駐屯地近くまで来たアメリアたちは、ハンマーエイプの死骸を少し離れた建物の陰に隠し、徒歩で戻った。
 自衛隊駐屯地とは名がついているものの、そう特別なものがあるわけでもない。いくつかの無骨な建物とフェンス、そして空間を埋め尽くすテントの群れ。
 テントで寝起きしているのは一般人だ。大災害から数年、変種の数は圧倒的に減ったとはいえ、人々の心に根付いた恐怖は消えていない。そもそもの問題として、異常成長した植物たちにより、無事な建物の方が少ない有様。結局のところ、駐屯地や、その周辺で、簡易テントで寝起きするしか方法もないのだ。重機や部材も貴重な昨今、仮設住宅さえ建設はできない。
 アメリアたちは、そんなテント群には目もくれず、本部庁舎のある建物へと向かった。
 建物に入ってすぐ、見知った顔を見つける。
「あ、博士」
「恵美、アメリアも。戻っていたか」
 つかつかと歩み寄ってきたのは、妙齢の女性。怜悧なまなざしの、白衣姿の女だ。
 甲斐玲奈。元神威の研究員で、自衛隊の傘下となった現在も、変種の研究を行っている。
「博士、大変なんだ。重要な話」
「そうか。私もお前たちに話がある。ちょうどいい、会議室へ来い」
 そのまま、返事も待たず、甲斐は背中を向けr。その、切羽詰まった雰囲気に、アメリアと恵美は互いに顔を見合わせた。
 どちらからともなく、二人はなかば駆ける甲斐の後を追いかける。
 程なく到着した部屋は、会議室とは銘打たれているものの、要するにそこはただの部屋だった。ホワイトボードに、長テーブルがひとつと、椅子がいくつか。その内のいくつかは、すでに埋まっていた。
「葛原君、井出君」
「よう」
 野戦服に身を包んだ、粗雑な雰囲気を醸し出す青年――葛原周平。
 それとは正反対に、いかにも運動能力のなさそうな、小柄で色白の少年――井出晶。
 二人とも、自衛隊の傘下で組織を再編成する以前からの仲間だ。
「とりあえず、揃っているのはこれだけだ。だが、現状は一刻を争う。先に説明する」
 甲斐は井出を見やる。井出は小さく頷き、パソコンを操作した。
 ホワイトボードに、青白い光が映し出される。井出の能力だ。彼は、電子機器を遠隔操作することも、能力だけで代理の存在を形成することさえできる。
 ホワイトボードに表示されたのは、なんとも味気ない文章の羅列。ただし、英語だ。
「……」
 それを見た途端、アメリアは青ざめた。一方で、英語能力がまったくない恵美は、首をかしげる。
「なんて書いてあるのさ」
「……米軍が変種の襲撃を受けた」
「ふうん……、えっ!?」
 なかば聞き流しかけて、気づいた。
 変種の襲撃を受けた?
「それ、って……、本当なんだよね?」
「もちろんだ。確かに、お前が疑問に思うのも無理はないがな。事実、3年ほど前から、変種の動きは沈静化していた。大型種に至っては目撃例がゼロにまで落ち込んでいた。だが、死に絶えたわけじゃなかった、というわけだな」
 甲斐はホワイトボードを叩き、
「恵美には読めんだろうが、米軍はすでに駐屯地をいくつか潰されたようだ。生存者からの報告では、駐屯地に大型の生物が出現し、そこにいた人間は片っ端から食い尽くしたそうだ。生き残った連中は、はなから逃げに徹した軍人だけだな。駐屯地には戦車や戦闘ヘリといった兵器も多々あったようだが、役に立っていないようだ」
「戦車が通じない敵、って……」
「そういうことだ。砲弾も銃弾も弾く存在。そんなものは、呪力を有した生物しかありえない」
 呪力。『こちら』と『向こう』を遮る力。それに守られた生物は、どれほどの嵐が吹き荒れようとも、決して傷つくことはない。己を害する力を呪力の壁だけで弾いてしまうのだ。
 だが、それほどの呪力を宿していたのは、大型の変種だけだった。そして、その大型種は――。
「……でもよ、イザナミは恵美が殺したはずだろう」
「その通り。以前の大型種は全てイザナミに操られた人形に過ぎなかった。発見された大型種の死骸はすべからく解剖したが、脳からイザナミが摘出できなかった奴はいない。言い換えれば、イザナミを体内に保有することが、大型種となる条件だったはずだ」
「ってことはだ、イザナミを持たない大型種が現れた、ってことか」
「そうとは限らない。恵美は群体としてのイザナミ、その連結を裂いたとは言ったが、あるいは単に個々として生きていただけかもしれん。それよりも重要なのは、大型種がいつの間にか存在していたという事実だ」
 恵美とアメリアは互いに目配せし、
「ボクらも見たよ。さっき。というか、ボクたちが殺した」
「……なんだと?」
「死骸は駐屯地の外に置いてある。ハンマーエイプ型だった」
「Cランクか……。だが、そうか、やはり日本でも現れたか」
 その事実に、甲斐は頭を振る。
「だが、死骸を持ち帰ったのは上出来だ。すぐにそいつを調べよう」
「なあ、おい。そもそも大型種が現れたって、本当にこれからも再出現するのかよ」
 葛原の言葉に、甲斐は眉をひそめた。
「だってそうだろうがよ? 連中は恵美が殺したはずだ。今回、たまたま生き残っていただけかもしれねえだろう」
「そうかもしれん。だが、そうでなかった場合も考えておかなければならない。ちなみに、私は生き残りなどというものではないと思っている」
「根拠は?」
「まず第一に、3年もの間、大型種の目撃例がなかったことだ。連中の巨体を考えれば、隠れ通すというのは無理がある。各地の自衛隊員からも、大型種発見の報告は入っていない。
 第二に、そんな偶然の生き残りが、日本と米国で複数例、しかもこのタイミングで――ほとんど同じタイミングで発見されたというのは解せない」
 甲斐の反論に、葛原は思わずうなる。
 一方で、井出が挙手した。
「状況は容易に打破できうるものだと思いますか?」
「……その可能性も低いだろうな」
 甲斐は嘆息し、
「そもそも、出現した大型種は恵美の神薙とかいう剣術から逃れた存在だ。一匹を倒せば他の奴も一網打尽、というわけにはいかないと予測できる。
 おまけに、こちらの戦力だ。呪力保持者はたったの11人。自衛隊の戦闘力ではあてにできんし、井出が開発を続けている呪力式パワードスーツも、まだ完成していない」
 井出が悔しそうにくちびるを噛む。彼は、変種が死滅した頃からずっと、呪力によって活動が可能な強化外装を開発していた。それさえ完成していれば、呪力保持者でなくとも、変種に対抗することは可能だったはずだ。それが未完という事実が、今は惜しい。
「一匹を倒せばいいというのならば、残存戦力で大型種に戦いを挑むことも意味がある。だが、そうではない――すなわち、民間人を護衛しながら、大型種の数を徐々に減らしていかなければいけないということだ」
「じゃあ、実際のところ、今もいる大型種の数はどんくらいなんだ」
「観測できていない。だが、米軍に被害を与えた大型種は、少なくても2種はいるものと思われる」
「2種……。恵美が殺した奴をカウントすれば3種類ってわけか。確かに、恵美の力じゃ殺しきれなかった奴が一定数いる、ってわけだ」
 重苦しい沈黙が落ちる。
 敵の数は不明、だが戦力は並じゃないことが明らか。一方で、こちらには限られた戦力しかない。これでは、民間人を守ることさえ難しい。
「……とにかく、やろう」
 恵美は、ぐっ、と拳を握った。そんな恵美に、葛原は眉をひそめる。
「やるって、何をだよ」
「何か! 変種を倒しに行ってもいいし、みんなをボクらが守れる場所に集めてもいい! とにかく、何か行動をしよう! そうしなきゃ始まらないよ!」
 冗談でもなんでもなく、本気でそう言う恵美。
 その気持ちが皆に伝わったのか、誰からともなく笑い出した。
「えっ、え? なんで笑うのさ!」
「ふふ、そりゃそうよ、恵美。あなた、ちっとも落ち込んでいないんだもの」
「なんで落ち込むのさ?」
「だって、あんなに怖い連中が生き残っていたって話なのよ? 少しは怖がったり、どうしようって思ったりしてもおかしくないのに……。本当に、あなたってバカね」
「バ、バカってなにさ!」
「じゃあ違うの?」
「……違わない、けど」
 頬を赤く染める恵美。そんな恵美に、甲斐は言う。
「まあ、確かに恵美は頭こそ悪いが、言っていることは間違っていない、戦力分析は重要だが、それは勝利を得るためにすべきことだ。相手は凶悪だが、ただの動物に過ぎない。知恵では人間が勝る。そのことを、証明してやろうじゃないか。私たちの手で」
「オッケー! それじゃあ元神威! 全力始動だ!」
 恵美に、皆が応と続いた。



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