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研究室前の廊下で、甲斐と葛原たちは対面していた。 「ヒトの遺伝子を持った大型種か……」 嘆息した甲斐は、続ける。 「とうとう現れたか」 「考慮はしていたの?」 「もちろんだ。小型種はあらゆる生物と交配する能力がある。それによる遺伝情報の混じり物も確認されている。人間が連中の標的になるのは、以前から考えていた」 「じゃあ、対策は……」 「ない。人間の遺伝子を連中が獲得した以上、厄介な大型種が次々と現れる可能性は……、否定できない」 「そう……」 甲斐ならば何か方策を示してくれるかもしれない。そんな淡い希望は、見事に打ち砕かれた。 「もともと、小型種は様々な遺伝子を持っている。大型種はそんな小型種を食らい、たまに遺伝情報を吸収し、さらに成長している節がある。ランクが上がると言い換えてもいい。人間の遺伝子を持った小型種が大型種に喰われれば……」 「当然、人間の遺伝子を持った大型種が生まれることになる」 「そうだ。今まで我々がAランクの大型種を狩ることができていたのは、連中が獣に過ぎなかったというのも大きい。もし連中が知恵を持ち、徒党を組むことを覚えれば、人類に勝ち目はない」 「勝ち目はないって……」 「当然だ。もしAランクが群れを成してみろ。どうやって討伐する? 一匹を殺すだけでも死ぬ思いだというに」 はぁ、と嘆息した甲斐は、 「井出の研究成果待ちだ。あいつが成果を持ち帰れば、人類にも勝機が出るかもしれない。少なくても、今の大型種を討伐できる何かがあれば、状況は飛躍的に改善するだろう」 「ちっ……、それまで、待つしかないのか」 「そうさ。もっとも、Aランクが人間の遺伝子を吸収するには相応の時間が必要だろう。ましてや、それが数を増やすともなれば、もっと時間はかかる。それまでに見つかるよう努力するしかあるまい」 話は終わったとばかり、研究室に戻る甲斐。そんな甲斐に、アメリアは声をかける。 「博士。何か手伝えることは?」 「サンプルを集めろ。それを調べ、考えるのが私たちの任務だ」 室に戻った甲斐と入れ替わりに、男性研究員が出てきた。 研究員は戻っていった甲斐と葛原たちを見比べ、 「あの、何かありましたか」 「ああ、いや、なんでもねえ」 「そうですか? まあ、博士は昔からきついというか、言い方が悪いところがありますからね。気にしないでください」 何を勘違いしたのか、メガネの研究員は和やかにそう言った。 「あんたは昔から博士と?」 「ええ、アメリカ時代から研究のお手伝いをしていました。日本に拠点を作ってからは、主にこちらで」 「よく生きていたな」 「偶然です。災害が起きた時、ちょうど非番で、自宅にいましたから。あんな人里離れた研究所にいたなら、きっと助からなかったでしょうね」 葛原は思い出す。二年前、甲斐の研究所には行ったことがある。東京の外れにあったその研究所では、出るに出られず、食事にすら事欠いていた有様がはっきりと見て取れた。 共食いする人間など、目の当たりにすることがないだけで、よくあったのかもしれないが――。 「博士は優秀なんですが、そのぶんコミュニケーションを取る能力と生活力には欠けていますから。大変ですよ」 「そりゃたいしたもんだ。そういえば、昔からBアンプルの研究はしていたんだろ? オレたち以外の呪力保持者とかいねえのか」 現行の呪力保持者は、大災害の後、茅野が主導して作り上げた対変種組織――神威の面々ばかりだ。アメリアや恵美のような生来の呪力保持者以外は、皆、神威としてBアンプルを投与されている。 「いないこともないですが……。実戦に使えるほどの能力者はいませんよ。神威で言うところの非戦闘班、支援班の方々と同程度です」 「そんなもんなのか……」 「実験結果で、アンプルによる能力の発現は、その人の精神面が影響することが判明していますから。大災害以前の平和な日本では、能力が生まれる可能性も低かったのでしょう。追い詰められていないと、効果は発揮されません。まあ、人道的見地から、安全性の高いアンプルしか投与していなかったというのもありますが……」 「大災害がなきゃ、オレたちみてえのは生まれなかったってことか」 「そうなるでしょうね。やはり、生まれ持っていない力というのは、異質なんです」 ふと口を閉ざした研究員は、異国の少女を見た。 「……そういえば、アメリアさんは生来の呪力保持者でしたね。失礼しました」 「構わないわ」 自分が異質なのはよく理解している。だからこそ、災害前は力を隠して生きてきたのだ。 「確かに私は普通の人間じゃない、異質な存在かもしれない。友達も少なかったわ。でも、今は、それでよかったと思うけど」 「そうですか? ……さびしくありませんでした?」 「平気よ。あたしには家族がいたし、この力のおかげで大災害を生き延びた。エミやクズハラと仲良くなれたのも、この力があったから。だからそれでいいのよ」 「そうです、か」 メガネの位置を直した研究員は、 「今は問題となっていませんが、呪力保持者が増えるほど、そういう心の問題も出るだろうな、と思っていまして。我々の研究は、あえて悪い言い方をするなら、化物を量産しているのです。現状ならば皆を救う英雄になれるかもしれませんが、変種さえ駆逐してしまえば、呪力保持者に存在価値はなくなる……。その時、どうなるか、と思いまして」 「戦争が終わったからって軍人はなくなりゃしねえだろ。そういうことだ」 アメリアの代わりに答えを返した葛原に、研究員は薄く笑んだ。 「そうですね。そういうものかもしれません」 「まあいいけどな。お前、あんま悩むんじゃねえぞ」 「ええ、肝に銘じます。ありがとうございました」 頭を下げた研究者は、そのまま廊下を歩いていく。 「おい。お前、名前、なんていうんだ」 葛原はその背中に問いかけた。青年は首だけ振り向き、 「朝宮と申します」 「朝宮、今度、演習でも見に来い。お前の作った成果、オレが見せてやるよ」 「そうですね、そうします。ありがとうございます、葛原さん」 もう一度、頭を下げた朝宮は、廊下の角に姿を消した。 見送った葛原はぽつりと、 「色々とゆがんじまってんだな」 「全部、変種のせいよ」 「その通りだ」 ぐしゃり、と異国の少女をなでる葛原。アメリアはされるがまま、沈黙していた。 草薙未来は駐屯地近くの森林を駆け巡っていた。 年齢は二十に達したばかり。髪をばっさりと切ったショートヘアは、そのまま彼女の性格を表している。 草薙は、本来、資源回収班に所属していた。中距離から敵を攻撃する能力に優れ、小型種相手ならば戦闘経験も少なくない。とはいえ、そんな彼女も、現状は優先すべき任務がなかった。 それというのも、彼女本来のチームメンバーである片浜と清水が、恵美に帯同して鳥取まで遠征してしまっているのだ。余ったと言えば口は悪いが、実情はそんなところだ。 彼女の現任務は、駐屯地周辺の哨戒と防衛。要するに、待機任務だ。 恵美という最大戦力が欠けた以上、当然の判断とも言える。幸いにも備蓄食料はそこそこあり、すぐに困ることもない。 真面目な草薙は、きちんと駐屯地周辺の森林を駆け巡っては、変種が近づきすぎていないか確認する。 変種は、駐屯地を襲うことが少なかった。理由は草薙にもわからないが、おそらくは、獣としての本能なのではないかと思う。どれほどの猛獣も、わざわざ人里を襲撃したりはしない。 もちろん狐型変種のような例外はあるものの、全体の数を考えれば、その数は圧倒的に少ない。 ゆえに、この哨戒も、ただの散歩と変わらなかった。変化があるような、ないような樹林を駆け巡る。下の方を見やれば、数名の自衛官たちが小銃を片手について来ている。 「……ん?」 草薙は足を止めた。自衛官の合図。何かを発見したらしい。 木々をわけて地上に降りると、自衛官たちが一人の少女を囲んでいた。 「え?」 髪の長い、端正な顔立ちの少女だった。一糸まとわぬ姿で、自分の肩を抱いて震えている。 「ちょっと、あなたたち、せめて羽織るものくらい渡しなさいよ」 「あ、ああ」 全裸の少女に茫然としていた自衛官たちは、慌ててシャツを脱ぐと、それを草薙に渡す。 「そしたらあっちを向いて!」 「いや、しかし……」 「いいから! 女の子なのよ!」 「あ、ああ」 草薙に押し切られる形で、自衛官たちは後ろを向く。それを確認した草薙は、シャツを少女の肩にかけ、そっと声をかけた。 「大丈夫? しゃべれる?」 「……うん」 「そう、よかった。怪我はない?」 「ない」 草薙は胸をなでおろす。 「それで、どうしてこんなところにいるのか、話せる?」 「それは……」 少女は顔をあげた。整った顔立ちに、女である草薙でさえどきりとする。 「おなかが、すいたの」 「お腹がすいた? 食事なら駐屯地で……」 ふと気づく。 否、最初から気づいてしかるべきだったのだ。ただ、あまりにも異常すぎて気づかなかっただけで。 目の前の少女は――呪力を発している! 「いただきます」 直後。草薙の首が千切れた。 草薙の首を腕力だけでねじ切った少女は、それを後ろの樹林に放り投げる。とたん、下草がガサガサと揺れ、巨体が姿を現した。 よく訓練された犬のように草薙の頭を飲み込み、大型種――巨大な蛇は喜びをあらわにする。 「なっ……!?」 「げっ!!」 姿を現して、初めて自衛官たちは変種の存在に気づいた。気配を殺していた大型種に気づけなかったのだ。 「ば、化物だああああああああ!!」 叫んだ直後、青年は蛇の餌となって消えた。 |