加賀谷克哉は、青い空を見上げ、舌打ちした。
「ったく、暇だな」
 自衛隊駐屯地には、とかく娯楽というものはない。皆が生きるのに精いっぱいで、遊ぶなどという余裕がないのだ。たいていの人間は、開墾や畑仕事に精を出している。
 その中において、一応は客人という立場の加賀谷、アルミュールも取り上げられてしまっては仕事など何もない。残るは基礎トレーニングくらいだが、こうも暑いと、その気持ちも萎える。
 木陰でしばし座り込んでいた加賀谷は、自分の前を通った少女に目を留めた。
 日本人の少女だ。顔つきからして、十代半ばくらいだろうか。年齢と反して、その体は十分に熟れきっている。シャツを押し上げる膨らみは、それだけで目を見張るものがあった。手には野菜の入った籠を持っている。貧相だが、おそらくは畑で採れたものだろう。肥料もなくては、こんなものでも馳走だ。
「おい」
 声をかけられ、少女は足を止めた。加賀谷を視界に認め、少しだけ顔をこわばらせる。
「な、なんですか」
「そう怖がるなよ。俺は米軍特務のもんだ」
「あ、ああ……、あの大きなロボットの」
 どうやら米軍特務部隊の存在は、一般人の間でも話題になっているようだ。もっとも、あれだけ大きな兵器で乗りつけているのだから、目立たない方がおかしい。
「お前、名前は?」
「私ですか? 鹿島です。鹿島真矢」
「鹿島か。なあ、俺と遊ばねえか?」
 その言葉に、少しだけ緊張を解いていた少女は、さっと自分の胸元をかき抱いた。
「そ、その、私、仕事があるのでっ」
「そう邪険にしなくてもいいじゃねえか、なあ、おい?」
 加賀谷が手を伸ばすと、さっ、と逃げるように少女は避ける。
 その様に、少しだけ加賀谷は眉をひそめた。
「なんだよ、こちとら命がけでお前らを守ってやろうってのに、その態度はないんじゃねえか?」
「そ、それとこれは話が別です」
「別じゃねえ。人間、できることを活かして働くもんだぜ? 戦える奴が戦う。じゃあ、お前には何ができるんだ、ええ?」
「わ、私だって、お手伝いはしています」
「そんなんじゃ足りねえって言ってんだ」
 逃げようとする真矢を先回りするように、加賀谷は手を伸ばす。じりじりと追い詰められた少女は、壁にぶつかり、身をすくめた。
「何も命まで取ろうってんじゃねえ。ちょっと暇つぶしさせてくれって言ってるだけじゃねえか。そのくらいしたって罰は当たらねえんじゃねえの?」
「こ、困りま……っ」
 真矢の口を、加賀谷の大きな手が塞ぐ。そのまま、手が少女の胸元へと伸びる。
「なあに、満足したら放してやっから。何も言わなきゃな」
 そう言って、加賀谷は下卑た笑いを浮かべた。



 くるくると輸送ヘリのローターが回転し、風が巻き起こっている。
 駐屯地の片隅、自衛隊の格納庫前だ。輸送用の装甲車などが並ぶ中、一機のヘリが恵美たちを護送するべく、待機していた。中にはすでに必要な物資や他のメンバーも乗り込んでおり、後は恵美を待つだけだった。
 長い金髪を押さえながら、アメリアは恵美を見やる。
「絶対に無茶しちゃダメよ」
 アメリアの言葉に、恵美は苦笑を浮かべた。アメリアの隣で、春日菜々も同意する。
「そうよ、恵美ってばすぐ悪さするんだから。ちゃんと帰ってきてね?」
「まったく……。二人とも、しつこいなぁ。ボクってそんなに信用がない?」
「戦力としては信頼してるわよ。ただ、無茶するかどうかって点ではぜんっぜん信用できないわ」
「右に同意」
「はは……。わかったよ。ちゃんと帰ってくるってば」
 じゃあね、と手を振り、恵美は輸送ヘリに乗り込んだ。
 空自の自衛官が操縦するヘリは、ゆっくりと浮かび上がり、蒼穹へと消えていく。
「本当に大丈夫かしら」
「まあ、帰ってくるとは思うけど。なんだかんだ言ってもエミは一番強いもの。それより、こっちの方が心配した方がいいかもしれないわ」
「こっち?」
「あたしたちのことよ。最大戦力のエミがいないんだもの。Aクラスの変種が現れても戦うわけにはいかないわ」
「それはそうだけど。でも、アメリアたちだっているし、米国の人も強いんでしょう?」
「……確かに、戦闘力だけならそれなりにあるわね」
 バシリスク相手でも、アルミュールは決して引けを取っていなかった。
 もちろん、呪力兵装だけで勝利できたわけではない。恵美やアメリアの協力もあって、初めて勝利を手にできたのだ。
 だが、それはアメリアたちにしても同じこと。自分たちだけでは勝利できなかった。
少なくとも、元神威のメンバーと同等程度の能力はあると考えていい。
 それは事実だ。だが――。
「何故かしら。なんとなく、信用ができないのよ。本音をさらけ出していないと言うか……」
「そう?」
「ええ。まあ、気のせいかもしれないけれど」
 そう言うアメリアは、青い空に目を細めていた。



 繁みの中から、獣のような荒い息遣いが聞こえてくる。
 やがて、一人の男がゆっくりと上体を起こした。
「へっ」
 体を起こした加賀谷は、身支度を整えると、足元に転がった少女を見やる。
 服を引きちぎられ、無残な姿をさらした少女は、加賀谷と同じように荒い息を吐いていた。
「そのうち自衛官が探しに来るだろうよ。そん時に余計なこと言うんじゃねえぞ」
 言い捨てると、加賀谷は樹上へと跳びあがった。
 真矢は、体を起こすことさえできなかった。恐怖と嫌悪で頭がぐちゃぐちゃになって、何をすべきかさえ分からない。
 そもそも、ここがどこなのか、少女にはよく分かっていなかった。加賀谷に連れられ、大きく跳んでしまった以上、自分の足で帰れる場所なのかも判然としない。
 動く気力さえなく、うつろな瞳で空を見上げていた少女は、ガサリ、と下草が揺れる音に身を震わせた。
 ――また、あの男が戻ってきた?
 恐怖心にかられ、少女は音から逃げるように這いずる。だが、そんな少女をあざ笑うように、音の正体が姿を現した。
「あ、ぁ……」
 それは、蛇にも似たケモノだった。鈍色の鱗が差し込んだ日差しを反射し、ぎらりと輝く。
 真矢はなんとか逃げようとするが、加賀谷に迫られたせいで、足腰がうまく動かない。それでも、必死に這いずるが、そんな少女にケモノは容赦しない。
「あっ……、えっ? っ!?」
 少女が悲鳴をあげる間もなく、ケモノは襲いかかる。
 それは、あまりにも酷い運命だった。



 恵美を見送ったアメリアたちがテントに戻ると、少しだけ騒々しかった。
 どうも、中年の女性を何人かの自衛官が取り囲んでいる。女性は取り乱しているようだった。
「どうしたんですか?」
 菜々が手近にいた自衛官に問いかけると、顔見知りの自衛官は、ああ、と答えた。
「どうも、彼女の娘さんが行方不明になったらしくて」
「……そうですか」
 それは、決して珍しいことではなかった。
 いくら変種による死者が激減したからといって、自分たちの生活を取り戻したわけではない。サバイバルに近い環境は慣れない人間に多大なストレスを強いる。そんな生活に耐えられず、姿を消した人は、決して少なくない。
 人類は、生き残った者さえ、生き延びられないような状況なのだ。
 見ていると、自衛官が母親を説得しようとしているのが分かる。
「お願いします、娘を探してください!」
「もちろん全力は尽くします! ですが、現状がそう簡単な状況ではないことはおわかりでしょう? 我々も、捜索だけに人員を割くわけにはいかないのです」
「でも、早くしないと娘が……!」
 自衛官も、顔を見ればわかる、すでに諦めているのだ。いちいち自殺志願者を探していられるほど、彼らには余裕がない。不眠不休とまでは言わないが、それに近しい状況で働き続けているのだ。
 自衛官自身、余計な仕事を増やしたくないというのは本音だろう。生きていくだけで精いっぱいなのだ。そう思ってしまった彼を責めることは、菜々にもできない。
「じゃあ、あたしが探しに行くわ」
 その声に、母親も自衛官も、菜々すら振り向いた。
「ア、アメリア?」
 異国の少女は静かに頷き、
「ただし、この近くだけよ。それより遠くに一人ではそう行けないし、もし行っていたとしたら、ただの人間じゃ絶対に助からないから」
「そ、それでも構いません。お願いします」
「アメリア、そんな勝手なことしていいの?」
 菜々の問いに、アメリアは小さく笑った。
「エミのバカが伝染したのかしらね。近くにいるからすぐ戻れるし、一人じゃ行かない。クズハラあたりを連れていくわ」
「……まあ、アメリアがそう言うなら」
「あなた、名前は? それと、娘さんの名前も」
「鹿島登紀子と申します。娘は真矢です」
「マヤ、ね。わかったわ、探してくる」
 お願いします、とひたすら続ける母親と握手をかわし、アメリアは宙を舞った。



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