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数日後。 加賀谷はアルミュールの中から外を眺めていた。 画面のひび割れたモニターからは外の景色を見ることができる。見下ろせば、巨人の手が化物の遺骸を持ち運んでいる。 先日の駐屯地防衛線には加賀谷も強制的に参加させられた。自分のいる場所を獣たちが囲んでいるのだから、否応もない。 それに、退屈しているよりは、死線の方が加賀谷の性に合っていた。もとより喧嘩は好きだし、その結果として、弱い者が死ぬことも受け入れている。そして、加賀谷は自分が弱いなどとは欠片も思っていない。 気に入らないのは、その後、どうして自分が死体運びなどせねばならないのか、という問題だ。 運んでいるのは、自衛隊特務が殺した変種の死体だった。巨大な虫の死体にしか見えないが、大型種である以上、他の生物の遺伝情報も持っていることだろう。細かな違いは、加賀谷には分からない。 ディランと自衛隊の研究者たちが、こぞって特務が殺した虫――エキドナというらしい――の死体を欲しがっていた。その運搬を任されたのは、最もパワーのあるアルミュールと、その使い手である加賀谷だった。 それが、加賀谷には気に入らない。 「ったく。んなもん、フィオナにやらせりゃいいじゃねえか」 加賀谷は米軍に所属したが、それは大災害の後だ。言うなれば民兵に近い。よって、正規の訓練を受けているフィオナのように軍属意識などというものはなく、元々の性分も相まって、戦闘以外の命令にはとかく反発しがちだった。 死体を持って駐屯地まで戻ると、ディランが何人かの男たちと待っていた。 「ほら、持ってきてやったぞ」 外部マイクに告げながら、ディランは死体を放り投げる。ディランが大切に扱えなどと吼えているが、気にしない。 ディランたちはすぐさま死体の検分を始めた。半分割れた顔面と、裂傷が散見される胴体。顔面からは、黒い何かが垣間見える。 「気色悪いな」 喧嘩は好きだし、死体とて見慣れている加賀谷だったが、死体をなぶるような真似はあまりしたことがない。これが女となれば死体でもまだ見向きするが、虫の死骸では気持ち悪いだけだ。 見ていても良いことはないと思い、反転しかけた。その時。 『うわあああああああ!?』 マイクが外の音声を拾う。反射的に振り返りつつ、戦闘態勢を取っていた。 一人の研究員――メガネをかけた青年が、左腕を押さえている。その左腕は、黒く変色し、血管らしきものがうねっていた。 「な、んだ、こりゃ!?」 何が起きたのか、加賀谷にも理解できなかった。と、青年の腕が、いきなり動き出す。 「ッ!?」 左腕はそれそのものが意志を持つかのごとく、近くにいた別の研究員を襲った。顔面をボールのように握りしめ、 「なッ……!!」 そのまま握り潰す。血が噴出し、死んだ研究員は崩れ落ちた。 「何してんだテメエ!!」 咄嗟にアルミュールを動かしていた。呪力兵装は加賀谷の指示に従い、その剛腕を青年に向ける。 が、 「ぐっ!?」 青年の左腕とアルミュールの拳が激突し、止まる。 ありえない光景だった。人間が、大型種さえ屠る呪力兵装の拳撃を受け止めるなど! 「ぬ、おおおおお!?」 焦った加賀谷は、拳を放し、距離を置こうとした。しかし、それは悪手。 青年がにやりと笑う姿まで、加賀谷にはハッキリと見えていた。 「あ……」 跳びあがる青年。アルミュールの拳をすり抜け、握りしめた左腕がカメラに――自分の座るコックピットへと迫る。 直後。加賀谷の意識は途切れた。 悲鳴は、庁舎の中にいた甲斐の耳にも届いた。 「何事だ!」 叫びながら外に飛び出す。そこにいたのは、巨大な虫の死骸と血だまり、そして倒れ伏した研究員――。 「な、なんだ!?」 直後、ずどん、と腹に轟音が響く。見れば、アルミュールがひしゃげ、その巨体がゆっくりと崩れ落ちるところだった。 「な、んだとッ……!?」 あのアルミュールが大破している? Aランクとさえ渡り合うほどの兵器が? 愕然としている甲斐の前で、それを成した青年がゆっくりとこちらを向く。 「お前……、朝宮?」 信頼していた一番の部下。その彼が、薄ら笑いを浮かべながら、こちらを見ていた。 「何を、何をしたんだ?」 「アルミュールを破壊しました。なんとなく目障りでしたから」 「なんとなく、だと?」 バカな、と口の中でつぶやく。 「ありえん。お前にそれほどの呪力があるはずがない!」 「ありますよ。いえ、貰いました、と言うべきでしょうか」 「貰った……?」 はっ、と気付く。 大型種は、食べるほど呪力を増やす。 「お前、まさか、お前だったのか……。しかも、自分にアトラク・ナクアを移植したのか!?」 「さすが博士です。一瞬でそこまで見通せましたか」 「正気か貴様!?」 「もちろん。とは言っても、博士には理解できないでしょうね。アトラク・ナクアを蘇らせるなどという考えは」 「当たり前だ……! 貴様、自分が何をしたのか理解しているのか!? どれだけの人間が犠牲になったと思っている!!」 「犠牲がなければ理解し得ないでしょう。ましてや、ヒーローの存在意義など……」 「何?」 朝宮はかけていた眼鏡を外すと、握りしめた。 ぐしゃり、とガラスが砕け、フレームがひしゃげる。 「僕が、Bアンプルの被験者となったのは……、今の自分ではない何かになりたかったからです。あの大災害を目の当たりにし、研究など何の役にも立たないものだと証明されたような気がして。呪力保持者になれば、僕は存在価値が生まれる。皆が憧れるようなヒーローになれる。ただ、それだけでした」 茅野の発案した神威計画。 Bアンプルの一般人に対する投与。その生き残り。 朝宮は、菜々と同じ、弱い呪力しか持たない一般人――。ただ、それだけのはずだった。 だが。 「けれど、変種が撲滅され、気づいてしまったんです。呪力保持者など、必要がないということに」 「そんなことは……」 「拳銃の所持が許されるのは、身を守る必要があるからです。同様、呪力保持者などという存在が世間に認められたのは、変種という明らかな外敵がいるからです。変種がいなければ! 僕らはただの異物でしかない!!」 甲斐の脳裏に、傷つけられた菜々の姿が浮かぶ。 人間は、自分とは違う存在を排斥する。呪力保持者がそうされなかったのは、必要だったからだ。だが、それさえ、あんな簡単な契機で崩れてしまう。 自分は、それほどのものを作ってしまったのか? 「変種を討伐するために僕らは存在が許されました。変種という闇があるからこそ、僕らのような蝋燭が活きる。それを、あなたはもっと理解すべきでした」 「朝宮、お前……」 「エキドナを吸収して、ようやくわかってきました。現状、世界中に大型種は散らばっている。けれど、その力を集約すれば……。偉大なる闇が誕生する。僕は、その雛だ」 「やめろ。やめろッ!!」 「あなたに止められますか? 化物と化したあなたでも、いえ、あの八雲恵美ですら、もう僕を止めさせはしない!」 犬歯をむき出しに、朝宮は吼える。 「誰にも邪魔はさせない! 僕が、世界を終わらせてやる!!」 駆けだした朝宮は、高く跳びあがり、駐屯地の外へと向かってしまった。それを、甲斐は見送ることしかできない。 「博士ッ!」 遅れて、アメリアと葛原が降ってきた。その顔を見て、甲斐は我に返る。 「……葛原、朝宮を追いかけろ。あいつを見失っては手遅れになる!」 「あぁ? じゃあ、あいつが……」 「あいつがアトラク・ナクアそのものだ! 朝宮を殺せ!」 「そういうことかよッ……、了解ッ!」 飛び出した葛原。アメリアもその後を追いかけようとして、 「待て、アメリア! ……ッ、まずい!!」 崩れ落ちた蜂型大型種。その死体が、きしみながら動き出そうとしている。 「こんな死体まで動かしたのッ……!? くッ!」 アメリアは自らの周囲に冷気を走らせ、飛び出した。 |