建物の外に出ると、悠介が迎えてくれた。
「お帰り。首尾は?」
「完璧だよ」
 守屋と恵美がそれぞれケースをかかげると、悠介は微笑んだ。
「よし、じゃあ帰還しようか。こんなところにいつまでもいられないしね」
「いや、待った方がいいな」
 葛原の視線は右手の森に注がれていた。恵美もそちらを見やるが、特に何が見えるわけでもない。
「なるほどね」
 守屋もケースを下ろし、小銃を構えた。
 何が起きているか、その場にいる面々はすぐに察知した。やがて、誰の耳にも、バキバキと樹木をなぎ倒す音が聞こえ始める。それからすぐに、樹林の中から巨体が姿を現した。
「アアアアアァァァァ!!」
 吠えるケモノ。
 もともとは猪か何かだったのだろう。四足に、突き出た鼻。口元の左右から立派な牙が伸び、そり返っている。その全身からは、強い生命力――圧倒的な呪力が放たれている。大型種だ。
「ちょうどいい、こいつと遊んでみたかったところだぜ!」
「おい、葛原! 大型種相手に勝手な真似は慎め!」
「るっせえ、なら勝手になんとかしろ!!」
 犬歯をむき出しに、葛原は飛び出す。片手で対物ライフルを振り回し、さして狙うこともなく引き金を引いた。
 轟音。弾丸は猪の体をかすめるが、予想通り、全く傷ついた様子はない。
 むしろそれで激昂したのか、猪が突進してくる。巨大な牙が葛原に襲いかかる。
「舐めんなッ!!」
 突進をかわした葛原は、お返しとばかり、その体をライフルで殴りつけた。思わぬ衝撃に、猪も突進のルートからそれ、建物に突っ込む。
「まったく、作戦というものを……」
 ぶつぶつ言いながら守屋も続こうとしたところで、
「……ッ!?」
 思わず足を止めた。その脇を抜けるように、金矢が飛び出す。
 アメリアだ。
 異国の少女は猪に向かい、その右腕を振るう。すると、その軌跡を追いかけるように、光が弾けた。
凍てつけFreeze!!」
 光は氷となり、猪を建物に縫いつける。一瞬にして生まれた巨大な氷塊が、周囲の空気さえも軋ませる。
「凍らせる、能力……!?」
「よくやった!!」
 驚く守屋を追い越し、嬉しそうに飛びかかる葛原。しかし、
「何ッ……!?」
「危ない、葛原君!!」
 ひび割れる氷塊。直後、爆発した。
 飛来する槍のような何か。飛び出す悠介を視界の片隅に捉えつつ、咄嗟に恵美も刀を振るい、それらを弾く。
「これは……、毛!?」
 そう、槍のように見えたのは、鋭くとがった直毛だった。
 崩壊した建物の中から、猪が姿を現す。その全身は、先ほどと変わらぬ剛毛に覆われている。
「どうも、全身の毛を硬質化させて飛ばせるようですね。しかも超速で再生する」
「飛び道具か……。兄さん!」
「ああ、大丈夫だ!」
 葛原を突き飛ばした悠介は、なんとか剛毛の槍をかわしたようだった。突き飛ばされた当人も、地面に転がってはいるものの、怪我をした様子はない。
「井手君、ボクの後ろにいてね」
「は、はい」
 後ろから震えた声がする。振り向く余裕はなかった。
 猪の体が再び膨れ上がる。毛槍の一撃が来る!
「ざっけんな!!」
 構え、葛原は射撃した。対物ライフルの弾丸は猪の眉間を直撃する。
「オオオオォォォォ!!」
 痛みはなかったはずだが、衝撃に驚いたのだろう、反射的にケモノは毛を放った。弾速のごとき槍の群れが皆を襲う。
「ッ!」
 恵美は刀を振るい、必死に毛を弾く。それぞれがガツンと重い衝撃を腕に伝えてきた。
突き刺せStab!!」
 アメリアの反撃。同じく槍状にした氷の塊が猪を襲う。何本かは確実に猪の体に突き刺さるが――。
「ギィアアアアアア!!」
 吠える猪。刺さったはずの氷は砕け、傷からは血の一滴さえ流れない。
 飛ばした毛さえすぐに生えかわってしてしまうほどの、超速再生。些少な傷では、トドメにはならないのだ。
「アメリア、交代しよう! ボクが前に出る!」
 八雲の刀ならば、ケモノの皮鎧を切り裂いてダメージを与えられる。超速再生とはいっても、足の一本も奪えば、それは治せないだろう。
 恵美は刀を手に身を低く、突撃の姿勢を取る。が、
「邪魔するなッ!!」
「あ、ちょっと、アメリア!?」
 アメリアは恵美に構うことなく、自ら突っ込んだ。それに、激昂した葛原も続く。
「テメエ、調子くれてんじゃねえぞ!!」
 走り抜けた葛原は、全力で猪を蹴り上げた。ケモノの巨体が刹那、浮かび上がる。
断ち切れSever!!」
 直後、空中に浮かんだ氷剣が、ケモノの体に突き刺さった。氷剣によって、猪の体が地面に縫い止められる。
突き刺せStab! 突き刺せStab! 突き刺せえええStaaaab!!」
 そこに、アメリアの放つ氷槍の雨が降り注いだ。
 容赦のない、逃げ場もない、ただ受けることしかできない殺意の連弾。それらがことごとく猪の体に吸い込まれ、その体を傷つけていく。
 思わず、恵美の背筋を寒気が走り抜けた。アメリアの放つ殺気は、ケモノと戦ってきた恵美ですら感じたことのないものだ。
 続く氷雨は、ケモノに再生することさえ許さない。
 連撃を続けるアメリアは、大きく息を吸い込んだ。
「終わりよ! 打ち砕けBreak!!」
 ひときわ巨大な氷塊が現出し、ケモノの体に叩きつけられた。
 アメリアは荒い息を吐きながら、膝をつく。周囲の温度は、アメリアが放った氷のせいでひどく冷えていた。
 誰もが足を止めていた。アメリアの圧倒的な殺意に飲まれたのか、あるいは連撃に口を挟む余裕さえなかったのか。
 冷え切った空間で、最初に動いたのは悠介だった。
「『ミカヅチ』!!」
 振るった刀は、不可視の呪力を放ち、飛び出した槍撃を弾く。
「まだ生きているぞ!!」
 悠介の放つ警戒の言葉と共に、恵美は走っていた。
 なかばまで氷に埋もれた体。それが、ゆっくりと起き上がってくる。
 恵美は両手で刀を握り締め、全力で振り抜いた。
「ギアアアアアアア!!」
 あがる悲鳴。
 頭の一部を斬り飛ばされたケモノは、脳しょうを撒き散らしながら、ゆっくりと崩れ落ちた。
 地面の振動を感じながら、恵美はそっと吐息した。



 ホテルに到着した六人を、甲斐博士と茅野が出迎えた。
「よく無事に帰ってきてくれた。首尾はどうだった?」
 茅野の問いかけに、守屋はメンバーを見渡す。
「……薬品とデータは回収できました。薬品はこちらに」
 ケースを差し出すと、甲斐が中身を検分する。
「間違いない、よくやった」
「ミッションコンプリート、といったところかな?」
 笑顔を浮かべる茅野とは対照的に、守屋はむっつりとしていた。
 葛原を見やり、
「一部人員の命令無視、独断専行により危うい場面もありましたが、小型種を複数、大型種を一頭、仕留めることに成功しました」
「ほう、かなりの成果じゃないか。大型種が相手だと、やはり苦戦したか?」
「かなり危険でした。何人か、命を落としても不思議ではないほどに」
 もはや、守屋は葛原以外を見ていなかった。
「わかっているのか。お前が無理をしてアタックしなければ、悠介さんを危険な目に遭わせず済んだんだぞ」
「……怪我しなかったんだからいいじゃねえか」
「そういう問題じゃない!」
「へいへい、すいませんっした、っと」
「おい、どこに行く!」
「疲れたから寝るんだよ」
 ひらひらと手を振りながら歩き出す葛原。その背中を追いかけようとする守屋だったが、茅野に止められた。
「まあいいじゃないか、守屋君。作戦は成功したんだ」
「しかし……」
「彼は自衛隊というわけではない。我々も、軍事組織ではない。縦の命令には従うべきだが、強要は出来ない」
「甘すぎます」
「……正直に言えば、アンプルの力を持つ人間が、へそを曲げるほうがよほど脅威なんだよ」
 守屋は反論しなかった。そんな彼に苦笑を見せた茅野は、続いて全員を見渡す。
「さあ、今日は疲れただろう。ここで解散だ、お疲れさん」
 茅野の合図に、それぞれ散らばっていく。恵美も背伸びし、息を吐いた。
「確かに、疲れたよ……、けど」
 見渡すと、兄と視線がかち合った。互いに何を言ったわけでもなかったが、ともに頷き合うと、恵美は階段へと足を向けた。



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