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「うっ、くぅ……」 全身の痛みで、井出晶は目を覚ました。 「あ、大丈夫かい、井出君!」 「……恵美、さん?」 目を開くと、割と近くに恵美の顔があった。 「よかった、なんとか間に合って」 体を起こす。周囲は瓦礫に囲まれている。上から差し込む光を除けば光源はなく、砕けたコンクリート片の向こうには薄暗い闇が広がっていた。 「アジ・ダハーカの爆破攻撃でね。どうも地下街に落ちたらしい」 「ああ、そうか……。東京駅の下は地下街になっていましたね」 地図情報にも、そのデータはあった。 東京駅の地下空間は広い。地下鉄が近隣を走っており、様々なお店が並び、さらには駅周辺のビル同士を繋ぐパイプが幾本も走っている。目には見えないだけで、足場を崩せば、地下はどこまでも行けてしまうのだ。 「どうにかアジ・ダハーカの視界からは逃れたみたいだけど、みんなはまだ戦っているみたいだ」 上空を見上げる。ズシン、と空間が揺れた。アジ・ダハーカと、神威の仲間たちが戦っている証左だ。 「戦うって……。こっちの攻撃はぜんぜん通用しないのに?」 「それでも、さ。戦わなければ生き延びることはできない。なら、戦うしかない」 「それは、そうかもしれませんけど……、でも、どうやって?」 「それを探すのは君にしかできないよ」 恵美はまっすぐ、井出を見つめた。その眼力に、思わず井出は顔を伏せた。 「ぼくなんかじゃ、無理ですよ」 「そんなことない。ボクはコンピュータなんてさっぱりだけど、井出君はデータ解析とか得意じゃないか! どんな生物だって完璧じゃない、アジ・ダハーカにも弱点はあるはずだ。それを見つけられるのは、きっと、君しかいない!」 「そ、そんなこと言っても」 「井出君。やらなきゃ死ぬ。君だけじゃない、みんな死ぬんだ」 「……」 「怖いのはわかる。震えて、逃げたい気持ちもわかる。でも、それができる状況じゃないんだ。なら、腹をくくるしかない。それしか、ボクらに残された道はないんだ! 頼む、井出君! ボクたちに力を貸してくれ!」 恵美の真剣なまなざしが、視界の隅に映った。 「でも、その……、戦いの中で相手の弱点を見つけるなんて、恵美さんや悠介さんみたいな実戦経験のある人なら、できるでしょう。あるいは自衛官の守屋さんだって」 「挑戦と失敗を繰り返せるならね。ボクは頭を使って戦うのは得意じゃないから、いつも、何度でも試すんだ。でも、あいつには一度たりとも刀を交えることができない。ボクには、方法が見つけられない」 「なら……」 「井手君」 ずい、と恵美が迫る。彼女の汗っぽいにおいが鼻腔をついた。 「逃げるための言葉を探すんじゃない」 「……ッ!」 恵美の言葉が、やけに耳に響く。 「同じように探すのなら、戦うための言葉を探すべきだ」 「……それは、あなたが強いから。だから、そんなことを言えるんです」 「ボクだってアジ・ダハーカにはかなわないよ。でも、ボクは逃げようとは思わない。それがボクの使命だから」 「使命?」 「ああ。ボクは八雲だ。生まれながらに、戦う力を持っている。なら、戦わなきゃ」 「そんなむちゃくちゃな。じゃあ、恵美さんには人生の選択肢なんかないじゃないですか。やりたいこともできずに、何が人生ですか」 「ボクにしかできないことをボクがやるのに、何がおかしいんだい」 井手は、思わず言葉を飲み込んだ。 恵美の瞳はまっすぐ、純粋で、にごりがない。本気でそう思っているのだ。 自分の持つ力を振るうことに、何の躊躇もない。そのせいで自分が犠牲になっているなどと、欠片も考えない。 なぜなら、きっと、彼女は犠牲になどなっていないからだ。 自ら選び取った道だから、悩むことも迷うこともないのだ。 「……何が、あなたにそうさせるんですか?」 「何がって?」 「戦うことは怖くないんですか?」 一瞬、恵美には問われた意味が理解できないようだった。遅れて理解し、苦笑する。 「力があるのに戦わず逃げて、そのせいでみんなが傷つく。そんな現実の方が、ボクにはもっと怖い」 「逃げたせいで、傷つく……」 それは当たり前のことだ。 誰かがやらなければいけないことは、自分が逃げたところで、他の誰かがやる。それは、他人に押しつけていることと同義だ。 自分が逃げたところで自分は痛まない。代わりに痛む人間がいるからだ。 その事実に、その現実に、心が耐えられるのなら、だが。 「……」 やらなければ死ぬ。彼女の言う通りだ。逃げたい気持ちは、もちろんある。あれほどの攻撃、眼前で見せつけられて、おびえない方がおかしいくらいだ。 だが、自分が逃げれば、神威の誰かが死ぬことになるだろう。それで対抗策は見つかるかもしれない、だが、誰かは確実に傷つく。 自分ならば、誰も傷つかずに方法は見つけられるかもしれないのに。 ――ならば。 「ッ……、わかりましたよ!」 なかばヤケクソ気味に、井出は意識を集中させた。 ノートパソコンは先ほどの爆発でどこかにすっとんでしまったが、そもそも、彼にはそんなものなど必要ない。 イメージするだけで、空中に青白い光が生まれる。それはモニターとなり、キーボードとなった。 不思議な光景に、恵美は目を丸くする。 「これは、君の能力?」 「そうです。ぼくの能力はコンピュータを操作するというものですが、その手法は、何か媒体が必要というわけではありません。疲労はしますが、呪力で疑似パソコンを作り、そこから生きているネットワークまで繋げることもできます」 「つ、つまり?」 「ここから、持ってきた計測機器をすべて稼働させます! アジ・ダハーカの能力を測定するんです!」 光のキーボードに指を走らせる。モニターの数は増え続け、顔の周囲を覆っていく。 「……やっぱりとんでもない体表温度ですね、測定機器の限界を超えています! 正確な数字はわかりませんが、触れるだけで何もかも溶かしてしまえるでしょうね」 「触れるだけで、か。やっぱりそうなんだね」 「ええ、そう……、え?」 ふと、井出は自分で放った言葉に引っ掛かりを覚えた。 触れるだけで溶かせるなら、なぜ奴は地表に立っていられるのだ? 東京の地下にはこれだけの空間が広がっている。この体表温度ならば、コンクリートくらい余裕で溶かしてしまえるだろう。なのに、奴の足場は溶け落ちず、地下空間に奴が落下することもない。 つまり、足の裏は? 「ッ!」 急いで体表温度を再測定する。狙うは足元。 「わ、わかった、奴は呪力で周囲を守っているんだ!」 「守る?」 「そうです! アジ・ダハーカの体表温度は、岩でも鉄でも溶かしてしまう数字です。ですが、それでは奴が地表に立っていられない。そこで、自分が触れる場所は、間に呪力を挟んで守っているんです。つまり、あいつは地面に立っているんじゃなく、呪力の板に立っているんです……、いえ、体表面を呪力で覆っていると言った方が正確でしょうか」 「それが、何か役立つのかい?」 「わかりませんか? 強力な呪力があれば、奴の熱気は防げるんです! 正確に言うなら、あれはきっと熱なんかじゃない、ちょうどアメリアさんの冷気みたく、熱のような性質に変化した呪力なんですよ!」 「強力な、呪力……」 「だと、すれば、打開策は……、計算できる」 キーボードの上を踊る指。ピアニストが鍵盤を叩くように、井手は数式を奏でていく。 「でき、る。できる! 恵美さん、奴を倒せます!」 「どうやってだい」 井手は恵美をまっすぐ見上げた。 「恵美さん。死ぬ覚悟は、ありますよね?」 |