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「化物!」 自衛官の断末魔は、駐屯地にも届いていた。 テントを飛び出したアメリアは、そのまま声がした方向へと大きく跳躍する。 「アメリア!」 すぐ後を葛原が追ってきた。二人は合流し、すぐに駆ける。 敵の姿は、探すまでもなく見つかった。 「こい、つはッ……!?」 応戦したのだろう、銃を片手にぼろ屑と化した自衛官の死体。それをむさぼる巨大な蛇。バリバリと骨を砕く音に、湿り気を帯びた音が重なって、気分が悪くなる。 「大型種、こんな駐屯地の近くで……!」 「あら」 声に、アメリアは振り仰いだ。 身を起こしたまだら色の蛇。その頭に、一人の少女が腰かけていた。 均整のとれた体に、端正な顔立ち。下着一枚すら身につけていない少女は、何かの芸術にも見えた。 「また餌ね。しかも……、上等な」 「あ、なた、何!?」 アメリアには、一目でただの人間ではないとわかった。呪力をまとい、大型種を飼い馴らす少女。 少女は口角を持ち上げ、艶然と微笑んだ。 「何? そうね、変種と、そう呼ぶんでしょう?」 「変種……? まさか」 恐れていた事態が現実になったのだ。 人間の遺伝子を持つ大型種。とうとう、大型種は次のステージにあがってしまったのだ。 「そうね、凡百のそれと呼ばれるのも癪に障るわ。私は……、そう、エキドナ。エキドナと呼んでくれる?」 もっとも、と少女は続ける。 「餌は……、名前を覚える必要ないかもしれないけどね!!」 直後。蛇の無機質な瞳がアメリアをとらえた。アメリアは死の直感から逃げるように飛び跳ねる。 「くっ……、凍てつけ!」 振るった腕、その軌跡が冷気となってエキドナを襲う。 冷波は蛇を捉え、その肉体を地面へと縫いとめた。 「ナイス!」 葛原による追撃。自由に動ける少女の方を襲撃する。 対物ライフルによる打撃を、少女は片腕でガードした。構わず、葛原は思い切り少女を蹴飛ばす。人間大の体が地面へと吹き飛ばされた。 「シャァァァァアアアア!!」 蛇が氷の戒めを砕き、脱する。その瞳はアメリアを見据えている。 「来るなら来なさい!」 冷気を集約。自分の周囲に氷刃を作り出したアメリアは、そのまま打ち出した。数々の刃が、蛇を真正面から迎え撃つ。 突き刺さる氷の刃。だが、蛇はそんなものを物ともせず、アメリアに襲いかかる。 「ッ!」 攻撃を紙一重でかわす。長い牙が自分を映しているような錯覚。 「このォ!」 手に氷槍を生み出し、投擲。見事、胴体に突き刺さるが、まったく意に介さない。 「どう、なってるのよ!」 これだけ刺して、これだけダメージを与えているはずなのに、まったくこたえない。動きは機敏、傷を負っているとは思えない。 「それなら、これでどう!!」 突き刺してもダメージにならないなら、まずは捉える。首をはねれば生きられまい。 アメリアの生んだ特大の冷気が、樹林ごと蛇の体を縫いとめる。先ほどのパワーを考えれば、時間はあまりない。 だが、一瞬でも猶予があれば、アメリアには十分だった。両手に集めた冷気を重ね、合わせ、ひとつの巨大な剣を作る。 「エミの真似だけど……、せいっ!」 飛び跳ねたアメリアは、蛇の首に向かって氷剣を振り下ろした。狙いたがわず、蛇の体に剣が突き刺さる。 「ぐ、うっ……」 だが、そこまでだった。巨大な刃といえど、アメリアは剣士ではない。剣術の心得もない。どうすれば剣を的確に振るえるのか、どうすれば相手の首を落とせるのか、その知識がないのだ。 恵美ならばぴたりと合わせられたのだろうが、アメリアにはそれができなかった。剣は肉を裂き、骨に当たり、血が噴き出して……そこで止まる。そして、その程度では、この大型種を殺すには至らなかった。 「シャアアアアア!!」 「Sit!?」 蛇の口腔が不気味に開く。奥からせり出す液体――毒か! 空中に跳ねていたアメリアは避けることができない。ダメージを覚悟した刹那、 「ッ!!」 暴風が吹き荒れる。それは、強大な力の奔流。 剛腕が蛇の体を殴り飛ばした。にぶく光る鋼鉄に、アメリアは安堵する。 「助かったわ!」 アルミュール。加賀谷機は修理中なことを考えるとフィオナか。 いずれにせよ、はやった自分を助けてくれたのだ。アメリアは感謝しつつ、エキドナに向き直る。 巨大な蛇は首に氷の剣をぶらさげたまま、アルミュールを見据えていた。 「シャア!!」 放たれる酸の攻撃。機敏にかわしたアルミュールには当たらず、近くの樹を溶かすに留まった。 そのまま、アルミュールは回るように拳を振るう。勢いのついた拳のハンマーは、エキドナを容赦なく殴り飛ばした。 地面に叩きつけられ、さしものエキドナも声にならない悲鳴をあげる。 「フィオナ、首の剣を! 首を落として!」 指示しつつ、アメリアは氷を繰る。冷気の束縛。一瞬だが、エキドナを拘束するアメリアの得意技。 動きを阻害されたエキドナに、呪力兵装が迫る。首に刺さった剣に手を伸ばし、 ギイィィィ!! 力づくで剣を振り抜いた。骨も何も関係なく、剛腕によって振るわれた氷剣が蛇の頭を斬り飛ばす。 自分が喰らった人間たちの最期を再現するかのように、大蛇は躯を晒すことになった。 葛原は少女と交戦しながら、樹林の中を駆け巡る。 「やるわね、あんたたち」 「ったりまえだろ。人間を舐めんじゃねえ」 「そうね、あなたたちはただの餌ではなかったわね。敵だわ」 敵意に満ちた瞳で葛原を見やった少女は、歯噛みした。 「……ッ、まさか体を落とすなんて」 「あ?」 「ここは……、っ」 少女は大きく跳躍した。その方向に、葛原は青ざめる。 「テメエ、そっちは……!」 葛原も後を追って跳躍した。すぐさま金網が見え、テント群が視界に入る。 駐屯地内に降り立った葛原は、エキドナの姿を見つけた。少女の前には、顔を赤くした青年がいる。テントに住んでいる避難民だ。 「くそッ!」 追撃しようとした葛原は、 「来ないで!」 エキドナの声に、足を止めざるを得なかった。 「え、ええ!?」 少女の腕が青年を掴む。その左腕が剣のように細められる。 「来たら殺すわ」 「テメエ……」 今度は葛原が歯を鳴らす番だった。ギリリと歯噛みし、エキドナをにらみつける。 「えっ、ちょっ、なんだよこれ!?」 全裸の少女に青年が捉えられているという図。何かの冗談にしか思えない光景だが、現実だった。 「逃げ切れると思ってんのか?」 「逃げられないでしょうね。私は殺される。でも、ただ殺されて終わりにはできない」 「どうするつもりだ」 「人間を一人でも多く殺す」 その言葉に、葛原は眉をひそめた。 「どうして人間を憎む」 「当たり前でしょう。あなたたちは、数えるのも馬鹿らしいほどの年月、私を捉え続けてきた。絶対に許さない。そして、それ以上に、あなたたちは油断ならない。気を許せば、また封じられる」 「それは何百年も前だろうが。今はお前たちが支配者だろう」 「それが何? 地上の支配者なんて何度も入れ替わってきたわ。数の多い少ないなんて頼りにもならない。環境が変われば、生物が進化すれば、どんどん支配者は変化する。そうして、私たちは日陰者となる」 「それは……」 「共存なんてできないでしょうね。私はどうなろうとも獣。あなたたちは人。獣は人を超えられなかった。だから超える。私は、進化する」 少女の口の端が持ち上がる。悪魔の笑み。 「そして、あなたたちを、食べ尽くすわ」 「させねえ」 「するわ。私は知恵を得た。今までわからなかったこと、考えもしなかったことが、次々とわかるようになってきたの。凄いわ、人間の力って。おかげで私はもっと成長する! もっともっと!! きゃははははははは!!」 狂った少女の笑い。それが、凍りつく。 「なっ……、ッ!?」 それは、光の軌跡。冷気の波。 腕を、足を凍らせた冷気に、エキドナが驚く間もなく。 「終わりだ!!」 飛び跳ねた葛原は少女の顔面を全力で蹴り抜く。首の骨が砕け、頭がありえない方向に捻じ曲げられた。 「ふッ!」 そこに、さらにアメリアの追撃。氷の刃がエキドナの胸を貫き、顔を出す。 拘束の氷が砕け、エキドナの体がゆっくりと崩れ落ちた。 「あ、ああ?」 その様を見ていた青年は茫然としていた。そんな青年に、葛原は言う。 「悪かったな。怖い思いさせて。もう殺した」 「あ、ああ、うん」 目を見開いたまま死んだエキドナの死体を見下ろし、葛原は吐き捨てる。 「させねえよ。食わせてなるもんか」 「クズハラ?」 サポートしたアメリアが、ひょこひょこと寄ってくる。その顔には心配が張りついていた。 「ああ、いや、なんでもねえ。助かった」 そう言って、葛原は頭を振った。 嫌な思いは、なかなか抜けてくれなかった。 |