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「菜々、どうしたらいいと思う?」 ベッドの上で足をぶらぶらさせながら、恵美はそんなことを言った。 そこは恵美の部屋だった。たった15人しかいない戦闘部隊は、全員が個室を与えられている。恵美の部屋も、決して広くはないが、人間が住める環境を思えば、個室というだけで贅沢なものだった。人が住める人家など、今は数えるほどしかない。 恵美の隣には、友人の菜々が同じように座っている。恵美の良き友人は苦笑を浮かべ、 「それは恵美が変だと思うけどな〜。いきなり友達になろうって言われても困るんじゃない?」 「そういうものかな? でも、じゃあどうすればいいのさ」 わずかに頬を膨らせる少女に、菜々は乾いた笑いを漏らす。 恵美がアメリアと友達になろうと決めて三日が経つ。その間、恵美は積極的にアメリアと接するようにしていたが、異国の少女は冷たい態度を取るばかりだった。 困った恵美が選んだ相談相手は、高校の友人だった。 「そもそも、ボクたちが友達になった時って、どうしたんだっけ?」 「さあ? 覚えてないね、そういえば」 でも、と菜々は続ける。 「そんなものじゃない? 友達なんて、いつの間にかなっているものだよ。あたしは恵美を友達だと思ってるし、恵美もそう思ってくれているでしょ? きっかけはあったかもしれないけど、理由はない。仲が良いって、そういうことじゃない?」 「うーん。菜々の言うことはもっともなんだけど、そうなると、どうやったらアメリアと仲良くなれるかな」 「ふふ。恵美、そんなにアメリアと友達になりたいの? それって、やっぱり同じ班の仲間だから?」 「同じ班?」 きょとん、と目を丸くした恵美は、続いて首を横に振った。 「それもそうかもしれないけど、そうじゃないんだ」 恵美は、兄と交わした会話について、菜々にも説明した。 アメリアの持つ殺意と憎しみ。そして、それを和らげる、唯一の方法。 「ケモノを憎む気持ちは仕方ないかもしれない。大切なものを失った人は多いし、それで憎む人だって、当然だと思うよ。でも、その気持ちに押しつぶされることは、違うと思うんだ。だって、ボクらは生きているじゃないか」 恵美の言葉に、菜々は目を伏せた。彼女も、襲撃時に両親や友人を失っている。 それは恵美も同じだ。祖父は亡くなり、菜々と同じように、高校の友人たちとは連絡が取れない。 死んだ者は多い。それでも。 「そうさ、ボクたちは、まだ生きているんだ。これからやり直せる。ボクは、そう信じているよ」 「やり直す? 昔みたいに?」 「ああ。確かに今はケモノたちがいっぱいだ。普通の人じゃ、外を歩くこともままならない。でも、いつか、人間が生きる領域を取り戻してみせる。やり直してみせる。ただ……、憎しみにかられたままじゃ、きっとそこには至れない。それじゃもったいないじゃないか」 「ふうん。恵美も、いろいろと考えていたんだね」 「……どういうことさ、菜々」 「別に。恵美って、もっと動物的な人かと思ってた。考える頭があったんだね」 「菜々!」 「あはは、ごめん」 顔の前で手刀をきった菜々は、 「でも、恵美の言っていること、よくわかるよ。うん、ケモノは仇だけど、仇討ちに生きるってのは違うんだね。あたしたちは、復讐のためでなく、自分たちが生きるために戦わなきゃいけないんだ」 「そうそう、そういうことだよ! でもね、アメリアには、それができているようには思えないんだ」 「だから、友達になりたいんだ。過去ではなく、未来に目を向けさせるために」 「そういうことになるのかな? うん、とにかく、友人になれたらな、とは思うんだけど」 思いはするが、手段がわからない。結局のところ、堂々巡りだ。 「でも、恵美って学校でも友達、多かったじゃない。友達作りなんて難しくないんじゃない?」 「まあ、友達はいたけど……。みんな、どうやって友達になったか、覚えてないんだよ」 「あはは、恵美らしいね」 そういうところが、この一風変わった少女の魅力なのだと、菜々は思う。 天然で、まっすぐで、正直だ。八雲恵美という少女には裏も表もない。それは欠点であると同時に、とんでもない美徳でもある。 そんな魅力が、人を引きつけるのだろう。 引きつけられた筆頭は頬をかき、 「まあ、そんなに慌てても仕方ないと思うよ? アメリアだって、大切な人を亡くしているんだろうし、そんなにすぐ気持ちは切り替えられないと思う。いくら日本語が使えたって、ここは母国ですらないんだろうし」 「母国……、そういえば、アメリアって出身はどこなのかな」 「うーん? 白人だし、アメリカとかイギリスとかじゃない? たまに英語が出てるし、ヨーロッパってことはないかな?」 「アメリカか……。行ったこともないなぁ」 「悠介さんに聞いてみたら? お兄さん、アメリカに行ってたんでしょ」 「兄さんは確かにアメリカへ留学に行っていたけど、旅行をしてきたわけじゃないからね。話が合うのかな?」 「まあ、何も知らないよりは?」 「それもそう……、わっ!?」 突如、甲高い音が鳴り響く。音源は、恵美のスカートからだった。 ポケットに手を突っ込むと、神威から渡されたケータイがけたたましく鳴り響いていた。 「な、菜々、これどうするんだっけ!?」 「もう、そんなに慌てなくて大丈夫だよ。本当に恵美ってそういうとこ、おばあちゃんみたいだよね」 恵美から携帯電話を受け取り、菜々は操作してやった。メールが受信している。 「あ、新しいミッションみたいだよ」 「見られるようにしてくれない?」 「もう、使い方は悠介さんに教わってたでしょ」 「たはは……」 苦笑する恵美の代わりにメールを開いてやる。タイトルはミッション。内容は――。 「討伐作戦を行う。詳細は会議室にて説明する、だって」 「討伐か。まあ、ケモノ狩りなら、わかりやすい!」 「まったくもう、無茶しないでよ」 「大丈夫さ!」 力強く宣言する友人。その姿に、菜々はほんの少し目を細めた。 会議室に集ったのは、全部で八人。 恵美、悠介、アメリアの第五班と、守屋率いる第四班の三人。加え、甲斐博士と茅野までもが会議机を囲んでいた。 口火を切ったのは茅野だった。 「さて、今回のミッションについて説明しよう」 茅野は上座に設置されたホワイトボードの前に立ち、詳細を書き込んでいく。 「場所は東京丸の内。作戦目標は大型種の撃破だ。今回のミッションは、今後、強力な大型種に対して我々がどの程度まで抵抗できるのか、その試金石となる」 「大型種くらい、どうってことねえだろ。この間だって倒してきたじゃねえか」 「それについては私が補足する」 椅子から立ち上がったのは甲斐だった。女性研究者は疑問を口にした葛原を見やり、 「最近の研究で、大型種にも程度があることが判明している。個々の戦闘力は結果論からランク付けするしかない情勢だが、同型種ならば、ほぼ同程度のランクで問題ないと考えている。その中において、お前たちが倒してきた、猪型の大型種――【スピアボア型】と名付けているが、そのタイプはランクCだ」 「ランクの基準は?」 「討伐に必要な戦力量を基準としている。最低ランクがC、上位はAとした。Cランクの大型種は、言っては悪いが、お前たちならば討伐できて当然だ。もちろん自衛隊で手におえる相手ではないが、スピアボア型は攻撃が直線的だし、下腹部は柔らかく打撃でも相当のダメージを与えることが可能だ」 「あんな奴の腹を狙えってのか?」 「実際、お前がすっころがした時に腹を蹴飛ばしていれば、それで片付いた可能性もある」 「……ちっ」 そっぽを向く葛原に対し、甲斐はあくまで表情を崩さない。 「まあ、もちろん予備知識なしに、そこまでやれというのは無理な話かもしれん。だが、現状は情報を蓄積できている。なら、お前たちがスピアボア型と再戦することになったとしても、負ける可能性は低い。単独での撃破さえ可能、私はそう考えている。だが」 甲斐は親指でホワイトボードを指し、 「今回、お前たちに討伐させようとしている丸の内の大型種――認識名称【アジ・ダハーカ】は、推定ランクA。最高位の化物だ。スピアボア型と同じ気分で戦えば、死ぬぞ」 沈黙が落ちた。その中で、じっとホワイトボードを見つめていた守屋が口を開く。 「……ランクAと推定した根拠は何ですか」 「それは、我々がこの大型種を発見した経緯が関係している。井出君」 茅野に声をかけられ、小柄な少年は顔を上げた。 「アジ・ダハーカは、自分の巣を中心に、呪力結界――呪力による壁を張っています。直径およそ1キロメートル。衛星のカメラ画像を確認する限り、この呪力結界は内側の生物を外側に逃がさないためのものらしく、迷い込んだ大型種が出られないで暴れている姿が撮影されています」 「蜘蛛の巣ってわけか」 「まあ、そういう認識でおおむね問題ないと思われます。問題なのは、迷い込んだ大型種が脱出できないほど強固ということです。これは、大型種の能力を超えた力を持っていることを示しています。ゆえに、ランクはA。他の大型種と一線を画す能力を有していると判断しました」 「理屈はわかったけれど、それだと、討伐に向かった我々も脱出できないということでは?」 「それは想定しています。この呪力結界は厄介ですが、それを作った大型種を討伐すれば、結界そのものは消滅するものと推定しています」 「討伐に失敗したら?」 「……」 言いよどんだ井出の代わりに、甲斐は冷徹に言い放った。 「まあ、全滅するだろうな」 あっさりと言った博士に、守屋は眉をひそめる。 「危険です、あまりにも。情報がなく、確実に討伐できるとも言えないのに、脱出不能の檻に自ら飛び込むなんて。こんなものは作戦とは言えません、ただの自殺だ」 「自殺行為なのは我々も認識している。だが、状況は予断を許さないんだ」 「どういうことですか、茅野さん」 「これは大型種の特徴とも言えるのだが……。大型種は、遺伝情報を書き換え、小型種を増殖させていることは知っているね?」 守屋は頷く。それは、変種に関する情報の中にあったものだ。 「今までその理由は不明だったが、先日、甲斐博士が発見した。どうも、大型種は、喰った相手の呪力を吸収しているらしい」 「……それは」 「大型種が小型種を増やすのは、言うなれば自分の餌を自ら作っているんだ。そうして生まれた小型種から呪力を吸収し、自らはますます凶悪化する。つまり、強力な大型種ほど、早く討伐しなければ、どんどん凶悪に……、討伐できない相手になるということだ」 わかるだろう、と茅野は全員を見渡す。 「現状、丸の内の大型種は、すでに他の大型種を捕食している。放置すれば、連中は加速度的に強くなるだろう。一刻も早く倒さなければ、たった一匹の大型種によって人類絶滅、などということもありうる」 「……」 「無茶は承知だし、命をかける君たちには申し訳ないと思っている。だが、ここで奴を倒すのは急務だ。そのために、精鋭である君たちを送り込むんだ。頼む、やってくれ」 頭を下げる茅野に、守屋は何も言えなかった。 それは、肯定と同じ意味だった。 |