米軍と自衛隊特務部隊の合同演習が始まった。
 米軍の呪力兵装アルミュールは、近くで見るほど、その威力が絶大であることがはっきりとわかった。
 まず第一に、ダメージを受けない。エネルギー源の呪力は障壁としても活用しているようで、通常の銃弾では損傷を受けないのだ。そのため、変種を相手にしても、小型種程度の攻撃など何の意味もなさない。
 第二に、その巨体。通常の兵器は、大きいと投影面積が増え、攻撃を受けやすいというデメリットも出てくる。だが、対変種に限っていえば、大きさはメリットだった。なにせ敵は変質したとはいえ獣、自分よりも大きな相手には、本能的にひるむらしい。ひるませるだけならば戦車でも同じだが、呪力兵装は、さらに攻撃も可能だ。
 第三に、弾薬の補給がいらないということ。人型に近い呪力兵装は、格闘戦を主な攻撃手段としている。これは、弾薬の補給が難しい現状によく即している。
 その性能には、甲斐もうなるしかなかった。
「……あいつにしてはよく考えられた機械じゃないか」
 切り払われた森。その、少しばかり開けた空間で、呪力兵装と恵美たちが戦っている。そんな様を眺めながら、甲斐は言った。
 隣でデータを取っていた井出が返す。
「確かに、凄いですね。スピードは恵美さんに遠く及びませんが、パワーは自衛隊の誰よりも強い。今までの大型種のデータから類推するに、勝てない相手はそういません」
「Aランク相手でもか?」
「可能性は十分に。実際にAランクの炎を受けられるか、攻撃が通せるか、といった疑問は残りますが……、それは悪魔の証明です」
「ふむ。まあ、妥当な結論だな」
 そう評した甲斐の横顔を見上げ、井出は首をかしげた。
「あの。最初から思っていたんですが、博士は、どうしてそんなにディランさんを嫌うんですか?」
「私があいつを嫌っているように見えるか」
「むしろそうとしか見えませんが」
「……」
 甲斐はしばし押し黙った。コミュニケーションが苦手な井出は、何を言えばいいかわからず、同じように沈黙する。
 やがて、甲斐は小さく口を開いた。
「あいつと私は同じ大学だった」
「博士と?」
「ああ。もっとも、研究分野がまったく違った。あいつは工学畑、私は生物学だ。通常、大学と言う場所は、分野が違えば接点などほとんどない。だが、私とあいつは別だった。それもこれも、あいつが成績優秀だったからだ」
「えっと……?」
「私は、自分で言うのものなんだが、天才だ。少なくても教授連中の研究は、私の頭脳ひとつでどれも先に進んだ。大学内での私は評価が高く……、相対的に、あいつの評価はそれなりに留まった。それが気に食わなかったんだろうな、あいつは学生時代から、よく私に噛みついていたよ」
「逆恨みじゃないですか」
「その通りだ。とはいえ、あいつは本気で、常に私を追い越すことだけを目標にしていた。うっとうしいったらない。そのうち、私の方が根負けして、大学を出たが……。まさか、こんなところで再会するとはな」
 一息。甲斐は言葉を続ける。
「さっきの質問に答えようか。私はあいつが好きじゃない。研究など成果が全てだ、成果が残せないのを他人のせいにしていたあいつは、研究者として好きになれん。だが一方で、一人の人間としては、あいつの言いたいこともよくわかる。常に勝てない相手が身近にいるとなっては、心が落ち着かないのも当然だろう」
 ふん、と鼻を鳴らし、甲斐はパソコンに視線を落とした。
 示されているのは呪力兵装のポテンシャルだ。高い攻撃力、圧倒的な防御力。恵美とて全力を出せば呪力兵装並の攻撃は可能だが、彼女の場合、チャージには時間が必要だ。そんなデメリットなしに強力な攻撃が可能な兵器というのは、やはり強い。
「まあ、個人的な好き嫌いはあるにせよ、呪力兵装という装備は有用だ。うまくすれば、Bアンプルなどよりよほど効率的に、世界を救えるかもしれん」
 そう言う甲斐の表情は、決して晴れやかとは言えなかった。
 そんな横顔を見上げていた井出は、パソコンの隅に出た表示に視線を落とす。
「メール?」
 送り主は自衛隊員。応援要請だ。
 内容に目を通していた井出は、表情を曇らせる。
「どうした」
「都内の駐屯地から応援要請が来ています。大型種出現、推定ランクは……、Aだそうです」
「とうとう来たか」
 Aランク大型種。あらゆる変種の最上位に位置する、正真正銘の化物。
 Bランク以下の大型種が発見されていた時点で、いつか、こういう日が来るとはわかっていた。大型種は成長する。全てのBランクを発見するなど不可能である以上、いずれは、Aランクが出現する運命だったのだ。
「被害は?」
「自衛隊員が100人ほど。幸い、駐屯地から外れた場所に営巣しているようで、人的被害は抑えられています。ただし、移動を開始されれば、その限りでは……」
「……恵美たちを集めろ」
 甲斐は静かに命じるほか、なかった。



 駐屯地内、隊舎の会議室。
 殺風景な部屋には、いつものメンバーに加え、米軍特殊部隊の三人も集まっていた。
「まずは、現状で判明している情報です」
 井出の能力により、映像が壁へと投影される。映し出されているのは、自衛隊員が撮影した変種の写真だ。
 ずんぐりとした体格。長い尾があり、その先端は剣のように鋭い。地面を踏み締める4つの足は鳥のようにも見えるが、翼らしきものはない。顔つきは爬虫類のようだ。
「営巣している場所は千葉県浦安市。ちょうど、テーマパークがあった場所ですね。発見されたのは三日前。小型種狩りに参加していた自衛隊員が偶然、発見したようです。最初に接敵した小隊は壊滅。以降、偵察に参加した自衛隊員までもが被害を受けています」
「能力は?」
「現状、判明している能力は主に2つ。1つは明確で、尾による攻撃です。尾の先端に見える金属みたいなものは、実際に金属より固く、戦車を両断したとの報告があがっています。また、混乱した部隊の報告なので正確ではないかもしれませんが……、この尾は見かけよりも伸縮性があるようで、ゆうに100メートル先の敵すら両断できるとのことです」
「見かけの長さにだまされると、ぐいっと伸びてくるってわけか」
「その通りです。最も伸びた状態でどこまで届くかは不明ですが、およそこちらの攻撃が通じる範囲は、相手の間合いと考えていいでしょう」
「厄介だな」
「それもそうですが、もうひとつの能力も危険です。こちらは詳細がわかっていないのですが、近づいた自衛隊員が……、その、いきなり意識を失ったように見えた、とのことです」
 井出の説明に、皆が首をかしげた。
「いきなり気を失ったって、どういうこと? 呪力にそんな効果ある?」
「わかりませんが、強い呪力のせい、というよりは、むしろ毒性のあるガスか何かを放出しているのではないかと。ガスの種類は不明ですが、動物の中には、麻痺させる種類の毒を生成できる種類が多くいます。そういった類のものではないかと」
「対策は?」
「詳細がわからないので、なんとも言えません。ですので、まずは主力メンバーによる威力偵察を敢行すべきかと。相手の検体が手に入れば、そこから遺伝子解析をすることが可能です。今まで現れた変種は、イザナミを除き、全て既存の生物の延長線上にあります。遺伝情報を解析できれば、相手の手の内も、弱点も調べることができるはずです」
 井出の説明に、甲斐は頷いた。
「そうだな、まずは恵美を中心に、奴の体を一部分でも奪って……」
「何故、そんな面倒なことを言っているの?」
 全員を見渡しながら指示していた甲斐の言葉を遮ったのは、フィオナだった。
 異国の軍人は面々を見渡し、
「相手の能力をいちいち調べていたら、それだけで時間がかかるわ。変種は時間を置くほど加速度的に強くなる、そう断言したのは日本のチームではないの?」
「それはそうだが、確実に刺せないのであれば、無駄なダメージも多くなる。効率は考えるべきだ」
「だから、そんなつまらないことを言っていないで、さっさと倒せば済むと言っているのよ。しょせんは獣よ、戦って勝てない相手じゃないわ」
「Aランクを甘く見ない方がいい。我々だって、Aランクとの戦いでは犠牲も出ている」
「私たちはそんな甘っちょろいことなんか言わないわ」
 はん、と鼻を鳴らしたフィオナは、
「そうだわ、こうしましょう。私たちとあなたたちでの競争。先に奴を倒した方が勝ち。勝者は敗者を従える。どう? わかりやすいでしょう」
「……本気か?」
「ジョークは言っていないわ」
 甲斐は、その鋭い視線を、ディランへと向ける。
「ディラン。お前の意見は」
「Aランクの変種が強敵というのは、僕も賛成するけどね」
 そう前置きし、ディランは隣に座る部下を見た。
「だけど、フィオナ大尉がそう言うのであれば、僕もやってみていいと思う。ちょうどいい、日本のエースとアメリカのエース、どちらが本物か、ここで証明しようじゃないか」
「戦いをなんだと思っているんだ! 下手をすれば、全滅もありうるんだぞ!」
「君こそ勘違いをしていないかい? 日本とアメリカはスタンスが違う。君たちは確実に、仲よしこよしで生きていくつもりかもしれないが、アメリカ側は犠牲を払ってでも変種を駆逐するつもりだ。現存している変種は増える一方、のんびりと確実に……、時間をかければ、相手を利する可能性も否めない。そんな愚は冒せない」
「だが……」
「レイナ、ちょうどいいじゃないか。どうせ日本側と我々は、いまだに足並みを揃えて共同の作戦に挑めるほど息が合っているわけじゃない。お互い勝手にやる、その中で有益な情報のみ共有する。そういう姿勢でやろうじゃないか」
 ディランにまくしたてられ、甲斐は反論すべき言葉を失った。
 確かに、巧遅は拙速に如かず、とも言われる。早めに仕掛ければ、それだけメリットも生まれる。だが、それはリスクを負ったうえでだ。
「ちっ……。誰か、他に意見は?」
 全員を見渡した甲斐に対し、恵美が手をあげた。
「なんだ、恵美。言ってみろ」
「どうってことはないんだけど。そいつの名前はなんていうの?」
 まったく的外れの質問に、甲斐は思わず脱力した。
「……井出」
「はい。えっと、認識名称は……、【バシリスク】。小さな王、です」
「バシリスク、ね」
「いや、それもいいんだが、恵美。他に思うところはないのか?」
 甲斐の言葉に、恵美は首をかしげた。
「うん? それぞれで戦おうって話でしょう? 確かに協力できるなら越したことはないけど、ボクもフィオナさんたちの戦い方とは合わないしね。お互いがお互いを利用する、そんなんでいいんじゃない?」
 あっけらかんと言う恵美に、甲斐は目を丸くした。
「お前……、あっさりとしているな」
「そうかな? でも、ボクたちも、最初はそうだったじゃないか。アメリアや葛原君が突っ走って、それをカバーしたりして。そのうち、お互いの呼吸とかわかって、協力できるようになるよ」
 ねっ、と言い放つ少女に、皆が言葉を失った。
「ふふっ」
 最初に笑い出したのは、アメリアだった。その笑いが、他の面々にも伝染する。
「うふふっ、そうね、エミの言う通りだわ。実戦の中でしか見えないものもある。なら、それぞれのやり方でやってみるべきだわ」
「……どうなっても知らんぞ」
 憮然と言い放つ甲斐に、異論は出なかった。



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