駐屯地の外れに、呪力兵装アルミュールが駐機している。
 無事な機体と、無事ではない機体。そのメンテナンスを行っているのは、開発者でもあるディランだ。
 現状、科学者と呼べる人間は、極端に少ない。それも当然と言えば当然で、もともとサバイバルに適していない頭脳労働者の大半は、変化した植物たちが世界を覆い尽くす過程で倒れていった。満足な食事も得られず、安息などないストレスに満ちた生活は、研究室にこもりきりの彼らには厳しい世界だったようだ。
 ゆえにこそ、ディランもまた、アルミュールはほとんど一人で開発した。もちろん元となるパワードスーツはあったが、それにしても、これだけの巨体をくみ上げることができたのは――軍人の手助けがあったにせよ――彼が、それなりに肉体派だったということだ。
 白衣の下に隠された体は引き締まり、工具を握る手は硬くなっている。
 ディランの階級は、普通の軍人とは違う。彼は呪力という最大級の土産だけを手に、通常とは異なるルートで昇進してきた。彼の存在は軍部の上層と政府中枢の人間しか知らない。
 それは、ディランの背後で作業を見守る男も同じだった。
「カツヤ少尉。見ているなら手伝わないか」
「何をしろってんだ。あんたと違って、こちとら頭が悪いんだ。言われたことでなきゃできねえ」
「……それもそうだな」
 ディランは短く返し、機械に向き合う。
 アルミュールは乱暴な扱いを想定しているものの、結局は精密機械だ。特に呪力を生み出す中枢部は慎重な調整が必要になる。他人に任せられる仕事ではない。
 ディランがアルミュールの調整にかかりきりになると、加賀谷もまた、とたんに退屈になる。
 もともと、彼はすることがない。暇つぶしはしたが、それでもまだ修理は完了していないのだ。できることがないという事実に変わりはない。
 そうして加賀谷が退屈を持て余していると、
「おい、加賀谷」
 声に振り向くと、見知った顔がしかめつらを晒していた。
「んだよ、クズ」
「テメエに聞きたいことがある」
 葛原は、最近よく一緒にいる金髪の少女――アメリアを連れていた。加賀谷からすれば、葛原がチームの仲間でもない少女を連れ歩いていること自体、驚きしかない。あるいは、今のチームこそが彼女、ということか。
「鹿島真矢。覚えは?」
「知らねえな」
「女の子だ。まだ十代で、胸のでかい子だ」
「お前の女か?」
「いや。その子が、今日、殺された」
 葛原の物言いに、加賀谷は眉をひそめた。
「そうかい、そりゃご愁傷様とでも言っときゃいいか? んで、犯人はどこの動物だ」
「ケモノじゃねえ。人間だ」
 葛原はまっすぐ加賀谷を見つめながら続ける。
「真矢の匂いは駐屯地から離れる方向に、まっすぐ向かっていた。オレはその匂いを追いかけ、真矢の死体を発見した。無残なもんだったさ。心当たりは?」
「知らねえっての」
「鹿島真矢は裸足だった。周囲に靴もなかった。樹林なんか、履物なしで歩けるような場所じゃねえ。となると、誰かに抱えられていたって考えた方が、無理がない」
「人間を抱えられるなんて言ったら、そりゃあ動物どもじゃねえのか」
「ケモノが駐屯地で女の子をさらえば誰かが気づく。かといって、女の子を抱えて樹林を通れる人間なんざ数が限られる。当てはまるのは、何人もいねえ」
「じゃあ自分で歩いてったんじゃねえの?」
 加賀谷が言った次の瞬間、葛原は加賀谷の胸ぐらを掴んでいた。
「放せ。立場、わかってんのか」
「お前こそわかってんのか。オレたちは人間を守るって大義があるから力を持っているんだ。テメエのために使えば、ケモノと変わらねえ」
「ちげえな。ケモノは無差別に生物を襲うが、人間は選ぶ」
「……」
 葛原は黙したまま手を放す。そのまま加賀谷をにらみつけ、
「テメエが……、人間のクズってのは知っている。だが、現状はクズでも使わなきゃいけねえんだ」
「確かにお前は使われてんな、クズ」
「いつか自体が解決したら、オレがお前を殺してやる」
「なんでだ? そのメスガキはお前のつれでもなんでもねえんだろ?」
「オレが……、神威だからだよ」
 そのままきびすを返そうとした葛原に、声が飛ぶ。
「待ちなよ。ミスタークズハラ」
 足を止めた葛原が振り返る。ディランもまた、作業の手を止めていた。
「君が疑問に思ったのは、それだけなのかい?」
「それだけってなんだ」
「もしもカツヤ少尉が犯罪を……、現行の法執行機関が成立していないことを考えると、犯罪に等しい行為と言うべきかもしれないが、そういった行動を取ったと仮定する。だが、同時、彼が犯人とわかったところで、君たちには手出しできまい」
「わかっていりゃあ、追い出すなりなんなりできるだろうが」
「そんなわけないだろう? 僕らは米国の代表で、しかも変種に勢力を奪われた現状を鑑みれば、米軍全体よりも重要な存在だ。それを、ただひとりの自衛官に過ぎない君の独断で、どうこうできまい」
「そうさせる」
「違うだろう? 君とて、政治的な機微はわからないにせよ、難しいということはわかっていたはずだ。すなわち、君は別の目的があった。言い換えれば、犯人と目される人物に聞きたいことがあった。違うかい?」
「……」
 ちっ、と舌打ちした葛原は、加賀谷をにらむ。
「おい。鹿島真矢の遺体は、ひでえ怪我をしていた。心当たりは」
「獣に喰われたんじゃねえのか」
「違うな。オレも医者じゃねえから、正確なことを言えるわけじゃねえが……、あの遺体は、内側から破裂した・・・・・・・・ように見えた」
「内側から?」
 その言葉の意味。加賀谷はわからず、アメリアは不吉を感じ、そして――ディラン・マクレガーは正しく理解した。
「なるほど。日本人の好きな言葉で言えば、憂慮すべき事態、というやつだね」
「どうにかできるか」
「無理だ。すでに解き放たれた獣を捉えるなど。状況は悪化したと考えていいだろうね」
「えっ、ちょっ、クズハラ! どういうことなの?」
「わかんねえか。内側から破裂したってことは、内側に何かがいたってことだ」
「内側に……、腹の? あ……」
 ようよう、アメリアも意味を理解した。その、状況の悪さも。
「それこそ仮定の話だ。証拠はねえ、いや、証拠が見つかってからじゃ遅い。そういう話だ……。鹿島真矢は、獣に孕まされた」
「そん、な……」
「変種はどんな相手とでも交配できるって話だ。だから、あんなわけのわからねえ生き物が生まれる。人間と交配したって不思議はねえ。問題は、人間の遺伝情報をあいつらが手に入れる……、要するに、半分人間みてえな変種が生まれかねないってことだ」
「そうなるだろうね。人間は他の生物よりも脳が大きく、知性がある。道具で道具を作る知恵や言語によるコミュニケーションなど、決して身体的に優れていないにも関わらず、地上を支配できた。もしも変種が知性を手にし、群れで行動をし出すと……、厄介だね」
「ディラン、変種が成長するのにはどれくらいかかる」
「およそ一日あれば成獣になる。大型種は摂食した生物の遺伝情報を吸収するから、早ければ数日後には、可能性がある」
「アルミュールの修理は?」
「もう少しかかる。材料が足りないんだ、今は自衛隊に要請して、別の駐屯地から移送してもらう手筈を整えているところだ」
「間に合わねえ可能性もある、ってことか……」
「急ぐさ」
 ふん、と鼻を鳴らした葛原は、足先を変えた。
「どこに行くんだい?」
「うちの博士んところだよ。警戒を強めないといけねえ」
 そう言う葛原の顔は、青ざめていた。



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