東京・霞が関。
 もともとは日本国の首都、政治機関が集中していた地域だ。だが、あの大災害で壊滅的被害を受けたのは、ここも同じ。
 大型種が駆逐されて以降、政府主導により、生き残った人々は東京近郊に集中した。地元に残りたがった人々に関しては当人の希望通りとしたが、事実上、それは切り捨てたに等しい。平和な時ならば問題視されたであろう選択も、自分が生きることにさえ必死な状況では、やむを得ない判断とされた。
 残った人々と、先の戦いで得られた経験値をもとに開拓が進み、とにもかくにも居住区域くらいは確保できていた。国会議事堂もそのひとつで、ここを復興させたのも、政府機能を持つからというよりは、耐震性能の高い建物だからという理由に過ぎない。
 そんな議事堂の一室。以前ならば委員会の会議室となっていた場所に、日本国首相・国見大吾の姿があった。
 法律に従えば、彼はすでに任期を満了している。だが、とても選挙を開くことなどできない現状、臨時国会(という名の一部政治家による独断)により、事態が鎮静するまでの間、現職議員たちは現在の職を継続する旨が決定されていた。
「ふむ」
 国見はモニターを見やる。大型の液晶モニターには、白髪の男性が映っている。壮年を超えて、もはや老年と呼ぶべき年齢なのだろうが、活力に満ちたその姿は年齢を感じさせない。
「状況は理解しました、プレジデント」
 ジョン・スミス米国大統領。電話会談という、現在ではごく限られた者しか扱えない品を、世界で最もよく使う人物だ。
「本当に理解したかね、ミスター・クニミ? 状況は最悪だ。連中の再発生というのは、人類の滅亡まで期限が区切られたに等しい」
「世界の警察とまでうたわれたアメリカの大統領にしては、随分と弱気ではありませんかな」
「では、勝算があると?」
「我々日本は、連中に対して、すでに一定の効果を持つ部隊を保有しております。もちろん、それによってただちに国土の全てを奪還することはできないでしょうが、滅亡するとは考えられない。人間は、それほど弱くありません」
「……確かに、カムイが示した戦績は、我々には真似のできなかったものだ。だが、我々も、やられっぱなしというわけにはいかない」
「それでは? アメリカでも何か対策を?」
「もちろん講じている」
「ならば、その内容をお聞かせ願えませんかな」
「正気かね、ミスター・クニミ」
「もちろん。人類は今、結束せねばならない時です。国などという小さな概念で論じていては、それこそ連中によって滅ぼされてしまう。お互いが持つ情報は、なんでも明け渡すべきです」
 実際、と国見は続ける。
「我々は先の戦いによって得られたデータ、特にA級と判断した大型種の検体から得られた情報は、各国に開示しております」
「……確かに」
 国見の命により、変種に関するデータや、その彼らから得られた遺伝子情報などは、すでに各国へと渡っている。現に、炎竜アジ・ダハーカの検体から得られた情報で作った除草剤は、異常成長した植物に対して一定以上の効果を得ている。東京都の開墾が進んだのは、その除草剤があればこそだ。
「我々は何も隠しません。プレジデント、お互い、全てをさらけ出しませんか」
「……」
 大統領はしばし沈黙し、やがて、口を開いた。
「いいだろう。実は、我々も対変種用の特殊部隊を編成した。君たちほどの戦果はいまだに挙げられていないが、十分に効果はあるものと考えている」
「ほう? それはそれは。どのような部隊で?」
「たいした戦力ではない。せいぜい中隊程度の規模だ」
 そこで、ふと思いついたように、プレジデントは言った。
「そうだ、ならば、我々の特殊部隊を、日本で鍛えてもらえないかな」
「鍛える?」
「合同軍事演習だ。我々から貴国へ出向こう。我々は戦力こそ有したが、まだ実戦経験は君たちの方がはるかに上だ。君たちの持つノウハウを我々にも伝授して貰いたい」
「なるほど。それは良案ですね」
「異なる戦力を合同して戦えば、お互いに得るものもあるだろう。状況はひっ迫しているが、だからこそ、力は高めるべきだ」
「おっしゃる通りですな。では、その部隊が日本入りする体制が整いましたら、ご連絡をお願いします」
「ああ。すぐに返答する」
 それから挨拶を交わし、通話は途切れた。
「ふう……」
 嘆息し、国見は肩をもむ。
「お疲れ様です、首相」
 と、部屋の隅で控えていた白衣姿の男が声をかける。メガネをかけた、少し神経質そうな男だった。
「朝宮君、聞いていた通りだ」
「ええ。やはり、アメリカも呪力を持っているようですね」
「あれほどの大国になれば当然、保有していただろう。だが、その戦力は限られている」
「そうでしょうね。アメリカの、あの被害を見れば」
「我々は現状、一歩リードしている。だが、このまま世界の頂点に立つことは難しい。他国の呪力保持者がいなくなって、初めて呪力保持者は日本固有の力となる」
「固有というまでには、さすがに至らないと思いますが」
「言葉の綾だ。要するに、日本が世界から明確にリードできればそれでいい。そのためにも、呪力保持者の増産は不可欠だ。甲斐博士にもよろしく頼むよ」
「ええ、伝えておきます」
「ああ、それと、私の護衛の件は?」
「用意できております。明日には到着するかと」
「ありがとう、助かるよ。じゃあ、諸々とよろしく頼む」
「はい、わかりました」
 一礼し、朝宮が出ていくのを見送った国見は、もう一度だけ嘆息した。
「米軍特殊部隊か。どの程度のものか……、お手並み拝見といくか」
 独り言は、壁に呑まれて消えた。



 アメリアたちが拠点としている駐屯地周辺では、大型種の姿は確認できなかった。
 偵察に各呪力保持者たちが散る中、アメリアは恵美と葛原を伴い、駐屯地から少し離れた空き地に来ていた。
 もともとはどこかの学校があった場所だ。校舎はいまだ形を保っているが、ガラスなどは砕け、無残な姿をさらしている。元校庭は、描かれていたであろうトラックの線などもなく、ただの砂地と化していた。
 その只中に立ち、恵美はアメリアと葛原を見やる。
「さて、それじゃあ特訓だ!」
「お前、そういうの、本当に好きそうだな」
「そうでもないけど……。まあいいや。とにかく、これからたくさんのケモノが現れるっぽいんだし、個々の戦闘力は高いに越したことない」
「それはそうね。でも、あたしでも、B級以上の変種は、単独じゃ倒せない」
「オレに至ってはC級でさえ良い勝負ってとこだな。過去のデータベースにある連中なら弱点もわかってるから、なんとかなるかもしれねえけど」
「うん。葛原君の能力は索敵、アメリアの能力も戦闘特化ってわけじゃないもんね」
 葛原は、動物並の嗅覚を有する。一方で、肉体は柔軟な筋肉を持つものの、決して戦闘に特化しているわけではない。
 アメリアの持つ能力も、戦闘に関しては同様。実生活では役立つものの、しょせんは氷。槍にしようが剣にしようが、分厚い呪力装甲を切り裂けるわけではない。
 一方で、恵美は純粋なまでの戦闘特化だ。索敵は勘任せ、実生活にも役立たないが、こと攻撃力においては元神威の中でも群を抜いている。過去、A級大型種を討伐できたのは、全て恵美の攻撃力があってこそだ。
「そこで、だよ。二人はいっぺんに力を使っても、ケモノの力を打ち破れないんでしょう? なら、ツクヨミを使えばいいんだよ!」
「ツクヨミって……、恵美の家に伝わる剣術?」
「剣術というか、正確には八雲の力をどう扱うか、っていう術みたいなんだけどね。ツクヨミは敵の流れを読み、自分の流れを制御する技術だ。これが使えれば少ない力で相手に効果的なダメージを与えられるし、時には自分の力を倍加させることだってできる」
「そりゃ、理屈はそうかもしれないけど……。でも、あたしたちは八雲じゃないわ」
「力は一緒だ。なら、使い方に家柄が関係するなんて思えない」
 恵美の言葉に、アメリアは、なるほど、と頷いた。頭が悪い彼女だが、時に、こうして鋭いことも言う。
「まずは感じるんだよ。自分の力でも、相手の力でもいいけど」
「そうは言うけど……」
 アメリアは葛原と顔を見合わせる。
 もちろん、アメリアも、呪力をまったく感じ取れないわけではない。暖かいとでも言おうか。さながら、隣に座った人物の体温を感じるような――その程度の感覚で、他人の呪力を感じることはできる。実際の体温とは違い、少し離れても感じることは可能だ。
 だが、一方で、流れと言われてもよくわからない。暖かいという感覚はただそれだけであって、そこに流れを感じ取れるわけではない。暖房すれば空気は対流するが、その流れを肌で感じ取れるわけではないのと同じだろう。
 それでもアメリアは、目の前に立つ恵美をしげしげと眺めてみた。
 何のこだわりか、いまだ災害前から着ているセーラー服を好んで着用している。長い黒髪にはよく似合う。顔も体型も、初めて会った時からほとんど変わりがない。実年齢でいえば成人くらいになるはずだが、アメリアには子供の顔にしか見えなかった。
「……違うわね、そうじゃない」
 外見の問題ではなかった。要するに、中身だ。
 恵美から感じ取れる呪力、そこに意識を集中してみる。
 恵美の呪力は、他の皆より、特にわかりやすい。他の人を使い捨てカイロとするなら、恵美はストーブとでも言えばいいか。全体が発熱しているように感じられる。
 しばし恵美を見続けたアメリアは、
「駄目ね。流れって何のことよ」
 恵美の体全体がほわほわと暖かいのはわかる。だが、それだけだ。特に暖かい場所があるわけではない。
 ましてや、そこに動きがあることなど、まったく見えはしない。
「こう、川の流れというか。ほら、川を横切るのは難しいけど、川の流れに乗っかってくだるだけなら楽でしょ? そういう感じだよ。頭のてっぺんから足先に流れて、それがふっと消えて、また頭に戻ってる」
「意味わかんないわよ。そもそも呪力なんて、体から溢れているだけじゃない。全身の細胞から生まれるんでしょう? なら、足先からだって生まれているはずよ」
「それは、まあ、理屈はそうなのかもしれないけど」
「……もしかすっと、恵美が感じてんのは、呪力じゃねえのかもしれねえな」
 葛原の言葉に、アメリアと恵美、双方が首をかしげた。
「どういうこと?」
「甲斐博士が見つけた呪力の法則ってのは、オレたちの実体験としても無理がねえもんばかりだ。けど、その理論にしたがったんじゃ、恵美の言うことは理解できねえ。つまり、ルールが違うってことじゃねえか?」
「じゃあ……、ボクの八雲としての力は、呪力じゃないってこと?」
「そうとは言わねえ。そんな解釈不明な力がいくつもあるとは思えないしな。だから、お前が呪力の流れとして感じているものは、あるいは別の何か――呪力が構成している何か、って感じなのかもしれねえ」
「呪力が構成する?」
「ほら、お前には呪力が流れて見えるんだろ? 上から下に。けど、オレたちにとっての呪力は、全身から一方向で生まれて、そのまま霧散するもんだ。常時垂れ流しって感じだな。だからそもそもが違う。ってことは、霧散した後の呪力を感じてるとか、そういうものかもしれねえ」
「……じゃあ、ツクヨミは」
「体の外に出た呪力を、もう一度、自分の中に戻すとか。そんな業なのかもしれねえな。それなら、一度に大量の呪力を用意できる説明にもなる」
 ほー、と誰からともなく声が漏れた。
「なんだよ」
 二人をねめつける葛原に対し、恵美は素直に答えた。
「葛原君って、もっとボク寄りの人かと思ってた」
「どういう意味だ」
「バカっぽいってことでしょ」
「……テメエら」
「じょ、冗談だよ。んっ!?」
 びくり、と恵美が震える。ポケットから取り出したのは携帯電話だ。衛星回線を利用するもので、基地局のほとんどが沈黙した現状でも通話が可能という代物だが、いかんせん、文明の利器に対しては極端に弱い恵美である。彼女にとっては、なんだか騒がしい、よくわからないものという認識でしかない。
「おい、貸せ。……おう、オレだ」
 恵美の代わりに、電話に出る葛原。しばし通話先と問答し、
「わかった。すぐに戻る」
 そう答え、通話を切った。電話を恵美に返しながら、
「井出からだ。大型種の存在が確認された。神奈川方面、山間部」
 葛原の言葉に、恵美とアメリアは顔を見合わせ、真剣な表情で頷いた。



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