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「一緒の班だね、兄さん」 「ああ、まあね。あと、彼女も、だ」 「彼女?」 リストを見ると、最下――恵美の名前の下に、アメリア・ラッセルの文字があった。 「あの子か」 異国の少女は、リストを見るでもなく、ただ突っ立っているように見えた。 何を思っているのか、いまいちわからないが、日本語にも反応しているところを見ると、言葉がわからないわけではないのだろう。 「班員との交流は各自に任せる。まあ、喧嘩だけはしないようにしてくれ。では、今日のところはこれで解散だ。次の行動指針が決まり次第、渡したケータイに追って連絡する。以上!」 解散を言い渡されたものの、恵美は手の中にある携帯電話を見下ろし、 「に、兄さん。どうしよう、ケータイに連絡をすると」 「……恵美は僕と一緒にいな。ケータイの使い方も教えるから」 「う、うん」 恵美はケータイを制服のポケットにねじ込むと、金髪の少女に駆け寄った。 「アメリア、だよね? 日本語、わかる?」 アメリア・ラッセルは声をかけた恵美を見返してきた。だが、口を開く様子はない。 「えっと、ボクの言葉、わかる? これからよろしく」 話しかけても、応じる気配がない。とはいえ、英語などという異国の言葉を使えない恵美からすれば、あとはボディランゲージくらいしかないのだが。 無反応の少女に恵美が困り果てていると、 「どうした、恵美」 「あ、兄さん。アメリアって、日本語がわからないのかな?」 「英語圏かい? コミュニケーションができないのは問題かな」 「……聞こえているわ」 返ってきたのは、流暢な日本語だった。 「なんだ、しゃべれるのか。じゃあ、改めて、今後ともよろしく」 差し出された手を無感動に見つめたアメリアは、 「別に、あたしは、あなたたちと仲良くするつもりなんかない。その必要もない」 「何を言っているのさ。これから、一緒のチームで行動するんだよ?」 「仲間なんかいらない」 アメリアは恵美の手を払いのけると、そのまま背を向けた。 「ちょっと!」 「いい、恵美。ほっておこう」 「だけど兄さん……!」 目を離した一瞬のすきに、アメリアはすでに姿を消していた。 歯噛みし、恵美は兄を見上げる。 「兄さん、どうして止めるのさ」 「恵美、お前が気さくなのはいいところだけど、誰にでもいいというものじゃない。ましてや、こういう時代だ。不用意になれなれしくすると、それだけで軋轢を生みかねない」 「どういうことさ?」 「何かあったのかもしれない、ってことさ。家族を失った人も友人を失った人も多いんだ、少し様子を見よう」 「……まあ、兄さんがそう言うのなら」 不承不承とばかりに頷く恵美。そんな妹に、兄は苦笑を浮かべていた。 恵美が悠介を伴って自分にあてがわれた部屋に戻ると、部屋の前で菜々が待っていた。 「恵美、悠介さん!」 ぱたぱたと駆け寄り、嬉しそうに顔をほころばせる菜々を見て、恵美たちも頬が緩む。 「久しぶり、菜々ちゃん」 「お久しぶりです! 何年ぶりかな? いきなり出てきたから驚いちゃいましたよ」 「はは、連絡する手段がなくってね。最後に会ったのは僕が渡米する前だから、二年くらい前かな?」 「二年前かぁ、なんだかすごく昔な気がします」 「まあ、いろいろとあったからね。僕らも、世界も」 少しだけ静まり返る場。それを押し返すように、恵美は声を張り上げる。 「まあまあ、廊下で話すのもなんだし、ボクの部屋で話そうよ。兄さんのアメリカでの話とか聞きたいし」 「そうだね」 恵美は二人を自分の部屋に招き入れた。 シングルルームだけあって狭く、仕方なしに三人そろってベッドの上に座ることにした。 落ち着いたところで、菜々は昔を思い返すように言う。 「突然でしたよね、悠介さんがアメリカに行くって言い出したの」 「ああ、驚いたよ。大学に入学しないで、アメリカに行く、なんて」 「ああ、まあね。大学に行く意味もなかったし、それなら、広い場所で修行をするのも悪くないと思ったんだ」 「行く時にもそんなことを言っていたよね」 当時、兄の頭脳ならば、それなりに有名な大学にも十分に入学できた。そんな道を蹴っ飛ばしてまでアメリカに行った兄に、恵美は少しもったいないと思ったものだ。 「大学に行く意味がないって、悠介さんは、進路とかどうするつもりだったんですか?」 「僕は最初から神薙を目指していたからね。八雲として強くなりたかった、それだけだ。アメリカなら、武力で成す仕事も割とあるし、悪くはなかったよ。実際、茅野さんのPMCに入れてもらっていたくらいだから」 兄がアメリカの会社に入社したという話は、恵美も手紙で知っていた。祖父はあまりいい顔をしなかったが、道場だけで食べていくのも難しい昨今、止めはしなかった。 「じゃあ、悠介さんって、ずっとPMCで働いてたんですか?」 「まあね。よい修行だよ」 そう言って微笑を浮かべる悠介に、菜々はふうん、とうなった。 「大変ですねー。危ないこともあるんでしょ? まあ今ほどじゃないかもですけど」 「実際、確かに戦場の方が安全だったね」 八雲の力が使えれば、銃弾程度でどうこうなることもない。もっとも、いかに軍事会社とはいえ、実際に戦争をしていたわけではない。戦地での警備任務を負っていただけだ。そういう意味では、戦争に近い現状の方が危険なのは、当然のことかもしれないが。 「へー。じゃあじゃあ、さっき言っていた、神薙ってなんですか?」 「うーん、まあ、八雲に伝わる、最強の使い手ってところかな? 神様を殺せるほどの使い手ってことさ。八雲たる者、皆、神薙を目指せ。それは、子供の頃から言われていたからね」 「兄さんなら、きっとなれるよ。アメリカに行って、もっと強くなったんでしょう?」 「まあ、それなりに、かな。実際、甲斐博士と出会ったおかげで、だいぶ形になったように思うんだけど」 「博士とも知り合いだったの?」 「博士は茅野さんの古い知り合いさ。会社でも色々とお世話になったよ。昔から呪力……、八雲の力だね、その研究をしていたらしくて、オーソリティと言っても過言じゃないくらいさ」 「おおそると?」 「オーソリティ。権威。凄い人だってことだよ」 「そんなに凄い人なんだ」 「ああ。僕だってアメリカで初めて会った時には驚いたものさ」 そう言って、悠介は目を細める。当時を思い出しているのだ。 「あれは、ちょうどお昼くらいだったかな。僕と茅野社長は偶然、同じレストランで食事をしていたんだけどね。その時、社長はいきなり暴漢に襲われた。護衛についていた人は最初の銃撃で倒れて、あわやって時さ。僕が、思わず暴漢を投げ飛ばした。その縁で、茅野社長に雇い入れてもらったんだよ」 「さすが兄さん」 「たいしたことじゃない。その後、茅野社長に甲斐博士を紹介してもらったんだけど、出会いがしらでいきなり、お前はスーパーマンか? って聞かれたんだ」 「スーパーマン?」 「八雲の力を茅野社長は見抜いていたんだと思う。それを、博士はスーパーマンってたとえたんだ。それはいいんだけど、出会いがしら、挨拶もなしにいきなりそんなことを言われるとは思っていなかったからさ。変わった人だったよ」 「それだけ聞くと、ただの変人にしか聞こえないですね」 「そうかもしれないね」 悠介は苦笑し、 「実際、かなり変わった人だけど、呪力に対する知識は本物さ。僕も研究の手伝いをしたけど、あの人のおかげで、今まで伝承や感覚でしかわからなかったことが、計量的にわかってきた。これって凄いことさ」 「ボクには何が凄いのかさっぱりだけど」 「たとえば、博士は呪力を観測し、計量する計量器を作ったりしている。見える化って技術的には難しいんだよ」 「なんか凄いのはわかるけど」 「……恵美に力説しても仕方なかったかな」 「まあ恵美ですもんね」 「ちょっと。二人とも、どういう意味さ」 口をとがらせ、恵美は言う。 「ふん。どうせボクは頭悪いよ」 「そう思うなら、もう少し勉強をすればいいじゃないか」 「人間、向き不向きがあるの」 「そんなことばかり言っているから……、おっと」 その時、携帯電話が鳴り響いた。悠介はポケットに入れていたそれを取り出すと、音を止める。 「わ、わ、わ!?」 「恵美、貸しな」 悠介は恵美が取り出した携帯電話も音を止めてやると、自分のケータイに視線を落とした。 「メールか。さっそく任務ってわけだ」 「どうやって見るの?」 「ああ、ここを押して、こう」 兄に教えてもらいながら、恵美はメールを開く。 タイトルはミッション。内容は――。 「作戦会議と今後の役割分担について説明する、か。時間は明日の10時だね」 「ようやく任務か。よーし、頑張るぞ!」 ぐっ、と拳を握る恵美。そんな少女の横で、兄と友人は顔を見合わせ、どちらからともなく笑い出した。 「な、なにさ」 「いや。そうしている方が、お前らしいよ」 微笑を浮かべている兄に、恵美は小首を傾げていた。 |