爆散し、飛んでくる建物の一部を恵美が剣で弾く。
「な、んだって!?」
 バサリ、と音が響く。
 巨体が空を飛んでいた。体を覆っていた羽毛が開き、大きな二対四枚の翼となって、バシリスクの体を中空に留めている。
「飛べるのか、あいつ!」
「あんな体の生き物が飛べるわけないわ……。そうか、あれがあいつの能力!」
 生き物をマヒさせる息も、どこまでも伸びる尾も、あの翼を活かすためのもの。
 奴の主戦場は空、得意な攻撃は遠距離攻撃!
「まずい!」
 追いかけるアルミュールは空中にいる敵に対する攻撃手段がない。慌てて逃げようとする巨人に、ケモノの反撃が襲い掛かる。
「クケェェェェェ!!」
 翼が閃くと、きらきら光る弾丸が無数に放たれた。アルミュールの片割れは背中を撃たれ、もんどりうって転がる。そのまま、人造湖へと墜落した。慌ててもう一体が後を追う。
「あれは何……?」
「羽毛です!」
 答えたのは井出だった。その目はパソコンに注がれている。
「二対の翼、内の一対が攻撃用みたいです! 翼から羽を弾丸みたく飛ばしています! しかも、飛ばした羽毛はすぐさま再生している……、超速再生だ!」
 一部の変種に見られる特徴だった。体の一部を弾丸のように放ち、しかもすぐさま再生することで、無限に攻撃し続けられる。
 飛翔と弾丸。それが翼の役割であり、奴の特技なのだ。
「厄介な……」
「空を飛ぶ奴なんて、どう攻撃しろってんだ!」
 葛原は吐き捨てる。それも当然だ。
 通常の変種は、あくまで地上での生活しかしていない。特に大型種は当然だが、その巨体を空に留めておけないのだ。
 今まで交戦してきたAランクの変種も、あくまで地上から離れることはなかった。攻撃が通じないほどの防御力を有してはいたが、攻撃できないなどということはなかった。
 なのに、バシリスクには、そもそも攻撃が届かない。近代兵器の各種ならば空中にいる相手も攻撃できるが、そもそも地対空射撃が通じるような相手ではない。
「ッ……、いけない!」
 叫び、恵美が飛び出した。遅れてアメリアも続く。意図を測りかねた葛原たちは出遅れ、置いていかれた。
 恵美はまっすぐ駆け抜ける。その先にいるのは、防御姿勢を取るアルミュール。
 バシリスクの翼が閃き、羽弾が放たれる。弾雨はアルミュールを襲い――その寸前で、剣線と氷盾に阻まれる。
 先の剣と同じだ。重く、固い。だが、弾けないほどではない。
 やはり、空を飛ぶというのは無茶なのだ。その無茶を押し通すために、多量の呪力を消費している。ゆえに、攻撃力に関して言えば、決して飛びぬけてはいない。堪えることは十分に可能だ。
「アメリア、可能性、あるよね」
「ええ。けれど、あたしたちだけじゃ無理」
「だよね」
 恵美は生身でバシリスクに接近戦を挑むことができない。アメリアの攻撃力では大型種に大ダメージを与えることができない。
 そんな二人の欠点を補うことができる存在がいる。
「フィオナさん、それとも加賀谷君かな? どっちかわからないけど、協力しよう」
 アルミュールの腕に乗った恵美は、そう問いかける。かすかな動揺が振動となって伝わってきた。
「ボクとアメリアが協力して、あいつを地面に落とす。そこでトドメをお願い。ボクたちじゃ、あいつに致命傷を与えられない」
 呪力兵装が腕を振るった。腕から落とされた恵美は巨体を見上げ、
「じゃあ、頼んだよ!」
 そのまま駆け出す。後を追いかけるアメリア。
「いいの、あれで? 本当に援護してくれるか、わからないわ」
「その時はその時さ。さ、集中していくよ!」
 恵美が刀を振るうと、放たれた呪力がバシリスクを襲う。その間隙を縫って、恵美たちは葛原と合流を果たした。
「行くよ、葛原君! 煙幕をお願い」
「どうするつもりだ!?」
「あいつをアメリアの氷で捉える! 一瞬でも動きを止めれば、氷結で翼を止められる! そうしたら落ちてくるしかない!」
 この中で唯一、アメリアだけは、中遠距離の攻撃を得意とする。冷気による拘束は離れた相手にも有効だ。
 だが、氷結には一瞬といえど時間がかかる。三次元的な動きを可能とするバシリスクは、その一瞬で移動できてしまうだろう。
 一瞬が遠い。それを、恵美はやろうとしているのだ。
「ボクだって一瞬だけなら……、駆け抜けるだけなら、バシリスクの毒にやられるわけじゃない。致命打は与えられないかもしれないけど、あいつをひるませるくらいはできる! 葛原君、サポートを頼むよ」
「そんな無茶な! そんなの、タイミングを間違えれば、恵美さんが巻き込まれます!!」
「無茶じゃない、やるんだよ、井出君」
 青ざめる井出の横で、葛原は舌打ちした。
 勝負は一瞬、ならば、判断も一瞬だ。
「……ちっ。無鉄砲なバカだな、相変わらず!」
 葛原は膝を曲げると、駆け出した。その後ろを、恵美とアメリアが続く。井出が悲鳴のように何かを叫んでいたが、音などすぐに置き去りにした。
「そらよっ!!」
 葛原の対戦車ライフルが火を吹く。特製の煙幕弾がバシリスクの周囲で破裂し、その姿を覆い隠す。
「ふッ!」
 息を止め、煙塊に向かって恵美は跳んだ。残された樹木やアトラクションを踏み台に、上空へ!
「クケェェェ!!」
 煙から逃れるように飛び出した巨鳥を、恵美の刃が捉える。素早い斬撃が翼を襲い、その動きを阻害する。
 一瞬の空中停止。時間にすればほんの1秒、けれど、たった1秒が致命傷!
凍てつけェFreeeeeze!!」
 アメリアの導く冷気は空中でバシリスクを捉えた。翼に氷がまとわりつき、その動きを妨害する。
「ケェェェェェェ!?」
 片翼を奪われたバシリスクは、そのままぐらりと揺れ、地上へと落下した。地上にあった色鮮やかな建物を踏み潰し、塵埃が舞う。
 そのチャンスを、米軍は決して見逃さなかった。灰色に染まった世界に飛び込み、容赦なく腕を振るう。
 ガツン、と手ごたえが音となって響く。もうもうと立ち込める埃からバシリスクの体が飛び出した。そのままアトラクションの外壁に激突、壁を壊しながら地上を転がる。
「や、った……、できた!」
 肩で息をしながら、アメリアは快哉をあげた。
 絶対の自信があったわけではない。だが、少なくても自衛隊の三人は、互いに勝手知ったる仲間だ。アメリアは、恵美がどのタイミングで、どのように剣を振るうか、それがわかる。だからこそ、氷を放つタイミングを間違えなかった。
 一瞬でも位置が、タイミングがずれていれば、恵美までも巻き込みかねない氷結の陣――放つのに恐怖がなかったわけではない。ただ、仲間への信頼が打ち勝った、それだけだ。
「まだだよ、アメリア!」
 恵美の忠告に呼応するように、バシリスクの体が起き上る。四枚の翼、内のひとつが奇怪な形に曲がっていた。だが、徐々にまっすぐ伸びてくる。超速再生だ。折れた翼の骨さえも、適切な形に直そうとしている。
「やらせる、もんかぁ!!」
 アメリアが腕を閃かせると、その巨体が氷に閉ざされた。続いてアルミュールがバシリスクの顔面を殴り飛ばす。くちばしにひびが入り、頭を揺さぶられたバシリスクはふらりと揺れた。
「今!!」
 わずか10秒のチャージ。アメリアの氷とアルミュールの打撃によって作られた間隙を、恵美は存分に使い切り、飛び出した。
 チャージによって輝く刀。その一閃が、バシリスクの首を撫でる。
 今度は体皮に阻まれず、刀身はケモノの血肉を奪い去った。
 真っ赤な噴水。もはや悲鳴もあげられないバシリスクに、トドメとばかり、アルミュールは全力で拳を叩き込む。
 ダメ押しの一撃が、呪力の薄れたバシリスクを襲う。ねじ切れた首が飛び、パークの象徴でもあった火山に衝突した。
 息絶えた巨体は、氷に阻まれ、崩れ落ちることさえできなかった。



 戦闘行動を終えた自衛隊の面々は、生き残っていた建物の中に入り、休息レストを挟んでいた。
 窓際にあったボロボロのテーブルを囲み、埃の積もった座席に座る。葛原の出した水を飲み、アメリアは一息ついた。
「なんとか倒せたわね」
「たいした敵じゃなかったね」
「どこがだ。米軍の連中がいなきゃ、致命傷も与えられなかったじゃねえか」
「……いえ、恵美さんの言うことは間違っていません」
 戦闘中からずっと解析を行っていた井出は、キーボードを叩き続ける。
「呪力量だけでAランクと判断しましたが、攻撃力や防御力から察するに、おそらくはアジ・ダハーカなどと比べると下位です。Aランクに上がりたて……、そんな状態だったのではないでしょうか」
「ランクが上がる、ってやつか」
「その通りです。これは推定ですが、変種は遺伝情報が入り混じるほど、より凶悪な力を発揮できるものと思われます。バシリスクは、3種類程度の遺伝情報が混じった直後……、そう捉えらえるかもしれません」
「連中は喰うほど成長するんだろ? だったら、喰いまくった後ってことだな」
「そうとは限りません」
「……どういうことだ?」
「確かに大型種は、食事を続けるほど、莫大な呪力を蓄える性質があります。ですが、摂食した相手の遺伝情報を必ず吸収できるとまでは……。それならば、もっと多くの遺伝子が混じってもおかしくはありません」
「そりゃ、そうか」
「もちろん、これは推測にすぎませんが、食べるほど強くなる。食べるほど複雑かつ上位の能力を有する。それは間違いないと思います。要するに……、バシリスクは雛鳥だった・・・・・、これが正解に近いんじゃないかと」
 沈黙が落ちる。生まれたてで、あの戦力。もしバシリスクが成長し、もっと莫大な呪力を――アルミュールの攻撃さえ防げるほどの呪力障壁を作れるようになっていたら?
 天秤は、確実に向こう側へ傾いていた。
「今まで呪力量で相手のランクを推し量ってきました。これが大きく外れたことはありませんので、おそらく、Aランクは生まれながらに大きな呪力を持っているのでしょう。あるいは、親を喰っているのかもしれません。今までの結果から言って、Bランク以下ならば、成長限界もあると思います。それでも、早期発見・早期討伐は、特にAランクにおいては必須。結論としては、そんなところかと」
「そうは言うがな。Aは生まれ持った能力だけでも、あんだけ厄介だぜ。早期にって簡単に言うが、そう簡単に討伐できりゃ苦労はしねえ」
「それは仕方ありません」
 井出と葛原の会話を横で聞いていたアメリアは、ふと、窓の外に目を向けた。
 巨大な樹林の合間に、アルミュールの姿が見える。そこから、フィオナ・クローゼが飛び降りてきた。
 フィオナは壊れた扉から中に入ると、四人をねめつける。
「どういうつもり?」
「どういうって?」
 代表的に恵美が問い返す。フィオナは柳眉を逆立て、
「どうして、私たちを助けるような真似をしたの? 競争だと言ったでしょう」
「ボクらは最強になりたいわけじゃない」
 恵美のまっすぐな瞳に、フィオナは一瞬、ひるむ。
「ボクたちはケモノを倒したいだけだ。その手段は問わない。自分の力で倒しても、君たちが倒してくれても、同じことだ。ボクは菜々や、自衛隊の仲間や、他のみんな……、戦う力を持っていない人たちを守る、そのために戦っているんだ。競争なんて、関係がない」
「……あなたたちも、同意見?」
 最初に頷いたのは、アメリアだった。
「あたしは、エミを助けるわ。エミが守ろうと思った世界を守りたい」
「僕は、それほど能力があるわけではありません。情報解析しかできませんから……、その能力を生かしてくれる人は、多ければ多いほどいい」
「ガタガタ言うなよ。生き残ればそれで勝ちだろ。勝ち方なんてどうでもいいじゃねえか」
 自衛隊の面々から意見を聞いたフィオナは、ふん、と鼻を鳴らす。
「……引き分けよ。それでいいでしょう?」
 言い残し、きびすを返した。
 立ち去るアルミュールを見送った自衛隊の面々は、ふぅ、と息を吐く。
「なんて言うか、フィオナも少し肩の力を抜くべきだよね」
「誰も彼も、エミみたいにできるわけないでしょう」
「違いねぇ」
 ひとしきり笑う。
 まだ、笑えた。それが、生きている証だった。



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