見れば、正面の高くなった場所に、男女の姿があった。
 女性の方は、恵美が到着してすぐに面談した、あの白衣の女性だ。鋭く冷たい視線を、無感動に向けている。
 一方で、男性の方は、恵美にとって初めての顔だった。もう壮年と呼ぶべき年齢なのだろう、髪の毛のも白いものが混じっている。だが、挙動がはつらつとしているうえ、シャツにジーンズという軽装のおかげで、若く見えた。
 男性はマイクに向かい、声を張り上げる。
『私は茅野明彦! カヤノ・ミリタリー・サービスの社長を務めている者です。今回、日本政府の要請により、我々が地球を奪還するための組織を任される運びとなりました』
 男性――茅野は隣に立つ女性を示し、
『彼女は甲斐玲奈氏。我々の技術オブサーバーです。みなさんは、すでに現状も、特殊な事情もご存知かと思いますが、改めて説明させていただきます』
 茅野が目配せをすると、甲斐が前に出た。茅野からマイクを受け取り、
『甲斐だ。知っての通り、現状、世界は変種どもに支配されている。連中の最たる特徴は、通常兵器による攻撃を遮断できるということだ』
 恵美の周囲で、何人かが頷く。実戦経験がある自衛官なのかもしれない。
『厄介なこの力を、私は呪力と名付けた。呪われた力だ。呪力による障壁は、内と外の次元を断絶する。こちら側でどれほど爆発が起きようとも、呪力による壁の向こう側は影響を受けない。ちょうど、テレビ画面のこなたとかなた、そんな風にイメージしてもらえばいい』
「呪力……」
 その名前は聞き覚えがなかったものの、恵美にも実感はあった。
 八雲の力、そのことだろう。
『呪力を突破できるのは呪力だけだ。そこで私は、様々な手法を用いて、人間に呪力を発現させる薬品を開発した。それがBアンプルだ。
お前たちには、到着してすぐにBアンプルを注射してある。丸一日ほど高熱に悩んだとは思うが、それを乗り越えた以上、お前たちは適性のある者だ。そのことは誇っていい』
「ボクは注射されていないんだけど……」
 口の中でつぶやくが、もちろん甲斐には届かない。彼女の言葉は続く。
『とはいえ、Bアンプルに適性があったとしても、呪力が使えるようになるとは限らない。確認した結果、強い呪力を発揮できた者は12名。それに他ルートから集まってもらったメンバーを加え、合計15名を選抜チームとし、実戦を担当してもらう。他、適性はあったものの呪力を発揮できなかったメンバーは、経過観察を行いながら裏方を手伝ってもらうことになる』
「あたしも呪力は発揮できなかったから、裏方になっちゃうかなぁ……」
 恵美の隣で、菜々はぽつりと漏らす。
 菜々が力を手にしなかったという事実に、恵美は少しだけ安堵した。実戦経験のない、心優しい彼女のことだ。戦いには向かない。
『詳しい組織運営は茅野が行うが、今後、体調に変化が出た者はすぐに名乗り出るように。はっきり言ってBアンプルはまだ試作段階に過ぎない。どのような変化が出るか、私でも読めない部分はある。そのことは肝に銘じておいてくれ』
 甲斐は後ろに下がると、マイクを茅野に戻した。マイクを受け取った茅野は、
『では、これより選抜チームとなる15名には前に出てもらう。まず、守屋直輝さん』
「はい!」
 ホールの隅から、野戦服姿の男性が前に出た。
「あ、守屋さんは呪力を発揮したんだ」
「そうみたいだね」
『続いて、井出晶さん。有田徹さん。加賀美蘭子さん……』
 茅野が名前を呼ぶたび、部屋の方々から様々な人が前に出ていく。
 服装も性別もバラバラ。立ち居振る舞いからして、恵美のような武術の経験を持たない者も少なくない様子だ。
「大丈夫かな……」
 恵美が首をかしげる中、12人が前に出た。
『では、最後に3名を。まず、八雲恵美さん』
「え? あ、ボクか。はい!」
 返答し、恵美も壇に上がった。
『続いて、八雲悠介君』
「……え?」
 呼ばれ、舞台そでから一人の青年が出てきた。柔らかな笑みを浮かべた、爽やかな青年。
 その顔を見て、恵美は目を丸くする。
「に、兄さん!」
「久しぶり、恵美。お前とは必ず再会できるって思っていたよ」
 八雲悠介。恵美の実兄だった。
 恵美が感動の再会にひたる間もなく、茅野は最後の一人を呼び出す。
『そして、アメリア・ラッセルさん』
 悠介に引き続き舞台そでから現れたのは、金髪碧眼の少女だった。
 年頃は恵美とさほど変わらないだろうか。日本人ばかりが集まっているメンバーの中で、唯一の外国人だった。服装も特徴的で、着るものにも事欠く現状ながら、過剰なフリルで飾られたドレスを身につけていた。
 その顔立ちと服装から、どこか西洋人形を連想させた。
『以上、この15名に実戦を担当してもらいます。残るみなさんは、彼らのサポートをお願いします。もちろん、待遇に関しては、ここにいる全員が相応の待遇を約束されています。また、実戦メンバーに選ばれなかったみなさんも、わずかながら呪力は宿っています。きっと、以前よりも力が強くなっていることでしょう。感覚は追いついていないものと思いますので、慎重に行動し、無駄に破損しないようお願いします。食器も建材も貴重品ですからね』
 そう言って、茅野はぐるりと見渡す。くすくす、と笑いが漏れた。
 茅野は満足そうに頷き、
『本日の集会はこれで終了です。選抜メンバーは引き続き、部隊編成などについての説明がありますので、残ってください』
 そう言った茅野は、マイクのスイッチを切り、床に置いた。
 そして、にやりと笑う。
「では! 今ここに、人類解放の始まりを宣言する! 我々“神威カムイ”が、世界を取り戻すぞ!! えい、えい、おおおおおお!!」
 天を突く茅野の拳。
 マイクを通さない大音声に、室の皆が呼応した。



 非戦闘員の皆が退室すると、ホールは無駄に広くなった。
 茅野と甲斐を中心に、なんとなしに円を描く15人。恵美は、隣に立つ兄を見上げる。
「兄さん、いつの間に帰ってきていたんだい?」
「なに、実はケモノの来襲前には日本入りしていたんだけどね。空港には到着していたんだけど、ケモノが現れたせいで、次の便には乗れなかった。そのせいで、足止めを食らっていたんだ」
「連絡くらいくれればよかったのに」
「家には電話したさ。けど、お前は出なかっただろ」
「……そういえばそうだね」
 恵美は襲撃の日、ケモノと交戦し、それから家に帰っていない。携帯電話を持っていない恵美は、そうなると、連絡の取りようもなかったのだろう。
「まあ、お前のことだから、身の心配はしていなかったけどね」
「ひどいなぁ、それは。か弱い妹に対して」
「お前のどこがか弱いんだ。僕よりも強いくせに」
「そんなことないさ。兄さんの方が剣技だって八雲の力だって優れているよ」
「だといいけどね。ほら、始まるぞ」
 正面に向き直ると、茅野はぐるりと周囲を見渡していた。
「さて。ここにいる面々は、全員がアンプルに選ばれた者だ。言い換えれば、全員、変種と戦うだけの力を有していることになる」
「ちなみに、呪力の使い方はそれぞれだ。身体能力の強化という点では全員が共通しているが、それにプラスで様々な能力が発現していることだろう。自覚している者も多いだろうが」
 茅野の言葉を引き継ぐように、甲斐が言う。何人かが頷くさまが、恵美の立つ位置からも見て取れた。
「最初に言っておきたいのは、君たちが選ばれたからといって、その力を安易に使っていいわけではない、ということだ。君たちは強い。変種などには負けない。だが、裏を返せば、それは人間を超えているということだ。君たちがその気になれば、素手で一般人を殺せてしまう。そういう力を手にしているんだという自覚を、全員が持っておいてほしい」
 恵美は頷いた。
 それは、八雲に生まれた者が常々、言われていることだ。
 八雲の力は神の力。人間同士の争いで使ってよいものではない、と。
 静まり返る場。全員、頭の片隅では思っていたのだろう。だが、それを改めて自覚した、そんなところだろうか。
 と、そんな静寂を破り、男の声が響いた。
「ご託はいいからよ、これからやんなきゃなんねえことを言えよ」
 恵美のちょうど対面に立つ男だ。
 黒のスーツ。上着は着ておらず、ワイシャツのボタンは上から三つほど外されている。首にはシルバーチェーンを提げていた。
「随分とガラの悪い男だね」
「ホスト、にしては客商売といった雰囲気じゃないね。そういう店の用心棒ってところじゃないか」
 兄と小声で交わす。
 ガラの悪い男は茅野をねめつけ、
「選ばれたセンシサマなんだろ、俺たちは? じゃあそれなりの待遇ってもんがあるんだよな?」
「……それについては否定しない。だが、葛原君、俺の話を聞いていたか?」
「わかってるよ、一般人を殴るなってんだろ? 喧嘩して追い出されちゃたまんねえからな、おとなしくしてるさ。だから、おとなしくしている間に、やんなきゃいけねえことを言えってんだよ」
 傲岸不遜な態度を崩さない葛原に、茅野はため息をついた。
「まあいい。まず、君たちは3人1組でチームを組んでもらう。今後の活動は、全てそのチーム単位で行う。最初の作戦はまだ決定していないが、活動については、こちらから支給する衛星電話を用いて、メール配信する。それ以外の行動については一応、自由としておくが、あまりこのホテルから出ないでもらいたい。それと、今後とも活動の拠点は、このホテルが中心となる」
「チーム分けは?」
「すでに決定している」
 茅野は一度、舞台そでに引っ込み、バッグを持ってきた。中からA4サイズのコピー用紙と携帯電話を取り出すと、全員に配り始める。
「班分けは記載の通り。名前の横に丸をつけてある人には各班の班長をお願いする。第一班は有田君、第二班は加賀美さん、第三班は片浜さん、第四班は守屋君。そして、第五班は八雲悠介君。以上だ」
 全員の名前が、一覧となって記載されている。名前の下にはそれぞれが発現した能力についての記載もあった。これが名簿ということなのだろう。
 皆がリストに目を通す中、
「おい、俺は誰かの下につくってのが苦手なんだよ。俺をリーダーにしろ」
 またぞろ声を荒げたのは、葛原だった。リストを見ると、彼の名前は第四班に入っている。守屋の班だ。
 対する茅野は、
「班分けに際し、能力や略歴によって、リーダーも班分けのメンバーもそれなりの理由をもって選んでいる。今後の運用によって問題が生じた場合は入れ替えも検討するが、基本的にはこのまま運用を開始する。反論は認めない」
「んだと?」
「不満があるなら出て行ってもらって構わない。今の君が持っている力なら、まあ一人でもすぐに死ぬことはないだろうからな」
「……ちっ」
 舌打ちし、葛原は口をつぐんだ。
 恵美は嘆息し、リストに視線を落とす。
 自分の名前は、兄と同じ第五班に記載されていた。



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