東京・自衛隊駐屯地。
 居並ぶテントの中には、住むところをなくした人々がたむろし、食事をとっている。
 その中にいて、岸井浩二は、配給された肉片を眺めながら、しかし食欲はまったく湧かなかった。
 脳裏に浮かぶのは、自分を抱き留めた少女の最期。
「……」
 後から、あの少女はただの人間などではない、人間の形をした変種だと聞いた。だが、そう聞かされてなお、岸井には彼女が魅力的な少女にしか見えなかったのだ。
 はっきり言えば、一目ぼれした少女を――自衛隊の青年が目の前で殺した。そうとしか受け取れなかったのだ。
 もちろん、理性ではわかっている。彼は、自分を助けてくれた。もし彼があの場で彼女を殺さなければ、もっと多くの人が傷ついた。
 そう理解していても、魂が否定するのだ。
 ありえない方向にねじ曲がった少女の首を思い出し、岸井は頭を振った。
 嫌な思いから逃れるように立ち上がった岸井は、何か手伝おうと、配給所へと足を向けた。
 配給所では、自衛官の面々や、そんな自衛官に協力している一般市民の姿もある。狩ってきた小型種を解体するのは自衛官が主として担うが、なかなかどうして、市民にもそういうスキルを持つ人は多い。
 駐屯地の外れでは、農地の開拓も始まっている。畑を作るのは容易なことではなさそうだが、農耕の知識を持つ人は避難民にも多く、皆で協力しようという風潮だ。
 そこで、岸井は一人の少女に目を留めた。テントに入ってきた少女は、岸井に見知った顔だった。
「春日さん」
「あ……、岸井さん」
 春日菜々は、自衛隊の支援班だという。爆発的な能力は持たないが、普通の男子よりは力も強い。弱いなれど、呪力保持者なのだ。
 けれど、岸井にとって、彼女は普通の人とあまり変わらなかった。見た目よりは腕力のある、優しい女の子。それが岸井の、菜々に対する印象だ。
「どうしたの、春日さん。なんだか暗いけど」
 自分のことを棚に上げて岸井が問いかけると、菜々はかすかに首を振った。
「いえ、なんでもありません。それより、どうかしました?」
「いや、何か手伝うことはないかと思って。じっとしていると、色々と考えちゃうから」
「ああ、それでしたら……、そうだ、向こうで、今ある材料で新しく仮設テントを作れないか、皆で考えているんです。岸井さんも手伝ってあげてくれませんか?」
「オッケー、了解」
 軽く返事をした岸井は、菜々が指した方へと向かう。
 そこでは、変種の皮や骨を活用してのテント作りが行われていた。木々が払われ、壊れた建物を撤去した跡地に、皆が四苦八苦してテントを建てている。
「あの、俺も何か手伝わせてください!」
「おう、兄ちゃんも手伝ってくれるか!」
 応じたのは、大柄の男性だった。藤堂と名乗った男は、もともと建設業に勤めており、こうして体を動かすのが趣味なのだという。
「その辺に生えまくっている樹林の樹も柱とか屋根にできそうだ。ろくな刃物がねえのが厳しいけどな!」
 豪快な男が振るうノコギリで、樹が次々と材木へ変化している。岸井も見よう見まねで手伝う。
 日が傾くまで作業を続けた岸井と藤堂は、その日の作業を終えると、一緒に夕食を食べた。その頃には、岸井の食欲もいくぶんマシになっていた。
「で、何かあったのか」
 豪快に骨付き肉にかぶりつく藤堂は、岸井を見ながら言う。
「悩みなんかねえ奴はいねえってくらい胸糞悪い状況だけどな。それにしたって、お前さんの顔つきは、なんか違う感じがするぞ」
「そんなこともわかるんですか?」
「いや、はったりだ」
 思わず岸井は脱力した。そんな岸井に、藤堂はワハハと笑う。
「だけどな、それまでやってなかったことやるってのは、何かきっかけがあるもんだ」
「それは……、まあ」
「んで、何があったんだ?」
 そう言ってにやりと笑う髭面の男に、岸井は思わず苦笑し、自分の思いを吐露することにした。
「実は……、この間、変種がここを襲いましたよね」
「ああ、自衛隊がそんなことを言ってたな」
「その時、俺、変種に襲われたんです」
「へえ。よく生きてるな、兄ちゃん」
「そうですね。でも……、俺には、あの子が、そんな凶悪には見えなかったというか」
「どういうこった?」
 首をかしげる藤堂を見て、岸井は気付く。
 変種の襲撃があったという事実は、皆が知っている。だが、どんな変種が・・・・・・襲撃したかは、知られていないのだ。
「それが、人間の女の子みたいだったんです。普通に言葉も話せていました」
「……なんだと?」
「だから、びっくりしちゃって。自衛隊の人は変種だって言うんですけど、俺にはそう見えなかったし。自衛隊の、ほら、すごい人たちいるじゃないですか。あの人らと変わらないように見えたんです」
「そんな奴もいるのか……」
 驚いていた藤堂は、続ける。
「でもよ、そんな連中がいるんじゃ困っちまうよな。見た目じゃわかんねえんだろ? じゃあ本人がそう言うのを信じるしかねえじゃんか」
「そうですよね、本人が……」
 言って、岸井は気付く。
 そう、彼女が――エキドナと呼ばれていた、あの少女が人間ではないと証明するのは、自衛隊の連中が言っている言葉だけだ。
 見た目で差異はない。つまるところ、彼女が変種であることを示す根拠もない。
 いや、逆に言えば、自衛隊の――葛原やアメリアといった、特務班が人間だと示す根拠もない・・・・・・・・・・・・・・・のではないか?
 最初から守ってくれていたから、疑問も持たなかったが、実は、彼らも本質的には変種と変わらないのではないか?
 そう、それならば、変種が再発したことも説明できるのだ。
 変種は、最初から絶滅などしていない・・・・・・・・・・・・・。特務班こそが――。
 自分の着想に、思わず岸井は身震いした。
「おい、どうしたんだ?」
 青ざめたのが分かったのだろう、藤堂が心配そうに覗き込む。その様子に、通りがかった婦人が声をかけてきた。
「どうしたの? 調子が悪い?」
「ああ、いや、こいつが急に震えだしてな」
 中年の女性を見上げ、岸井はいえ、と小さく言う。
「その、思いついたことがあって……。そしたら、怖くなりました」
「思いつき? どんなこと?」
 女性の温和な物腰に、岸井は少しだけ気持ちが落ち着いてきた。それでも、自分の考えは変わらなかったが。
「あの、変になった動物と自衛隊の人たちって――」
 岸井は、二人を相手に自分の着想を語る。
 それが引き金になるなどとは、岸井は考えもしなかった。



 朝。アメリア・ラッセルが狭苦しい寝床で目覚めると、何やら外が騒がしかった。
 とりあえず着替え、外に出る。すると、テントで暮らしているはずの難民たちと自衛官が、何やら押し問答をしていた。
「……? 何事なの?」
 アメリアは近くにいた自衛官を探し、問いかける。すると、自衛官はアメリアにそっと耳打ちした。
「君たちがいるから変種が再発生したんじゃないか、って騒いでいる連中だ」
「はぁ? あたしたちが? 何をバカなことを言っているのよ」
「俺もそう思うさ。だけど、彼らは本気らしい。特に困るのは、ほら、先頭にいるあの熊みたいな男。あいつだ」
 見れば、やけにいかつい男性が、自衛官相手に声を張り上げている。
「藤堂と言うんだけどね。難民たちの面倒をよくみている男だ。そのぶん、皆の信頼も厚い。そんな奴が、そんなことを主張されると、全員が流される恐れがある」
「そんな……」
「なんでも彼らいわく、変種と君たちを区別なんかできないだろうと、そういう理屈だ。バカげているとは思うけど、本人たちは本当にそう思い込んでいるんだよ」
「区別できないって……」
 言いかけて、はっ、と気付く。
 きっと、彼らが言っているのは、エキドナのことだ。彼女は、見た目は人間とまったく変わらなかった。言葉を理解し、人間と同じ姿をしていた。そんな彼女を見たからこそ、呪力保持者と変種の違いがわからなくなったのだ。
 理屈や経緯を知っているアメリアならば、あの変種が鹿島真矢を母親とした新種だとわかっている。だが、それを安易には説明できない――鹿島登紀子の気持ちや、全ての女性が変種の生殖相手になりうるというおぞましい事実を考えれば、難しい判断を迫られる問題だ。
 それに、そんな説明をしたところで、アメリアは自分が人間であると説明はできない。普通の人間が、自分のような力を持っていないことはよく理解している。だからこそ、大災害以前、自分は事実を隠し続けてきたのだ。
 人間は、自分の理解できない存在を排斥しがちだ。だが、現状、呪力保持者はその存在を表にせざるをえなくなった。その反動はどこかで起きてしかるべきだった。それが、今、この場で起きているということだ。
「とにかく、今はなだめているけど、君たちも一度、この駐屯地から少し離れた方がいいかもしれないね。姿が見えれば、またぞろ興奮させることになる」
「……わかったわ」
 アメリアは小さく頷いた。彼の言うことは、もっともだった。少なくても、目の前にいるよりは、いない方がいいだろう。
 アメリアは小さく跳躍すると、葛原たちを呼ぶため、木々の間に姿を消した。




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