小型種をあらかた片づけたフィオナは、アルミュールを建物の陰に回し、加賀谷の機体と並べて駐機すると、機外に出た。
「ふう」
「よくやった、フィオナ大尉」
 機体の足元にはディランと加賀谷がいた。先に駐機していた加賀谷は、すでに降りている。フィオナもするすると降りると、ディランから水の入ったカップを受け取った。
 水を口に含む。ぬるかったが、戦闘直後の疲れた体には、そんなものさえ馳走だった。
「ったく、なんだってんだ。駐屯地にまで攻めてきやがって」
「聞いていなかったのか。変種も知性を得ている」
「知性ぃ? なんだよ、それ」
「……君は何を聞いていたんだ、カツヤ少尉。連中は、すでに人間と交配し、我々と同じ遺伝子を得ているんだ。おそらくは脳も肥大化しているんだろう。兵隊を使うという能力は、その表れと見るべきだ」
「知らねえよ。そんなもん」
「君は知るべきだと思うがね。わかっているのかい? 連中はおそらく、マヤ・カシマの子だ」
「あー……、そういうことか」
 ちっ、と舌打ちする加賀谷。その様子に、ディランは眉をひそめる。
「理解したまえ。状況は悪化している。このままでは、我々も殺される」
「けっ。そうさせるか」
「もちろん、そのために我々がいる。だが、技術には限度がある。敵の進化は早い。我々が遅々として進まぬ間に、連中は二手も三手も先に進む」
「じゃあどうしろってんだ」
「少しは君も進化したまえ」
「はんっ。うるせえよ」
 説教に飽きたのだろう、加賀谷は勝手に離れて行く。ディランは、そんな彼を止めなかった。
「いいの?」
「構わない。彼は言葉で理解する男じゃない。エキドナの方がよほど知性的さ」
 吐き捨てるように言ったディランは、フィオナを見やる。
「フィオナ大尉。君の目的に対して反対はしないつもりだ。だが、彼をチョイスしたのは、失敗だったと思うね」
「……」
 フィオナは答えなかった。そんな部下に、ディランは続ける。
「僕が何も知らないとでも思ったか? もちろん知らされてはいないさ、だが、情報から推察できる程度の頭はある。レイナほどじゃないにしてもね」
「中佐、私は……」
「いい。君も話さない方がいい。我々が所属しているのは、そういう組織だ」
 ディランは巨大な金属の塊を見上げた。
「アルミュールは、選ばれた人間でなくても運用できる兵器だ。だが、選ばれた人間ならば進化する・・・・ことも可能だ。大尉、いざという時は、それも選択肢として考えて欲しい」
「中佐、けど、それでは……」
「大尉。我々は何のために戦っている?」
 唐突な質問に、フィオナは答えられなかった。きょとん、とした部下に、ディランは苦笑する。
「我々は、命を守るために軍人をしているんだ。僕も正しい軍属ではないけど、そういう志でアルミュールを作っている。決して、国なんていう形骸を守るためじゃない」
「パワーゲームは、我々がしていることではないわ」
「同じさ。少なくても僕は、自分がポーンやビショップだとは思っちゃいない。考える脳を持った人間は、すべからくプレイヤーであるべきだ」
「……今の発言は、聞かなかったことにしておくわ」
 きびすを返したフィオナに、ディランは声を投げる。
「大尉! 君は一人の人間だ、それを忘れるな!」
 その言葉に、フィオナは背中で返した。
「中佐。勘違いしないように。我々も人間を守るために戦っている。ただ、勝ち方というものもある。それだけのことよ」
 頑ななフィオナに、ディランはもはや何も言えず――。
 そのまま、別れることしかできなかった。



 駐屯地内、医務室。
 単に薬とベッドがあるだけのその部屋に、幾人もの負傷者が運び込まれてくる。そこに、春日菜々の姿もあった。
「ッ……!」
 思わずアメリアは自分の口を覆った。
 簡易ベッドの上に寝かされた菜々は、見た目にもひどかった。服から覗く手足には青あざがあり、出血の跡も見られる。顔は腫れ、人相が変わって見えるほどだ。
「アメリア、葛原も来たか」
 絶句する二人のもとに、甲斐が訪れる。白衣のポケットに手を突っ込んだ研究者は首を振り、
「恐慌した一般市民のリンチに遭ったようだ。肋骨にひびが入っているし、打撲は無数。だが、一番深刻なのは内臓だな……。腹を殴られたらしい。破裂とまではいっていないが、日常生活に影響を及ぼす可能性もある」
「博士の能力で……、治せないの?」
「私は魔法使いじゃない。恵美を治せたのは、あいつがバカみたいな呪力を保有している呪力保持者だからだ。私は人間の再生力を手助けする程度の能力しかない。今の春日を無理に回復させれば、体力がもたない」
「そんな……」
 甲斐は嘆息した。
「体力が回復すれば、多少は能力で回復を加速させることもできるかもしれん。だが、それでも完全には治らんだろう。精密検査をしなければ詳細はわからんが、他の器官に損傷がある可能性もある。……本人に宣告したくはないがな」
「他の?」
「ありていに言って、もう子供は作れんだろう。股間から血が出ていたからな」
「ッ……!!」
 甲斐の告げた事実に、アメリアは眩暈がした。
 死んではいない。だが、事実は菜々に大きな衝撃を与えるだろう。
「……やったのは?」
「一市民だ。とはいえリンチだからな。誰がどの傷を与えたかは分からん。もっとも、全員が犯人と呼んで差支えないだろうが……、犯人捜しをしても仕方ないだろう」
「でも!」
「落ち着け、アメリア」
「クズハラ!」
 怒りに任せて葛原を振り払おうとするアメリアだったが、その肩を葛原は抑え込む。
「落ち着け! 暴力で返しちまえば、同じことだぞ」
「でも……、でも、それじゃあ、ナナがあんまりじゃない」
「確かに、春日にゃつらいことだが、死ななかっただけマシってもんだぜ。きっと、こいつはそう言う」
「……」
 歯噛みしたアメリアは、何も言えなかった。菜々は優しい子だ。それはアメリアもよくわかっている。
 そうしていると、菜々が薄く眼を開いた。
「ナナ! 大丈夫!?」
「ここ、は……」
 小さく口を開き、せき込む。菜々の瞳が甲斐を、アメリアを、葛原を捉えた。
「あ、あ……、よかった。会えた……」
「ナナ?」
「聞いて……。井出君が、気づいたの……。誰かが、アトラク・ナクアを、使ったって……。アトラク・ナクアが、イザナミを、生き返らせたの」
「アトラク・ナクア?」
 はっとした。菜々の言う言葉の意味を理解した瞬間、三人に衝撃が走った。
「そういう、ことか。アトラク・ナクア検体!」
「だとすりゃあ、説明がつく……。再発じゃなくて蘇生か!」
「うん……。ねえ、アメリア。あとは、お願い」
 そのまま、菜々は再び眠りに落ちた。呼吸は安定している。その寝顔は安らかだった。
「博士」
「ああ。葛原、アメリア、来い」
 もはや、一刻とて無駄にできなかった。
 三人は、医務室を飛び出す。ベッドの上では、菜々が小さく微笑んでいた。



 研究室でしばしパソコンを叩いた甲斐は、二人を連れて廊下に出た。
「どうだったんだ」
「……外で」
「ちっ……」
 その言葉が暗に持つ意味を悟り、葛原は舌打ちした。
 三人は建物の外に出ると、人影のない駐屯地外周部まで移動する。
 近くにあった切り株に腰を下ろした葛原は、甲斐を見上げた。
「で、どうだったんだ」
 大樹に背もたれた甲斐は、嘆息した。
「少なくとも、データがコピーされた履歴はない。履歴を改ざんした様子もない」
「じゃあ、井出の考えが外れたってのか」
「そうとも考えにくい。少なくとも、井出の着想は面白い。推測だが、アトラク・ナクア検体から得られた遺伝情報ではなく……、アトラク・ナクア検体そのもの・・・・を奪ったんじゃないか?」
「死体ってことか。なるほどな」
 遺伝情報とは言うが、元は死体だ。そこから遺伝子を解析し、その生物が持っていた呪力や、その特徴・運用方法を活用する、それが甲斐のスタイルだ。
 アジ・ダハーカ検体から除草剤を作ったように。
 すなわち、死体そのものがあれば、データなどいらないということだ。
「けど……、それじゃあ、犯人は」
 アメリアはうつむく。アトラク・ナクア検体は、恵美が仕留めた後、自衛隊の手によって駐屯地まで運ばれ、それ以降は研究室で保管していた。研究室そのものも、状況により移転をしている。
 それだけ、多数の人間が触れる可能性があったということだ。チャンスだけならば、誰にでもできた。
 だが、死体からアトラク・ナクアを再現するというのは――当然、容易なことではない。少なくとも、何の知識もない素人がいきなりできることではないはずだ。
 すなわち。
「おそらくは、研究班の人間が犯人だろうな」
 それは、とりもなおさず、甲斐の部下が犯人であるということを示している。
「もっとも、単独班というわけでもないのだろうな。個人での行動ならば、もっと早く明るみになったんじゃないか? まあ、それはただの勘だが」
「それはオレも間違っていないと思うぜ。こんなだいそれた犯行、一人でやりゃあ、精神が持たねえだろ」
「一人じゃない……、でも、それじゃあ」
 研究班には犯人がいる。だが、単独班ではないとすれば。
 この駐屯地にいる、全ての人間が容疑者になる・・・・・・・・・・・・
「……だから、井出はオレたちに連絡をしてこなかったんだな」
「どういうこと? クズハラ」
「誰が犯人だかわかんねえってことだ。オレはオレが犯人じゃねえってわかってるが、井出からすりゃあ、自分の着想を下手に話せねえんだ。もし犯人サイドに“知っている”ことを知られたら、逃げられちまう可能性もある。現状、犯人に逃げられたら、探し出す手立てなんかねえ」
「それは……、そうだけど」
「実際、井出のやったことは正しいぜ。春日は元からただの高校生、しかも恵美の友達だ。そういうことやらかしゃしねえってのは、だいたい想像できる」
 甲斐は嘆息した。
「……推測だが、井出たちにも何か問題が発生しているな」
「井出に? ああ、そうか。誰が味方かわかんねえなら、春日なんて巻き込まず、自分で調査しに戻れば済む話だな」
「そうだ。井出は容易に帰還できない状況に陥った。おそらくだが、戦闘班から脱落者が出たんだ。犯人の目的は不明だが、恵美は強く警戒されているんだろう。アトラク・ナクアやイザナミを殺してみせた恵美がいれば、アトラク・ナクアも再び殺されてしまう可能性がある。だから、うかつには動かない」
「井出の野郎が戻れねえってことは、恵美が戻れねえってことと同じだからな。恵美が戻ってこないことがわかれば、犯人は動くかもしれねえ、か」
「そういうことだ。最悪、恵美が弱っていたとするなら、ピンポイントで恵美を殺しにかかる可能性もある。現状、恵美を失うのは最低の悪手だ。あいつがいなくなれば、イザナミを殺せる可能性のある人間がいなくなる」
「その前に、オレたちが犯人を見つけなきゃいけねえってことか」
「……犯人グループは人数も目的も不明だが、少なくても研究班が協力していることは間違いない。となれば、私が内偵を進めるべきだな」
「心当たりは?」
「目的が知れない以上、なんとも言えん。変種が再発してメリットのある人間がいるとも思えん」
「そうか? オレは、あんたなら可能性があると言えちまうがな」
「私が?」
 眉根を寄せる甲斐に対し、葛原は苦笑する。
「あんたは呪力の研究者だ。研究材料は多い方がいいだろ」
「馬鹿なことを言うな」
「そういう推測もできるって話さ。もちろん、あんたがやったなんて思っちゃいない。けど、可能性としては十分にありうる」
「……」
 しばし葛原をにらんだ甲斐は、改めて息を吐いた。
「そうだな、お前の言う通りだ。変種が再発して、私は研究材料に困らなくなった。だが、少なくても私は、人類のために研究をしているつもりだ」
「ああ、わかっちゃいるって」
 だが、甲斐と理念を異にする者は、必ずいる。
「焦って動くと、相手に気取られる。アメリア、葛原。お前たちも普段は平然としていろ」
「了解」
「……わかったわ」
 頷き合う三人は、それぞれに動き出した。



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