甲斐玲奈はパソコンの画面をにらんでいた。
 研究室の片隅。室内では部下たちが、変種の情報を解析したり、Bアンプルの改良に挑んだりしている。
 ふと、甲斐の背中から声が飛んだ。
「どうかしましたか」
「……朝宮か」
 信頼する部下を目の当たりにし、甲斐は少しだけ肩の力を抜いた。
「朝宮。どうして変種が再発生したんだと思う?」
「それを調べているんでしょう?」
「まあな。だが、結論が出ない。はっきり言って、異常だとは思わないか」
「それは、まあ」
 甲斐の言うことは十分に理解できる。少なくてもここ数年、大型種が目撃された事例はない。それが、ここにきて突然、これだけの数が現れるようになった。
「何かきっかけがあったはずだ。我々の知らないところで。あるいは、イザナミの能力と、何か関係しているのかもしれんが」
「そのきっかけさえわかれば、対策もわかるでしょうね」
「そうだ。だが、それが見えてこない」
 そう言って、甲斐は再びパソコンの画面をにらむ。
 そこに映し出されているのは、部下たちが調べた、最近になって討伐された大型種の遺伝情報だ。Cランク26体、Bランクが2体、Aランクが1体。B以上の変種はまだ少ないが、いずれ増加することは目に見えている。
 問題は、過去のデータとの違いだ。恵美はイザナミの連なりを断ち切ったと言っていた。科学的にその言葉を証明できたわけではないが、事実、あの日から大型種の数は激減していた。
 ならば、こうして再出現した大型種は、過去と何かが違っていてもいいのだ。条件が違うから再発生できた、それならば納得できる。同じ条件ならば、同じように殺せてしかるべきなのだ――。
「何が、違うんだ」
 その違いが、見えてこない。
 全ての変種は脳内からイザナミが検出できているし、その遺伝情報にも変化はない。呪力量も、特別に増減しているわけではない。
 何も違わないのが、かえっておかしい。そんな状況。
「……こんな時、奴がいればな」
「奴?」
「茅野だ」
 甲斐の言葉に、朝宮は眉をひそめた。
「神威の代表、ですか」
「そうだ」
 もともと、甲斐が呪力研究を始めるきっかけとなったのは、茅野が持ち込んだ小型種の死体を見たからだ。
 既存の生物とは明らかに違う存在――その不可思議な現象を調べたくて、茅野と行動を共にするようになった。
 茅野は日本の旧家の生まれで、はるか昔からイザナミを封じ、変種と戦ってきた一族の末裔だという。彼は大災害が起きる以前からイザナミの存在を知っていたし、わずかながら、呪力を感じ取ることもできていた。
 彼がいれば、以前との違いもわかったかもしれないのに……。
 先の戦い、恵美がイザナミを殺したあの日から、茅野は姿を消した。大型種がいなくなったとはいえ、変種だらけのこの世界だ、武力を持たない彼が生きている保証はどこにもない。
「では、茅野氏の実家を調べてみては?」
 ふと、朝宮はそんなことを言いだした。
「茅野の実家?」
「ええ。彼の家は、昔からイザナミを知っていたのでしょう? 現在のイザナミとの違いや、こういった事態についての伝承などもあるかもしれません。通常の通信網はすでに死んでいますから、人間を派遣する必要はありますが」
「……なるほどな」
 確かに、茅野自身はもういないが、彼の知識は家で培ったものだ。ならば、彼の実家に行けば、同じように情報を得られる可能性はある。
 ――まだ家が残っていれば、の話だが。
「ためしてみる価値はある、か」
 呟き、甲斐は立ち上がった。



 フィオナ・クローゼは自室で通信機を前にしていた。
『どうかね、日本人の能力は』
「……確かに、それなりの能力はあるようです」
 それは、フィオナも認めざるをえなかった。
 バシリスクは、決して倒せない相手ではなかった。だが、アルミュールだけで空を飛ぶ敵を倒すのは難しかったのも事実だ。
 アメリアの氷と恵美の素早さがなければ、奴に肉薄することも難しかった。それは、否定できない事実だ。
 フィオナは決して日本人が好きなわけではない。自衛隊の連中が自分より上位と認めたわけでもない。だが、現実から目を背けるほど、愚かでもなかった。
 アルミュールとて、今はまだ開発段階の兵器。はっきり言えば、機械に呪力を持たせているだけでもかなりの技術革新なのだ。まだまだ改良する余地はある。そして、それを成すのは、自分の仕事ではない。
『状況は?』
「アルミュールが一機……、加賀谷機が中破しました。現在はディラン中佐が修理をしています」
『そうか』
 アルミュールは呪力を有する特殊な機関を装備しているが、それ以外の本体は手作りの寄せ集めだ。軍部で研究していたロボット兵器を流用し、乗り手に合わせて改造を施している。そのため、加賀谷が乗っている機体とフィオナが乗っている機体は、厳密には少し異なる。
 もっとも、体格が大きく異なる二人だ、フットペダルやハンドルの位置だけでも変えてもらわなければ、そもそも乗りこなすことなどできやしない。
『それで、加賀谷はどうしている?』
「退屈すぎて文句ばかり言っています」
『なるほど、予想通りだな』
「はい、予想通りです」
 加賀谷という男は、決して立派な男ではない。体力だけはあるが、はっきり言って素行は悪い。平時の米軍ならば、絶対に入隊させなかった男だ。
 だが、現状では、そんな彼が役立つこともある。
「日本人の能力も判明してきましたし……、予定通りに進めます。よろしいですか?」
『もちろんだ。吉報を待っているよ』
 通信が途切れる。フィオナはそっと嘆息した。



 自衛隊隊舎、会議室内。
 集まった主要メンバーによる会議は、もはや恒例だった。
「茅野さんの実家?」
 甲斐の発言に、恵美が問い返す。甲斐は大きく頷き、
「奴の家は昔から伝承として、イザナミのことを伝えてきていた。今は少しでも情報が欲しい。空自の輸送機で、茅野の実家まで飛んでもらう」
「場所は?」
「鳥取だ。山側だな」
「鳥取……、遠いね」
 恵美たちが滞在しているのは東京都の外れ。そこから鳥取まで行く、しかも目的を考えれば、一日でトンボ返りできる距離でもない。
「班編成だが、まずは井出。お前に頼みたい」
「了解しました」
 甲斐に次ぐ情報解析専門の特務班。順当な判断だ。
「井出のサポートに、研究部の連中を2人ばかり。それと、その護衛として、恵美、お前が行け」
「ボク?」
「井出は重要な戦力だ。護衛は信頼できる人間じゃなきゃ任せられない。少なくとも、向こうで大型種と戦闘にならないとは限らないんだ。陸自のメンバーじゃ護衛にならん」
 甲斐の言うことはもっともだ。恵美は頷いた。
「アメリアと葛原は、引き続きここの防衛を。こっちの戦力が極端に削られるんだ、お前たちまで行かせるわけにはいかない」
「じゃあ、護衛はエミだけなの?」
「不服か?」
「エミだけじゃ無茶をしかねないもの」
「なにさ、それ」
 アメリアの意見に、恵美は口をとがらせ、甲斐は苦笑を浮かべた。
「お前の言うことはもっともだな。大丈夫だ、ちゃんと考えている。恵美のサポートには片浜と清水をつけるよ」
 片浜命と清水恋華。いずれも資源回収を主任務としてきた、神威の生き残りだ。任務が恵美たちと違ったせいで目立った接点はなかったが、何度か協力したこともある。
「片浜は元自衛官、清水は元警察官だ。武術の心得もあるし、戦闘向きの能力を有している。それに、状況判断能力も悪くない。指揮系統は片浜をトップとする。恵美をリーダーにすると何をするか、わからんからな」
「ちょっと、博士。ボクの信頼は?」
「そんなものはない。戦闘力以外ではな」
 甲斐の断言に、恵美はますます口をとがらせた。
「はは、まあ正しいんじゃねえか、それで」
「葛原君までぇ?」
「だってそうだろうがよ。オレは少し落ち着いたとは思うがな、お前は昔から変わらねえ。防御なしでアジ・ダハーカに挑んだり、バシリスクだって毒を持っているって言われてんのに突貫したりな。ろくなことしてねえだろ」
「それは……、だって、必要なことじゃないか」
「その手段に、自分が怪我する可能性が入ってねえってのが問題だってんだよ。自衛官ならリーダーとしちゃ問題ねえだろ」
「むう」
 不満たらたらの恵美だったが、おとなしく引き下がった。葛原や甲斐の言い分は決して間違ってなどいないのだから、当然とも言える。
「改めて言うと、情報収集は井出をリーダーに、研究部が2名。護衛は片浜をリーダーに恵美と清水。計6人を、空自の連中に運ばせる。向こうの駐屯地に到着してからは陸自に引き継ぎ、車両で移動を行う。井出はともかく、研究部の連中は、私の部下だ。戦闘力はおろか、呪力さえ持っていない一般人に過ぎない。その点はよく留意しておけ」
 恵美は小さく頷く。
「出発は明後日だ。それまでに準備をしておけ」
「りょーかい」



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