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「クズハラ!」 ハンドシグナル。言葉で話せば、人語を解するエキドナにはこちらの意図が伝わってしまう。 数多の戦場を共に駆け抜けたアメリアと葛原だからこそ通じる、シグナルとも言えない符丁。それだけで互いは意志を通じ合い、次の手を決する。 深く息を吸ったアメリアは、 「ッ!?」 じん、と腕が弾かれた。見れば、小銃を構えた自衛官がこちらを向いている。 「あんた、何をしているのよ!?」 「あ、ああ……、違う、んだ。体が、言うこと、聞かな……、ああああああ!!」 耳を塞ぎたくなる悲鳴と共に、自衛官は銃弾をばら撒く。もちろん呪力に覆われたアメリアにそんなものは通じないが――。 「くっ!」 銃弾は、それひとつひとつが相応の衝撃を伴う。小銃といえど、貫通しなくても、ガンガンと撃たれれば集中だってできない。 「やめて……、くれぇ……!!」 「いたい、いたいぃ……!!」 見れば、躯のごときいびつな動きで、自衛官たちがよろよろと出てきた。 「どういうこと!?」 「エキドナが操ってんだろう!」 「それにしたって……」 洗脳とは違う。そう、操作だ。 人形に糸をくくりつけて動かすように、エキドナは彼らの体を無理やり動かしているのだ。本人の意思はそこに介在できない。中には明らかに腕が曲がっている者や、口端から血を垂らしている者、両目が塞がっている者さえいる。 わらわらと出てくる、操られた兵士たち。 「ころし、て……。ころして……」 「いやだぁ……。いやだよぉ……」 その声に、姿に、アメリアは眩暈がしそうなほど恐怖した。 「びびってんじゃねえ!!」 内の一人をひっつかみ、葛原は力任せに放り投げる。その声に、姿に、アメリアはハッとした。 「どうせこいつらの銃撃なんだ致命傷にゃならねえ! そんなもんよりエキドナだ!」 「りょ、了解!」 バラバラと撒かれる弾幕の中、葛原はエキドナに向かう。 「そらぁ!」 気合と共に放つ蹴撃。返ってきたのは硬い衝撃。 「ちっ、かてぇ……!」 特に昆虫の類は、人間のような生物と違い、背骨を始めとする骨を持たない。代わり、硬質な外殻によって自らの体を維持している。 それは、とりもなおさず、鎧を着ているような効果を与える。獣を元とした変種と違い、この化物はわずかな衝撃でダメージを与えることができないのだ。 狙うならば弱い関節――だが。 「うおっ!?」 目の前をかぎ爪が過ぎる。 関節の多い足は、凶器とイコールだ。相手の武器を狙って攻撃するようなもの。リスクが大きい。 「くそっ、厄介な野郎だぜ!!」 恵美ならば、外骨格などには負けず、そのまま切断せしめていただろう。だが、葛原にはそれほどの攻撃力がない。 「アメリア、頼む!」 「OK!」 攻撃が通じないとなれば、選手交代だ。 アメリアは冷気を鋭く、薄く、刃のように形成する。それも、ひとつやふたつではない。十、二十と作っていく。 「ッ……!!」 銃弾で意識をそがれそうになるが、堪える。殺到しかける自衛官たちは、葛原が蹴り返した。 「せいっ!!」 生み出した氷刃を、一挙に解き放つ。氷の刃が雨のようにエキドナを襲い、その翅を、足を斬り飛ばす。 「ギィィィィィ!!」 エキドナのあげる悲鳴。足をひとつ、それに両方の翅をむしり取った。だが、まだ足りない。 薄い氷刃を自分の呪力で飛ばしただけでは、弱い関節部分はともかく、胴体にまで刺さらないのだ。 ならば。 「ふッ!」 恵美に託した時の要領で、氷の剣を作る。生み出した剣を手に握ったアメリアは駆け出し、 「はッ!」 剣を投げた。さすがのエキドナも、あれだけ大きな剣をただ投げるなどという暴挙は想定していなかったのだろう、かわすまでもない剣が頭に弾かれる。 その意図を正確に理解していたのは――葛原だけだ。 「おおおお!!」 下らぬ嘆きをあげる自衛官を踏み台に、葛原は跳びあがった。弾かれた氷剣を受け止め、エキドナを見据える。 「殺し合いにルールなんてねえんだぜ!!」 受け止めた氷剣を、力任せに叩き付ける。渾身の呪力を込められた氷剣は、エキドナの外骨格を切り裂いた。 「イイィィィァァァァ!!」 どろどろと見にくい液体が染み出す。葛原はエキドナの体に向かって、さらに剣を振り回す。 ガツンと衝撃。氷剣は砕けるが、さらに体が削られ、体液があたりにまき散らされる。 「うわぁぁぁぁ!!」 自衛官たちがエキドナの苦痛に呼応するように殺到してくる。それら全てを、葛原は遠慮なしに殴り飛ばした。 「邪魔すんじゃねえ、クソどもが!!」 振り回した対戦車ライフルに弾かれる自衛官たち。小銃がてんでバラバラに発砲され、いくつかは味方同士で当たり、血をまき散らす。足がへし折れ、中には腕を吹き飛ばされる者もいた。 それでも、操られた自衛官たちは止まれない。苦痛にあえぐ声が響く中、アメリアは氷槍を作り出す。 「もう、やめてぇ!!」 投擲。やはり外骨格に弾かれたそれを、再び葛原がキャッチした。 「そうらぁ!」 邪魔な自衛官たちを槍で殴り、葛原はそのまま槍を放り投げた。狙いの甘いアメリアとは違い、葛原の投げた槍は、明確な殺意をもって一点に突き刺さる。 「イィィィ!?」 先ほど葛原が切りつけ、作り出した傷跡。不恰好に槍を突き出したエキドナは、よろめきながら逃げの姿勢を見せた。 「逃がすかよ!」 アメリアは氷のナイフを生成。それを受け止め、他のナイフ群と共に、葛原はエキドナに襲い掛かる。 氷雨がエキドナを打ち据える中、葛原はナイフをエキドナの下半身――そう呼ぶべきかは不明だが、腹に近い箇所――に突き刺した。そのまま引きちぎるように振り回し、作った傷跡にライフルを突っ込む。 「体ん中なら痛えだろ!?」 発砲。くぐもった発砲音と共に、体液が噴水のように飛び散る。 「アアァァァ!!」 体液を失い、いくつもの傷を作ったエキドナは、目に見えて動きが遅くなっていた。それでも暴れるエキドナから振り下ろされた葛原は、エキドナの足に飛びついた。 「そぉらぁ!!」 強引に足をへし折る。ナイフの弾雨によって弱まった関節は葛原の膂力に耐えきれず、足が引きちぎれた。 「こいつなら刺さるだろうが!?」 奪い取った足を、さながら槍のように振り回し、葛原はエキドナの顔面に飛び込んだ。開く口、口腔の奥から生臭い臭気を感じながらも、葛原はエキドナの足を投げる。 かぎ爪がエキドナの複眼を貫き、その奥まで届いた。 「ギィィィィィ!?」 よろめくエキドナ。そこに、アメリアが生み出した特大の氷剣が振り下ろされる。 断罪の剣は、エキドナの首をはねた。転がっていく頭部は樹林に激突して止まり、無残な躯を晒すこととなった。 エキドナを殺した瞬間、周囲の自衛官たちは糸が切れたように崩れ落ちた。だが、操作が止められただけであって、痛みがなくなるわけでも、死ぬわけでもない。 これだけ多くの人間を運ぶことができるはずもなく、アメリアたちはすぐさま駐屯地に取って返した。 見慣れた金網を飛び越える。小型種たちは、いつの間にか姿を消していた。おそらくは、彼らもエキドナに操られていたのだろう。そう考えると、いったいどれほどの生物を操作していたのか。想像するだけで恐ろしい。 手近にいた自衛官を捕まえ、葛原が言う。 「おい、向こうの方に自衛官が大量にやられてんだ。救援を頼む」 「あ、ああ、君たちか。そうか、君たちがやってくれたのか……。助かった……。向こうの方だな、了解」 敬礼した自衛官は、仲間と共に駐屯地の外へ駆け出していく。それを見送った葛原は、 「ったく。どんだけやられたんだか……」 「自衛官の被害は、それなりに出たかもしれないわね。でも、なんとか中には入られていないみたい。民間人は無事……、かしら」 「民間人……、そういや」 葛原はふと思い出したように、中央の方を見る。 「どうしたの、クズハラ?」 「いや。市民の連中、えらく混乱していた。収まってりゃいいんだが」 「混乱?」 「ああ。変種どもがここを襲ったのはオレのせいだとか言いやがって」 「そういうこと」 「そうさ。誰が守ってやっていると思ってんだか。ん?」 見ると、中央の方から慌てた様子の青年が走ってきた。アメリアには見覚えがあった。たしか、支援班の人間だ。 「ア、 アメリア、葛原君。よかった、無事だったんだね……」 息を荒げる青年はわずかに呼吸を整え、 「た、大変なんだ。春日が……」 「菜々が?」 不安に眉を寄せたアメリアは、凶報を聞くことになった。 「重体、なんだ……。民間人に暴行されて」 「……なん、ですって?」 自分の耳で聞いたはずの言葉は、自分の中に染みわたってこなかった。 |