自衛隊特務部隊がバシリスク退治に向かったのは、会議の翌日だった。
「なるほど、あれが……」
 少し離れた樹上から見下ろすと、バシリスクが巣としているテーマパークはよく見えた。
 もともとは様々なアトラクションが並んでいたはずだが、その大部分は樹林によって覆われ、ただの苗床と化している。パーク内に張り巡らされていた水路だけが、かろうじて植物被害を免れているようだ。
「ちなみにこの中で、あそこに行ったことがある人は?」
「オレはない」
 アメリアの問いかけに、真っ先に答えたのは葛原だ。もっとも、彼の気質を知る面々からすれば、聞かずともわかっていた答えではあったが。
「エミは?」
「学校の行事か何かで一度だけ行ったかな。ジェットコースターみたいな乗り物がたくさんあったのは覚えているよ。井出君は?」
「小学生くらいの頃に来た覚えはありますが……、正直、あまり覚えていません」
「じゃあ、この中で土地勘があるのはエミだけってことね」
「まあ、そうなるのかな? あんまり関係ないとは思うけど」
 一応、四人が四人とも、昔の地図は見て、概略は把握している。だが、しょせんは昔の、しかも地図上のデータでしかない。現地は立体的で、もっと複雑だ。しかも、異常成長した植物により、経路は著しく変わっている。昔のデータはあてにできない。
「よっしゃ、それじゃあ行くか」
 四人は葛原を先頭に、テーマパークへと侵入した。
 このテーマパークは、大きく分けて二つのエリアがある。陸地のエリアと海辺のエリアだ。自衛隊員がバシリスクと接敵したのは海側のエリアだとのことで、全員でそちらを探索することにした。
 周囲は木々に覆われているものの、もともと園内にあった備品も色々と残されている。特徴的なベンチやゴミ箱、独特な形状の車、映画にでも出てきそうな建物。開けているようで死角も多く、四人は葛原の嗅覚を頼りに、互いに神経を研ぎ澄ませながら進んでいく。
 園内の中心に近い場所には、人造湖があった。テーマパークの一部としてはかなり大がかりで、身体能力に特化した恵美でも、一足では反対側まで行けないだろう。対岸に見える火山も作り物だが、湖と合わせて、かなり凝った造形だ。
 湖の外周を沿うように歩いて行くと、ときおり町並みが変化する。このテーマパークはエリアごとに違ったコンセプトで町並みを作り上げている。その境目は、いまだに健在らしい。
「……いた、こっちだ」
 葛原の嗅覚に、反応が現れる。四人で慎重に進むと、深い樹林の向こう側に、それが見えた。
 石造りの遺跡を思わせるアトラクション。その頂上に、巨大なケモノの姿があった。鳥のような四足に、爬虫類特有のぎょろりとした寒々しい目。全身は羽毛のようなもので覆われているが、翼はない。
 間違いない。バシリスクだった。
「まずはボクがアタックするよ。アメリア、サポートをお願い」
「OK」
「無茶すんなよ」
「わかってるさ。じゃあ、行くよ!」
 先頭を切ったのは恵美。特化した運動神経を存分に使い、巨大神殿アトラクションを駆けあがっていく。
 すぐさま、バシリスクも恵美の姿を認め、威嚇するように全身の羽毛を毛羽立たせた。
「そらッ、『ミカヅチ』!!」
 恵美が刀を振るうと、直後、バシリスクの体が弾ける。呪力塊を刀身から放つ業――ミカヅチ。体術に特化した恵美ではたいした攻撃力にもならないが、牽制には十分だ。
「エミ、そいつのまわりで息を吸うんじゃないわよ!」
「わかってる!」
 答え、恵美は全力で駆け抜けた。一陣の風と化した恵美をバシリスクは捉えきれず、斬線が浅くケモノの体をかすめる。
「……ッ、こいつ、固いッ!」
 斬りつけた恵美は、同時に遺跡を駆け下りながら叫んだ。
「まるで石みたい……、いや、石より固い! 生半可な斬撃じゃダメージにならないよ!」
「そう、それなら……、これならどう!?」
 続いて、アメリアの呪力が解き放たれる・
 冷気は瞬く間にケモノの周囲を覆い尽くし、巨大な氷柱を作り出した。氷に閉ざされ、バシリスクは身動きできなくなる。
「今よ、エミ! 溜めなさい!」
「任せて!」
 巨大な樹上に飛び降りた恵美は、刀を手に、意識を自分の内面へと集中させた。
 莫大な呪力をチャージし、一撃に込めることで威力を上げる、八雲流の奥義――ツクヨミ。その威力ならば、バシリスクの装甲も突破できるはず。
 流れる呪力をせき止め、莫大な呪力を一刀に集め……。
「ッ!」
 枝を踏み切り、飛び出そうとした恵美は――刹那の判断で、よこっとびに逃げた。
 直後、恵美の駆け抜けようとしたラインを、バシリスクの口腔から放たれたブレスが埋め尽くす。
「ケェェェェェェェ!!」
 バシリスクは奇怪な叫び声をあげると、全身をたわめた。力が氷を押し返し、ひび割れる。氷柱を砕き、その本体が自由を取り戻す。
 体勢を崩した恵美は、立て直すために引き下がった。そこに、井出と葛原が合流する。
「やはり、既存の毒物とは一致するものが見つかりません。呪力を毒性のあるガスに変質させているのかも……」
「呪力なら話は早いじゃねえか。全身を呪力で覆っちまえばいいんだろう?」
「それは熱や刃といった、物理的な障害に対してだけです。毒はどこで作用するのかわかりません。吸い込まなければ害はないかもしれませんが、それも断定できない。近づくのは危険です」
「じゃあどうしろってんだ。あいつの体は恵美の攻撃でさえ傷ひとつねえんだぞ? ミカヅチやアメリアの氷程度じゃダメージにならねえ」
「それを今、考えているんです!」
「……井出君、逃げろッ!」
 恵美が飛ぶと同時、葛原は井出をひっつかんで跳ねた。そこに、バシリスクの尾が走り抜ける。
「バシリスクのしっぽだ!!」
 尾刃は執拗に伸び、恵美を追いかける。迫る硬質な先端を、恵美は刀で弾き返した。重い手ごたえに、意図せず手がしびれる。
 恵美は周囲の樹木を足場に逃げ回りながら、尾刃と殺陣を繰り広げた。一撃が重いうえに速い。純粋なパワーの違いだ。
「くっ!」
 すでにチャージした呪力はどこかに霧散していた。これだけ一方的に狙われては、呪力を溜めるのもままならない。
 恵美が歯噛みした時、
「ケェェェェ!?」
 バシリスクの悲鳴が響いた。尾刃がするすると舞い戻っていく。
「あれは……」
 見上げれば、巨大な本体を、同じように巨大な人が殴りつけていた。米軍の呪力兵装だ。
 巨人は荒々しく腕を振り上げ、ケモノの体を殴り飛ばした。遺跡のアトラクションも一緒くたに破砕し、巨人は突き進む。
 樹林を踏み分けて体勢を立て直したバシリスクは、ブレスを吐いた。目に見えるほど濃密な呪力が巨人を覆う。
 ――しかし、それだけだった。
 構わず、アルミュールは手近にあった岩塊をつかみ、投げつけた。轟音と共に岩塊が砕ける中、巨人はケモノとの距離を詰める。
 ガツン、とストレートが炸裂した。樹林をかたっぱしからなぎ倒し、バシリスクの体が飛んでいく。その体が、不自然に上空へと跳ねた。
 もう一体の呪力兵装だ。対面にいた二体目は、先の一体と息を合わせ、バシリスクに追撃を加えていく。
 ボールのように跳ねたバシリスクを追いかけるアルミュール。両手をハンマーのように振り下ろし、弾く。向かう地面には、すでに別機が待機している。
「ッ!?」
 思わず顔をしかめたくなるほどの衝撃音が響き、バシリスクの体が吹き飛んだ。残されていたアトラクションなど関係なしに打ち砕き、飛んでいく。
すっ飛んだバシリスクの体は、アラビア風の建物に激突して止まった。二体の巨人はとどめを刺すべく、バシリスクを追いかける。
「大丈夫か……?」
 その姿を見ていた恵美は、思わずこぼした。脇に立つアメリアが問いかける。
「大丈夫って?」
「なんとなく、反撃が少なすぎるような気がする。あいつはA級の呪力を持っているんじゃ?」
「そう、ね。確かに、弱すぎる」
 攻撃方法に苦慮していた自分たちが言うことではないかもしれないが、バシリスク自身の能力は、しょせんブレス頼り。尾刃の攻撃力はあなどれないが、生身の恵美が剣でかわせる程度なのだ。大型種の膂力を考えれば、たいした程度ではない。
 以前、神威が交戦したA級は、言っては悪いが、もっと強かった。炎竜アジ・ダハーカの炎は建物を溶かし尽くすほどの火力があったし、相手を逃がさぬ結界も張っていた。死神アトラク・ナクアは死者を操り、酸の攻撃は浴びれば呪力の鎧を突き抜けてダメージを与えてきた。
 引き換え、バシリスクにはそういった特徴がない。防御力も、ただ表面が固いだけだ。呪力で弾かれているわけではない。
「何か、あるはずなんだ」
「……」
 アメリアは、恵美の言葉に反論できなかった。確かに、この程度で終わるようには思えない。
 だが、現実問題として、目の前ではアルミュールが大型種にとどめを刺そうとしている。建物の外壁に押しつぶされたバシリスクは弱々しく鳴き……、そして。
「ッ!?」
 突如、そこにあった建物が爆散した。



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