って。早く結婚しないとヤバい年齢じゃない? って」
 ガン、と机を叩き、ミーナは吼える。
「そりゃ私だって結婚したいよー! 素敵な旦那様に愛してるとかささやかれたいし! でも相手がいないんだもんしょうがないでしょ!?」
「お、おう」
 ヴァンの後ろでは、アルウェズがぷるぷる震えて怯えている。が、ミーナはもちろん気づかない。
「だいたいこの仕事してて結婚なんかできるわけないでしょ!? そりゃ仕事に不満あるわけじゃないけどー! でも出会いだってないのよー!」
「そ、そうか」
 ふと、ミーナの目がヴァンを捉える。
「……そういえばヴァン君、この間、ゴドウィンさんに勝ったのよね。永世竜王の」
「あ? あ、ああ。タッグだったけどな」
「でも、将来超有望よね? 決闘者としては」
「そうなのか?」
「そうよね? もうヴァン君でもいっかなぁ。年下でも私いけちゃうよ?」
「は?」
 後ずさるヴァンに、カウンター越しに詰め寄るミーナ。
「ねえねえ、年上のお姉さんとかどう? 自分で言うのもなんだけど、私、スタイルだって悪くないのよ。気を使ってるし」
「そ、そうか。けど、オレは……」
「まあそう言わず!」
「ミーナさん?」
 絶対零度の声音。思わずミーナの動きが止まる。振り向けば、いつの間に入ってきたのか、シルビナの姿があった。
「ヴァンに、何か、ご用ですか?」
「ナンデモアリマセン」
 反射的に首を振っていた。振らなければ殺されていた。
 深く深く嘆息したのは、ヴァンとミーナ、双方だった。もっとも、意味合いは大きく違うだろうが。
 ふと、ミーナは改めてシルビナを見た。
「……シルビナちゃん、スカートなんて初めてね?」
「うぇっ!?」
 シルビナの頬が赤くなる。そう、今日のシルビナは、かなり珍しい格好をしていた。
 フリルで装飾されたブラウスに、膝丈よりも短いスカート。普段は男子と変わらぬズボン姿だっただけに、とても新鮮な格好だ。
「なになに、どうしたの? 何かあった?」
「何か、ってわけじゃないけど……。この服、この間、プリムたちと買いに行ったんです」
「ほうほう、それで?」
「で、たまたま昨日、ヴァンにこの服を見られて……。それで、その、可愛いんじゃねえか、って」
 次の瞬間。ミーナはバン、と机を叩いていた。
「シルビナちゃん!! 大事にしなさいよ!!」
「え? は、はい」
「決闘なんてやってるとねぇ、本当に結婚しない人とかいるんだから! 男運とかそういう次元じゃないの、とにかく出会いないの! わかる!?」
「えっと、その、まだ結婚とか早いし」
「そんな甘っちょろいこと言ってちゃダメ!! つかまえた男は離しちゃダメなの!!」
「は、はい、わかりました」
 思わず頷いたシルビナ。反射だった。
「おい、外まで聞こえてんぞ」
「ミーナさん必死〜」
「騒がしいわね……」
「ははは……」
 ゼル、プリム、アリス、ライゼル。奨励会でもヴァンと仲の良い面々だ。
「ほら、これで揃ったんだろ? じゃあ行くか?」
「ん? みんな、今日はどっか行くの?」
 ミーナが小首をかしげると、代表してゼルが答える。
「おう、三人がプロ試験に受かったお祝い」
「あたしだって惜しかったのに〜。ゼルが頼りないからだよ」
「うっせ。アンフェスバエナとはいえ、実績重視だったんだから、結局はお前のせいだっての」
 やいやい喧嘩するゼルとプリム。その横で、アリスは兄弟子を見上げる。
「ライゼル。本当によかったの?」
「どうしたんだい、今さら」
「今ならまだ間に合うんじゃないの、って言っているのよ」
 アリスの言葉に、ライゼルは首を横に振った。
「いいのさ。僕は、プロには向いていないと思う」
「あなたほど面倒見のいい男もいないわよ」
「それはどうも。だからこそ、連盟の方が性分に合っていると思うんだ」
 今年のプロ試験。結果的に、合格者は三人だけだった。
 ゴドウィン・ブルーノとエクレア・フレイガンのペアを倒すことに成功した、ヴァン・レクサスとシルビナ・ノワール。そして、ゴドウィン戦以外は無敗を通した、アリス・ラフィーネ・ヴァイスラント。
 資格としてはライゼルも持っていたが、彼は自ら辞退し、決闘連盟に出願した。本人が言うには、プロ試験を受ける前から、合格しても辞退しようと決めていたらしい。有資格者の辞退は初めての事態とのことで、連盟側でも対応を検討中だが、おそらくは望み通りになるだろうとのこと。
 今日は、そんな合格者三人のお祝いをする日なのだ。
「じゃあ、行くか!」
 ゼルを先頭に、六人はめいめい会館を出ていく。残ったミーナは、
「いいなぁ、青春って。羨ましい……」
 机に突っ伏しながら嘆息していた。

◇ ◇ ◇


 祝賀会の会場となる喫茶店に到着すると、先客がいた。
「……なんで、あなたが、ここにいるの」
「やだぁ、シルビナこわーい」
 くすくすっ、と笑ったエクレア・フレイガンは、長い金髪をさらりと払う。
 いつぞやの親睦会を開いた喫茶店。今日は貸し切りとなっており、奥のテーブルには、エクレアの他に、師匠であるガリアやレリウス、そして何故かゴドウィン・ブルーノの姿もあった。
「いいじゃない。あたしもヴァンがプロになったのをお祝いしたいし」
「ちなみに場所は私が案内しました」
「先生まで……」
 不満そうに声を漏らすシルビナだったが、全盲の決闘者はまったく屈しない。
「やはり人数は多い方が楽しいでしょうし、シルビナも、エクレアに聞きたいことが多分にあるでしょう?」
「ありません」
「あたし、ヴァンが子供の頃の話とか知ってるけど」
「……」
「はい決定。問題なしなし。ほら、みんな座って」
 それぞれ、適当な席に座っていく。ちゃっかりレリウスの隣をキープしたプリムが、みんなにお茶を注いでまわる。
「よーし、じゃあ、今日は三人の祝いだったな?」
「ゴドウィン。何故、貴様が音頭を取る」
「まあまあ、ガリア。そう怒らず」
「そうですよ。彼もヴァンの師匠のようなものです。間違ってはいません」
「そういうこった。どうだよ、ガリア。ヴァンは面白いだろ?」
「そうだな、貴様を倒したことは最高に楽しませてもらったが」
「テメエは素直じゃねえな」
 はっは、と笑ったゴドウィンは、ヴァンを見やる。
「成長したな、ヴァン。技も、心も」
「そおか?」
「ああ。やっぱ、お前を都市に行かせて正解だったぜ。これからは、お前もカンナやガリアと同じ、プロの決闘者だ。段位やタイトルはあれど、プロとしては同じ。お前はこいつらに遠慮する必要はねえ」
「そういう貴様はアマチュアだろうが」
「関係ねえな。俺はプロより強ぇ」
 胸を張ったゴドウィンは、続ける。
「とにかく。これからは、お前もプロの一人として、決闘界をけん引する立場になる。風はお前が作るんだ」
「風、ね」
「そうだ。お前は、どうしたい?」
 問われたヴァンは、シルビナと顔を見合わせ、小さく笑い合う。
「そんなの、決まってるよな」
「ええ」
 ゴドウィンを、そして皆を見渡したヴァンは、はっきりと告げる。
「オレは、アルウェズの使徒だ。みんながアルウェズの信者になりたくなるくらい、強くなってみせるぜ!!」
 最強になると誓った。
 その夢は、まだ達成されていない。
「私も負けないわよ」
「僕は応援するよ」
「自分の神様のためにって、健気よねー」
「ま、どうせ決闘しかねえんだしな。決闘するなら、勝たなきゃな?」
「はいはい、あたしも奨励会入るから! で、すぐプロになって、ヴァンと決闘デートするの」
 競い合う仲間。
「これからはライバルですね」
「これは強敵だ」
「ふん。子供に負けるほど落ちぶれてはおらん」
 立ちはだかる壁。
「……ヴァン。一緒に、強くなろう」
 そして、共に歩むパートナー。
 自分は、恵まれている
 ヴァンは、自分の肩に乗る神を見やる。
「なあ、アルウェズ。これからもよろしくな」
 小さな神は、蝶のような羽をぱたぱたさせながら、嬉しそうに頷いた。


 ヴァン・レクサスの戦いは、ここから始まる。



〜fin〜


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