「それに、悲観的な情報ばかりでもない。衛星カメラで撮影したと言っただろう? 外見の情報だけは手に入っている。井出」
「はい」
 井出がパソコンを操作すると、ホワイトボードに光が投影された。
「……? プロジェクターもなしに、どうやって映像を?」
「それがぼくの能力ですので」
 つまりは呪力によるもの、ということだろう。
 井出のスキルは単にコンピュータの操作に卓越している、というだけではない。彼もまた、Bアンプルに選ばれた人間なのだ。
 青白い光の中に現れたのは、廃墟と化したビル群だった。
 その光景に、以前の姿をよく覚えている守屋は、眉をひそめた。
「……これが、今の丸の内?」
「はい。驚くべきことに、異常成長した植物が、丸の内近辺……、つまりは呪力結界の中だけ存在していません。これもアジ・ダハーカの影響か、それ以外の要因があるのかは不明ですが、いずれにせよ、この理由を解析できれば、ぼくらの活動領域は大幅に増加できます」
「確かに、植物のせいで、移動することさえ困難だものな」
「ええ。そして、アジ・ダハーカの映像が、これです」
 ホワイトボードに投影されたその姿は、異様なものだった。
 鱗に覆われた肌。大きな顔に、長い尾。腕は短く、反対に足は大きく太い。背には申し訳程度の翼があったが、それで飛べるとは思えなかった。
「なんだこりゃ。ドラゴンかよ」
「そうですね。ぼくらがイメージするドラゴンの姿に最も近いと思います」
「能力に関する情報は?」
「これを」
 続いて現れた映像は、火を吹くドラゴン、としか言いようのないものだった。
 巨大な口腔から放たれる直線光。その先で、大型種らしき生物が燃えている。
「程度は不明ですが、中遠距離における攻撃手段を有しているものと思っていてください。当然、近づけば、相応の膂力りょりょくもあることでしょう。安易に接近はできませんが、接近しないから安全、というものでもなさそうです」
「対策は」
「ありません。というのも、消防組織が使うような耐火装備で耐えられるか、不明だからです。耐火装備はそれなりに重量がありますし、もっさりしているので動作の妨げにもなりかねません。ぼくはともかく、接近戦を持ち味とするみなさんは使わない方が賢明でしょう」
「弱点は?」
「それも不明です。アジ・ダハーカが大型種を捕食している姿はカメラで撮影できていますが、逆にアジ・ダハーカにダメージを与えた大型種がいません。よって、防御力や、防御の薄い場所もわかっていません。こればかりは、実際に接敵しつつ情報を収集する……、威力偵察のような方法を取るしかないでしょう」
「なるほどね」
 守屋は頷き、悠介を見た。
「君の意見は?」
「僕らが突撃、守屋さんたちが情報収集。端的に言うとそれが最善じゃないかと思う」
「なるほどね。自分も同意見だ」
「おいおい。テメエらだけで話してんじゃねえよ。オレにただ指をくわえて見てろって言うのか?」
 声を荒げる葛原に、守屋は冷たい視線を送る。
「自分も含め、第四班は情報収集能力に特化している。自分は遠くからだろうが壁があろうが構わず敵の姿を補足できるし、井出君は情報の解析が得意だ。それに、お前は動物並に鼻が利く。距離を置いて敵を観察するには適したメンバーだ」
「んなことはどうでもいい。じゃあ、オレに突撃させろ。お前らは見てりゃいいだろう」
「アタックのメンバーを無意味に増やしたところで、一度にかかれる人数は限りがある」
「なら、その限りあるメンバーをオレにしろ」
「悠介さんや恵美さんは能力上、情報収集には向かない。接近戦オンリーだからな。アメリアさんも、中遠距離から攻撃はできるだろけど、お前のように遠くから敵を認識し、その挙動を観察することはできないんだ。適材適所ということを考えれば、お前が接近戦を挑む理由がない」
「そんなの関係あるか! オレは自分で戦わなきゃ気が済まねえんだよ!!」
「だから、そんなわがままを通してやれるような状況じゃ……!」
「まあまあ、二人とも。喧嘩しても仕方ないだろ」
 間に入り、悠介は二人の顔を等分に眺める。
「いいじゃないか、葛原君にもアタックしてもらえば。八雲の業には中距離から攻撃する手段もある。僕らが葛原君のサポートをするよ」
「しかし……」
「実際の情報解析は井出君が主だ。頼りの井出君には護衛も必要となる。恵美、できるね?」
 悠介に話をふられ、恵美は頷く。
「ああ、大丈夫だよ」
 悠介は満足そうに頷き、
「聞いての通りだ。井出君の護衛を恵美、井出君のサポートを守屋さん。アタックを葛原君が行い、そのサポートを僕とアメリアさんで行う。それでどうだろう? 班編成は無視してしまうけど、ベストじゃないか?」
「……」
 守屋は無言で葛原を見た。荒々しい青年は、特に意見を述べる様子もない。
 守屋は嘆息し、
「わかった。じゃあ、それでいこう」
「オッケー、決まりだ」
 悠介はパチンと指を鳴らす。その音が、いやに響いた。



 丸の内。かつては日本の象徴だった皇居や、トップ企業が出揃ったオフィスビル群があった。さらには、日本の鉄道の起点――東京駅までもを有していた、まさに日本の中枢だった場所だ。
 もっとも、世界がケモノたちに奪われた現状、全ては過去形でしかない。
 自衛隊の車で移動した恵美たちは、巨大な呪力結界の手前で車を降りた。
「これが呪力結界か」
 見上げる。恵美たち呪力保持者からは、その壁が目に見えた。
 うっすらと光り輝く壁が、天高くそびえたっている。頂点はどこにあるのか、見上げてもわからないほどだ。
「この呪力結界はドーム状になっています。ここはちょうど、結界の端ですね」
 ノートパソコンを操作しながら、井出は言う。彼は、背中に小さめのリュックを背負っていた。中には様々な計測機器が詰め込まれている。
 今回、持ち込んだ計測機器は井出が背負うものの他、守屋が背中に負っているリュックにも詰め込まれている。井出が持っているものが携行用なら、守屋が持っているものは据え置き用の、本格的なものだ。そのぶん重量もとんでもないが、呪力を持つ自衛官ならば、その程度はどうということもない。
 そんな情報収集班を横目に、恵美も巨大な壁を見上げ、ぽつりと漏らした。
「なるほどね。呪力結界って何のことかと思ったけど、ケモノガクシのことだったんだ」
「ケモノガクシって?」
 聞きなれない言葉に守屋が首をかしげる。恵美は刀の先で壁を突きながら、
「八雲の裏山にある、ケモノを外に出さないための結界だよ。ボクらは結界の中でケモノが現れたのを察知すると、それを討伐しに行くんだ」
「ほう……。じゃあ、恵美さんたちも、こんな結界を作れるんだ?」
「いや、ボクにはできない。兄さんは?」
「僕も無理だね。ケモノガクシは何百年も前のご先祖様が作り上げたものだって聞いている。当時の技法はもう伝わっていないし、そもそも伝えられなかったのかもしれないね」
「なるほどね。それほど難しい技法を、アジ・ダハーカは平然とやってのけているわけだ」
 今さらながら、この呪力結界というものの異常さを思い知る。
 背筋を冷たくしながらも、守屋は全員を見渡した。
「みんな、覚悟はいいかい」
「いいからさっさと行けよ」
 ライフルを肩にかつぐ葛原が守屋をにらむ。他の面々からも異論が出ないことを確認し、守屋が最初の一歩を踏み出した。
 呪力結界を通り抜けるのは、あっさりとしたものだった。
 六人全員が結界の内側に入る。振り返り、結界に触れてみると、今度はそこに見えない壁があるように、通り抜けることができなかった。
「これで、自分たちは閉じ込められたわけだ」
「いいじゃねえか。大型種を殺しゃ、それでいいんだろ? ほら、行こうぜ」
 葛原を先頭に、六人は歩き出した。
 一度は異常植物に覆われたのだろう、オフィスビルは片っ端から崩れ、あるいは穴が開き、とてもまともに使用できる様子ではなかった。
「いつ崩落が起きてもおかしくない。みんな、慎重に」
「うるせえ」
 丸の内の広い車線を歩いていくと、やがて、正面に赤煉瓦の駅舎が見えてきた。
 東京駅だ。意外なことに、駅舎は割と無事な姿を保っているようだった。
「アジ・ダハーカは東京駅を中心に巣を張っているようです。近くにいると思います」
 リュックの中に詰め込んだ計測機器を動かしながら、井出は言う。守屋もまた、道の端に計測機器を設置した。これで、いつ、どこから敵が出てきても、すぐさまその情報を集めることができる。
 その間、アジ・ダハーカが姿を現すことはなかった。どこかに隠れているのかもしれない。
 守屋たちの準備が整ったことを確認し、葛原は鼻を鳴らした。
「はん、出てこねえなら……、こっちから呼んでやるぜ!」



前話   次話