エキドナ襲撃の翌日。甲斐が起きると、何やら庁舎内が騒がしかった。
 バタバタと走り回る自衛官。エキドナにやられた被害も回復しきっていないのだから、多少なりとも騒がしいのは仕方ないが……。
「あ、甲斐博士! こちらにいらっしゃいましたか!」
 そんなことを考えていると、自衛官の一人が飛び出してきた。
「博士、新しい変種発見の報告が入っています。会議室へ! ご説明いたします」
「ちっ、休ませてくれないものだな。他の連中は」
「別の者が呼びに行っております! では、こちらへ!」
 案内する自衛官に連れられて、甲斐はそのまま会議室へ移動する。
 そこにはすでに葛原やアメリア、それにディランを始めとする米軍特務の姿もあった。
「で、では、説明させて頂きます!」
 敬礼した若い自衛官は、
「一報が入ったのは今から1時間ほど前、神奈川県南部の駐屯地からです。報告者は陸上自衛隊所属の自衛官で、小型種の採集を行っていた際、偶然、大型種を発見したとのこと」
「程度は」
「推定ランクは呪力量計測機器を用いてのものですが……、ランクは、Aです」
 ちっ、と誰かが舌打ちした。
 エキドナを殺して、一日も経過していないというに。
「ねぐらにしているのは旧横浜駅周辺……。元は建物が林立していた区域ですが、現在は樹木に覆われ、他と同じようにジャングルのような状態です。この周辺は、木々が建物を鉢植えのようにしている関係で、より複雑かつ立体的な構造になっているのが特徴です。発見された変種は類人猿に近い胴体ながら、首から上はヤギか羊のようであった、と。また、背部には羽毛のない羽を備えていたようです」
「宗教画の悪魔といったところか」
「近しいものはあるかと思われます。認識名称は【バフォメット】。発見したのは三日前、発見の翌日に偵察部隊を出したとのことですが、Aランク推定であるとの情報以外、連絡がないまま、今日に至っております」
「全滅か」
「……おそらくは。向こうの駐屯地でもそう判断し、こちらに応援要請をしてきた次第です」
「ちっ。連絡が遅いんだ、バカが。いまだに陸自は大型種を自分たちでなんとかできるとでも思っているのか?」
 呪力を持たない人間がどれだけ出撃しようとも、大型種――特にAランクの前では無意味だ。
「能力は不明。ただし、横浜駅周辺から大きく移動はしていないようです」
「つっても、放置なんかできねえだろう」
「だが、現状は仕掛けられんぞ。戦力もないし、何よりここが手薄になる」
 現状、自衛隊で動けるのは、アメリアと葛原、それに他の呪力保持者を合わせても五人のみ。頼れるのは米軍特務だけだが――。
「ディラン、アルミュールの状態は?」
「フィオナの機体は多少の整備をすれば本来の性能を発揮できるだろうね。加賀谷の機体は70パーセントの能力といったところだ。通常機動には問題ないだろうが、戦闘機動には支障が出る恐れが高い」
「十分とは言い難いな」
「……」
 ディランも、反論はしなかった。
 バシリスク戦において、加賀谷機は損傷した。アルミュールが弱いというわけではない。敵が強いのだ。
 アルミュールをもってしても、バシリスクの攻撃を受けきることはできなかった。ダメージは与えられたが、空中に浮かぶ敵にアルミュールでは決定打を与えられなかった。
 これがアジ・ダハーカやアトラク・ナクアといった敵が相手だったとしても同じことだろう。呪力兵装は高い攻撃性能と、人間では過酷すぎる環境でも活動できるメリットこそあるが、Aランクの攻撃を受け止められるほどの能力はない。いや、それは人間の限界を超えているのだろう。
 バフォメットの攻撃手段はわからないが、Aランク相当の呪力を有している以上、相応の攻撃力はあることだろう。全て回避できれば、もちろん問題ない。だが、受け止めるわけにはいかないのだ。
 そう考えると、アルミュールの巨体も邪魔になる。人間ならば回避できる攻撃も、アルミュールではかわしきれない場合も多いだろう。
 こちらから一方的に攻撃できる限りは呪力兵装も十分に役立つ。あるいは、小型種に対するけん制、駐屯地のような立地での防衛線には、非常に役立つ。だが、こうした、大型種討滅の作戦には――。
「アルミュールでは、おそらくだが、バフォメットは倒せまい。恵美の帰還を待たねばならないな」
「……改良の余地は認めざるをえないね。だが、米軍の能力が日本に劣っているとは思っていないよ」
「誰もそんなことは言っていない。厳密に言えば、自衛隊の能力も、私の研究成果というわけじゃない。最も強いのは恵美で、あいつは天然ものだ」
「生まれながらのスーパーマン、いや、スーパーウーマンというわけだね。しかしながら、我々は技術で彼女を再現しようと言っているんだ。そんな泣き言を言っても始まらないだろう」
「現実問題を論じているだけだ」
「……。フィオナ大尉、意見は?」
「一人でも十分と言いたいけれど、現実を見るなら、的が多い方が確実でしょうね」
「フィオナ。もうちょっと言い方はないの?」
「日本語が不自由なのよ」
 アメリアの忠告もまるきり聞く耳を持たないフィオナは、つい、と視線をそらす。
「……?」
 なんとはなし、アメリアは、その視線に違和感を覚えた。そういえば、以前のフィオナはもっと血気盛んだったようにも思う。少なくとも、アメリアたちを戦力としてはみなしていなかった。
 あるいは、少しずつ自分たちを認めてくれているのだろうか。アメリアはそんなことを思う。
「とにかく、まずは恵美たちからの連絡を待つ。そうでなくても、草薙がやられ、戦力は落ちている。変種がこの駐屯地を襲うようになった以上、加賀美たちは動かせん」
「米軍も異論はない。いいね? フィオナ大尉、加賀谷中尉」
「ええ」
「文句を言ったって、どうせあんたが決めるんだろ」
「まあ、その通りだがね」
 苦笑するディラン。甲斐は全員を見渡し、
「では、まずはそのように。それと並行して変種の研究は続ける。バフォメットは放置できないが、当面は忘れろ」
「了解」
 皆が返答し、それで議事は終わった。



 会議後。
 フィオナ・クローゼは庁舎内を歩いていた。医務室の前を通りかかった時、ちょうど、部屋から出てきたアメリアと出くわした。
 浮かない顔の少女に、フィオナはかすかに違和感を持つ。
「何? あなたまで怪我をしたわけ?」
「見舞いよ。友達の」
「友達?」
「ナナよ。ナナ・カスガ。知っている?」
「ナナ?」
 それならば、当然ながら知っている。八雲恵美の友人。たいした能力を持たない、なのにおかしな少女だ。
「例の襲撃で?」
「……タイミングはそうだけど。ナナを傷つけたのは獣じゃないわ、人間よ」
「人間? ……どうして?」
「暴動が起きたそうよ。なんでも、あたしたちと変種は同じなんじゃないか、仲間がいるから連中はここを襲ったんじゃないか――そんな理屈」
「仲間? 冗談じゃないわ」
「あたしもそう思うけど、それは自分を知っているからよ。普通の人から見れば、確かにあたしも獣も変わらない、人知の及ばない化物よ。だからこそ、あたしはずっと自分の能力を隠していたんだもの」
「人知の及ばない……」
 アメリアの言い分は、フィオナも理解できていた。
 人間は、グループを作りたがる。グループには共通項が必要で――共通項を持たない存在は、排斥する。
 人間という枠組みでグループを作れば、呪力保持者は、間違いなく異端だ。
「じゃあ、あたしも行くわ。氷を作らないといけないの」
「え、ええ」
 立ち去ったアメリアを見送ったフィオナは、吸い込まれるように、医務室へと入った。
 たくさんのベッド。内のひとつに、見知った少女が転がっていた。
 目を閉じている。呼吸は安定しているようだから、ひどい症状ということはないのだろう。だが、全身を包む包帯は、見ているだけで痛々しい。
「あら? あなたも菜々ちゃんの友達?」
 と、三十代くらいの女性が声をかけてきた。医務室を担当している、看護師の資格を持つ女性だ。
「可哀想にね。まだ若いのに」
「まだ若いのに……?」
 怪我に年齢が関係あるのか、などと思っていると、ああ、と看護師の女性は頷いた。
「聞いていない? 菜々ちゃん、たぶんだけど、もう子供を産めそうにないの」
「なっ……」
 菜々の顔を見やる。ゆっくりと眠る彼女。顔半分は包帯に隠れて見えないが、安らかに寝ているようにしか見えない。
 だが、一生涯、消えない傷を負ったのだ。
 もちろん、生きているだけマシだ、と言えてしまうかもしれない。ただ生きることさえ難しい現状ならば、その程度、と斬り捨てられてしまうかもしれない。
 否、少し前のフィオナならば、そう言い放っていただろう。だが、今はそんなことを言う気にはなれない。その理由は、自分でもはっきりわからないが――。
「……」
 何より、それを成したのが人間だ・・・という事実。
 脳裏に、信頼する男の言葉がよぎる。
『私はね、世界を守る剣を手にしたいのだよ。有象無象が力を持ったところで、それを活かせず、むしろ人間を害することにばかり使うようになる。大戦がいい例だ。力は、選ばれた人間だけが持ち、正しきことにのみ使われなければいけない。君には、その手伝いを頼みたい。わかってくれるね、大尉?』
 そう、彼は言っていた。人間を守る力は、選ばれた人間だけが持つ特権であるべきだと。
 自分には、その良し悪しなどわかっていない。ただ、彼はそう信じていて――自分は、そんな彼がいなければ成立し得ないという事実だけが存在していた。
 だからこそ、最強を目指したのだ。誰よりも強く、誰よりも彼の願いを叶えられる存在になるべく。他の有象無象を蹴散らし、踏みにじり、ただ彼と、そんな彼に付き従う人間だけが力を持つ世界――。それを、ただ作り上げたかっただけだ。
 だが。
 目の前に横たわる少女は、なんら悪いことをしていない。フィオナが知る限り、彼女は善良な一市民で、それ以上でも以下でもなかった。
 そんな彼女が、同じく市民に蹂躙されたという事実。
 力は持つべきが持たなければいけない。その好例だと受け取ればいいのかもしれない。
 しかし、フィオナにはそう思えなかった。
 彼が守ると言った存在。それは、本当に・・・守らなければいけない存在なのか?
 互いに憎み、おそれ、罪もない人間を無造作に傷つけ。
 そんな存在が、本当に彼が言うような、守るべき価値のある存在なのか?
「……ッ」
 化物と呼ばれ。
 命を危険に晒してまで敵と戦い。
 それは――誰のため?
 自分は、何のために戦っていた?
 世界を守るのは誰のため・・・・・・・・・・・だ!
 フィオナは自分の手を見下ろす。
「生きていく、だけなら……」
 獣を狩り。山野の中で生きていくだけならば、自分の力があれば可能だ。
 あんなくだらない連中のために身を張りながら、彼の夢を守る必要はない。
 そんなことに、今さらながら気づいた。
 自分は最強でなければ、存在価値が認めてもらえない。
 その考えは、そう、違ったのだ。
 存在価値のある人間などいない。価値のないものに認められた価値にも意味はない。
「……プレジデント」
 自分は、どうすればいいのだろうか。
 その答えは、誰も教えてくれない。



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