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フィオナ・クローゼと謎の巨人を引き連れ、アメリアたちは拠点に帰還した。そんな彼女たちを出迎えたのは見知った顔と、見知らぬ顔。 「よく帰った」 いつもと同じ不機嫌そうな面で出迎えたのは甲斐玲奈。その後ろに、見知らぬ白衣姿の男性と、筋骨隆々とした男が並んでいる。 その顔を見た途端、葛原は顔をしかめた。 「……なんでテメエがここにいるんだ、加賀谷」 「けっ、仕事だよ、クズ。てか、おめえも生き残ってたんだな。ま、お互い、悪党ってのは死なねえもんだなぁ、おい?」 「本当だぜ。テメエみたいな糞野郎こそ真っ先に死ぬべきだったってのにな」 「ちょ、ちょっと、葛原君。やめなよ。それより、知り合いなのかい?」 葛原は片方の眉をはねさせながら、 「まあ、な。白衣の野郎は知らねえが、こいつは知っている。加賀谷克哉。まあ、オレと似たような人種だよ。昔は新宿で犯罪まがいのことばっかやってやがったが……。確か、何年か前にアメリカに行ったって聞いてたけどな?」 「おいおい、犯罪まがいってのはお前らも同じだろうが。それに、確かにアメリカに行ってたよ。そんで、海軍に入った。今回はその仕事だ」 「海軍? テメエが?」 「まあな。暴れるのは好きだからよ」 「そこらへんの経緯は僕が関係している」 後ろで言ったのは、白衣姿の男だった。 「はじめまして。僕はディラン・マクレガー。米海軍特殊部隊所属だ。階級は中佐。フィオナ大尉とカツヤ少尉は、僕がスカウトした特殊部隊用メンバーだ。特にカツヤ少尉は、とにかく体力はありそうだったからね。僕の研究パートナーとしてふさわしかった」 「研究パートナー?」 「決まっているじゃないか。フォース……、いや、君たちの言葉で言えば、呪力の実験だよ」 その言葉に、アメリアたちは息をのんだ。 「何かおかしいかい? 少なくともレイナは同じことをしている。僕が批判されるいわれはない」 「博士、彼は……」 「少なくとも私の研究所にこんな劣等意識の塊みたいな男はいなかったはずだ」 甲斐がにらむと、ディランは肩をすくめた。 「レイナ、いいかげんにしてくれないか。確かに僕は学校という狭いフィールドで君に後れを取っていた、それは認めよう。だが社会に出て、お互いに同じ分野で研究を行い、それぞれに成果を出した。なら、互いに一定の評価は下すべきだと思うが?」 「……成果、ね」 甲斐はいまいましげに、鋼鉄の巨人を見上げる。 「これ、もしかして、ディランさんが?」 「そうさ。僕の作り上げた、フォースを原動力に動く新しいパワードスーツの形! その名もアルミュール!!」 「鋼鉄の鎧、ね。まあ、呪力を有用なエネルギー源として活用できた点は認めよう」 「エネルギー源? とんでもない。アルミュールの利点はそれだけじゃない」 「……確かに、これが量産できるのなら、私たちはいらないかもしれないわね」 アメリアは肩をすくめた。 「こいつの戦闘は凄かったわ。推定Bランクのケモノを、力押しで倒してしまうんだもの。相性もあったでしょうけど、間違いなく、対変種において、こいつは十分に活用できるわ」 「そうとも、そうとも! よく理解しているね! 今のところ撃破スコアはBランクにとどまっているが、それは実際問題としてAランクが出現していないせいだ。こいつならばAランクの大型種を相手にしても十分に渡り合える、僕はそう確信している!」 ディランの言は、あながち間違いとも言い難かった。 実際にAランクと戦った恵美やアメリアからすれば、その強さは一線を画す次元だとよく理解している。だがそれも、Bランクを倒せて、初めて至るランク。その点において、無傷でBランクを倒せるというのは、十分に可能性を感じさせる事実だ。 「この、アルミュールでしたか、運用できる人に制限は?」 井出の質問に、ディランは良い質問だ、と答える。 「まあ、最低限の環境で長時間の運動を強いるに等しい兵器だからね。大なり小なり体力は求められるが……、呪力の有無は関係がない。よって、一軍人であろうとも運用は可能だ」 「なるほど、それは確かに有用ですね。量産できれば、ですが」 「……君の想像通り、現状は部品調達の段階からして手作業でしかできない状況ではあるがね。工場の稼働が再開すれば、加速度的に増産できるようになる。そうすれば人間は居住区域を取り戻し、平和を手にすることが可能だ」 「それは、徐々に成し遂げていけばいいでしょう。それより博士、どうしてディランさんたちがここに? アルミュールというのも、米軍からすれば、特秘に値する存在では?」 「軍事演習だそうだ。いいか、私が決めたわけじゃない。私に決定権があれば、こんな男と一緒に演習などするものか。決めたのは国見で、決定する権利があるのも、あのクソ総理だ」 「なるほど」 井出が頷くと、今まで沈黙を保っていたフィオナが口を開いた。 「大統領からは、あなたたちから、変種を討伐するのに必要なノウハウを学ぶよう言われているわ。とは言っても、学ぶことなど、あまりなさそうだけれど」 「どういう意味ですか?」 「言葉通りよ。あんなBランクの動物程度に手間取っているようじゃ、話にならないわ。格下から学べなんて、屈辱もいいところよ」 「ちょっと、それはないでしょう! エミは生身なのよ! あんたみたいに、機械の奥に隠れているわけじゃないわ!」 アメリアの反論に、フィオナは鼻を鳴らした。 「だから、そんな前時代的な手法に頼っていること自体がおかしいのよ。100年以上前の戦争でさえ乗り物が主役だったのよ? 歩兵が最有力のカードなんて言っている時点で、笑い話にもならないわ」 「なんですって……!」 「アメリア、やめよう」 激昂するアメリアを、恵美が抑える。 「エミ、でも!」 「いいじゃないか。フィオナたちの戦闘力は本物だった。強い人が増えれば、それだけケモノに対抗する方法も増える。結果的に、救われる人が増えるんだ。ボクはケモノ相手に負けるつもりもないけど、ボクの手が世界中に届くわけじゃない。強い人は、多いに越したことない」 「それは……、そうかもしれないけど」 毒気を抜かれたアメリアを背にし、恵美は笑顔を作る。 「よろしく、フィオナさん。加賀谷君。ディランさん。ボクは八雲恵美、自衛隊特務部隊のメンバーだ」 屈託なく笑う恵美に、フィオナは少しだけ目を丸くし、加賀谷は鼻で笑った。ディランだけがまともに笑顔を返し、その手を握る。 「よろしく、エミさん」 米軍特殊部隊の三人は、自衛隊の駐屯地にある、数少ない建屋に身を落ち着かせることになった。部屋数の関係上、ディランと加賀谷は同室へ、フィオナだけは個室だが、広さはせいぜい四畳半といったところだ。 もっとも、演習に来ているのだ。ディランは工具や技術情報の詰まったパソコンやら、それなりに荷物はあるものの、フィオナ自身の荷物など鞄ひとつに収まるくらいしかない。 室に落ち着いたフィオナは、鞄から通信機を取り出した。軍用の衛星を介して通信を行えるうえ、高度な暗号化を施すことで、傍受される心配も少ない装備だ。 呼び出してほどなく、相手が出た。 「無事、着任しました」 『そうか。どうだ、日本は』 「どうもこうもありません。何より、日本人の能力は、とても我々が見習う次元とは思えません」 『どういう意味かな?』 「そのままです。日本人の特務部隊とも接触しましたが、彼らはB級程度の変種にさえ苦戦していました」 『それが不満だと?』 「ええ、もちろん。日本人など、我々が相手にするまでもありません。勝手に潰れて死ぬでしょう」 『もちろん、君たちは優秀だ。だが、日本人には、それだけではない何かがある。先の大戦が収着したのは、日本側の行動があったからだ』 「証拠はありません」 『だが、日本以外で変種の討伐成果を出せていなかったのも事実だ』 「……それは」 『それに、日本は何かを隠している。それを暴かぬうちは、日本を軽んじるわけにはいかない』 「それは、そうかもしれませんが」 『わかったら任務に集中するように。期待しているよ、フィオナ大尉』 通信が途切れると、フィオナは軽く嘆息した。 「本当に……、何かあるんでしょうね」 つぶやきながら、いまいましげに通信機をにらむしかなかった。 甲斐玲奈は、駐屯地の地下にある研究スペースへと戻った。 研究スペースとは銘打っているものの、結局はただの倉庫だ。そこに、必要な設備や薬品を自分の研究所から持ってこさせ、設置してある。 広い倉庫のはずだが、今は甲斐の持ち込んだ種々の設備によって、むしろ手狭に感じる。本来ならば人間が居住するスペースにでも当てるべきなのかもしれないが、変種の研究は最重要だ。そして、研究に使う薬品――特に変種から抽出した血液を元に作ったBアンプルは、日光を嫌う。ゆえに、こうして地下にもぐらざるをえない。 甲斐自身、本当なら自分の研究所で研究をしたいところだ。だが、護衛を分散させるわけにもいかない以上、これが妥協点なのだ。 研究スペースには、甲斐の研究を手伝っている科学者が三人ほど詰めていた。大災害直後はサポートする人間もいなかったが、こうして徐々に復興が始まった現状、なんとかスタッフを確保することができていた。 甲斐は、その中の一人、男性研究員のもとに向かう。 「どうだ、朝宮」 「いくらなんでも、そんな手早く解析できませんよ」 返答し、朝宮は試験管に目を向ける。 「ただ、狐型大型種から検体を取れたのはラッキーですね。こいつと以前の大型種を比べれば、より研究が進むかもしれません」 「恵美たちはすでにCランクの大型種も討伐していただろう。そっちはどうだ」 「以前と同様、脳内からイザナミを発見しました。遺伝子情報も以前のものと違いがありません。同質の存在が再び現れたと考えるのが適切ですね」 「……絶滅したわけではなかった、ということか」 「そうでしょうね。実際、一匹のイザナミを討伐すれば、他のイザナミ、ひいてはイザナミに寄生されていた大型種も死滅するなんて、非科学的です。世の中、そんな簡単に物事が解決するはずありません」 「まあ……、な」 甲斐はひとつ頷き、 「とにかく、以前の変種と違う点を徹底的に探すんだ。それが、この状況を打破する糸口になるかもしれん」 「はい、わかりました」 指示した甲斐は、自らもダキニ検体と向き合う。 戦うことのできない彼女にできる応援とは、これしかない。 空には大きな月が輝いている。その下で、アメリアは空を見上げていた。 駐屯地の中にある隊舎の屋上。何もない殺風景な場所だったが、一人きりになるには適した場所でもあった。 そうしていると、ふっ、と影が飛び降りてきた。 「何を見ているんだい、アメリア」 「エミ……」 空から降ってきた友人に、アメリアは眉をひそめる。 「どこから来るのよ。普通に階段で来られないの?」 「この方が早い」 「横着ね」 恵美はアメリアの隣に座る。二人で、並んで空を見る。 「あのハンマーエイプ……、それに、狐も。間違いなく大型種だったわ」 「そうだったね」 「エミが殺せなかった敵が、まだそんなにいるのかしら」 「それは、よくわからない。そのあたりは博士が調べてくれるだろうけどね」 でも、と恵美は続ける。 「なんとなく、前とは違う気がするんだ」 「違う?」 「うん。なんて言うか、以前の変種はもっと気持ち悪かった。黒い思念の塊って感じで。なのに、あのハンマーエイプも、狐も、そんな感じは全然しなかった。なんでだか、わからないんだけど……。強いて言うなら、前のケモノは繋がっていたのに、今のケモノはその輪から外れているような、そんな感じかな」 「繋がっていない……? イザナミのネットワークは途切れたままってこと?」 「そんな気がするんだ。普通に考えたら、そんなことないと思うんだけど。実際に、これだけたくさんの大型種が出現しているんだし」 恵美の横顔を眺めていたアメリアは、くすりと笑った。 「あなたが言うのなら、そうかもしれないわね」 「信じてくれるの?」 「もちろん。あなたは、不思議な人だわ」 夜風が二人をなでる。暑気が払われ、少しだけ気持ちが緩む。 「あたし、少しだけ不安だった。また昔のような世界に戻るのかなって。でも、今のあなたの言葉を聞いたら……、気楽になったわ」 「そういうものかな?」 「ええ。以前は、得体のしれない、イザナミの作り出した巨大な影におびえていた。だけど、今はそうじゃないって言うのなら……、何か原因があるんだと思う。理由があるなら、解決もできるわ」 「ボクにはその理由、全然わかんないんだけどね」 「それを考えるのは博士でしょ」 「それもそうだ」 ふふふっ、と二人分の笑い声が夜風に流れる。 「……本当に、あなたは不思議ね。話すだけで勇気をくれる」 「ボクは何もしていないよ」 「あなたにとって特別な何かでなくても、それがきっかけになることもあるのよ」 たった一人の少女によって、運命までも変わった少女は――はっきりと告げる。 「エミ、あたし、頑張るわ」 「うん。ボクもだ。一緒に頑張ろう」 二人で手を握り合い、誓う。 月だけが、そんな二人を見守っていた。 |